ヒョードル 死す
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「ちょっと!どうなってんのよカルト!
最近全然集まらないじゃない!」
その女の叫びは眼前で飄々と立つ一人の男に向けて放たれたもの。
「アズラー様、落ち着いて下さい」
その口調も軽く掴み所のない不思議な印象を受ける。
「これで落ち着いて居られますか⁉︎
大体あんたが良い方法があるって言ったんでしょ⁉︎
最初だけじゃない!どうしてくれるのよ?」
女が指摘するのは財政。
始めこそは上手く徴収していたが次第に減っていき、在ろう事か国の治安も悪くなる一方だった。
「お任せ下さいアズラー様、私めには取って置きの秘策が御座います」
パチンッと指を鳴らした掌の上にはひとひらの葉っぱが出現する。
「それって……」
「幻惑草で御座います。
これに高い税を掛けてばら撒けば全てが解決致します。
財政は疎か、賊や暴動も簡単に鎮圧出来るでしょう」
思わず強張る女の相貌は彼の言葉を耳にしていくと次第に緩み、最後には不敵な笑みを浮かべた。
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ジパング道中 海上。
タンっ、タンっと空を蹴り、ジェットの如く海上を跳ぶ彼の目には不穏な灰雲が天を覆う光景が広がる。
着実に近づいているであろう目的地に接近すればする程空を覆う灰雲は重くなっていく。
「ん?」
そして遠くに陸地が見えてきた所で明らかに環境が見違えた。
それは荒々しく渦巻く海流。
更には轟々と吹き荒れる幾多の竜巻が彼の進行を妨げる。
「う〜む」
小脇に気絶した男の子を抱え、一考する男。
「何なんでしょうか?
我々の入国を阻んでる様にも見えますね」
遅れて来た女性が男の横に並ぶと声を掛けた。
「どうしましょう?
このまま突っ切るのは流石に危険ですよね?」
「いや、突っ切る」
「へ……?」
呆れた様に漏れ出てそれを余所に男は魔素を練り上げた。
「【皇打】」
放たれた圧倒的な拳圧が荒れ狂う竜巻とかち合えば天を裂く様に道を作る。
「今だ!」
一直線に日差しが差す道が出来れば、タンっと空を蹴った。
爆速で跳ぶ男と共に後を追う様に女が続く。
その背後に押し寄せる暴風。
「思ったより速いな……」
分かつ空には忽ち灰雲が立ち込め、彼らの背を嵐が急襲する。
「ウリュウ!上!」
──バジィィィィン!!
その忠告を前に打ち付ける落雷はウリュウの全身を襲う。
「しまっ……!」
衝撃に耐える反動で小脇に抱える何かを離してしまう。
みるみる呑み込まれてゆくそれ。
「もう少しです!一気に駆けましょう!」
そう言うとリースの風魔法が全身を覆い、後を追う嵐と波立つ竜巻を縫うようにして飛翔する。
「ちょ待っ……⁉︎」
ウリュウの言葉は嵐が打ち消しその嘆きはリースに届く事ない。
やがて島の浜辺が見えると不時着した航空機の如く打ち付けた。
「いってぇ」
「無事ですかウリュウ!」
「あぁなんとかな……」
「ヒョードルの容体は?」
「お、おん……気絶してるがなんとか、まぁ……」
するとウリュウは小脇に抱えたそれを隠すように背に回した。
「一応治癒します。見せて下さい」
「ん?大丈夫だろ。
ほらあいつもうチン毛生えてるし……」
意味不明な回答に眉を顰めるリース。
「はい?よく分かりませんが早く見せて下さい。
容体が悪化したら大変です」
リースがそう言い放てば渋々背後のそれを差し出した。
「僕、ひょーどる。見た通りぴんぴんしてるぞ!」
ウリュウが取り出したのはマッスルパウダーの入った袋。
それを眼前に持っていけば声色を変えてそう言った。
「はい?何ふざけているのですか?」
多少の怒気を孕んだそれを浴びればウリュウの顔がみるみる青くなって行く。
「あー、そのー……誠に言いにくいだけど……
落とした。」
驚きを隠せないリースはその言葉を受け入れられず堪らず返す。
「落としたって、まさか……?」
ゆっくりと海の方へ顔を向ければウリュウの顔は悟りの域に達した。
「南無阿弥陀」
ウリュウが静かにそうと呟くと掌を合わせて合掌する。
──ペチンッ!
素早く叩かれた額が軽快に鳴る。
「そんな事言ってる場合ですか!早く捜索しましょう!」
その後必死の捜索も虚しく彼の生存は確認出来なかった。
無理もない。
この荒れた海域と渦巻く天候は人の侵入を強烈に拒む。
一頻りの捜索を諦めると浜辺の上にマッスルパウダーで作った小さい山を作り、そこに程よい小枝を挿してやった。
「お前の勇姿は忘れない……」
そう言って目に溜まるものを拭うと、その地を跡にしたのだった。




