獄落浄土
真っ黒な空間。
そこは精神を蝕む不浄な世界。
うっすらと感じる意識だけを残し、不思議に浮遊しているだけ。
そんな中真下に気配を感じれば、視線を落とした。
「──っ⁉︎」
戦慄すら覚えるその光景は無数に犇く青白い半透明な何か。
そしてそれは人の肩から生える二本の腕と酷似していた。
下から伸びるそれは、やがて彼の下半身にしがみ付くと引き摺りこまんとする。
「うあぁぁぁぁああああ!!」
なんの抵抗も許せれず只々恐怖をすり込まれ、壊れ掛けの精神を保つ事しか出来ない。
恐怖に慄く最中。
眼前に一つの頸が浮かぶ。
それは自らが落とした事のあるもの。
からにして、それは何かは直ぐに理解出来た。
「吸血鬼……」
現れたのは消滅した筈の吸血鬼だった。
「なぜだ…なぜ我らの居場所を壊す。
なぜ我らには平穏が訪れない。
なぜ我らだけこんな目に合わなければならない
なぜ……」
突如放たれた言葉の真意は理解し難いものだった。
「全部貴様らが悪いんだ……
貴様らが我らを迫害し、
貴様らが父を殺し、貴様らが母を殺し、
貴様らが我らの幸せを奪った!
全部全部貴様ら人間の所為だ!!」
激昂するその瞳は血走った眼球をひん剥き、痩せこけた歯茎からは鋭利に変形した犬歯を見せた。
飛び掛かるそれが彼の頸元に達した時。
──バジィィィィン。
雷の閃きが瞬けば、彼の顔面を打ち付ける。
「カハッ!」
突如襲った衝撃は強烈な痺れと共に芯に残る鈍痛を引き起こす。
しかしそれは不思議と彼の精神を安定させた。
「親父……」
そうそれは幼き頃より受けて来た父の魔素であった。
そしてその身に父の打撃を受ける度に纏わりつく亡霊が消えてゆく。
「なぜだ……なぜ我らだけが!」
最後の残るのは吸血鬼の姿。
消え掛けるそれの最後は何処か胸が締め付けられる。
その瞳からは赤き悲壮な雫が零れ落ちた。
「父さん……母さん……」
──バジィィン。
間も無く、その閃きと同じくして儚く散った。
ーーーーーーー
──ウリュウ。
デッケェ亀が悪魔みたいになった。
原理は分からないが叩き易くなったのは事実。
だが油断出来ない相手なのは変わりない。
雷爺さんは初っ端から全開で行ってる。
見た目が気持ち悪いが仕方がない。
俺も武装を解放するか。
覚悟を決めると全身を武装を纏い地を蹴った。
「む?」
俺の動きは決して遅くない。
寧ろ武装を解放しているこの状態での速度は
かなりのものだと自負している。
だがそののっぺりとした不気味な相貌はしっかりと俺を追っていた。
「図りにくいな……」
今までに出会った事の無いタイプ。その上実力は未知数。
だが俺が得意としているのは肉弾戦だ。
ここ臆する事なく思いっきりぶん殴る。
「せい!」
俺の拳が放たれるのと同じくして死の影のしなやかに伸びる腕が迫ると豪快にかち合った。
──グ〜ォォォォン。
巨大な梵鐘を鳴らした様な重低音が骨髄を震わす。
互いにその衝撃を受け取ると数メートル程地面を引きずるに至る。
「なかなか硬いがそれより……」
拳に纏わせた魔素がポロポロ崩れ落ちている。
だが打撃の威力だけならこちらに部がありそうだ。
死の影の肘から手首に掛けて押し潰されたかの様にひしゃげている。
しかし──
「こいつも再生持ちか……」
見る間の内に復元されている。
正直めんどくさい。
この手のタイプは殺しても死なない。
だが一分と言った以上あまり時間を掛ける訳もいかない。
勝利への算段を整理して間。
ねちゃりと薄気味悪い音源が耳を刺激する。
「きもちわるっ!」
なんだあれ?突然口が現れた。
しかもパキパキいいながら亀甲模様に皮膚が隆起しやがる。
「きもちわるっ!」
大事な事だから二回言った。
「がぁぁぁああああ!!」
耳を擘く様な咆哮。
一ダメージも喰らわない様な行動になんの意味があるのか不思議でならないが、これ以上変化されても面倒だ。
最終的にもっと小ちゃく丸みを帯びた形態になって、尚且つ全身金色にでもなってみろ。
絶対『キエェェェェェ!!』とか言いながら紫のビームを撃って来るに違いない。
正直アラン達の容体も心配だ。
ここは一気に終わらセル。
画してウリュウの周りには盛大に魔素が舞う。
「【獄落浄土】」
その魔言が放たれれば黒煙の如き魔素が辺りを覆った。




