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レッドアロン  作者: さめ
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第9話 忘れられた島

『そろそろ良いでしょ』


 望愛がそう言ったのは逃げてから数十分後だった。

 最終的なレッドアロンの速さはもはや早すぎて想像もつかないし、基準になるものも無いから分からないが、通過するたびに雲が砕けて消えたのを見た。衝撃波、という奴だろうか。


『速度を音速以下にして』

『わかった』

『体に疲れが出るかもしれないし、ゆっくりといきましょう』


 望愛の言葉で緊張が抜けていくのを感じる。





 追跡を続けているベアトリスに、空母からレッドアロンがレーダーから消失したと連絡が入る。音速航行を止めたと悟ったベアトリスは、これ以上の追跡を諦めて進路を空母にとるよう指示を出す。

 鹵獲に失敗したベアトリスに、ニスカ大佐が通信を入れた。


「ベアトリス、今度は何機も落とされたか」

「申し訳ありません、ニスカ大佐。私の責任です」

「君に責任を問うつもりはない。君がいなくてはレッドアロンの鹵獲はできんからな。それにしても本領を発揮していないにも関わらずあの性能、是非皇帝に献上したいものだ。それとレオパルトラムがこちらに向かっている」

「レオパルトラムが? 最大級の潜水空母が何故!?」

「残念ながら、一時鹵獲作戦を委任することになった」

「……了解しました」


 ベアトリスの顔には不満が張り付いていた。





 もう日が半分落ち、僅かな夕日がレッドアロンに紅い衣を着せてくれている。

 少し飛ばし方もこなれてきたし、ここまで出来るとは思わなった。


 まったく、僕の平穏無事な日常を返してほしいものだ。なんで普通の高校生だった僕が、こんな知らない場所で空戦をしなければならないんだ。あんな夢を見たり声を聞いたりしなければ。でも、もう知りたい気持ちの方が勝っている。ならばこれは必然なのかも。


『うつむいちゃってどうしたの?』

『何でもないよ。というか、君は心が読めるとかじゃないの?』


 勘違いをしていたようで、望愛は心が読めるとかではないと説明してくれた。限られたそれができる人間が、対象と会話として考えないと聞こえないらしい。そういえば自分の考えが望愛に筒抜けだった感じもしないし、望愛が考え込んでいるだろう時に声が聞こえていたわけでもない。

 よくよく考えれば、先に聞いておくべきことであったと反省した。惹かれているとか考えていたのが伝わっていれば、それはもう告白と同じじゃないか。……危なかった。


『見える? あれがあたしの体のある島』

『そこそこ大きいな。小規模の街位なら作れそうだ』

『ここが、地図にも載っていない忘れられた、百色島(ひゃくしきじま)よ』


 昨日の戦闘した場所を避け、巡航速度で大周りしながら飛んで半日程で到着する予定だったそうだが、高速航行である程度目的地の方向へ逃げてから進路を戻したので、明日の朝に着く予定だったにも関わらずもう目的地に着いたようだ。


 その島はうっそうと緑が生い茂り、中心には朱ヶ山よりほんの少し大きいか同じくらいの山がそびえている。文明があったような痕跡は無く、動物と植物が主役のようだ。

 島に近づき周りを一周して様子を見たいと言われたので、スピードを落とし高度を下げる。同時にレッドアロンの可変翼は猛禽類の滑空のように広がり、低速でも飛べるように調整された。

 戦闘中もそうだが、やはりこの翼は状況に合わせて多彩に形態を変えるようで、音速を超えたときは翼を後退し収縮させ、急旋回する時は翼を最大まで広げていた。何かの金属で出来ているはずなのに変形する時の柔軟性と優雅さは本物の鳥の様に見える。


 島を周回している時、この自然豊かな島には不釣り合いなものが見つかる。

 そこにあったのは滑走路で、周りを森で囲まれているので滑走路と周辺だけがぽっかりと穴が空いているように見える。


『あそこに降りるわよ』


 望愛に着陸操作をしてもらいながらゆっくりと滑走路へ降りて行き、レッドアロンは速度と高度を落とし始める。

 ほぼ落ちかけた夕陽の光を背に着陸態勢に入ると、車輪が飛び出し、翼は最大まで広がり、空気抵抗による減速と、速度が落ちても飛んでいられるように揚力を得る。

 飛び出したタイヤが操縦席に衝撃を運び、僕は操縦席でバウンドをする。タイヤとコンクリートの起こす摩擦で煙が上がり、擦れる音が静寂の滑走路に響き渡り、停止した時にはあたりには静寂が響いていた。


『衝撃でお尻が痛くなったよ。着陸ってこんなだっけ?』

『こ……こんなものよ! みんなこんな感じよ!!』


 望愛が何かを隠すように妙に慌てている。

 というか、垂直離着陸をしていたレッドアロンがわざわざ滑走路を使う必要もないと思うが。


『まあそこまで言うならいいけど。……何かここを知ってる気がするし、とても懐かしい感じがするよ』

『そうね、そうかもね』

『開けてくれ』

『分かったわ』


 望愛に操縦席のハッチを開けてもらい、急いで外に飛び降りたのでコンクリートに手を付き衝撃で体が痺れた。

 ゆっくりと力を入れて立ち上がり、見渡すと滑走路の周りにはそれなりに貫禄を放つ高樹齢の木々が生い茂る森がある。ここはテレビで見た熱帯雨林に似ており、滑走路側の木々の中に巨大なドーム状の建造物がそびえていて、何かの研究施設らしい雰囲気を出している。


『あたしは動けないから一緒に行けないけど、どうやって行けばいいか分かる?』

『ああ、なんかこっちな気がするんだ』

『そっちは! まあいいわ。……待ってるわ、流星』


 滑走路から程近く、巨大なドームの正面ではない所にコンクリートと鉄でできた核シェルターの入り口に似たドアがある。森の中に浮き上がるその扉は、あまりに不自然で見つけるのは容易かった。

 扉の向こうにはコンクリートで出来た廊下が続いているようで、木が茂っているので正確には分からないがあのドーム状の建物に繋がっているようだ。

 扉の前まで来ると横に大人の掌程の液晶パネルを見つけ、僕は自然とそのパネルに掌を当ててみる。なぜそうしたのかは分からないが、ただそうすれば良いような気がした。

 当てた瞬間液晶パネルが起動し光の線が内側でスライドしながら僕の掌を調べ、何往復かしたのち扉の前にエアスクリーンが浮き上がり緑の光る文字で〈認証〉とだけ表示される。


 森中に響くブザーは、近くにいた鳥たちを全て飛び上がらせ、扉は横にゆっくりとスライドし埃と湿気を含んだ空気を吐き出し始める。

 少しカビの匂いがするが気になるほどでは無く、むしろ金属が錆びている独特の匂いに強い不快感を感じた。

 扉が開ききると中の照明が一斉に点灯し、細長い廊下を浮かび上がらせる。見える範囲はただ廊下が続いているだけだ。未来を描いたSF物の映画に出てきそうな見ためだ。


 僕は長い廊下を、静寂の中靴の音を鳴らしながら進んでいった。

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