第5話 そこにある現実
「流星?、本当に遅刻するわよ~」
母さんの声が聞こえ、その声に反応して寝返りをするとベッドが軋む音がする。目をこすりながら開けると、差し込む太陽の光がいつも以上にまぶしく感じ、体の節々が筋肉痛でズキズキと痛んでいるのに気づいた。
体を起こしベッドを出て、机の上に置いてある綺麗になった制服に着替えた後、階段を駆け降りると珍しく父さんが先に起きていて、朝食を前に座っていた。
「早いね?」
「早くはないさ、お前が遅かったんだよ。しかし珍しいな、流星が寝坊するなんて」
そうだ、寝坊しているのだった。まだ頭がボーっとしているのだろうか、それとも昨日の出来事が、まだ僕の意識を支配しているのだろうか。
「早く食べなさい。本当に遅れるわよ」
母さんが朝食をテーブルに置き、僕が椅子に座ると、父さんはそれと同時に映像新聞を広げる。
日付は、2027年5月25日火曜日。
日付を見たことで、昨日の出来事が夢の中で起こった出来事ではないという事を実感する。まだ温かさの残るトーストを1枚だけ食べ、僕は洗面所に向かい身支度を整え、玄関で靴を履く。
「行ってきます」
痛むからだに鞭を打ち、玄関を開け学校に向かった。
「母さん、流星が朝食を残していったよ」
「あら……、何か悩みでも抱えているのかしら。あの子、昨日泥だらけで帰ってきたわ。いじめにあったりしてなければ良いけど」
「大丈夫さ、私の予想だと、恋煩いかな?」
「あら、もうお年頃って事かしら」
父さんと母さんがそんな話で笑っているのは構わないが、窓が開いている状態で、外に聞こえる程の大声で話さないでもらいたい所だ。朝の静けさならやすやすと聞こえてくる声だぞ。
足早に家から離れ、僕は昨日の会話を思い出していた。
※
『どうして僕の名前を?』
『あたしは、あなたを知っている』
『僕は君を知らない……』
『わかってる』
『どういうことだ?』
少女が言うには、彼女を助ける過程で僕が知りたい事は、ある程度知る事ができると繰り返す。肝心の何を助ければいいのかだが、少女をある場所から助け出して欲しいという。簡単に説明すると、心だけはレッドアロンに飛ばしていて、体は別の場所にあるのだと。そんなファンタジーじゃあるまいしと思ったが、頭の中で出来る会話、レッドアロンと呼ばれる戦闘機、それら全てが現実である証拠になっている。
『わかったよ……、混乱しそうだ。つまり、君を迎えに行けばいいってことか?』
『そうね』
僕は少し考え込み、様子を察してか少女は話しかけずに黙っている。
『それにしても、心で会話できるなんてな』
『あたしも、あなたも、ある特別な人間だから』
『おいおい、なんだよそれ……』
『これからあなたは自分の人生が、世界が変わってしまうかもしれない。こんな事を今さら言うけど、今までどおりに過ごしたいなら、断ってくれてもいい……』
『……ここまで関わってしまったんだ。最後まで引き受けるよ』
『ありがとう、本当にありがとう……』
姿は見えないが、少女が泣いているように感じた。
『君の名前くらい、もう教えてくれないか?』
『最初は警戒したけど、どうやら名前くらいは大丈夫そうね望愛よ。さあ、今日はもう帰りなさい』
※
昨日はそう言われて素直に帰って来たけど、良かったのだろうか。
あれから家に着くなり、死ぬように眠った。この筋肉痛からして、どれ位体が疲れていたかが分かる。まるで、体中に見えない重りが付いているようだ。
あれから、声はまだ聞こえない。少女の正体と、あのレッドアロンの事が頭から離れないでいる。長く大きなあくびをした僕は、涙目で空を見上げた。
今日は雲1つ無い空だ。どこまでも澄み渡り、海の様に青い空は、昨日の出来事を洗い流すように綺麗だった。
「おい~っす!、ん?、どうした、元気ないな」
「ちょっと寝不足なだけだよ」
竜輝の無駄に元気な所が、今日はありがたく感じる。それは昨日の出来事を忘れさせてくれるのには充分すぎる程だ。
「おはよう」
下駄箱で靴を履き替えている時に、聞き覚えのある、かわいい声が聞こえた。
「おはよう、流ちゃん」
「おはよう、あやめ。もう体調は良いのか?」
「すっかりだよ!」
幼馴染の浪崎あやめだった。小学校、中学校、高校となかなかの腐れ縁だ。
あやめの家は金持ちだし、あやめの実力ならもっと良い私立の高校に進学できるほどの学力があったのに、なぜかこの平凡高校に進学を決めた変わり者だ。理由を聞いても、いつもごまかされるし。まあ、僕があまり気にする所ではないが。
「結局ただの風邪だったよ」
あやめは不満そうな声で喋りながら靴を履き替える。
セミロングの黒髪が、吹き込む風に揺れている。その絵になりそうな光景に、男子生徒は釘付けだった。あやめの登場で、薄暗かった下駄箱の雰囲気が明るくなった気がする。
昔から、大きく丸い瞳が特徴で、アイドル顔負けのルックスを持っている。背も伸びて、僕の顔半分までの所まで来ている。高校に入ってからさらに綺麗になったと思う。他に変な事は考えていない。単純にそう思っただけだ。まあ確かに、制服の上からでも分かる位、出てるいる物に目がいってしまう時もあるが。
「流ちゃん、放課後にさ! 駅前に出来た新しいカフェに行きたいから付き合ってよ!」
「あ、ああ……、いいよ」
少し戸惑った僕に、あやめは不思議そうにして顔を近づけて覗き込んできた。
「顔が近いぞ」
「なんか怪しいな~」
「何でもないよ…」
「じゃあ、来てくれるよね?」
「もちろん、行くよ」
「ありがとう!、楽しみにしてるね」
あやめはそう言うと、満面の笑みで喜び教室に行った。
「うらやましいな」
「何が?」
僕も教室に行こうとしている途中で、竜輝が突然きりだした。
竜輝が言うには、あやめは上級生も含めて入学当初から人気があるそうだ。先輩もあやめを狙っているそうで、普段仲良くしている僕は結構敵視されているかもしれないと。今のところ、あやめとそういう関係ではないと、僕を敵視している奴等に言っておいてくれと、竜輝に頼んでおく。
教室の扉を開けると、クラスメイト達はある1つのニュースで持ち切りだった。みんなそれぞれ映像新聞や、ポータブルデバイスを出してネットニュースを見ている。
「竜輝、流星、凄かったよな昨日!、テレビも新聞も、どこも話題はこれだよ」
クラスメイトの1人が、興奮しながら映像新聞を突き付ける。
見出しには、
〈所属不明機、領空侵犯後、炎上しながら公園に落下〉
と書いてある。
僕はそれに見覚えがあった。
これは、昨日僕が撃ち落とした戦闘機の残骸であり、1番先頭にいた戦闘機だ。




