第19話 レアジーンチルドレン
「レアジーンチルドレンは、いうなれば本当の人間なのだ」
黒羽さんは椅子に深く座りなおし、真っ直ぐに僕を見据える。
「本当の人間?」
「そうだ。人間の遺伝子にはガラクタ遺伝子と呼ばれる、余分・無駄に見えるような未解明の領域が存在していた」
机に望愛と彩のプロフィールのようなファイルが並べられる。
「だがそれは違うと分かったのだ。余分・無駄に見える遺伝子は、本来人間に備わっている力に制御をかけていたのだ」
「望愛と彩の……テレパシー能力」
「そうだ。本来人間が使えるはずだった力、進化の過程なのか神のいたずらなのか使えなかった力を、生まれながら偶発的に発現させた稀有な存在。それがレアジーンチルドレンだ」
だから本当の人間だという表現を使っていたのか。待てよ、僕にもあのテレパシー能力が使えたという事は。
「僕も……レアジーンチルドレン!?」
「ある意味ではそうだが、君の場合は」
「うぐううううううううう!」
強烈な頭痛が始まり、目の前の世界が歪む。
話を聞いてても何も起こらないから油断していた。これは今までで一番強烈だ。
「流星君、大丈夫かね?」
机に突っ伏す形で苦しんでいた僕に、黒羽さんは優しく声をかける。
またあっという間にからだは元に戻り、意識がはっきりした段階で顔を上げた。
「すまない。油断して話し過ぎたようだ」
「いえ、僕も意識できていませんでした」
呼吸を整えて椅子に座りなおす。
「私も君にかけられたプロテクトが詳細は知らないが、望愛君の報告と合わせていくつか分かったことがある」
「プロテクトの発動条件ですか?」
「そうだ。恐らくだが君自身の過去に直接言及する事と、レッドアロンとの直接的な関係性に言及すると発動するようだが、私が知らされていた条件より緩くなっているのだ。何があったのか……君が百色島に行った際に、条件緩和が起こる何かがあったと思うのだが」
「あ! そういえば!」
百色島に行った際に、壊れたおもちゃを見つけて幻を見て望愛を見つけることが出来た事を話すと、黒羽さんは何かを納得したようだった。
黒羽さんの推測によると、何かしらが起こって僕がレッドアロンに乗ることになった後、遅かれ早かれ百色島を訪れる事を予測していたのではないかという事だった。
だから鍵としてあのおもちゃを置いといたのだろうと。
そして総合的に考えて鍵となるものには2つの効果があるという。
1つ目はプロテクト発動条件を緩和する効果
2つ目は特定の記憶を戻す効果
緩和が存在するのは、全ての鍵となるものを見つけられる保証がないからだろうと結論が出される。
「つまりこれらに注意を払えば、君に情報を与えることも可能だということだ」
「なるほど、それならとりあえず話は聞けそうですね」
「そうだ。では話を戻してみようか」
「はい」
黒羽さんが話たのは、望愛こそが、最初に発見されたレアジーンチルドレンだったということだった。
予防接種という名目の元で国民の中から稀な遺伝子を持つものを探し出したこと。
赤ん坊の望愛が最初で、同世代で後4人が見つかったということ。
何故か全員女性だったということだった。
5人とも女性? 僕はここには含まれていないということか。
でも聞かない方が無難だろう、僕に関することになるからな。
「レアジーンチルドレンには普通の人間にはない能力があったが、共通の能力とそれぞれの能力があったのだ」
「個人差があるということですか?」
「正確には発現できた能力がバラバラだったということか」
研究者はそれぞれに違う能力が備わっているのではなく、発現することができた遺伝子の場所が異なっているだけで、見つかったレアジーンも完全な存在ではないことに気づいたのだそうだ。
黒羽さんは現在に到るまで、望愛達レアジーンに非人道的な実験もしてなければ強要もしていないと念を押してくる。
よく考えれば、扱いが酷かったらここに望愛が戻っては来なかっただろう。僕は少し安心した気がする。
「レアジーンチルドレンにある共通の力ってなんなのですか?」
「まずテレパシーに似たコミュニケーション能力、常人を遥かに凌ぐ体力、空戦時の重力に耐えられるような肉体の強靭性、空間やあらゆる知覚に関する脳の活性による高度な情報処理能力、とまああげたらきりがないのだがね」
思い当たることだらけだ。頭の中の会話はコミュニケーション能力、赤が山と家と学校を走り回った時の体力、空戦時にどんどん楽になっていた強靭性、高度な情報処理能力による空戦時の敵機や軌道の把握。
間違いない! 僕はレアジーンなんだ!
でも疑問が残る。見つかった5人のレアジーンは全員女性、僕も検査で見つかって連れてこられたのではないのなら、一体どういう経緯で望愛達にあっているんだ?
いや、そのことこそ記憶を戻せていうことか。知らない話を聞いて知りたいことが増えるとは……。
「レアジーンって凄いんですね」
「レアジーン? そうだな……もう子供達を指す言葉ではないからな」
黒羽さんは気に入ったようで、髭に手を当ててブツブツと感想を言っている。
「あとは能力ではないが、いま世界にいる普通の人間に対してあまり関心しなくなるということかな」
「どういうことですか?」
「別種のような感覚になるようでな。君は敵機のパイロットを撃墜した後の事を思い出してみたまえ」
そうだ、パイロットを殺してしまった後、一度はショックを受けたがその後平気になってしまった。
「思い当たることがあるようだな」
「はい……」
「感情が無くなった訳ではない。人間は人間以外を簡単に殺してしまう。レアジーンは本能で普通の人間を別種の存在と捉える傾向にあるらしい」
つまりレアジーンにとって普通の人間は近縁種という感覚になるらしく、あまり感情移入しなくなるとのことだった。
そう思うと、望愛の態度もなんとなく分かる。
施設で血の跡を見ても、みんながいなくなっていてもあまり関心が無かったからだ。そして僕も。
もしかしてあやめとの約束を忘れたり、多少の罪悪感だけで気にしなくなってしまったのはそのためか?
「それは悪いことではない。そうだな……ノーマルジーンとでもいうべきか。ノーマルジーンもレアジーンもそういう風に出来ているだけなのだから」
「そうですね、それほどショックを受けていませんよ……」
「レアジーンだからとか、ノーマルジーンだからといってその人間そのものの本質が決まる訳ではない。だから流星君がどういう人間になるかは流星君次第だ」
感情移入しないだって? 少なくともそれはない。僕はあなたをもう尊敬していますよ。
そうだな、僕という人間が感情を持っていけばいいことだ。
「少しショックを受けましたが、自分で納得することが出来ました。ありがとうございます」
「礼には及ばんよ」
僕は家族も好きだし、友人も好きだし、望愛達も好きだ。それでいいじゃないか。
「そうだ、個別の能力に関してはそれぞれに聞いてみてくれ」
個人情報だからなと黒羽さんは笑って見せた。
「大分遠回りしてしまったが、パレット計画について話しても大丈夫そうだ。時系列としては順番が逆になってしまったが」
「ええ、お願いします」
「では話そう、レッドアロン誕生、最初の物語を」




