第14話 自分の知らない自分の話
流星を降ろし、望愛だけになったレッドアロンは孤独に飛び続ける。
『望愛~! 聞こえる~?』
『聞こえているわよ』
『グリーンフォレッサードのパイロットって言えば分かるかな?』
『ええ、久しぶりね』
グリーンフォレッサードのパイロットは望愛との数年ぶりの再会をよろこんでいるようだが、望愛は少し鬱陶しそうにする。望愛はレッドアロンのセンサーで友軍機を探すが、反応が無いのでどこに飛べばいいのか分からない状態だ。
『うちの方では、しっかり捉えているよ』
『あなたの機体性能と一緒にしないでよ』
『そうね、座標を送るから来てちょうだい。みんな待っているわ』
『みんな?』
『パレットのみんながね』
『それは楽しみね』
レッドアロンは送られた座標に従い、高度を上げて飛び去って行く。
僕は飛び去っていくレッドアロンが見えなくなるまで洞窟の前に立ち尽くし、レッドアロンが見えなくなってからやっと家路につく。
足取りが重い。理由はいろいろあるが、一番の問題として母さんと父さんに外泊の話をどう説明しなければならないかだ。
「遥か南の孤島で、女の子を助けていました」
いや、あまりにも単刀直入すぎる。あくまでさりげなくだ、さりげなく。
それよりも僕自身の過去について話したら、父さんと母さんがどんな反応を示すかだ。そもそも僕が養子だという話も聞いたことがないし、それにどう聞けばいいのだろう。
純粋に考えれば、父さんのゲームがレッドアロンにそっくりだったり、あのゲームを何年もやらせてきたのは、今回みたいな出来事のための準備だった気がする。
ということは、父さんは僕のことを少なくとも僕以上に知っているということだ。
普通の親子として育ってきたのに、この変化をどう受け止めればいいのだろう。
百色島からの帰り、望愛には知らなくていいかもと言ったが両親に会うというイベントを控えた今、それだけは知りたくてしょうがなくなってしまっている。
「あ……」
ずっと考えていたからだろうか、いつの間にか家に着いていた。いざとなると中に入るのすらためらってしまう。空腹を訴えていた胃袋さえ、今はまったく沈黙を守っている。
「おかえりなさい」
タイミング良く玄関が開き、聞きなれた優しい声が聞こえた。
「た……ただいま」
「そんな所に立ってないで、家に入りましょう」
母さんは何も聞かずに玄関を大きく開き、僕を招き入れてくれる。
「そんなに汚れて、早くシャワーを浴びてきなさい。今日こそすき焼きをやるわよ」
家に入り、すぐにシャワーを浴びる。ほっとしたのか、母さんに感謝していたのか、それともこんなに優しい母さんが、自分の本当の母ではないかもしれないことを思ってか、顔からはシャワーからでるお湯以外のものが流れていた。
シャワーから出るともう夕飯ができていて、いつも通り席に座る。
その時、ちょうど父さんがトイレから出てきた。
「お帰り、お前も今帰って来たんだってな」
「うん、父さんあのさ」
「確かに無断外泊は許されたものではないが、父さんもそれに関して言えた立場じゃないからな。若い頃はよくやったものだ。だが聞かせてもらおうかな? これ関係かい?」
父さんはそう言いながら、右手の小指を立てて見せる。
「いや……それはちょっと違うけどさ」
「ちょっとか、母さん、この子も大人になってきた訳だ」
「違うよ、そんな浮いた話じゃないよ」
母さんはグツグツと音を立てる、すき焼き鍋をテーブルのコンロに乗せた。
本来であれば楽しい食事が始まるはずなのだが、誰も手をつけようとしない。
「レッドアロンに……乗ってきたのだろう?」
父さんが単刀直入に切り込んでくる。
「いつかこんな日が来ると思っていた」
「父さん……」
「今の流星に話せることを話そう。頭痛がしたら言ってくれ」
父さんは静かに語り出し、母さんは黙ってきいている。
まず僕は父さんと母さんの本当の子供ではない。本当の両親はレッドアロンの開発者で、苗字も紅林ではなく一色で、今回訪れた百色島で生まれたそうだ。
本当の父と母はすでに亡くなっているそうだが、僕のことを本当に可愛がっていたそうで、亡くなる前に僕を信頼できるこの家に引き取ってほしいと言われたと。
それで紅林家に引き取られることになったわけだ。
父さんは記憶がない理由も説明してくれた。
過去を忘れて自分の人生を生きてほしいと記憶を消したらしく、他者がレッドアロンや自分の事を教えようとすると頭痛の警告の後にその情報がなくなるまで気絶に近い状態になるプロテクトをかけたそうだ。
だが記憶を戻す方法もあるそうで、それは鍵となる物を見る、人と会う、特定の言葉を聞くなどで記憶の扉があき関連するものを思い出せるという事だった。
おそらく、あの壊れた飛行機のおもちゃが鍵の役割をしていたのだろう。
いつかこんな日が来ると考えていた父さんは、言える範囲を見極めて準備していたそうだ。
僕の本当の父親はレッドアロンに乗る事を望んでいなかったが、育ての父親は万が一巡り合う事を考えてあのゲームで密かに訓練していたと。今回は結果論としてそれが正解だったわけだ。
「これが話せる範囲かな。あまり流星自身の事とレッドアロンの事を話すとプロテクトが発動するからな」
「ありがとう、父さん。話してくれてうれしいよ」
「父さんと呼んでくれるのか?」
「もちろんだよ。僕にとって父さんは父さんだから」
父さんは俯いて話さなくなる。
「ところで、僕は普通の人間じゃないの?」
「それは……」
「大丈夫、頭痛がしたらすぐ言うから」
「なら答えるとしたら、流星は本当の人間なんだよ」
本当の人間? どういう事だろうとも思ったが、これが言える最大の範囲なのだろうと思った。
そういえば望愛も似たようなことを言ってたような。。。
「いろいろ思い出したいのなら、流星は鍵となるものを探し出さなくてはならない。それが何かは分からないし、私達も知らないんだ」
「そんなことだろうと思ったよ。ひとつは百色島の壊れたおもちゃだったみたいだけど」
「さあ流星も疲れているだろうし、ごはんも冷めちゃうから早く食べましょう。これからいろんな話をしていけばいいのよ」
母さんはコンロにスイッチを入れてすき焼きを再度温め始める。
「あのさ、父さんと母さんは、僕の父さんと母さんでいいんだよね?」
「なにを言っているんだ? あたりまえじゃないか。お前は、私達の大切な息子だ」
父さんの横で、母さんも頷いている。
夕食を食べて僕は直ぐ部屋に行きベッドに横になる。
本当の人間、それはどういうことだろう。
世間のいう正当防衛であったかもしれないが、そして戦場という場所であるかもしれないが、殺しは殺しだ。だけど不思議だ、胸が苦しくない。この話をした時に望愛も似たようなことを言っていた。それで思い出したところもある。
これが本当の人間というのだろうか。記憶を戻せばそういうことも分かるのだろうか。
なんだろうか、急に眠い。そうか……なれない所で寝たり、戦闘機に乗って体力を……。
カーテンの隙間から差し込む日の光が眩しく、僕は眼を覚ます。
「おはよう」
廊下に出ると父さんが起きてきて声をかけた。
「昨日言いそびれたが、学校をさぼるのは昨日限りだぞ」
「うん」
朝食を食べ、制服に着替えて家を出る。
あまりに普段通りなので、昨日までの事を忘れそうだ。
「そういえば昨日あやめちゃんが心配して家に来たわよ。お礼を言っときなさいね。とりあえず病気で寝込んでいるって、言っておいたから」
玄関で母さんに言われ、そういえば約束をすっぽかしたことを思い出す。埋め合わせをしなければ。
「おっはよ~っす」
竜輝と昇降口で会い教室に向かった。
「お前体調は大丈夫なのか? 早退したうえに昨日休んだしな」
教室に入り席に座ると竜輝が聞いてくる。心配しているのか、興味本位で聞いているのかよく分からない顔をしているが。
「ああ、大丈夫だよ」
「何かあやしいな……お前、女子と一緒にいたなんてないよな?」
なぜこいつは妙な所が鋭いんだ。いや、待てよ……こいつの場合毎回このパターンなだけかもしれんし、普段通りに流してみるか。
「悪いが、お前の期待を1000%裏切ってやるよ」
「まあそんな感じだろうな」
上手く交わした! 流石僕だ。
教室の入り口に視線を移すと、丁度あやめが教室に入ってきて変な緊張感が体を駆巡る。
「もう体は大丈夫なの? 流ちゃん」
「ああ、それよりごめんな、一昨日は約束守れなくて」
「そんなことは良いんだよ。……残念だったのは流ちゃんの看病ができなかった事だよ」
「え? 何?」
「ううん! 何でもない! 気にしてないけど約束は約束だよ。一緒にどっかお出かけしてくれなきゃ駄目だよ」
「了解だ」
「でも本当に大丈夫なの? 流ちゃんのお母さんが、急性片頭痛リウマチ性痛風インフルエンザって言っていたけど……」
秀才だが天然の少女と、独特のセンスの母が上手い事噛み合っている。
常人の僕には理解できないが助かった。ありがとう、個性的な人達。
「ホームルーム始めるぞ!」
このタイミング、先生も絶妙だぜ。
「じゃあ流ちゃん、今日一緒に帰ろうね」
「了解だ」
あやめは嬉しそうに髪をなびかせながら教室を出て行く。
ああ……、これこそ平和な日々だ。目を閉じて、この状況をかみしめる。
「出席はこれでよし。それと今日はみんなに転校生を紹介する」
教室がざわめき始める。
「先生! 女の子ですか?」
「ああ、2人とも女の子だ」
「やったな流星! 2人もいるんだってよ」
ああ、平和だ。普通の反応とは言い難いが、学生ってこんな感じだろ。竜輝、グッジョブ。
「じゃあ2人とも入ってきなさい」
ドアをスライドさせる音がして、2人の転校生が入ってきた。クラスがまるで、日本代表がオリンピックで優勝した時のような歓声を上げる。男子中心に。
「流星、俺は運命に感謝する。美少女が2人も我がクラスに来るなんて」
へえ、美少女か。どんな人なのか内心ワクワクしながら目を開けた。
だが僕には感動ではなく、冷や汗と動揺がやってきた。
なぜならそこに立っている2人のうち、1人は昨日別れた筈のあの少女だったからだ。




