第11話 紅に染まる機体
聞いた事のない、高く綺麗な鳥の合唱で目が覚める。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
マットを敷いていたとはいえ、体は慣れない寝床に文句を言っている。
「おはよう」
「望愛!?」
望愛の声を聞き目を開けると目の前に彼女の顔があり、それが余りに近かったので僕は顔を赤くしてしまい、慌てて伏せている体制の望愛ごと上半身を起こす。望愛は僕の腰の辺りで跨る形で座っていた。
男子なら思い描く夢のシチュエーションである。
「何してんだよ?」
「昨日暗かったからよく顔が見たくて」
「まったく……」
すっかり目が覚めてしまったが、これは知る限り世界最強の目覚ましだ。
明るくなって気がついたが体は埃や砂だらけで、全体的に叩いて落としたのはいいが、僕は益々母さんにどう説明しようかを考える。考えれば考える程優鬱になっていくのだが。
「急いで出発するわよ。レッドアロンは外に運んだから」
望愛はまだ体の調子が悪いのか、フラフラと危なっかしく歩いている。
数ヶ月もあのカプセルに体があったというのだから、むしろこうして歩いているのが不思議なくらいなのだが。望愛もここで何があったのか、どうやって数ヶ月もカプセルで生きていたのか、ほとんど話そうとはしない。おそらく僕の頭痛を警戒してのことなのだろう。
「大丈夫か?」
「まだ感覚が戻らないのよ」
「またおぶってやろうか?」
「大丈夫。これも感覚を取り戻すリハビリになるから」
そう言うとまたフラフラしながらレッドアロンに向かって歩き出すが、あまりに危なっかしいので気を配りながら後についていく。
「もう、後ろを歩かないでよ!」
「今度はどうした?」
「あたしの前を歩いて!」
「了解しましたよ」
「こんな服じゃ恥ずかしいのよ」
「え? なんだって?」
「後ろを見るな! とっとと歩きなさい!」
「痛い! つねらないでくれ」
「良いから早くしなさいよ! ジャンプすれば届くんだからね! 逝ってしまえ!」
望愛には暴力的な一面があるようだが、あの危なっかしいよちよち歩きでよくジャンプできたものだ。思ったよりも彼女は良くなって来ているのかもしれない。
「どうしたの? 少し笑って」
「やっぱり心配でさ、でもそれだけ元気なら大丈夫そうだな」
望愛の顔が真っ赤になりうつむいてしまう。やはりまだ調子がよくないのだろうか。
考えを巡らせながらレッドアロンの前に来た時、唐突に1つの疑問が出る。
「今度は何をぼーっとしてるの?」
「これ1人乗りだろ? どうやって2人乗るんだよ?」
「操縦席に座るのはあなただけ。あたしはこっち」
「意味が分からない、うわっ!」
望愛がレッドアロンに手を触れると体が眩い光の粒になり、レッドアロンの中に吸い込まれていった。まるで妖精や天使がいなくなるように。
望愛が吸い込まれた直後レッドアロンが小刻みに震えている感じがし、レッドアロンの全体が見えるところまで下がった。
朝日に包まれ、金属独特の輝きを見せるレッドアロンは回転音がし始め徐々に変化を始める。機体のところどころに赤い斑点の様な物が線光を出しながら現れ、それが服に付いたワインの染みのように広がっていく。
やがて機体全体が真っ赤に染まり、レッドアロンの名にふさわしい機体となった。
「ははは、夢じゃないよな。女の子が吸い込まれて機体の色が変わった」
『何をやっているの? 早く乗りなさい』
『望愛? どこにいるんだ?』
『見てなかったの? この子の中よ』
『中ってどういう事だよ』
『説明している時間はないから、早くしないと置いてくわよ』
『……分かったよ、もう頭が爆発しそうだ』
頭を抱えながらレッドアロンに乗り込むと、操縦席が閉められ一瞬の暗闇の後に周りの景色が投影される。
あの何かが回転する音が以前より大きくなり、漂う線光も以前より増えはじめ、心なしかレッドアロンが力強くなっているような気がする。
ちなみに、少し、本当に少しだけ期待した、美少女を膝に乗せて座るイベントは無くなったようだ。
『行くわよ』
望愛がそう言うと同時に機体は滑走路を滑る様に走り出し、ひかれている白線の流れが徐々に速くなり空に上がり始め、気がついたら大海原に出ていた。やはり昨日より機体は安定しているというか、スムーズというか、そんな感じがする。
雲を突き抜けて島をあっさり後にし、疲れながらもゆったりした感覚でいた。
『何て言ったらいいのかな、何というか、昨日より』
『安定して飛んでる?』
『あんまり僕に操縦を頼まないし』
『これが本来のスタイルだからね。今までより余裕があって当然よ。でも手伝ってくれた方が楽になるのは変わらないけどね』
本来のスタイルというのも分からないが、とりあえず手伝うのが無難だろう。結局知ることができた物もあれば、分からないことも増えたという感じだ。
望愛の体があの状態で数ヶ月持ったこと、レッドアロンに吸い込まれたこと、そもそもこのレッドアロンのことは何も分かっていない。帰ったら望愛にいろいろ聞かないと。あの頭痛はごめんだが、僕の記憶を戻す方法も考えないと。
とりあえず、今は望愛に聞けることを聞いてみるか。
『君の言うとおり、来ていろいろ分かったことがあったよ』
『そうね』
『僕はあの島にいて、君にも会っている。そうだろう?』
『……ええ』
『でも、まだ分からないことだらけだ。帰ったら話す時間もあるかな?』
『そうね』
望愛の受け答えがあまりに慎重だ。頭痛が起こらないか警戒しているのだろう。
『ミサイルアラート!』
それは一瞬の出来事。突然鳴り響く警報に望愛の叫び声。
『避け…きゃあ!』
望愛の悲鳴と共に機体に激しい衝撃がはしり、体制を大きく崩しレッドアロンは自由落下を始める。天地が目まぐるしく変わり海が物凄い勢いで迫る。
『くそ! 墜ちる! 墜ちる!』
『まって、体制を立て直すから』
『何でも良いから、早くしてくれ!』
『反応が鈍い! なんで!? 急いで! バランススラスターシステム再起動・姿勢制御開始・メインスラスター推力上昇・ダメージ蓄積37%、装甲はまだ大丈夫』
海に墜ちる前に機体は水平を向き、めちゃくちゃな回転運動から脱する事が出来た。
『今よ、速度を上げて上昇して』
『了解!』
ペダルを踏み込み操縦桿を引くと、レッドアロンは浮力を取り戻し始め海面ぎりぎりを滑空し、海に裂け目を作りながら上昇を始める。
『ミサイルが直撃したみたいね』
『大丈夫なのかよ?』
『大丈夫、この子はミサイル1発くらいじゃ落ちはしないから』
『それなら今までも交わさなくてよかったんじゃ?』
『何発が耐えられるだけであたってもいいわけじゃないの。だって装甲内の……ミサイル!』
機体を垂直にし操縦桿を引いて横に逃げた後、目で追うのがやっとのミサイルが通過した。
今まで見たミサイルとは違い、かなり早いスピードで飛んできたこれは短距離型速射ミサイルだ。父さんのゲームで見たことがあるやつで、たしか飛距離が短いのと威力が無い分、速くて回避が難しいミサイルのはず。問題なのは飛距離が短いこのミサイルを、発射したものが見当たらないということだ。その答えを導き出したのは望愛だった
『2発目はレーダーでミサイルの軌道を捕らえた。海の中からの攻撃、潜水艦がいる!』
潜水艦と戦闘機ではスピードを比べるまでも無く、望愛は離脱する準備を始める。
だが海面に何かが現れてと思うとそこから戦闘機が射出されてくるのが見え、それがミサイル発射のボックスのような垂直カタパルトだと分かった。
『ただの潜水艦じゃない! 潜水空母よ! 艦載機を出してきたんだわ。2・3・・4機、高度を上げて追いかけてくる』
『昨日みたいにレッドアロンのスピードなら逃げ切れるだろ?』
『グングニールは残弾0だし、もちろん今闘うのは得策じゃない。このまま……』
『どうしたんだ? 望愛!』
『さっきので……どこかシステムを損傷……迂闊……戦線を離脱……復旧まで……』
『望愛? 返事しろよ! き、機体が揺れる!』
望愛の声が消えた直後機体は大きく揺れ始める。
この時初めて、レッドアロンは望愛がいてはじめて飛べていた事を実感した。そのまま機体はバランスを崩し、歩き始めの子供のように、やっとのこと飛んでいる。
<インターフェース消失、システムを基本飛行システムに移行します。飛行制御をパイロットに譲渡>
目の前に現れたエアスクリーンは無慈悲にそれだけを告げる。
潜水空母の艦長は笑いが止まらない。
「ははは、レーダーに映らないレッドアロンがまさか都合よく低高度で我々の上を通過してくれるとは。私も運がいいというものだ。海上の観測班を労わなければな!」
「艦長、レッドアロンの機体色が消えていきます。今にも墜落しそうに見えます」
「この程度では損傷するはずがないが、外装ではなく内部のどこかを損傷したな。最強の装甲が健在でも、メンテナンスをしなければそうではないということか。今が好機だ! 潜水空母レオパルトラム、浮上開始!」
暗がりの管制室に低く野太い声が響き渡り、兵士達は一斉に慌ただしくなる。
水柱から現れたのは、まるで空母と潜水艦の子供の様な巨大な物体。それが海面を押しのけて飛び出す。潜水艦の上面には滑走路が三本ほどあり、戦闘機が発着できるようになっている。潜水艦の上に空母をまるまるくっ付けたって感じで、船体後部には縦に並んだ四角いカタパルト5つ並んでいて、垂直に戦闘機を射出できるようになっている。
四角いカタパルトが伸び始め、伸びきった後に上部についている蓋のような物が開く。
「艦載機発進、デッキカタパルトは使うな。垂直カタパルトから発進させろ」
艦長が声を張り上げる。
「了解艦長。こちら管制室、ハッチ解放、カタパルト射出開始」
「艦長よりパイロット諸君に通達する。現在レッドアロンは弱っている! この好機を逃すな! レッドアロンを鹵隔すれば我らアンティカル皇帝国が世界を手にできる。行け、我が国の未来のために!」
「了解。β隊発艦します!」
垂直カタパルトから戦闘機が飛び出していく。
「また出て来た……、この状況で戦闘機と戦えってのかよ!」
自分の実力を勘違いしていたのだろう。その証拠に、僕は忘れかけていたあの感覚を取り戻したようだ。自分は死ぬかもしれない……、あの冷たい物が背中を伝う感覚を。




