第10話 やっと会えた
思ったよりも廊下は長く無機質な白一色の壁が続くばかりで、ここに入ってから望愛の声も聞こえず少し不安になりかけている。
引き返そうかと思い始めた時廊下の終わりが見え、そこにある入り口と同じように厳重に閉ざされた鉄の扉は、あらゆる侵入者を拒んでいる。左脇には同じ液晶パネルがあり、再びそれに手を乗せるとスキャンが始まり認証された。
「何で僕は通れるんだ?」
時間と共に実感が増し、不思議に思う心が膨れ上がり始める。
扉を抜けるとまた廊下が続いていたが今度は両側に扉があり、数ある部屋がホテルの廊下のように連なってるようで、それぞれの扉の上に部屋の名前が書いてある。
右端の扉を開けようとすると人の指ほどの太さの棒が扉にロックをしており、近くでよく見ると表面には丸の形をした大小の跡がたくさん見え、廊下にも黒炭のような跡がある。
「これってもしかして銃で撃った跡じゃないか? こっちは爆破して空けようとしたんだ」
空けるにはどうすればいいのか気になり、またパネルがあるのではないかと扉の周りを探したが見当たらなかった。
変わりに扉のやや上にカメラのレンズ穴のような物が付いていて、それをよく見ようと覗き込んだその瞬間、目にピンポイントに光を当てられ目が眩んだ。
虹彩認証のようで棒が壁に吸い込まれ、さらに鍵が空く様な音が廊下に響き〈認証〉と扉のやや前に文字が出た。
恐る恐る扉を開けて中を除いてみると、まばらに汚れたファイルや空のケースが置かれた棚が、広々とした部屋一面に置かれているだけで、めぼしいものは何も無い。一度外に出て扉の上にある部屋の名前を見てみると、<パレット計画資料室>と書かれている。
何の事か分からず考えていると、自動で扉が閉まると同時に再び棒が伸び鍵のかかる音がする。
もうあの部屋には興味がなかったので、廊下を進みながらは部屋の名前を読んでいく。ここは主に資料の保管室の並びらしくよく分からない名前ばかりだが、唯一僕の興味を引く部屋を見つけた。
レッドアロン資料室だ。
同じ順序で扉を開け中に入る事ができたので、適当に資料をあさった所運が良く〈レッドアロン計画概要書〉というのを見つける。ほこりとカビの匂いがしたそれを開いたが、残念なことに中身はほとんどない。
残っていたものの中に〈TD=タキオンドライブ〉と走り書きされたメモだけがあった。望愛がレッドアロンの起動をした際に口にしていた単語だ。
それ以外は何も無く、資料を棚に戻し部屋を出て再び廊下を進む。
廊下を進むと突き当りにまた扉を見つけた。どうやらここは網目のようになっていて、左右に行けばまた部屋がある廊下があるようだ。
今度の扉は一回り大きく、開けるには掌と虹彩認証が必要のようで、認証を終えると扉はこすれる音をたてながら横にスライドして空き始める。
埃臭い空気が噴出してむせ返り咳がでてしまう。扉が開ききると照明が点灯し会社の様に規則正しく並んだ、無数の机とパソコンが露わになるが、部屋はまるで銃撃戦があったような傷があちこちにある。
「これは……、血か?」
良く見ると床や壁、机等に赤黒い染みが付いている。
歩きまわっているとパソコンの1つだけが生きており、画面がついて光を発しながら地面に落ちているのを見つけた。そのパソコンを机に置き直し、今にも壊れそうな椅子に座って中身を漁る。何か敵のアジトに潜入しているスパイにでもなった気分になる。
見つかったのは1つのファイルだけであまり重要ではないのか、これだけが消されずに残っている。僕はマウスを動かし、〈ミティア計画個人記録〉というファイルを開くと壊れかけているのかゆっくり文章が現れ始める。
〈失敗を繰り返してきたが、サンプルナンバー0203が人口子宮から誕生した。我々は遂に計画を成功させた。これで、レッドアロンの性能を引き出せる者が誕生したのだ。だが私はこの子にそんな事をさせないつもりだ。政府の援助と依頼の元で、生命をもて遊んでいるとも言える実験を繰り返してきた。レッドアロンを構成する部品とも形容される人間の創造。だが当初の目的とは違い、私はいつしか子供を産めない妻に、神に変わって子供を授からせる事が目的になっていた。
この子は私と妻の血を引いている。まぎれもない私達の子供だ。診断でも良好であり、健康そのもの。私と妻の待ち望んだ子供である。計画は失敗したと報告しよう。やがてここを出て3人で普通に暮らすつもりだ。将来、自分の正体を、私がこの子に与えてしまった力を知ってしまっても、私達は胸を張って、家族と、君を愛する親だと言うだろう。後はこの子が決めることだ。そうだ、名前も決めてある。プロジェクトの名前からとって〉
そこまで読んだ時、急にパソコンが煙を上げて壊れてしまいあたりには焦げた匂いが漂い、その匂いに負けてしかめ面をした。
またこの部屋を歩き回ると、片隅に翼の折れた飛行機のおもちゃが専用の台に飾られているのを見つける。何故こんな物が飾られているのか不思議に思うと同時に、僕の中に記憶が蘇った。
「これは、僕が引っ越す前に持っていた……」
子供のころ父さんにもらった思い出のおもちゃ。でもなぜか父さんの顔が思い出せない。いや、毎日顔を合わせている父さんじゃない。僕には、別の父さんがいた。
そうだ、女の子がいた。このおもちゃで一緒に遊んでいた女の子。
僕は知っている! ここを!。
その時、まるで幻を見ているかのように鮮明に思い出が溢れだした。
この部屋でたくさんの人が歩きまわる中、僕が泣きながら入ってくる。そして白衣の男が僕を抱き上げ壊れた戦闘機のおもちゃを見て、優しく頭をなでる。
そこにやさしげな女性が来て変わりに僕を抱っこし、白衣の男はおもちゃを捨てずにとって置く事を約束しながらまた僕の頭を撫でる。
その時、性がなにかに気づき指をさす。その先には可愛い笑顔の女の子がいた。
そこで現実に戻ってきたようだ。なんだ今のは。
冷静になり、女性が指さした方向へ顔を向けるとそこには扉があった。〈研究施設連絡口〉と書かれた扉だ。
扉を開くと中には無機質な廊下があり、進むとまた扉がある。
そこを開けると典型的な研究所のような場所に出る。天井がドーム状の広々とした部屋で、滑走路から見えたドーム状の建築物のところまで来たのだろうと分かった。部屋の中は大型のよく分からない機械が設置されているが、ここは銃撃戦の跡や爆破された形跡がない。
望愛が近くにいるのがなんとなく分かる。
部屋を歩き回ると厳重にロックされている<リンクルーム>と書かれた扉を見つけ、直感でこの中だと感じ扉の前まで行くと自動で開いた。
開ききると中は真っ白な部屋で、正方形の部屋の真ん中には酸素カプセルの様な物が置かれている。中に入り、曇っているガラスの表面を拭ってみると、中には薄手の白い布で作られたワンピースの様な服を着ている女の子がいた。
身長は低くカプセルの方が膝1個分長い。ちっこいのを差し引けば僕と同い年くらいに見える。腰まであるワインレッドの髪は、綺麗なストレートでさらさらしていて、前髪は目の間と両側が長く間から瞼が見える。全体的に線が細く女の子らしい華奢な体つきをしている。
まあ……、女性の象徴は将来に期待といったところか。
似合わないセリフだが、まるで天使の様な可愛さだ。本当に竜輝が喜びそうな美少女だし、少し自分の顔が赤くなっている気もする。
そして僕は彼女を知っている。ここで、あのおもちゃで僕は彼女と遊んでいた。
『カプセルの下にある緊急解放スイッチを押して。赤色の少し大きいやつよ』
望愛の声が聞こえ、言われるがままにスイッチを探し出し押し込む。
少女から一筋の涙がこぼれ、同時にカプセルが空気の抜ける音と共に開いていく。
開き切ると望愛は目を開けて、丸く赤みを帯びた瞳を見せる。
「やっと会えた、やっと自分の目で見れた。大きくなったんだね、流星」
消え入りそうな声で望愛は言い、カプセルに座りながら近づいた僕に軽く抱きつく。
「望愛」
僕が肩に手を置こうとすると、望愛に数歩下がるほど押される。
「やっぱり恥ずかしい……」
「なにが恥ずかしいんだよ?」
「なんでもないの! 逝ってしまえ!」
望愛は大声を出しながら立ち上がろうとしカプセルから出るが、弱弱しく床に転びそうになり僕はとっさに支えるが驚くほど望愛の体は軽く、それをおいて触れた腕や腰は柔らかく感じ、思わず自分の体温が上がるのを感じた。
平静を装いながら望愛をカプセルに座らせる。
「あ、ありがとう…」
「大丈夫かよ」
「自分の体を動かすなんて、数か月ぶりだから……。それにこの装置でリンクしてレッドアロンを操作するのは疲れるの。さらに空戦なんかしたもんだから……でも大丈夫よ。行きましょう、外の空気を吸いたいわ」
「数か月ぶりってどういう事だ? ……まあ聞きたい事はあとで聞くよ。それに大丈夫なわけないだろ? ほら!」
僕は望愛を強引におんぶし部屋を出る。
「ちょっと、やめてよ!」
「いいから」
「も、もう、……ねえ?」
「どうした?」
「あたし……重くない?」
「ははは」
「なに笑ってるのよ!」
「別に。思ったより少しは女の子らしい所も、痛っ!」
「また変なことを言ったら、もっとほっぺをつねってふにゃふにゃにするから」
「はい! わかりました! ああ、ちなみに軽いぞ。羽みたいだ」
「……今のはカウントしないであげる」
「それはどうも」
望愛は小さい手で、僕の肩をしっかり掴んでいる。
資料室の並びに出て外に繋がる扉を抜けると、外はすっかり暗くなっていた。帰る時に望愛がここは裏口のようなものだと教えてくれ、正規の入り口は違うという。建物自体が戦時中の突貫工事で作ったので、裏口の先に資料室の扉があるという変な構造だそうだ。
「しまった、かなり暗くなってるな」
「月明かりで場所は分かるけど、これじゃあ危なくて歩けないわね」
「ん? しめた! これを使おう」
壁に埋まっている非常用ライトを取り出しスイッチをいれると、明かりが灯り暗闇の森を照らす。
「貸して、ほら」
ライトを口にくわえようとした時、望愛がライトを取り足元を照らしてくれた。
「ありがとな」
「これぐらいはね。ここまで来てくれたんだし」
「やっと顔が見られて嬉しいよ」
「もう……」
望愛はなぜか嬉しそうにしながら、猫の様に顔を肩にスリスリしている。
望愛の案内で簡単に滑走路まで戻って来られたが、そこにレッドアロンの姿はない。
「丸見えだから移動させたのよ。あのハンガーに入れたわ」
そう言うと望愛は、港にあるような巨大な格納庫を指差した。
今いる位置と反対側なので、この片道6車線以上の距離プラスその倍以上を歩かなければならないと考えると、僕は少し足が重くなる。
しばらく歩くと妙に背中が静かであり、密着度が上がっているのを感じる。背中に当たる妙に小さく、それでいて柔らかく温かいものが僕に動揺を与えてくる。もはやライトは足元を照らしていない。
「望愛?」
僕が後ろを見ると、あまりに近い場所に顔があり同様したが、望愛は寝息をたてて眠っていた。危うくファーストキスを事故で失う所だ。
力の無くなった手から落ちたライトを拾い、ハンガーまで口にくわえて歩いた。
ハンガーに近づくと入り口側の隅っこにプレハブ小屋があるのを見つけ、とりあえずそこまで行き引き戸を開けてみる。
倉庫として使われていたらしく中には物が溢れていて、望愛を起こさないように中を漁っていると偶然にも引っ越しに使いそうなマットに似たクッション材が出てきた。
僕はそれを引っ張り出し小屋の横に敷いて望愛を上に寝かせ、羽織っていた上着をそっとかぶせる。僕は年齢にしては身長が高いほうではあるが、上着で体の半分以上が覆えてしまうのはそれだけが原因ではないだろう。
スースー聞こえる寝息を出す唇を見ていたら何だか恥ずかしくなり、僕はプレハブ小屋に自分の分のクッション材をとりにいく。
倉庫から別のクッション材を引っ張り出し、望愛から離れたところに敷きそこに飛び込むように寝ころんだ。自分の身長と同じくらいの長さと幅で、あまり寝返りはうてそうに無いが贅沢はいえない。
そうだ、帰ったら母さんに何て説明しよう。
「滑走路のハンガーで、女の子と一晩過ごしました」
……とは言えないか。
僕はここを知っている……、でも……思い出せない。望愛とも、一緒にいたは……ず……。




