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寺より戻ってきた一行、空腹で死にそうだと騒ぐクロードのために大至急で食事が用意される。兎にも角にもと食事を済ませ、やっと腹の落ち着いたクロードを待って軽い酒の席が設けられる。
徳利から注がれた辛口の酒を、香の物と軽いつまみでやりながら、昼間の寺で起こった仔細を主に兵衛が話し、それを所々で幻一郎が補足していく。
「以上が事のあらましだが何か他に聞きたい事は?俺もあまり口の上手い方ではなくてな。なにかしら漏れもあるかも知れん」
話を締めくくり、主に笹部に向けて尋ねる兵衛。
「いえ、委細承知いたしました。妖玉の数も間違いなく」
それに答える笹部に特に疑問はないようだが、先ほどから何やら思案顔で、何かを切り出そうかどうしようかと悩んでいる様に見える。
「笹部殿、何か気がかりがあるなら言ってくれ」
促され、少々重そうに口を開く。
「兵衛さん、幻一郎さん、ハットリさん。お三方ともいずれ劣らず腕の立つお方。主家を持たずに浪々の身の上故に事情はお有りでしょうが、もし叶うなら私と一緒に江戸へと出て、妖斬りのお役目を受けてはいただけないでしょうか?」
「俺たちにも奉行所に仕えろと?」
「厳密に言えば仕官ではありませんが。妖方には公儀お役目預かり人というものがありまして、その任を預かる間だけ、妖方の同心に準ずる身分として扱われるのす」
「お役目の間というのはどれくらいの期間なんだい?」
「任を命じられてこれを果たすまでの間になりますので、与えられる任によって変わります」
「という事は月とか年とかの区切りじゃなくて、請け負った仕事が終わったらその時点で職を失う訳だ」
「そういうことになりますので、少々お誘いをしづらいといった次第でして。とは申せ、任を終えて次の任までひと月も空くという事はありませんし、任の無い間は自由にしていただいて構いませんので、その間は口入れ屋で用心棒の仕事を請負うといった方が多いと聞きます」
「口入れ屋か」
「はい。口入れ屋自体は我が家の使用人を斡旋してくれている店がありますので、そちらに紹介状を用意しますので」
口入れ屋と聞いた兵衛は知らず頬が緩む。本来は町人の仕事を斡旋するのが主な業務で、その仕事内容は奉公人や使用人、あるいは日雇いの人足などが中心の現代で言えば派遣会社のようなものである。
しかしこと時代劇において口入れ屋と言えば用心棒の仕事の斡旋と相場は決まっている。となれば兵衛に異存などあるはずもない。
「俺はそれでも構わないが……」
とは言えそれは兵衛1人であればの話。腕に覚えありと一応は言える自分は用心棒暮らしも悪くないとは思うものの果たして他の2人はどうだろうかと、左右に控える幻一郎とクロードに視線を送る。
「口入れ屋とくればやはり用心棒でござるな。拙者は忍びの者でござるが、陰ながらの護衛というものに憧れがござる」
「僕はまあ手習いの師範の口でもあれば良いなとは思うけど、商家の離れに住み込みで用心棒ってのもいいよねえ、裏長屋も勿論悪くはないけど」
類は友を呼ぶという言葉の通りか、付き合いが長いだけのことはあり、この2人も同様に満更でもなさそうである。
口入れ屋でしたら、と横から大二郎も口を挟む。
「私の生家に人を紹介してもらっている口入れ屋の方へも紹介状を書きましょう。少々癖の強い人物ですが、人を見る目はありますし、紹介状があれば無碍にはされないでしょう」
「大二郎殿、それはもしや大黒屋福右衛門でしょうか」
癖の強いというところか或いは人を見る目があるというところか、笹部もどうやらその人物に心当たりがあるようで、大二郎の言葉に反応を示す。
「ええ、射場町の大黒屋さんでございます」
「それがしもそちらを紹介するつもりでした」
「なるほど、それは良うございますな。紹介状が2通もあれば、さすがにあの大黒屋さんとて門前払いは致しますまい」
よほどの偏屈者なのか、大二郎も笹部もこれならばさすがに大丈夫だろうと安堵の顔を浮かべる。
「お住まいの方も大黒屋さんにお願いすれば、それ程悪いところは紹介されないでしょうしそちらも一筆添えておきましょう」
当人たちの意思を置いて大二郎と笹部の2人の間で、話はとんとん拍子に進んでいく。
その会話を横に聞きながら酒を進める兵衛。
どうやら当面の江戸暮らしもどうにかなるらしいと、ほっと胸を撫で下ろすのであった。
それがしはひと足先にと夜の内に発とうとする笹部を引き留め、翌日の朝餉まで世話になってから遂に日野村を発つ一行。
「大二郎さん、何から何まで世話になった。この恩は必ず」
「いえ、こちらこそ危地を救われたのでございますから」
「また困ったときは力になるでござるよ」
「そうでない時でも遊びにいらっしゃって下さい」
「貴重なお話をありがとうございました。和尚さまにもよろしくお伝えください」
「はい。この場にいらっしゃらない和尚さまの分も重ねてお礼申し上げます」
「それがしまですっかり馳走になってしまい申し訳ない次第。それがしもこの御恩は必ず」
「人が足りぬというなかを駆けつけていただいたのです。これくらいはさせていただきませんと」
それぞれに別れを惜しむ様に大二郎と言葉を交わす面々。今生の別れという訳ではないが、そう滅多に会える訳でもなし。
「皆にも世話になった、達者でな」
代表して兵衛が別れの言葉を述べ、見送りに集まった村人達の礼の言葉を背に、一路江戸へと踏み出す一行であった。
前回投稿分で1話終了と申し上げたんですけど、どうにもこの話を2話冒頭にするのは座りが悪いので今回分を1話のエピローグとさせていただきます。
次回より改めて2話となりますので、お付き合いのほどよろしくお願い致します