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兵衛とクロードが連れ立って山門へと戻ると、3匹のゴブリンが門の前で立ち往生しているのが目に入る。
何事かと近寄ってみれば、いつの間に出来たのか1メートルほどの高さに土が盛り上がり、ゴブリンの行く手を阻んでいる。
「土中より出て彼の者打ち抜く杭となれ、ソイルパイク!」
幻一郎の声に続いて盛り上がった土から杭が飛び出し、たちまちのうちに3匹のゴブリンを貫く。
3匹が消えて周囲にゴブリンがいないことを確認し門へと近づく兵衛とクロード。
「幻一郎、そちらの首尾は?」
「兵衛さん、ハットリも戻ったんだね。こっちは今の3匹が初めてだよ。それで相手数は?」
「本堂に一際大きいのが1匹、普通のゴブリンより頭1つ大きいのが2匹、それに普通のゴブリンが30匹でござった」
「そのうち一回り大きいのを1、普通のを21片付けてある。今の3匹も入れて普通のは残りが6か」
「それならあっさり片付きそうと言いたい所だけど、2人ともだいぶ無理したみたいだね。肩で息してるじゃない」
幻一郎に指摘されて初めて兵衛は自分の息が上がっていることに気づく、クロードも息こそそこまで上がっている様子はないが、少々顔色が良くない。
「言われてみれば確かに少々息が上がっているな。自覚はなかったが、少々力み過ぎていたか」
「拙者も腹が減ってキャントウォーでござるよ」
「兵衛さんとハットリの使う勁力って力は、使い過ぎると激しい疲労に襲われるみたいだし、お腹も減りやすくなるそうだからね」
「そうでござったか。拙者せっかく見事に潜んでいたにも関わらず、腹の虫が鳴き出して見つかったんでござるよ」
「とにかく2人は一度息を落ち着けてリラックスして。あれは僕が引き受けるから」
ひらりと土壁から飛び降りると2人の前に進み出る幻一郎。後ろを見やれば手槍を持ったゴブリンを先頭にゴブリンが5匹。
「急に良くわかんない力で強くなって物語みたいに戦ってって状況にはしゃぐなってのは僕にも無理なんだけど……」
歩みを止めずに腕を振り上げる。
「ファンタジーに一日の長がある分、今だけはいい格好させて貰わないとね」
さらに一歩、あと3歩も踏み込めば先頭のゴブリンの槍の間合いに入るかというところ
「氷よ集い来たりて刃となれ、氷刃六華」
小さく、呟く様な大きさで唱え腕を振り下ろす。それに合わせて刃となった6枚の氷の花弁がゴブリンに突き刺さる。先頭に2枚、その他4体に1枚ずつ。
トドメを刺した事を確信しているのか、靄となって消えるのを確認せずにくるりと振り返る幻一郎。
「オーバーキルは格好いいかもしれないけどさ、ジャストキルもそれはそれで格好良くない?」
向き直った幻一郎の背後でゴブリンが消えるのを背景に、ニヒルと本人は思っているで2人に声を掛ける。内心では少々キメすぎかなと思いながらだが。
これに思うところがあったか、兵衛は真剣な表情で手を握ったり開いてを幾度か繰り返しふっと息を吐く。一方クロードは忍者らしく影から忍び寄って背後から一撃で妖を刈り取るイメージを思い浮かべている。それは忍者ではなく暗殺者ではないか、という疑問がないでもないが。
「ハットリにも指摘されたがだいぶ力が入り過ぎていたようだな。手応えにあった違和感の正体がやっと分かった」
「その心は?」
「師匠の教えの基本から知らずに外れていたんだ。刀は棒ではない、刀で殴るなとな。聞いた当初は何を当然の事をと思ったものだが、いざ真剣で竹を切ってみると身に染みてよく分かった」
力任せに竹を打っても竹を破壊する事は可能である。しかしいくら刀とはいえ下手に振るえば当然曲がるし折れる。切るには適切な力加減と正しい姿勢が肝要なのだ。
先ほどまで兵衛が振るっていた剣はまさに力任せの殴打に等しい行い、刀の硬さに任せて殴って相手を破壊していたに過ぎない。
唐突に刀を抜いて正眼に構える兵衛、刀身を睨み少しずつ肩の力を抜いていく。
「刀を力で振るな、力は刀を振れる程度あれば良い」
ふうっと息を吐いて軽く面を一振り。
「我らが剣は見栄と見栄えの芝居剣、実戦の理合いに合わぬこともあり。されど弱者を助くる正義の剣にて暴力にあらず」
もう一振り。先ほどよりもその剣速は落ちたが鋭さは増す。
「どうやらこの勁力とやらは剣にも及ぶらしい。力を抜いて絞れば、鈍器ではなく正しく刃物になった」
傍目には剣に違いが出たかなどわからないが、兵衛自身はどこかすっきりした顔で刀を鞘へと納める。まあ納得しているし良いかと幻一郎は話を切り替える。
「それであと1匹、本堂にいるんだよね?」
「そうでござる。大きさは我らとそう差はない程度。刀を持ってござった」
「それの相手は俺にやらせて貰えないか?」
「僕は構わないけど、ハットリは?」
「兵衛どのは何か掴んだ様子。拙者は兵衛どのの窮地を救う活躍をしたので今日は譲るでござるよ」
「よし、では参ろうか。小柄兵衛の本来の剣を御覧に入れよう」
芝居がかった調子でにやり言い放ち、兵衛が先頭に立っていよいよ本堂へと足を向ける。