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仕事の口が見付かるか、あるいは妖方の長官との顔合わせの連絡が来るか、いずれにせよ拠点を持たない一行は店に足を運ぶ以外の手段はない。遅めに朝食を取り、一路射場町を目指す。
「皆さま、お待ちしておりました。笹部さまから言伝を預かっております」
店に入るや否や福右衛門から声を掛けられる。口調からは焦りなどは感じられないが、昨日のように座したままではなく立ち上がって一行を出迎える。
果たしてそこまでされる何かがあったろうかと考えるまもなく福右衛門が用件を告げる。
「急ぎ妖方の役宅へとの事です。仔細までは伺っておりませんが、笹部さまの様子から火急の用件でございましょうな」
むっつりした顔で落ち着き払ってそう言ってのける福右衛門。その表情と口調からはとても火急などとは読み取れないが、言葉を信じるのならそれなりの事態なのであろう。
「分かった、急ぎ妖方へと向かう事としよう。すまんな、福右衛門殿」
失礼する、そう短く言いおいて、おっとり刀で妖方へと走る一行。とはいえ駆ける速度に劣る幻一郎は2人を先行させて後から追う形だが。
勁力の助けがあるとはいえ、常人の足では30分の距離。少々息を上げながら妖方の役宅へと辿り着いた2人に門番が何者かと警戒した表情を見せる。
兵衛はふうっと息を吐いて呼吸を整える。
「小柄兵衛と申す。同心の笹部殿より火急の呼び出しとの事で参上仕った」
「拙者はハットリ・クロード。右に同じくでござる」
予め話は通っていたのであろう、名乗りに反応し警戒を緩めた門番は、2人を門の内へと招き入れると、来客の報を受けた笹部が駆けつけてくる。
「小柄殿、ハットリ殿、急ぎで呼びつけてしまって申すありません。朔月殿がおられないようですが」
「駆ける速さの都合でな、火急ならばまずかろうと俺達が先に駆けつけたのだ。幻一郎も少し遅れて到着するだろう」
「左様でしたか。ではまずはお二人に事情を……」
2人を奥へと通そうかと言う所で、幻一郎が息も絶え絶えといった様子で遅れて辿り着く。
「お待……たせ……し……ました」
大袈裟に肩を上下させ胸を押さえながらそれだけを言い切ると、後は膝に手をつけた状態でぜえはあと荒い呼吸をどうにか整えようと無理矢理深呼吸を始める。
「朔月殿、だいぶ無理をさせてしまったようで申し訳ありません。重ねてで申し訳ないのですが、お頭がお待ちです」
大丈夫と言う意思表示でどうにか右手を上げた幻一郎を見て、一行はとにかくと邸内に通され、高坂伊勢守の元へと向かう。
「笹部健吾です、小柄殿、ハットリ殿、朔月殿のお三方をお連れしました」
「うむ、入れ」
笹部が障子の奥に声を掛けると、高坂が一行を招き入れる。すっと障子を引いて笹部を先頭に部屋に入り、笹部の後ろに居住まいを正して控える。
「よく来てくれた。妖方長官の職を預かる高坂信親だ。楽にしてくれて構わない、それともう少し近くへ」
ハッと答え笹部が高坂の脇に控えるのに続いて、兵衛達も距離を詰める。
「まずは急ぎの呼び立てに応じて貰い感謝する。笹部からも仔細は知らされておるまいから、早速だが話に入らせて貰いたい」
こくり、と一同が頷くのを確認して高坂が話を続ける。
「日野村の庄屋より、妖方の人員が出払っていると言う話は聞いていると思う。方々にごぶりんが現れて、その退治に追われているために同心はおろか与力まで現場を駆け回っている始末でな」
「徒党こそ組むが本来ごぶりんは示し合わせた様な統率の取れた動きはせぬものなのだが、此度はなぜか方々の街道に現れては市中へと運ばれてくる農作物を奪ったり、かと思えば農村に現れては畑を荒らしたりと同時に事を起こしているのだ。これは何かあるのやも知れんと思って配下に動きを探らせていたのだが……」
一度言葉を切って軽く息を吸う高坂。
「昨晩ごぶりん大将が見つかったとの報告があったのだ。配下の全てを動かせばどうにかなるやも知れんが、先ほど申した通り、方々に現れたごぶりん共の対応に追われていてな。大将首を獲ればごぶりん共は散り散りになるのが昔からの習わしゆえ、貴殿らにこれを討ち取って貰いたいのだ」
高坂の言葉を受けて3人は頷き合い、代表して兵衛が答える。
「そのお話、我らがお受けいたしましょう」
兵衛の返答に高坂はぽんと膝を打つと、おおそうかと先ほどまでの渋面を綻ばせる。
「では申し渡す。小柄兵衛、ハットリ・クロード、朔月幻一郎、只今を以て以上3名の者を妖方御役目預かり人に任じ、ごぶりん大将の討伐を下命致す。よろしく頼むぞ」
「拝命いたします」
背筋を伸ばして兵衛が答える。
「任されたでござる」
クロードもそれに続く。
「かしこまりました」
幻一郎も2人に倣い背筋を伸ばして声を張る。
「案内に笹部ともう1人、源蔵と言う密偵をつける故しかと頼んだぞ。笹部も良いな?」
「はっ!承知いたしました」
姿勢を正し深々と頭を下げる笹部に倣い3人も頭を下げ、笹部の後に続いて退出する。
「馬を用意させてあります、急ぎ参りましょう」
役宅に残る下働きの者達に見送られて、騎乗で門を抜けると、笹部の号令に合わせて、一路ごぶりん大将のいる地点を目指しとお江戸の市中を駆け抜けていく。




