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「んだてめえ!俺を誰だと思ってやがる」
突然の乱入者にいきり立つ源三。
「知らんな。まあ娘1人相手に数を頼みにがなり立てるみっともない男だと言うことは分かったが」
「言いやがったなこの野郎!表にでやがれ、お前ら!やっちまうぞ!」
源三の声に応えて渡世人風の集団がすっくと立ち上がる。それに応じるようにクロードも、「お、出番でござるな?」と立ち上がる。
「そっちは3人、こっちは8人。少ねえ人数で挑むたあいい度胸だが、そっちが売った喧嘩だ。文句は言わせねえぜ」
「ああ、構わんとも」
「で、ござるな」
やる気満々の2人に対して、「え?僕も?」と幻一郎は意外そうな顔をする。
「幻一郎、今はそう言う流れだったろう……」
呆れたような兵衛に平然とした調子で返す。
「いや、ハットリはやる気満々みたいだけど、僕はてっきり兵衛さんが1人でやるもんだと思ってたから」
その言葉に男達が一斉に気色ばむ。口々に舐めやがってとか、ただじゃ済ませねえと怒り心頭である。幻一郎としては、首を突っ込んだのは兵衛なのだから、人数が何人でも兵衛が自分一人で相手をするつもりなんだと思っていたという意図なのだが、言葉が足りずに相手方は兵衛1人でカタがつくという意味で捉えたのだ。
「お、またやっちゃいましたって奴でござるな?」
呑気にクロードが茶々を入れるも、返す言葉もないと幻一郎は後頭部をポンポンと叩いて苦笑いである。
「ええっと、誤解があるみたいなんで補足させて欲しいんですけど、決してあなた達を馬鹿にした訳ではなくてですね、首を突っ込んだ兵衛さんが1人で引き受けるんだろうなあと思ってたという意味でですね、つまりその勝敗に関しては特にどちらが有利とも言及してない訳ですけど」
まあ、つまり即座に兵衛が負けるという判断を下さなかった訳でもあり、1対8でも結果が分からない程度には勝負になると言っている様なものである。
墓穴を掘る幻一郎にクロードは思わず掌で目を覆い天を仰ぐという大袈裟な反応をして見せる。
「幻一郎殿、それは実質兵衛殿1人で8人を相手取れる程度の差があると言ってるようなものでござるよ」
「ああ、そうか。しまったな、そんなつもりじゃなかったんだけど表現が良くなかった」
「ああ!もうなんでもいいからとっととやんぞ!」
「よかろう、表に出ろ」
ゾロゾロと連れ立って店を出る男達を蕎麦屋の娘が心配そうに見守る。周囲には店内の騒ぎを聞きつけたのか、早くも野次馬が集まっている。
「火事と喧嘩は、という奴でござるなあ」
「みたいだねえ、あんまり派手にやるとお役人に見咎められそうだけど」
「ではさっさと片付けるとしよう」
余裕綽々の態度の3人に対しさらに怒りを膨らませる男たち、遂に懐へと手を差し入れる。
「いいのか?それを出したら流石に洒落では済まされんぞ?」
スッと一歩踏み出て徒手で構えを取る兵衛。
「マゲも結えねえザンギリ侍えにチンドン屋みてえな珍妙な野郎に、蘭方かぶれのモヤシ野郎、この辺りじゃ見ねえ顔ぶれだっつーこたぁ、どうせ流れもんだろうが。構う事ぁねえ!やっちまえば後はどうにでもならあ!」
そう言って懐から匕首を抜き放ち一斉に襲いかかる男達。
先頭の男の腕を取り払い腰、続けて二人目の腕を捻り上げて腹に一撃、あっと言う間に兵衛が2人を片付ける。その脇をクロードが駆け抜け、後ろにいた4人のうち、源三以外の3人の首筋を打ち瞬く間に沈黙させる。その様に呆気に取られている隙に前の残り2人に近寄った幻一郎が、失礼と声を掛けると同時に、トントンと軽く肩を叩くと、2人の男達の方が外れその痛みに悶絶する。
「さて、後はお前さん1人だがどうするね?」
倒れている男達を尻目に、唯一まだ無事にやっている源三に向かって、兵衛がずいっと進み寄る。
「舐めんじゃねえ!こちとら見栄と伊達の任侠商売よ!侍え相手だからって引き下がれるかよ!!」
両手で腰だめに匕首を構えで体当たりをかける源三。兵衛はそれを脇にかわし腕を捻りあげると、フッと強く息を吐いて懐から取り出した扇子で匕首の刃を叩き折る。
「次はその首がこうなるがまだ続けるか?」
ここが引き際だと示して見せる態度に怒りを見せながらも、どう見ても勝ち目がないと悟り意識のある仲間に気絶した仲間を引きずらせてその場から逃げていく。もちろん、このままじゃあ済まさねえからなと言う捨て台詞を残して。
「さて、乾杯から仕切り直しといこうか」
大して埃も付いていないのだが、パンパンと服と手の叩いて悠然と店内に戻る兵衛、やり切ったと言う表情のクロードと何かを思案げな表情の幻一郎もそれに続いていく。




