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短編集

気が付いたらメイドになってたんだけど、一体どういうことですか?(長男編)

作者: あみにあ

あれ、私どうしたんだろう……?

カーテンの隙間から、日の光が微かに差し込む薄暗い部屋の中、私は一人佇んでいた。

えーと、確か……大学の講師として呼ばれて……それで……。

ふと脚に違和感を感じ、自分の姿を確認してみると、履きなれない長いスカートが足にまとわりつき、動きづらい。

何この格好、スーツを着ていたはずなのに……。


よくわからない現状に、辺りを見渡してみると、部屋は装飾が施された豪華な洋室のようだ。

しかし部屋は埃っぽく、人が住んでた形跡はない。

私は訳も分からず呆然とその場に立ち尽くしていると、ガチャっと後方から音が響いた。


「あなた、まだ掃除を始めてもいないの!?噂通り、ほんっとうに役立たずで愚図な子だね、早く掃除に取り掛かりなさい!!」


突然の怒鳴り声に肩を大きく跳ねさせると、私は恐る恐るに振り返る。

視界の先には、顔立ちが整った年配の女性が、こめかみをピクピクと痙攣させながらに私を睨みつけていた。


「えっ、あの……」


「無駄口を叩かないで!さっさと始めなさい」


あまりの権幕に私は慌てて辺りを見渡すと、部屋の隅に箒とバケツ、雑巾が目に映る。

こわっ、てかこの人誰……?

いやそんなことよりも……とりあえず、ここを掃除しないといけないみたいね……。

私は後方から感じる威圧感に怯えながらも慌てて足と手を動かすと、窓を勢いよく開け放ち、言われるままに掃除へ取り掛かっていった。


そうして数時間後……開け放たれた窓から眩しい光が差し込む中、私は額から汗を流しながらに、その場でしゃがみ込んでいた。

埃っぽかった床や壁、豪華な装飾品は輝きをとり戻し、最初とは見違えるほど綺麗になっている。

ふぅ……ようやく終わった。

こんな真剣に掃除したのなんていつぶりだろう。

いつも掃除機をかけて軽く拭くだけで終わりだもんね……。


今は日中だろうか……太陽の光が差し込む部屋を、改めて見渡してみると、洋館のようなデザインで、物語や映画などで登場する貴族のお屋敷ようだ。

こんな大きなお屋敷……街にあったかな……。

体を起こし、じっくりと部屋を眺める中、電話や、テレビ、エアコン、のような文明の利器は見当たらない。

ここはまるで時間が逆行したかのようで……私は茫然と立ち尽くしていた。

もしかして映画のセットだったとか?


重い体を引きずりながら徐に窓の傍へ寄ってみると、そこにはヨーロッパ風の建物が並んでいる。

ビルの様な高い建造物はなく、大きな畑が幾重にも重なり、遠くには緑豊かな山が広がっていた。

あれ……嘘でしょ。

ここは一体どこ?

えっ、えっ、どうなっているの?


私の知る街は……高層ビルが立ち並んでいて、山なんて見えない。

あれ、えっ、ちょっと待って……今日大学へ行く為に家を出て……それから……どうしたんだっけ?

必死に今日の事を思い出そうとすると、ガンガンとしたひどい頭痛に顔が歪む。

何これ……頭が割れそうに痛い……。

こめかみに手を当てながら、薄っすらと目を開け、見た事もない街の風景を眺めると、またガチャリとドアノブの音が響いた。


「あら……珍しいわね。綺麗に掃除が出来ているじゃない。じゃぁ、次はこっちよ」


「あの、すみません……」


「……さっきも無駄口を叩くな、そう言ったわよね?口よりも体を動かしなさい。まったく……あなたは人一倍仕事が遅い上、さぼり癖があるんだから、さっさと働きなさい」


メイドらしき女性はそう冷たく言い放つと、スタスタと廊下を歩いて行く。

その姿に私は慌てて廊下へ出ると、去って行く彼女の背中を、狼狽しながらも追いかけていった。


そうして彼女に命令されるままに屋敷の掃除、庭の手入れ、食事の準備に、洗濯をやり終えると、外は日が沈み真っ暗になっていた。

ひぇぇぇ、ハードすぎでしょう。

腰が……痛い……。

いえ、体中が軋んでる。

こんなに動いたのは何年振りかしら……。


私は疲れた体を引きずりながらに、屋敷の外へ向かう彼女の後についていくと、小さな離れへと案内された。


「今日のあなたは中々手際がよかったわね。ようやく仕事をやる気になったのかしら?」


先ほどまで眉間に皺を寄せていた女性は感心した様子で私を見ると、少し表情を和らげる。

その様子になぜか心の奥がジワリと温かくなったかと思うと、私は自然と口を開いていた。


「あっ……ありがとうございます」


そう深く頭を下げると、女性はゆっくり休みなさいとその場を後にした。


あぁ、聞けなかった……。

まぁいっか、とりあえず明日考えることにしよう。

今日はとりあえず疲れた……。

私は案内された部屋に入ると、そこは先ほどの部屋とは違い、一人用だろう……とても質素な造りだった。

薄暗い中、手探りで歩いていくと、部屋に置いてあったのだろう鏡に触れる。

徐に鏡へ視線を向けてみると、そこには私の知る()ではない別の誰かの姿が映し出されていた。

なにこれ……どういうことなの……!?


唖然とするままに鏡へ近づいていくと、確かめるようにペタペタと触ってみる。

私の意思と同じように動くそれは、紛れもなくそれは私自身で……あまりの驚きに言葉を失った。

一体全体何が起こっているの……この子は誰?


鏡から目を離すことが出来ない。

だってそこに映し出されているのは、可愛らしい顔立ちをした可憐な女性。

ブラウンの髪に、琥珀色の瞳。

洋風の顔立ちで、以前の私とは全く異なっていたから。


あまりの事に、その場で動くことも出来ず固まっていると、今日の疲れが一気に押し寄せる。

よくわからない複雑な何かが頭の中で渦巻く中、……朝から晩まで働いた体は休息を欲すると、私はそのまま意識を失う様に眠りについた。



翌日も、私は昨日と同じように言われるままに働いていた。

口を開こうとすると、キッと鋭い瞳で睨みつけられ、話をする事など出来ない。

そうして何も聞くことが出来ぬまま、あっという間に数週間が過ぎ去ると、次第に耳にする情報、目で見る情報を駆使した結果、この世界の事、そして私自身の姿が明らかになってきた。


この世界は私の住んでいた場所とは違い、文明がまだ発展していないようだ。

王政で、貴族と平民そんな階級が存在する。

過去に戻ったのか、そう考えたこともあったけれど、地図や国の名前を見る限り、違うようだ。

中世ヨーロッパ風の景色だったから、予想はついていたけれど……私はどうやら意識だけが、別の世界へ来てしまったようだった。


そして以前の私はというと、数か月前にこの屋敷へ雇われた、問題児なメイドだったようだ。

仕事はまじめにしない、すぐにさぼって誰かに仕事を擦り付ける。

男の前ではコロコロと表情を変え、女の前では高飛車だったようで、メイド仲間からはとても嫌われていた。


まぁ……人それぞれ力量があるから仕事の出来る出来ないは仕方がないと思うけど……以前の私は、嫌な仕事や、しんどい仕事を極力避け、怒鳴られれば出来ないとすぐに泣き、仕事を投げだす。

そして出来ない事を他人のせいにして、自分は正しいとそう言い訳を繰り返し、成長しない。

そんな私だからこそ、この屋敷で一番厳しいメイド長がおもり役として付いたようだ。


そんな自分自身の姿を知れば知るほど、呆れて言葉が出ない。

この女は仕事をなめすぎ。

私が一番嫌いなタイプ女だ。

しかし以前はそんなバカ女だったようだけど……今の私は違う。

先ず周りから毛嫌いされていた信頼関係を取り戻し、立派なメイドとなって、元の自分に戻る方法を探す!

そう目標を掲げながらに、私は一人コツコツと頑張っていた。

もちろん突然に中身だけが別人になった、なんてことを誰にも言えるはずがなく。

とりあえず心を入れ替えました、と言う体で屋敷へ仕えると、私は毎日せっせと働いていた。


元から家事は好きだし、サクサクと言われた仕事そつなくこなしていく中、前世の知識を利用していった。

文明の利器に頼らないゴシゴシ擦る洗濯は、手が疲れる上に時間がかかる。

だから私は木炭の灰汁を利用して、着け置きする方法を編み出した。

着け置きしている間に屋敷の部屋の掃除に回って、また洗濯へともどる。

それなら今までよりも効率よく仕事をこなせるからね。


それともう一つ、この世界にはシャンプーやリンスなんても物はない。

でも今まで髪を洗わない生活なんてしたことがなかった私は、耐えられなかった。

だから稲の干し粉を利用して、髪へつけパサパサの原因である油を吸い取らせた。

それが周りのメイドにも広がり、あっという間にシャンプーリンスもどきは、今やメイド御用達になっていった。


他にも庭に咲いてあった花を利用して精油を作り、コロンを作った。

これもメイド達に大変うけて、正直製作が追い付かないほど好評だった。

そうやって周りとの信頼関係を徐々に取り戻し、メイド長の態度も変わってくると、ついに御屋形様の耳にまで届いたのだった。



そんなある日、私はメイド長に本宅へと呼び出されると、そこで初めてこの屋敷の主様と対面した。

きっと雇われるときに会っているのだろうけれど……、それは私ではない。

彼女の記憶は何も覚えていない。

覚えているのは、彼女になる前の自分の記憶だけ。


「君が最近よく頑張っていると評判が良いメイドかな。珍しい物を作ったり、それに様々な分野の知識があるようだね。一体どこで学んだんだい?」


おぉ……どこでって、元の自分の知識だとは言えない。

この子の過去が一体どんなものなのかわからない現状、うかつに答えることもできないな。

私は大学の講師になる為に、幅広い知識を詰め込んできた。

それがこんなところでも役立つなんて……思ってもみなかったなぁ。

そんな事を考えながらに、何も答える事が出来ないまま口を閉ざしていると、主様はニッコリと笑みを深めて見せた。


「言いたくないのなら構わないよ。ところで、君を呼び出したのは、私の息子たちの専属メイドになってもらいたくてね。君も知っているだろうが、私には三人の息子がいる。その一人を君に任せたいんだ」


「……御子息様をですか?私ごときにはとても恐れ多いです……」


ちょっと待って……何この展開……。

ある程度ここで情報を収集して、キャリア詰んだら、やめようと思っているのに、そんな世話役任されたらやめられなくなっちゃう。


「言っておくが、君に断る権利はないよ。う~ん、でも君は乗り気じゃないようだね。君に兄弟の中から好きに選ばせてあげようと思っていたけれど、そんな態度をとるのなら……私が決めよう」


主様はスッと目を細めると、見据えるように視線を向ける。


「そうだね、君には長男カーティスをお願いしようかな」


主様はそうニッコリと優しそうな笑みを浮かべると、なぜか背筋に悪寒がはしった。


そうして話が終わりメイド長と部屋を後にすると、私は深いため息をついた。

私の様子にメイド長はなぜか嬉しそうにほほ笑むと、私の手を取りギュッと握りしめる。


「あなた大出世よ!メイドとなってまだ数か月で、ご子息様の専属メイドだなんて……ッッ!そうそう選ばれるものじゃないわ」


「あっ、ありがとうございます。でも……私に務まるのでしょうか……」


正直かなり憂鬱。

どうしようかな……わざと失敗してさっさとおろしてもらおうか。

いや、でもそれでメイド長に迷惑をかけてしまうと申し訳ないし……。

はぁ……。


「今のあなたなら大丈夫よ。でも……ご長男、カーティス様は温和な方だけれど、少々変わっておられるから、気をつけなさいね。まぁご兄弟の中では一番ましなのだろうけれど……」


「……変わってらっしゃる?どういうことでしょうか?詳しく聞かせていただけませんか……?」


メイド長は苦笑いを浮かべたかと思うと、少し困った表情を見せた。


「そうね……。一般のメイドは、あまり会う機会がない知られていないのだけど……。でもあなたには聞く権利があるわね。ふぅ……ここにおられるご子息様には、いろいろ困った事が多いのよ。まずご長男のカーティス様は、温和な性格で親しみやすいのだけれど……イタズラがお好きなのよね。以前担当していた彼の専属メイドは困り果てていたわ。次に次男のサイラス様。明るく陽気なのだけれど……女性関係にひどくだらしないのが傷ね。本命の女性を作らないから、女性観でよく揉め事を起こしているの。最後に三男のキース様、こちらは反抗期といえばいいのかしら……秀才だからなのかもしれないけれど、少々難しい方なのよね。まぁ、頑張りなさい」


そういって何とも言えない笑みを浮かべたメイド長の姿に、私は何も返す言葉がでないまま、一抹の不安を覚えた。



そうして翌日、長男のカーティス様と対面すると、メイド長の言うようにニコニコと温和で親しみやすそうだ。

端正な顔立ちに、落ち着いた物腰、ブロンドの髪に、ブルーの瞳が印象的で、優しそうな表情は女性にさぞモテるだろう。

年は私と同じぐらいだろう、20代前半ってところかな。


「君が新しいメイドかな。宜しくね」


う~ん、誠実そうな人だけど、イタズラって一体何なんだろう。

私は深く頭を下げると、不安を隠すよう、無理矢理に笑みを浮かべてみせた。


そうして翌日、彼の部屋に掃除へ行くと、突然ベッドサイドから蛙が飛び出してきた。

あまりの驚きに叫ぶよりも体を硬直させると、蛙とにらめっこする。

どっ、どうしてこんなところに蛙が……?

どちらも動くことがないまま見つめあっていると、蛙が勢いよく大きく飛び跳ねた。

そのまま私の服へ引っ付くと、そこでようやく我に返る。


まぁ……蛙ぐらい問題ないわ。

この()になる前、よく研究に使用していた。

私は胸についた蛙を優しく包み込むと、窓際へそっと放してやる。

すると蛙は元気に外へと飛び出すと、あっという間に消えていった。


何だったのかしら……さっさと掃除を……。

そう気合を入れなおした瞬間、後方からクスクスと楽しそうな笑い声が耳に届くと、私は恐る恐るに振り返った。


「ふふっ、悲鳴あげないんだね。蛙はそんなに驚かなかったかな?う~ん、残念」


視線の先には、残念そうな表情を浮かべながらに、こちらをじっと見つめるカーティスの姿があった。

その姿にメイド長の言葉が頭をよぎると、私は彼から顔を背けると深く息を吐き出す。

メイド長の言っていたイタズラって……これか……。

何とも幼稚染みたイタズラに軽く頭痛がする中、私は何とか口角を上げカーティス様へ挨拶を返すと、そそくさと掃除へ戻っていった。


そんな彼のイタズラは続いていく。

ある日は大きな蛙、またある時はヘビ、ある時は蜘蛛……。

昆虫や爬虫類は何でも平気。

だがあのGが出てくると、悲鳴どころではすまないだろう。

時には背後から気配を消して近づいて、変なお面をつけて、物理的に驚かせようとしたり。

怪奇現象を偽造したり。


そりゃ多少は驚くけれど、とりあえず平然を保つことには成功している。

反応を見せれば、きっとイタズラがひどくなっていく事は、安易に想像できるから。

G……あれだけが出てこない事を祈りながら、私は彼のイタズラを受け流していた。

でもいつまで続くのだろうか……。

まぁ……こちらが反応を見せなければ、時期に飽きてやめるでしょう。



そんなある日、カーティス様の書斎を整理していると、数学書という本が目に留まった。

私が居た世界と同じではないのだろうけれど、ここでもこういった本があるのね。

何気なくペラッと本を捲ってみると、見慣れた数式が並んでいる。

へぇ~、関数に、方程式、どこの世界でも同じ定理にいきつくのね。

何だか懐かしい気持ちを感じながら、パラパラとページを捲っていくと、見たことがない数式が目に留まった、


変わった数式ね。

何を求めているのだろう。

一つ前のページへと戻り細かく書かれた文字を追っていくと、それはかなり複雑に出来ている。

じっと本とにらめっこしてると、ふと耳元に熱い吐息がかかった。


「ひゃっ!?」


慌てて飛び退き振り返ると、そこには楽しそうな笑みを浮かべたカーティスの姿があった。


「申し訳ございません。すぐに片付けます」


「いや、いいよ。それよりも何をそんなにじっと見ていたんだい?」


カーティスは私が持っていた本へ手を伸ばすと、興味深げに頷いた。


「これが何かわかったの?」


「えっ、あっ、……いえ、わかりません。ただ少し気になってしまって、本当に申し訳ございません」


そう深く頭を下げると、彼はなぜか私の手を握りしめた。

どうしたのかと訝し気に首を傾げていると、彼は本棚に顔を向け、上にある戸棚を開くと、カチッと不審な音が耳にとどく。

すると本棚からギギギッと音が響いたかと思うと、本棚の後ろから扉のようなものが現れた。


「なっ、なにこれ……」


あまりの事に目を見開き茫然と立ち尽くする中、グイッと持たれた腕が引っ張られると、扉の向こう側へと誘われていく。

隠し扉の中へ入ると、そこには階段が地下へと続き、薄暗く湿った空気が流れていた。

私は連れられるまま彼の背についていくと、階段を下りた先には、研究室のような場所が現れた。


こじんまりとした部屋に、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ、壁には立派なガラス棚が置かれている。

その中には薬品だろう入った瓶がズラリと並び、部屋の中央にはストレッチャーらしきベッドが設置されていた。

壁には黒板のようなものがかけられ、そこには先ほど見た数式が乱雑に書かれている。

ここは何、研究所?

いや……それよりもこの男は一体何者なの?

私は唖然とするままに辺りをじっと眺めていると、視界に彼の青い瞳が掠めた。

その瞳に視線を止めると、彼はニッコリと笑みを浮かべて見せる。


「君は誰なんだい?」


「へぇっ!?あっ、……どっ、どういう意味でしょうか?」


「言葉通りの意味だよ」


「私は……ジュリエットです」


「ふふっ、嘘はいけない。君はジュリエットではないだろう」


彼の言葉に私はゴクリと唾を飲み込むと、澄んだ青い瞳を真っすぐに見つめ返す。


「どうして……そう思われるのですか?」


そう小さく言葉をこぼすと、彼は満足げに笑みを浮かべた。


「それは私が君をここへ呼んだ張本人だからさ。本当に成功したとは思っていなかった。どこを探しても君が居なかったからね。でもそんな時に、まるで別人になったメイドが居るとの噂を聞いたんだ。それでピンッときた。私の実験は成功したんだってね。どうやって君に近づこうと思っていたんだけど、まさか私のメイドになるとはね。これは私と君を巡り合わせる運命の仕業かな」


衝撃的な事実に、私は彼に詰め寄ると、主人だという事も忘れ、憎しみを込め強く睨みつける。


「はぁ!?何を言っているの?あなたが……どうしてこんな事を……ッッ!今すぐに、私を元の場所へ戻して!」


そう怒鳴りつけると、彼は落ち着けと言わんばかりに、私の手を優しく握尻める。


「それはまだ出来ない。だけど私に協力してくれるなら、戻してあげるよ」


「協力?どうして私があなたの協力なんてしなければいけないのよ!」


「ふふっ、君に主導権はないよ。戻せるのは私だけだ。戻りたければ協力する事、それが条件だよ」


「……ッッ、何に協力しろっていうの?」


「それはまた追々説明するよ。それよりも君の事を聞かせてくれるかな?」


彼の楽しむような姿にカッと怒りが込み上げると、彼の手を思いっきりに振り払った。


「嫌よ、教えないわ。それに協力もしない。何も言わない人に手を貸すつもりはないの。だから自分自身で帰る方法を見つけるわ」


そう言い捨て立ち去ろうとすると、彼は慌てた様子で私を引き留めた。


「待って、待って、そんな怒らないで」


「はぁ!?バカにしているの!?突然自分ではない別の誰かにならされた上、知らない世界に連れてこられて……。こんな事をされて怒らないはずがないでしょ!?」


「それはごもっともだね。だが来てしまったものはしょうがないだろう。それに私は貴族だ、一緒に行動すれば、君を守ることが出来る。私は君を傷つけたくないんだ」


捕まれた腕を振り払おうとした刹那、そのまま強引に引き寄せられると、気が付けば彼の腕の中に囚われていた。

厚い胸板から彼の熱が伝わってくると、頬の熱が高まっていく。


「なっ、なっ、離して!」


「ははっ、耳まで真っ赤だ。今までいろんなイタズラをしたけれど、こんな事でここまで反応してくれるとは思わなかったなぁ。あの女とは違って、君は初心で可愛いね」


彼はわざとらしく耳元へ唇を寄せると、耳たぶへ甘く噛み付いた。


「ひゃっ!?ちょっ、ちょっと何するのよ!」


彼から逃れようと身をよじらせる中、彼はそれを許さないとばかりに強く体を抱きしめると、耳元でささやいた。


「協力してくれる、と言えば放してあげる」


吹きかかる湿った息に、さらに熱が高まると、必死に抵抗してみせる。

しかし抵抗すればするほどに、捕らえる腕の力が強まっていくと、次第に身動き一つとれなくなっていった。


「ほら、早く言って。じゃないと、このまま食べちゃうよ」


彼は器用に口で私の服を噛むと、ゆっくりと下ろしていく。

私の体を持ち上げ、ストレッチャーの上に横たわらせると、目の前に真っ青な瞳が映し出された。


「わかった、わかったから!!!協力する。だから放して!!はぁ、はぁ……、だけど終わったら、元の世界へ私を戻すと約束して」


そう必死に声を荒げる中、彼は優し気な笑みを浮かべながら私を解放すると、コクリッと深く頷いて見せる。

私は慌てて彼から距離を取ると、乱れた服を整えながらに、熱くなった頬を冷ましていた。


「ふふっ、これから宜しくね、私の可愛いメイドさん」


その言葉に私は露骨に大きく息を吐き出すと、差し出された手を渋々握り返した。


そうして新たな受難が、始まったのだった。


興味を持たれる方もおられるかもしれませんので、ムーンライトノベルズ版のURLを記載しておきます。

R18 となっておりますので、ご注意下さい。


R18 気がついたらメイドになってたんだけど、一体どういう事ですか!?(長男編)


https://novel18.syosetu.com/n9611ez/


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