ヤンキーカップルの場合
「へぇ、結構雰囲気出てんじゃん」
お気に入りのバイクで校門の前に乗り付けると、俺はそう呟いた。
「ねぇ、やっちゃん。ホントに行くのぉ? ここって割とマジでヤバいって聞いたんだけど……」
後ろに乗ったミクが不安そうな声を上げる。
この廃校は最近ネットで話題の心霊スポットだ。
なんでも数年前にいじめを苦に自殺した女生徒が怨霊となって棲み付いていて、今でもその女生徒の呻き声が聞こえたり、色々な怪奇現象が起こったりするらしい。
意外と近場にあったので、デートの最後にちょいと寄ってみることにしたのだ。
(この前の喧嘩の時は、ミクにカッコ悪いところを見せちまったからな。ここらで男らしいところを見せて、男としての株を上げておかねぇと)
俺らヤンキーは舐められたら終わりだ。
それは男同士はもちろん、女にだってそうだ。
女は強くてイカした男に惹かれる。そして、女に逃げられた男は仲間内で笑いものにされる。
だからこそ、そうなる前に俺に度胸があるってところをきっちり見せておかなければならない。
「行くに決まってんだろ? なんだよミク、ビビってんのか? 大丈夫だって。たとえ幽霊が出て来ようが、俺がこの拳でブッ飛ばしてやるからよ」
そう言って、空中に軽くジャブを空撃ちしてみせる。
「……うん、分かった。まっ、幽霊なんて実際にいるわけないしね。あっ、折角だからちょっと写メるわ」
「おお、心霊スポット来た記念だな。イェーイ」
まだ少し空元気っぽいミクの様子には気付かないフリをして、スマホで校舎をバックに自撮りする。
ミクは内心ビビってるくらいでちょうどいい。そうじゃないと俺の男らしいところを見せられないからな。
「よし、んじゃあ行くか。心霊スポットなんてデマだってことを証明してやろうぜ」
「うん」
そうして俺達は、校門を乗り越えて学校の敷地内に侵入した。
……後になって、俺はこの時の行動を死ぬほど後悔することになる。
この廃校は、女への見栄張りとか、そんな軽い気持ちで立ち入っていい場所じゃなかった。
校門の前で写真だけ撮って引き返していれば……いや、せめてスマホで撮影した画像をきちんと確認していれば……。
そうすれば、気付けたはずだ。
校舎の一室、その窓に映る謎の黒い人影に……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんだあいつら。ヤンキーのカップルか?」
校庭中に響き渡るようなやかましいエンジン音に、苛立ち混じりに校門の方を見ると、ちょうど派手な髪色をした2人組が門を乗り越えて侵入して来るところだった。
遠過ぎて顔まではよく見えないが、服装からしてどうやら男女2人組らしいことは分かった。
「ふむ……」
男女2人組 → ただしバイクは1台 → 相乗りして来た → 恋人同士あるいは友達以上恋人未満 → どちらにせよ潰す
「よぉ~し、ちょっと本気出しちゃおっかな☆」
俺がこの廃校の管理者となってから、別にこれが初めての侵入者というわけではない。
しかし、今までの侵入者は全員近くの小学校に通う小学生達で、中学生以上の年齢の人間が侵入して来たことはない。
ましてや、恋愛関係にあると思われる男女が侵入して来たのはこれが初めてだ。
「ふふふ、ようやくやりがいのある相手が来たぜ……」
正直小学生相手では張り合いがなかった。
あいつらは、《効果音》で子供の笑い声や女性の悲鳴を聞かせたり、《ポルターガイスト》でドアを勝手に閉めたりするだけで簡単にビビってくれた。
小学生相手は心霊スポットの管理者としてはいい経験になったが、それでも脅かす相手として力不足感は否めなかった。子供を怖がらせてもつまらないしな。
しかし、今度の相手はどう見ても高校生以上。しかもカップル。そう、カップルだ!
遠慮も容赦も一切無用!! これまでの経験を活かして徹底的にやってくれるわ!!
男には百年の恋も冷めるような醜態を! 女にはあられもない痴態を!
吊り橋効果など起こさせはしない。恋愛フラグは完膚なきまでにへし折る!!
勝利条件は破局。帰り道で別々に帰らせることが出来れば完全勝利!!
「さぁ~てと、始めるか」
2人の侵入者が正面扉から校舎内に入ったことを確認した俺は、窓から離れてパソコンに向き合った。
キーボードのカメラマークの書いてあるキーを押すと、敷地内の地図が画面に表示され、そこに2つの光点が出現する。
その光点を右クリックし、自動追跡モードを起動する。
すると、新たに表示されたウィンドウに侵入者2人の姿が映し出された。
「やっぱり、見るからにヤンキーのカップルだな」
これは敷地内の監視用モニターだ。
敷地内ならどこでも自由に見ることが出来るが、当然これにもHPを消費する。
画面1つにつき毎分1HP、音も拾おうと思ったら更に毎分1HP消費する。
今まで小学生を相手にしてきた経験から言って、侵入者の恐怖の感情で蓄積されるHPは、基本的に時間経過によって1HPずつ加算される。
内心少しだけ怖がっている程度なら数分で1HP加算されればいいところだが、パニック状態に陥るくらい怖がっていれば数秒で1HPレベルの速度で加算される。
更には腰を抜かしたり失禁したりすると、ボーナス的に一気に10HP以上加算されたりもするようだ。
つまり何が言いたいかというと、侵入者が全然怖がっていない状態では、こうやって監視しているだけでポイント収支はマイナスだということだ。
ならば監視などせずに罠だけ設置しておけばいいという話だが、それだと無駄が多くなるし、何より映像なしで遠くから聞こえる悲鳴だけではやっていてつまらない。
今のポイントの加算状況を見るに、どうやら女の方は内心ちょっとビビってるようだが、男の方は全く怖がっていないらしい。これではポイントの浪費だ。
ならばさっさと怪奇現象第一弾を発動させて怖がらせた方がいい……という単純な話でもない。
下手に先走って入口でさっさと引き返されては大損だ。怖がらせるならある程度校舎の奥まで誘い込んでからでないと。
「まっ、あいつらが三階に上がるまでは待ちかな」
そう決めて、ポイント節約の為にモニターを切る。
そして、部屋の隅に待機していた下級幽霊(15HP)に指示を出した。
「行け。あいつらが三階まで上がったら知らせに来い」
そう言うと、うすぼんやりとした小さな白い影が壁をすり抜けて廊下に出て行った。
あの下級幽霊は、俺が初期ポイントの中から15HP消費して召喚したものだ。
しかし、召喚して分かったが、あれは思った以上に使えない。
心霊スポットの特徴として、侵入者は敷地内で霊感が強くなるらしいのだが、下級幽霊はそれでもなおほとんど見えないようなのだ。
元々霊感が強い人でも、「白い何かが揺れているような気がする」程度にしか見えない。
おまけに技能もないから、俺のように“念動力”も使えない。
結果、今では本来の脅かし要員ではなく、こういった伝令役として使っている。
俺が直接見に行ってもいいのだが、校長室に戻って来るまでが手間だし、それにどうやら俺はこの校長室を出ると霊力の回復速度がガタ落ちするらしいのだ。
逆にこの校長室にいる間は霊力がほぼ無尽蔵に使える。
だからこそ、こうやって“念動力”を使い続けても平気なのだ。
しかし、校長室の外に出てこれと同じ感覚で“念動力”を使えばあっという間に霊力が切れる。
別に管理者は霊力が切れても消えないらしいが、復活にはかなりのデメリットがあるのでそれは出来るだけ避けたい。
「さて、待っている間に作戦を考えるか」
小学生相手に場数を踏んで学んだこと。
それは、消費HP的に一番お手軽で種類も豊富な《罠設置》が、実はかなり非効率的だということ。
名称が《罠》であることからも分かるように、《効果音》などでもマウスのクリック1つで発動させることは出来ない。
必ず「ここを踏むと発動する」とか「ここに触れると発動する」などの発動条件を設定しなければならないのだ。
しかも、《罠》は原則使い捨てだ。
一度発動させたらもうそれっきりの上、効果対象は1つだけ。
《ポルターガイスト》で動かせるのは1つの物体だけ。《金縛り》も1人にしか効果を発揮しない。
あっ、こんにゃくは別ね。あれは色々と例外というか論外だから。1回使ってみて意外と面白かったけど、後処理に困ったわ。たぶんもう使わない。
ならば《召喚》がいいかと思ったのだが……これはこれで問題があった。
とりあえず最初に一番消費HPが少ないカラスを試してみたのだが……なんか思ってたのと違った。
俺の予想では、カラスを使い魔的に使役出来るものだと思ってたんだ。
しかし実際は、文字通り《召喚》して終わり。
どこからともなくカラスが飛んで来て、屋上でただうろうろしてただけ。
しばらくしたら普通に飛び去って行った。3HPドブに捨てたよマジで。
その次の下級幽霊は、さっき見せた通りで脅かし要員としては使い物にならない。
更にその次となると動く人体模型(30HP)になるんだが……これもまた別の意味で酷かった。
まず、召喚場所が理科室固定というのが頂けない。
いや、人体模型なんだから理科室にあるのが当然だし、そもそもこの召喚は人体模型そのものを召喚するのではなく、既存の人体模型に取り憑く霊を召喚するものなのだが……理科室には、とある理由で人を近付けたくないのだ。俺も近付きたくないが。
なので、部室棟の一階にある理科室で召喚した後で、本校舎の校長室に来るよう指令を下したのだが……あいつ動きが大雑把な上に、物理防御力ゴミだった。
勝手に階段で足を踏み外して転げ落ちた挙句、バラバラになって死んだ。30HPドブに捨てたよマジで。
その後、なんとかポイントを溜めて再召喚したのだが、階段上らせるのも一苦労なので今は本校舎の一階にある教室で待機させている。使うかどうかは知らん。でも、一教室にたたずむ人体模型ってそれだけでシンプルに怖い気はする。
それよりも消費ポイントが高いものになると、今の俺ではなかなか手が出しにくくなってくる。
かと言って《設備増設》は内容が地味過ぎるので使えない。
現状、俺の手札は下級幽霊と動く人体模型が1体ずつ。あとは《罠設置》でなんとかするしかない。
まあこれまでの経験から、《効果音》や《ポルターガイスト》だけでも十分怖がらせられることは分かった。
特に《効果音》は、音声ソフトのようなもので自分で作成した声も流せるのだ。
これを利用して、俺はここ数日でいろんなパターンの声を作成した。その成果を、今こいつらを相手に見せてやろう。
「そうだな、とりあえずこれを試してみるか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしても何にもねぇなぁ。やっぱりデマだったんじゃねぇか」
一階と二階を見て回ったが、どれも同じ形の教室が並んでいるだけで何も目新しいことはなかった。
やっぱり本校舎じゃなく、部室棟の方に行けばよかったかもしれない。
向こうには保健室や理科室があるようなので、こっちよりはもう少し変化があっただろう。
あまりに何も起きなかったせいで、段々ミクにも余裕が出て来たようだ。
今では笑いながらあちらこちらをスマホで写メっている。
(チッ、俺の男らしいところを見せるために来たってのによぉ。仕方ねぇ、幽霊の声が聞こえたフリでもするか)
そう考え、三階に上がる階段の踊り場で急に立ち止まって耳を澄ますようなフリをする。
「どうしたの? やっちゃん」
「いや、何か聞こえねぇか?」
「え?」
そう言うと、ミクも耳を澄ますような素振りをした。
まっ、何も聞こえないんだけどな。
しかし、ミクは全く予想外のことを言い出した。
「ホントだ。何か女の声? みたいなのが聞こえる」
「はっ……?」
何言ってんだと思いつつ、今度はフリじゃなく本当に耳を澄ませてみると……確かに聞こえた。
―― あっ、ん……もお~~ダメよ、こんなところで……
……女の妖しい声が。
「(ちょっ、マジかよ。これ完全に誰かヤッてんじゃね?)」
「(だよね。人気の無いところで盛り上がっちゃってるやつ? ヤバッ、ちょ~うけるんですけどww)」
ミクと2人、小声で言い合って確信する。
どうやら誰かが夜の廃校に侵入して、お楽しみの最中らしい。
声の方向からして、どうやらことが行われているのは階段を上がって2つ隣の教室のようだ。
「(なあ、こんなところで盛っちゃうイケないカップルを撮ってやろうぜ)」
「(えぇ~~、やっちゃん鬼畜ぅ~~ww)」
そう言って笑いながらも、ミクも明らかに乗り気だった。
俺達は当初の目的も忘れて、出歯亀根性丸出しで教室の入り口に近付く。
そして入り口からこっそり教室内を覗くが、カップルの姿は見えない。
声の聞こえる位置からして、どうやら教卓の下でことに及んでいるらしい。
「(チッ、見えねぇじゃねぇか)」
「(つまんな~い……ねぇ、こうなったらあの教卓思いっ切り蹴飛ばして驚かしてやらない?)」
「(マジかよミク、お前天才だなww)」
「(じゃあアタシ、やっちゃんの勇姿をスマホで撮っとくわ)」
「(オッケーww)」
そう決めると、俺達は後ろの扉から教室内に侵入した。
そしてミクを教室の後方に残すと、俺は忍び足で教卓へと近付いて行く。
―― もぉ~~ダメだってぇ……あっ、そこっ
女の艶めかしい声が間近で聞こえる。
(やべっ、こっちまでなんか変な気分になってきた)
思わず股間が反応し掛けて、俺はそれを誤魔化すように残りの数歩を一気に詰めると、教卓の前部分を思いっ切り蹴飛ばしてやった。
バガァァァーーン!!!
蹴り飛ばされた薄い金属の板が大きな音を立てる。それと同時に、女の声も止まった。
しかし、ここで予想外のことが起きた。
強く蹴り過ぎたのか、教卓がゆっくりと倒れ出したのだ。
ガッタァァァーーン!!!
教卓が倒れ、派手な音が教室内に響く。
(やべっ、下敷きか!?)
慌てて倒れた教卓の下を覗き込むが……そこには誰もいなかった。
そう、誰もいなかったのだ。
なのに、また女の声が聞こえる。今度は教室の壁や天井、全方位から。
―― あっ、ん、あっは…………アハッ
―― アハハハハハハハハハハハッハハハハハハッアハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハ!!!!!
その声は、まるで壊れたかのような調子外れの異音と化して教室内に木霊した。
人間性を欠いた、しかし悍ましいことに女の声だということは分かる狂的な笑い声。
「ひ、ひやぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁーーー!!!」
我知らず、情けない悲鳴が口から漏れる。
しかし、異変はそれだけで終わらなかった。
バタァァーーン!!!
突然、教室の前後の扉が勝手に閉まってしまったのだ。
慌てて開けようとするが……
「クソッ! なんで開かねぇんだよ!?」
鍵が掛かっている訳でもないのに、なぜか扉は開かなかった。
全力で引き開けようとしても、扉の上の方が少し浮くだけで開かない。
その間も、女の声は途切れることなく続いていた。
(くっ、クソッ! 頭がおかしくなりそうだ!!)
全方位から大音量で聞こえてくる狂気に満ちた女の声に、今にもパニックを起こしそうだ。
しかし、次の瞬間声はピタリと止まった。
「止まっ――」
―― アハッ
その、声は
教室の後方から聞こえた。
教室の後方、そこに不自然な体勢で立ち尽くす
ミクの口から。
―― アハハハッハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッアハハハハハハハッハハハハ!!!!!
そして、異様な笑い声を発するミクの眼球が、はっきりと俺を捉えた。
「もう、もうやめてくれぇぇーーーー!!!!」
それが俺の限界だった。
手近にあった椅子を引っ掴むと、全力で廊下側の窓に叩き付ける。
ガラスが砕け散ると同時に、窓枠に残ったガラスが手に刺さるのも気にせずに廊下へ飛び出す。
そして、俺はミクを教室に残したまま、耳を塞ぎ、ただ校舎の外を目指して疾走した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぁ~~あ、置いてかれちゃった。カワイソー」
俺はヤンキー男が廊下を走って行く光景をモニターで見ながら、棒読み気味に呟いた。
ふふっ、それにしても予想以上に上手くいったぜ。
これぞ俺が丸3日掛けて作り上げた、題して『濡れ場かと思ったら突然のホラードッキリ』だ。これぞ本当のハニートラップ!
小学生相手には色んな意味で使えなかった。
そもそも理解出来ないだろうし。理解出来たら出来たで通報されそうだし。
やったことは単純で、教卓に触れると同時に《効果音》が教室全体から聞こえるように再発動し、同時に《ポルターガイスト》で扉を閉めた。
扉が開かなかった理由は単純で、予め引き戸の外側に棒を立て掛けておき、扉が閉まると同時につっかえ棒になるようにしておいただけだ。
そして、パニック状態のヤンキー女が床の一部を踏むと同時に、今度は《金縛り》と《効果音》を同時発動させたのだ。
するとあら不思議。
男の目から見ると、教室内の女の亡霊が彼女に憑りついたように見えるって訳だ。
「ふっふっふ、い~い感じにトラウマ植え付けられたかな? これから女の喘ぎ声を聞くたびに、この瞬間を思い出すがいい」
そしてEDになってしまえ。
リア充死すべし慈悲はない。
「とはいえ、自分の女を見捨てて逃げるようなクズには、もう少しお仕置きが必要かね」
誰のせいだとかツッコまれそうだが、そんなことは知らん。
「行け、動く人体模型(2号)。追い打ちを掛けろ」
ヤンキー男が階段を駆け下り始めたところで、人体模型に指示を出す。
すると、ヤンキー男が一階に着いたところで、ちょうど玄関ホールに来た人体模型と鉢合わせることになった。
『うぎゃああぁぁぁーーー!!!』
あっ、腰抜けたなこいつ。
ヤンキー男は人体模型を視認するや否や、その場に尻餅をついた。
そのまま迫る人体模型から逃れようと必死に後退りする。
『来るな! 来るなぁ!!』
「あっ」
男が闇雲に突き出した足が、人体模型の膝にヒットした。
バランスを崩して仰向けに倒れる人体模型。
ガッタァーーーン!!!
バラバラになった。死んだ。
マジで防御力ゴミだなあいつ。
しかし、バラバラになると同時に人体模型の腕に仕掛けていた《ポルターガイスト》が発動!
『う、うああぁぁぁーーーー!!! ひっ、ひぃ!』
腕だけが、床の上を滑るようにヤンキー男に向かって突進する。
ヤンキー男は足蹴にして追い払おうとするが、その程度では《ポルターガイスト》は止まらない。
あっ、急にHP増えた。さては漏らしたなこいつ。
『も、もういやだぁぁーーー!!! 助けてくれぇーーー!!!』
そのままヤンキー男は、文字通り這う這うの体で校舎の外に逃げて行った。
校庭を無様に這いずりながら、恥も外聞もなく逃げて行く。彼女を見捨てて。
「そういえば、女の方はどうなったかな?」
画面を切り替えると、女の方は教室で気絶していた。
なるほど、通りでHPが急増している訳だ。
それにしてもカワイソーに。
彼氏は君を置いてバイクで帰ろうとしてるよ。これじゃあもう徒歩で帰るしかないね。
あっ、バイクの音で目ぇ覚ました。
置いていかれたことに気付いてめっちゃ慌ててる。
仕方ない。
カワイソーな君に、温かいコーヒー……はないから、こんにゃくを差し入れしよう。ポチッとな。
慌てて校庭側の窓に駆け寄った女の頭の上に、こんにゃくを落としてやる。
あははっ、めっちゃビクッてした。
あっ! 地面に投げ捨てやがった!
このヤロウ、人の好意を無下にしやがって。
許せん。そんなやつにはこうだ!!
―― アハハハッハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッアハハハハハハハッハハハハ!!!!!
笑い声再開。
『もういやぁぁあぁぁぁーーー!!!』
女は絶叫しながら割れた窓から飛び出し、途中バラバラになった人体模型にビクつきながらも、脱兎のごとく逃げ去った。
「ふむ、当初の予定とは違うが、別々に帰らせることには成功したな」
校門を出たところで呆然とへたり込んでいる女の後ろ姿を窓から眺めながら、俺は独りごちた。
「ふっ、完全勝利。人体模型(2号)……君のことは忘れないよ」
夜空を見上げながら、俺はそう満足気に呟くのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回のポイント収支
消費HP
・監視用モニター ―― 36HP
《罠設置》
・こんにゃく×1 ―― 1HP
・各種効果音×4 ―― 12HP
・ポルターガイスト×3 ―― 15HP
・金縛り×1 ―― 10HP
《召喚》
・動く人体模型×1 ―― 30HP
計 104HP
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獲得HP
・通常ポイント ―― 204HP
・腰抜かしボーナス×1 ―― 15HP
・失禁ボーナス×1 ―― 25HP
・失神ボーナス×1 ―― 50HP
計 294HP
――――――――――――――――――――――――
合計 190HP獲得
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
侵入者のその後
・やっちゃん(ヤンキー男)
彼女とは破局。不良仲間にも腰抜けと馬鹿にされる。
また、今回の一件がトラウマでEDを発症。女性の喘ぎ声を聞くと萎えるようになってしまった。
・ミク(ヤンキー女)
彼氏とは破局。今回の一件で、スマホに撮っていた映像をネットに投稿してバズる。
今回の一件の後しばらくは怯えながら暮らしていたが、バズった後はそれをネタにたくましく生きている。