小学生の仲良し4人組の場合
「北畑第四中学校の校庭で花火をしよう」
そう言い出したのは、僕達仲良し4人組のリーダー的存在であるコウタだった。
なんでも、お父さんが町内会長であるコウタの家に、町内会のイベントで使った花火の残りがたくさん運び込まれたらしい。
夏休みの最後に、それを使ってこっそり子供達だけで花火をしようという計画だ。
退屈な夏休みに刺激を求めていた僕達は、喜んでその提案に賛成した。
夕食後に親に適当な用事を言って、家を抜け出す。
自転車に乗って夜道を走り、緩やかな坂道をぐいぐいと進むと、右手に目的地が見えた。
そして廃校となった中学校の校門前に着くと、そこには女の子2人がもう揃っていた。
「あっ、ダイチおっそぉ~い!」
そう言ったのは、男勝りなミナだ。
「しかたないよミナちゃん。ダイチくんは家が遠いんだから」
そう言いながらミナをなだめるのはシノちゃん。
ミナとは真逆に女の子らしくて大人しい子だ。
「それでも自転車に乗って来たんだからもっと早く着けるでしょ? あたしなんて家が近いからってバケツ持って来させられたんだから。もう腕がパンパンよ」
そう言って胸を張るミナの足元には、水をいっぱいに入れたバケツが置いてあった。
「だからわたしも手伝おうかって言ったのに……」
「いいのよ! シノにそんなことはやらせられないわ!」
そう言ってミナがシノに抱きつくと、後ろから呆れたような声が聞こえた。
「おいおい、なにいちゃついてんだよ」
振り返ると、自転車に乗ったコウタがいた。
「遅かったな。家抜け出すのに手間取ったのか?」
「ちょっとな。こいつを持ち出すのに時間が掛かった」
そう言いながら、自転車の前かごに入っているビニール袋を得意げに持ち上げた。
その中には種類も様々な花火がたくさん入っていて、僕達は揃って歓声を上げた。
早速皆で協力して柵を乗り越え、校庭に侵入する。
しかし、最後のシノちゃんがミナに手を引かれて校庭に着地した途端、急に顔色を変えた。
「ねぇ、みんな……なんかヤな感じしない?」
「ヤな感じ?」
そう言われても、僕にはよく分からない。
顔を見ると、コウタやミナもそれは同じようだった。
「もしかして……霊的なやつ?」
ミナがふと気付いたようにそう尋ねた。
シノちゃんは前から霊感が強いと言っていて、時々妙なものが見えるのだと言っていた。
僕やコウタは正直あまり信じていなかったが、ミナはどうやら信じているらしい。今も心配そうな顔でシノちゃんを見ていた。
それからもしばらくシノちゃんは落ち着かない様子で辺りを見回していたが、焦れたコウタが「早く行こうぜ」と声を掛けると、不安そうにしながらも足を動かし始めた。
北畑第四中学校は坂の途中にあるそれほど広くない学校で、校庭をL字型に囲うように2つの校舎が立っていた。
正面にあるのが本校舎で、その左隣にあるのが部室棟と体育館らしい。
普通、こんな場所で花火なんかやったら見付かりそうだけど、そこはこの学校の立地がいい役目を果たしていた。
坂の途中に建てられているせいで、この学校は坂の下側は盛り土をされている。
そのせいで坂の下からは校庭の様子が見えず、逆に上からは校舎が邪魔になって校庭が見えないのだ。
そしてこの辺りの道路は夜にはほとんど人通りがなくなるので、実質見付かる心配はほぼない。
そういった理由で、僕達はこの場所を選んだのだ。
「よし、ここら辺でいいか」
校庭の真ん中よりも少し校舎側のところでコウタが足を止め、荷物を下ろした。
「よ~っし、それじゃあ始めるか!!」
「「おぉーーー!!」」
「……」
それから僕達は、花火を思う存分楽しんだ。
コウタが持って来た花火の中には普段高くて買えないような珍しい花火もあって、僕達は大いにテンションが上がった。
最初は不安そうにしてたシノちゃんも、途中からは普通に楽しみ始めていた。
「はっはっは、10本まとめて火を付けてやったぜ」
「よ~し、なら僕は20本だ!」
「うわっ! このねずみ花火スゴイ暴れる!」
「きゃっ、こっちに来た!」
やがて大人の目がないことから段々ハメを外し始めた僕達は、普段なら絶対に叱られるような遊びを始めた。
それは、手持ちロケット花火の撃ち合いだ。
「食らえ!」
「甘い! お返しだ!」
「死になさいダイチ!」
「うわっ、顔面はダメだろ!?」
「あははっ! シノ、火をちょうだい! ……シノ?」
ミナの怪訝そうな声にそちらを振り向くと、またシノちゃんが不安そうに周囲を見回し始めていた。
それも、さっきよりも深刻そうな様子で。
「おいおい、また幽霊がどうとか言うのか?」
コウタが面倒そうに言う。
コウタからすれば、せっかく盛り上がっている時に水を差された気分なのだろう。
しかし、シノちゃんはそんなコウタの言葉も気にせずに周囲を見回していたかと思うと、不意に空中の一点に視線を止めた。
そして、その顔をはっきりと恐怖でゆがめた。
「ほらっ! そこ! 何か白いのがいる!!」
そう叫びながら空中の一点を指差すが、僕には何も見えない。
それは他の2人も同じらしい。
「……何もいねぇよ」
「……僕にも見えない」
「いるよ! ほらっ! 白いのがゆらゆらしてるじゃない!!」
「落ち着いてシノ。花火の煙がそう見えただけよ」
その言葉にシノちゃんはミナの方を振り返って――――その目を大きく見開いた。
「きゃあっ!!」
そう悲鳴を上げて、その場にうずくまってしまう。
「シノ、どうしたの!?」
「いやあっ、見てた! 誰かがこっちを見てた!!」
右手で顔を覆ったまま、左手で校舎の上の方を指差す。
その指差す方向を見て――――息を呑んだ。
僕にも見えたのだ。校舎の四階の窓際に立つ、黒い人影が。
しかし、一瞬後にはその人影は見えなくなってしまった。
「……見た?」
「……うん」
「……あの教室、だよね?」
「……うん」
「おい、なんだよお前らまで」
どうやらコウタは見えなかったらしい。
しかし、僕とミナは見た。たしかに窓に映る黒い人影を。
それを伝えると、コウタは不機嫌そうに言った。
「どうせあれだ、ホームレスのおっさんとかじゃねぇの?」
たしかにそうだ。
あるいは僕達のような人目に付かない場所を探していた人間が、たまたまここに来ていたのかもしれない。
幽霊なんかよりも、そちらの方がずっとあり得る話だ。
でも、僕は今の人影がただの人間だとは思えなかった。
理由は分からない。ただ、あの人影になんとなく異様な気配を感じたのだ。
黙りこくるミナと僕、うずくまったままのシノちゃんを見て、コウタがイラついたように言った。
「なんだよお前ら、そろってビビりやがって。分かった。俺が見て来てやるよ」
そう言って手持ちロケット花火を持ったまま、校舎に向かおうとする。
それをミナが慌てて止めた。
「ちょっと待ちなさいよ! もし不審者だったらどうするの? 犯罪者とかがここを使っているのかもしれないじゃない!」
「お前らがビビってるからだろ? 大丈夫だよ。いざとなったらコイツをブチかましている間に逃げるからさ。俺が足速いの知ってるだろ?」
「大人相手に勝てる訳ないじゃない!!」
「うっせぇなぁ。大丈夫だって。怖いんならお前らはそこで待ってればいいだろ」
そう言い捨て、ミナの忠告も聞かずにさっさと校舎に向かってしまう。
残された僕達は顔を見合わせた。
「……どうする?」
「追い掛けた方がいいんじゃない? あいつ無鉄砲だし、放っておいたら何するか分からないから」
「だよねぇ……シノちゃんはどうする?」
「わ、わたしは……行きたくない」
「そっか、じゃあシノはここで待ってなさい。あたしたちが10分経っても戻って来なかったら、ここを出て大人達に連絡して」
「え? 2人とも行っちゃうの!? やだ、1人にしないでよぉ!」
「あぁーー……」
「いいよ、ミナ。僕が追い掛けるから、ミナはシノちゃんと一緒にいてあげて」
「……分かった。気を付けてね」
「うん」
そう言うと、急いでコウタの後を追った。
校舎の正面玄関は全面ガラス張りの扉になっていて、奥に下駄箱がずらりと並んでいた。
「……」
正直かなり怖かったが、もうコウタは中に入ってしまっている。
意を決して開けっ放しになっている扉を潜ると、玄関に踏み込んだ。
本来ならここで靴を履き替えなくてはいけないのだろうが、ここはもう廃校だ。
心の中で謝りつつ、土足で廊下に上がった。なんだかすごくいけないことをしている気分になった。
校舎の端から端まで横に伸びる廊下に立つと、正面にある階段で上の階に向かった。
一応窓から差し込む月明りで足元くらいは見えるが、それでも注意していないと階段を踏み外しそうだ。
かといって、足元ばかりに視線を集中しているのも怖い。
廃校という割に思ったより汚れてはいないが、夜の校舎はどうにも不気味で、今にも物陰から何かが飛び出して来るんじゃないかと思われた。
「……ふっ!!」
階段の曲がり角が妙に怖い。
素早く息を吐き出しながら、勢いで曲がり角を曲がる。そして、何もいないことに安堵の息を吐き出す。
今更になって懐中電灯を持ってこなかったことを後悔した。
(そうだ、スマホ。スマホのライトを使えばいいんだ)
二階に上がったところでそのことに気付き、僕はスマホを取り出した。
スマホのライトで前を照らしながら、その明かりを頼りに残りの階段を一気に駆け上がる。
そうして四階に辿り着いて右手を見ると、コウタが1つの教室の前に立っていた。
何事もなさそうな様子に内心ほっとしつつ、そちらに小走りで近付く。
「何してんの?」
「ああ、来たのか。いや、この部屋だろ? さっきお前らが人影を見たのって」
そう言われて思い出してみると、そうだった気がした。
校舎の向かって右側。
何組か連続していた窓の、更にもう1つ向こうの窓。たしかにここだ。
扉の上にある札をスマホのライトで照らすと、今しがた前を通り過ぎたのが職員室だと分かった。
そしてその横にあるここは、どうやら校長室らしい。
(職員室と校長室が一番上の階にあるんだ)
自分が通う小学校では職員室が一階で、学年が上がるごとに上の階に移動する形だったので、少し変な感じがした。
でもたしかに、年長順で言うなら先生が一番上になるのは当然なのかもしれない
僕がそんなどうでもいいことを考えていると、コウタが校長室のドアノブを握った。
そのままノブを回そうとするが、ガチャガチャいうだけで開く気配がない。
「開かねぇんだよ、これ」
「鍵が掛かってるの? 廃校なのに?」
「いや、そもそもノブが回らねぇ。押しても引いてもビクともしねぇし」
そう言ってコウタがドアを引いたり押したりするが、たしかにドアは全く動かなかった。
普通のドアなら鍵が掛かっていても少しは動くはずだし、出っ張りの部分がガンガンとぶつかる音も聞こえるはずなのに、それが一切ないのだ。
その小さな、しかし確かな異常に、ぞわっと全身に鳥肌が立った。
「なあコウタ、もう――」
帰ろう。
そう言おうとしたその時、僕の耳が微かな音を拾った。
クスクス、クスクス
小さな女の子の笑い声。
実に無邪気そうなその笑い声は、こんな夜の廃校には全く似つかわしくなく、どうしようもなく不気味だった。
それが、どんどんと大きくなってくる。
「ヒッ――」
「だ、誰だ!!」
僕が思わず恐怖に喉を鳴らし、コウタが震え声を発した瞬間。
バターーーーン!!! ガチャッ
下の階から聞こえた何かが閉まる音が、校舎中に響き渡った。
思わず2人揃ってビクッと体を跳ねさせる。
そして、次の瞬間。
―― ねぇ、遊ぼう?
少女の声が響いた。
僕の耳元で。
「う、うわあぁぁぁーーーー!!!!」
「ぎゃあああぁぁぁーーーー!!!!」
コウタと2人、一目散に階段に向かって駆ける。
流石はコウタだ。足が速い。
僕の方が階段に近かったのに、先に階段に辿り着いたのはコウタだった。
コウタは階段の中程まで転げるように駆け降りると、残りの数段を一気に跳び下りた。
そして、手すりを掴んで急カーブし、一息に次の階段に向かう。
「ま、待って……」
体育の成績が良い方ではない僕には、そんな真似は出来ない。
それでも取り残されたくないという思いから、やったこともない階段の跳び下りをやった。
ずんっと足首に衝撃が走り、こけそうになる。
しかし歯を食い縛って耐えると、すぐに次の階段へ向かった。
今となっては、前を走るコウタの背中だけが僕の頼りだった。
コウタの背中を見失った瞬間、自分は何かに捕まってしまうという確信めいた思いがあった。
必死に駆け下り、跳び下りる。
ただひたすらにそれを繰り返している内に、気付いたら僕は一階に辿り着いていた。
着地の衝撃に耐えながら顔を上げると、玄関のガラス扉に3人の姿を発見した。
「なんで、なんで、なんで……っ!!」
『ちょっと! なんで開かないのよ!』
『ダイチくん、大丈夫!?』
ぶつぶつと焦燥に満ちた独り言を漏らしながら、必死に扉を開けようとするコウタ。
その向こうで、ミナとシノちゃんも、外側からガラス扉をしきりに叩いていた。
「待って! せーのでやろう!!」
そう声を掛けながら、僕も扉に駆け寄った。
「いくよ! せーの!!」
掛け声に合わせ、僕とコウタが押し、ミナとシノちゃんが引っ張る。
「ぐ、ぎぎぎ……っ!!」
「ふぬぬぬぬ……っ!!」
『んにににぃ……っ!!』
『んんんん……っ!!』
しかし、扉は開かない。
(なん、で……っ!!)
上半身を倒すと、全体重を掛けて体ごと扉を押す。
そこで僕は、棒状の取っ手の下にある小さな鍵に気付いた。
「待って! 鍵だ! 鍵が掛かっているだけだったんだよ!!」
円状のその鍵は、つまみが横向きになっていた。
なんてことはない。単純にただ鍵が掛かっていたから開かなかっただけなのだ。
僕は急いでつまみを掴むと、左に回して縦にした。
ガチャッ
小気味の良い音と共に抵抗がなくなり、あっさりと扉が開いた。
コウタと2人、もつれるように外へ飛び出す。
「はあっ、はあぁぁーー……」
「た、助かった……」
勢いそのままに校庭まで駆けると、僕とコウタは四つん這いに倒れ込んだ。
「何よ、何があったのよ? いきなり扉が閉まっちゃって……」
後ろからミナが声を掛けて来るが、答える余裕などない。
ただ荒く呼吸を繰り返すのみだ。
「ね、ねぇ……扉、鍵が掛かってたの?」
震え声に視線を向けると、シノちゃんが怯え切った様子で立っていた。
無言でうなずくと、その華奢な体がビクッと震える。
そして、震える唇から掠れた声が漏れる。
「……どうやって?」
そう、言われて
気付いた。
鍵は、内側から掛けられていたのだ。
誰かが閉めたのだとしたら、その誰かは校舎内にいたことになる。
いや、もしかしたら今も
すぐそこに
いる?
クスクス、クスクス
笑い声が、近付いて来る。
「「「「――――――っ!!!!?」」」」
ただ走った。
4人共口々に悲鳴を上げながら、ただがむしゃらに走った。
残された花火なんて気にしてる暇はなかった。
後ろから迫る何かから逃れるため、校門を目指してひたすら校庭を全力疾走した。
でも、慣れない階段ダッシュをしたばかりの僕では、いつもの半分も速度が出なかった。
早々に息が切れ、足首がズキズキと痛み始める。
「ま、待って……僕も……」
視線の先ではもうコウタとミナが門を乗り越え、シノちゃんがミナの手を借りながら門の上に足を掛けたところだった。
シノちゃんが門の向こう側に降り立つと同時に、僕もようやく門まで辿り着いた。
しかし、門を乗り越えようと最後の一歩を踏み出したその瞬間、それは起こった。
ガチンッ、という音が頭の中で響いた気がした。
その音が聞こえると同時に、突然、足どころか手の指一本動かせなくなってしまったのだ。
「……! ……っ!?」
「おい! ダイチなにやってんだよ!!」
「早くこっちに来なさいよ!!」
「ダイチくん!?」
(動けないんだよ!!)
そう怒鳴ってやりたいが、口も舌も全く動かせない。
辛うじて動かせるのは、眼球だけだった。
(動けっ! 動け動け動けーーーーっ!!!)
頭の中で必死に自分の体に指令を送る。
すると、無限にも思える数秒を経て、僕の体は自由を取り戻した。
跳び付くようにして、目の前の門をガッと掴む。その瞬間
―― つかまえた
その声は、楽しげに微かな笑い声を含んで
僕の耳元で響いた。
「う、あ…………」
全身の血の気が引いて冷たくなる中、股間から太腿に掛けて生温かい感覚が伝った。
* * * * * * *
それからの記憶は曖昧で、正直よく覚えていない。
あそこからどうやって門を乗り越えたのか、どうやって家に帰り着いたのか。
どれもおぼろげにしか覚えていなかったが、家に帰り着いた途端、安心感から泣き出してしまったことは覚えていた。
お母さんもお父さんもすごく驚いてすぐに110番しようとしたけど、僕の話を聞いて安心したような呆れたような顔をした。
廃校であった出来事を話しても信じてもらえず、子供だけで廃校に侵入したことをこっぴどく怒られた。
信じてもらえなかったことには腹が立ったが、気のせいだと言われてどこか安心している自分もいた。
その後、僕達の話を聞いたクラスメートが肝試しに廃校に乗り込み、同じように怪奇現象に遭ったと青ざめた顔で語った。
それを切っ掛けに噂はクラスから学年、学年から学校中、果ては他校にまで広まり、あそこの廃校は“本物”だという噂になった。
「女の人の悲鳴を聞いた」とか「子供の笑い声を聞いた」とか様々な噂が流れ、時には「何かぬるぬるした物が背筋を滑り落ちたと思ったらこんにゃくだった」とかいう、誰かのいたずらとしか思えない噂も流れた。
しかし、その中の1つに「黒い人影が校庭で花火をしていた」という噂があって、僕達4人は何とも言えない気分になるのだった。