退魔巫女見習いの場合 後編
「むっ!?」
突然の瘴気が高まる気配に、私は素早く片膝立ちになって身構えた。
教室の中央、整然と並ぶ勉強机の列の上に、すごい勢いで瘴気が集まっていく。
そして、黒い渦と見紛うほどに収束した瘴気は、1つの巨大な影を生み出して霧散した。
バギンッ! ガタッ! ガッタァァーン!!
けたたましい音を立てて机や椅子を押し倒し、蹴散らしながら、その巨大な影は教室の真ん中に着地した。
その予想外の姿に、私は驚愕する。
「なっ! 大蝦蟇だと!?」
現れたのは、体高1.8mはあろうかという巨大なカエルだった。だが、なぜこんな妖怪が廃校に。
大蝦蟇は、主に田舎の川沿いや古池に現れる妖怪だ。こんな水気のない場所に出現する妖怪ではない。
(プールに棲みついていたカエルが変化したのか? いや、考察は後だ。見たところ武器は……持っていないか。なら、気を付けるべきは……)
その瞬間、大きな口がパカッと開いたと思ったら、その口から飛び出した舌が高速で襲い掛かって来た。
しかし、それを読んでいた私はすぐさま横っ飛びに回避する。直後、私がいた場所の背後にあったロッカーが、大きな音と共にへこんだ。
(っ!? なんて威力だ!)
あんなのをまともに食らったら、骨の1本や2本は簡単に折れてしまうだろう。
だが、警戒すべきはそれだけだ。
教室内であることが幸いした。これが屋外だったら、体当たりにも警戒しなければならなかっただろう。しかし、ここではその心配はない。カエルはその足の構造上、前に跳ぼうと思ったら多少なりとも上にも跳び上がらなければならないが、この教室は大蝦蟇の体高に対して天井が低いせいで、跳ぶスペースがないのだ。
(飛び掛かられる心配がないなら、とりあえず舌を押さえ込めばいい。舌を封じて、一気に術を撃ち込む!)
素早くそう決断すると、大蝦蟇の方を警戒しつつ、私は近くに倒れていた机を拾い上げた。両手で机の脚を掴み、天板を下にして構える。そして……
「ここっ!!」
再び舌が放たれたと思った瞬間、一歩だけ横にずれると、すかさずそこに机を叩きつけ、天板で舌を押さえ込んだ。
そして、逃げられないよう机の裏側に片足を乗せて体重を掛けながら、素早く呪符を取り出す。
「浄き火よ──」
機を逃さず、すぐさま呪文を唱えようとし掛けたその時、突如開きっ放しの大蝦蟇の口から、ブワッと虹色の気体が吐き出された。
(なんっ──!?)
慌てて口を閉じ、口と鼻を袖で押さえて、半ば反射的に身を引く。
(あ、しまっ──)
慌てて足に力を込め直すが、遅かった。
私の押さえつけが緩んだ一瞬の隙を突いて、大蝦蟇の舌が机の下から抜け出す。そのままびよんと伸び上がって来た舌が、私の体を絡めとった。そして一瞬にしてすごい力で宙に持ち上げられる。
(う、ぐっ!)
するすると腹部に巻き付いた舌が、そのまま胸へと上がり、肩を伝って呪符を持つ右腕に巻き付く。そして、ギリギリと締め上げ始めた。
(ぐ、ああっ!)
右腕を万力のように締め上げられ、私は呪符を手放してしまう。
(ま、マズ、い……このまま、ではっ!)
まだ無事な左腕で新しい呪符を取り出したいが、顔の周りに謎の気体が漂っている状態では、迂闊に声も出せない。呪文を唱えられなければ、呪符を取り出しても意味はない。
(この虹色の気体が人体にどんな影響をもたらすかは分からないが……吸わない方がいいのは間違いな──)
と、その時、右腕に巻き付いていた舌先が方向転換し、私の首元に伸びてきたと思うと、グイッと小袖の襟を引っかけた。
(っ! まさかこいつ、巫女装束を脱がそうとしているのか!?)
この装束には、着用者の退魔術の補助をすると共に、瘴気を遠ざけ、悪霊に取り憑かれない様にする防具としての機能がある。
特殊な方法でかなり頑丈に作られているのでそうそう破けることはないが、脱がされてしまっては意味がない。しかも小袖を肩口まで強引に引っ張られたせいで、左腕が変に固定されてしまった。
(くっ、やむを得ない、か……っ)
迷っている暇は無い。
私は身をよじって自ら左腕を引き抜くと、腰のポーチに向かって素早く手を伸ばした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いい! いいぞ!! ちょっと大蝦蟇そこ代われ!!」
巫女さんの体に舌を巻き付かせた大蝦蟇に、俺はパソコンの前で歓喜と嫉妬の声を上げる。
左脇腹から右肩に向かって斜めに巻き付いた舌によって、巫女さんの胸がぐにゅりと形を変える。ウエストをがっちり縛られているせいで、その形の変化がよりはっきりと分かった。
「うおおおぉぉぉーーー!! イイ!! やっぱり実体があると違うなぁ!! エクセレンッ!!」
だが、まだだ。まだこれくらいで満足してはいけない。
果たしてリアル巫女さんは下着を身に着けていないのか。俺は、その謎に挑まなくてはならないのだーーー!!
バレたら怒られそうなホネさんは念のために部室棟の方で待機させているし、後顧の憂いはない!
「さあ行け! 今こそ巫女さんの絶対領域に挑むのだーーー!!」
そして、大蝦蟇の舌先が巫女さんの襟に引っかかり、グイッと引っ張った。
「フゥゥゥーーーご開ちょ……う?」
ん? あれ?
………………
きょ、驚愕の事実。巫女さんは上に2枚着てた!!
なんだあれ。てっきり一体化してるもんだと思ってたんだが、なんか時代劇で見る寝間着? みたいなのを下に着てる。しかも割としっかり。
って、あ! 大蝦蟇の毒ガスのせいで肝心なところが見えなくなった!
「馬鹿かお前は空気読めよ。なに毒ガスで親切にモザイクかけてあげてんだ! ただでさえ顔が見えなくて微妙に萎えてたのに、これじゃガン萎えだよ。これじゃ下着脱がしても何も見えないだろうがぁぁぁーーーー!!!」
そんなことを絶叫している間に、絡まった上着から腕を抜いた巫女さんが、大蝦蟇の開きっ放しの口に小さな壺を放り込んだ。
「あ」
途端、大蝦蟇が奇怪な絶叫を上げながら身悶えし始めた。
空中に放り出された巫女さんは上手いこと足から地面に着地すると、素早く身なりを整えながら毒ガスから大きく距離を取る。
……サービスショットは無しですかそうですか。
「って、うおお!?」
そんなことを考えていたら、突然大蝦蟇が口からテラテラとした袋のようなものを吐き出した。
まさかあれは……アレか? 異物を飲み込んだカエルが胃袋を吐き出すやつか!? すげえ、初めて見た! けど……そんな弱点を堂々と晒したら……
「ですよねー」
すかさず巫女さんが放った退魔術の火が、体外に露出した大蝦蟇の内臓に着弾。
大蝦蟇はたまらず悶絶し、やがてビクビクと体を震わせると、その身を瘴気へと変えて消滅した。
「あぁ~あ、640HPもしたのに」
だが、ここで諦めるという選択はあり得ない。
巫女さんもそれなりに消耗してるはず。なにより、ここで諦めたら散って逝った大蝦蟇1号に申し訳ないじゃないか!
「という訳で、追加行きま~す」
もはや大蝦蟇を生贄にやり過ごすという本来の目的などすっかり忘れ、俺は召喚リストを開いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、はあ……」
深呼吸をして必死に肺に酸素を送り込みながら、私は未だ乱れている服装をきちんと整えると、ゆっくりと立ち上がった。
「これは……もう駄目だな」
大蝦蟇が吐き出した清めの塩が入った小壺を手に取って、私は苦い表情を浮かべる。
状況が状況だったので、やむなく蓋だけ外して壺ごと大蝦蟇の口に放り込んだのだが、そのせいで中身の大半はぶちまけられてしまった上に、壺の中に少しだけ残っていた塩も、大蝦蟇の瘴気を吸ってすっかり黒ずんでしまっていた。これではもう使い物にならない。
「これは……もう無理だな。撤退するしかないか」
残りの霊力では、それすら難しいかもしれないが……かと言って、この状態で前に進むのは完全に自殺行為だ。
可能なら母を応援に呼ぶのだが、生憎今は除霊の仕事で他県に出ている。母の助力が得られない以上、今は速やかに撤退すべきだ。
「そうと決まればまずは……むっ!!?」
教室の出口に向かおうと振り返ったところで、その出口の前、そして自分の背後に強烈な瘴気の収束を感じた。
「まさか……!?」
そのまさかだった。私の前後を挟むように瘴気の渦が発生し、再び大蝦蟇を生み出したのだ。
「そ、んな……っ!」
無理だ。さっき1体でもかなりギリギリ。いや、ほぼ負けていたのに、消耗した状態で2体同時なんて。
「くっ!?」
そんなことを考えている間に、廊下側の大蝦蟇が舌を伸ばしてくる。
咄嗟に横に跳んで躱すが、すかさず反対側から挟み込むように伸びてきたもう1本の舌が、私の腕を絡み取った。
「くっ、ああっ!」
再び宙吊りにされ、今度は両腕をガッチリと固定されてしまう。これでは、呪符を取り出すことも出来ない。
(くっ、仕方ない……こうなったら……っ!)
これは賭けだ。私の実力でこれをやったところで、この状況を打破できるとは限らない。
それでいて、やれば確実に霊力を使い切ってしまう。あまりにも分が悪い賭け。だが、他に手はない。
(母様……どうか、祈っていてください)
私は覚悟を決めると、そっと目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふっふっふ、ついに観念したようだなぁ」
あ、なんか今の俺すごい悪の組織の幹部っぽい。
そんな考えが頭の片隅を過ったが、それを気にする余裕すらなく俺は全力で画面にかじりついていた。
俯き、全身を脱力させる巫女さんに、左右から大蝦蟇の舌が迫る。毒ガスを使わないように指示したおかげで、視界は良好。準備は万端。
「さあ! イッツショータイム!!」
俺がテンションMAXでそう叫ぶと同時に、大蝦蟇の舌が巫女さんの襟元に向かって伸び──る直前に、どこからか現れた白い靄のようなものが校舎の窓を透過して飛来すると、そのまま巫女さんの体に入り込んだ。
「なん──?」
直後、巫女さんの体が目にも留まらぬ速度で動き、大蝦蟇の拘束を……え? 切った?
「え? は?」
半ばから断ち切られた2本の舌と共に、巫女さんがスタッと着地する。
深く俯けられたその表情は、前髪に隠れて見えない。だが、いつの間にかその右手には長いトングが、左手には蓋付きのチリ取りが握られていた。
「え? なにあれ?」
俺が呆然と呟いた直後、廊下側の大蝦蟇が、切られた舌を再び巫女さんに向かって伸ばした。
右側から迫る、大蝦蟇の舌。だが、巫女さんはそちらを見もせずに右手を一閃。
なんと、高速で飛来する大蝦蟇の舌をトングで掴み止めた。と、同時に左足でチリ取りのお尻を蹴り上げると、ガパンとチリ取りが前に倒れて口を開く。そこには、まるでブラックホールのようにすべてを呑み込んでしまいそうな深淵が。
そして、巫女さんがトングで掴んだ舌をグンッと引っ張りつつ体を反転させると、たちまち大蝦蟇の体は、舌から頭。頭から胴体、足へと、一瞬でチリ取りの中に吸い込まれてしまった。ここまでわずか2秒。
まさに秒殺。洗練され尽くした流れるような動きで、もう1体が助けに入る間もなく、大蝦蟇はチリ取りに飲み込まれてしまった。
ガパン
チリ取りが回転し、蓋がかぶさる音が教室内に響く。
まだ背後にもう1体大蝦蟇がいるにも拘らず、その背中に気負いは全く感じられない。中級妖怪を一瞬にして葬ったその背中には、ただ圧倒的強者としての余裕が漂っていた。
「くっ! なんだこれは、どうなってる!?」
そこでようやく我に返った俺は、慌てて巫女さんをクリックすると、再度ステータス鑑定を行った。
========================
小野寺千歳(憑依:守護霊×1)
種族:ヒト
職業:高校生・巫女Lv.3・退魔師Lv.3・(妖無隠Lv.10)
生命力:128
物理攻撃力:88
物理防御力:93
霊力:46
技能:霊感Lv.7・小野寺流降霊術Lv.2・小野寺流退魔術Lv.3・(妖無隠流除霊術Lv.10)
加護:──
徳業ポイント:114(善人)
========================
「な、に……!?」
『憑依:守護霊×1』だと……? っ!! しまった! 降霊術だ!!
戦闘には役に立たないだろうと思って、すっかり意識から外していた。だが、間違いない。あの巫女さんは降霊術で守護霊をその身に降ろし、その力で戦っているんだ!
「にしても……《妖無隠流除霊術Lv.10》ってなんぞ?」
なんなのかは分からないが、技能レベルMAXは危険だ。しかもそれが除霊術ともなればなおさら。
退魔術と除霊術。何が違うかと言えば、簡単に言えば瘴気全般祓えるのが退魔術で、霊や怪異に特効なのが除霊術だ。
除霊術はその名の通り、霊だろうが妖怪だろうが怪異だろうが、そこに魂さえあれば覿面な効果を発揮する。
一方、退魔術は除霊術ほどの攻撃力はないが、その代わり怪奇現象……魔境風に言えば、罠や結界も破壊することが出来る。
今巫女さんに憑依している守護霊は、自身も霊でありながら除霊術の技能レベルがMAX。この《妖無隠流除霊術》というのがどれほど強い技能なのかは分からないが、中級妖怪を秒殺した時点で俺では勝ち目がないだろう。
というか、今の巫女さんに対抗できるのなんてウチではあの3人しかいないんじゃないのか? いや、ヌシはともかくとして、下手したら理科室の2人でも負けるかもしれん。
「もう1体もやっぱり秒殺か……ん?」
2体目の大蝦蟇が容赦なくチリ取りに吸い込まれるのを確認したところで、なぜか巫女さんがこちらに向き直った。
「……え? 感知してる?」
実はこの監視用モニターの映像は、撮影用の浮遊霊から送られている。
ただ侵入者を追跡して映像と音声を送るだけの、ほとんど知能もない最下級霊なので、気配もすごく小さい。だが、霊であることには変わりないので、一定以上の霊感があれば感知できないこともないようなのだが……
「え? なに? なに?」
突如、巫女さんが俯いたままこちらに駆け出したかと思うと、机を足場に一気に跳躍。こちらに向かってトングを突き出して、って──
「どぅええぇぇぇーーーー!!?」
突然、パソコンのモニターからトングの先端が突き出してきた。
完全に予想外の事態に避ける間もなく、首をガッチリと掴まれてしまう。
「っ!? 痛ったたたたたたぁ!!?」
なんだこれ!? マジで痛い! 痛い痛い痛い!!
ただのトングのはずなのに、まるで真っ赤に熱せられた焼きごてを押し付けられているかのような感覚。聖剣を押し付けられた悪魔ってこんな感じなのだろうかあぁぁぁぁいたいいたい!!
「って、うおおぉぉマジかぁぁぁ!!?」
突然グンッと引っ張られたかと思うと、問答無用でモニターの向こうに引っ張り込まれそうになって焦る。
モニターの向こうで待ち受けるチリ取りの口が恐ろしい。これ、向こうに引きずり込まれたが最後確実に死ぬよね?
「やばいやばいマジでヤバイィィィィ!!!」
パソコンの画面の中に引きずり込まれるとかどんなホラーだ。いや、むしろホラーは俺の方なんだけど!
「って、オイコラ怠惰ぁ!! 助けろやぁ!!!」
モニターの縁に全力でしがみつきつつ……というか、“念動力”全開で必死に抗う俺の前で、怠惰さんはのろのろとソファの上で上体を起こした。
え? なに? じゃねぇわ! まずはソファから下りろや!! 主が命の危機に瀕してんだぞぉぉお!!?
「いぎぎぎぎっ、もう、マジでムリ……」
これ以上は首が引き千切れる。そう思ったその時、急に俺の首を掴んでいたトングがフッと消えた。
「っっっ、つぁぁ~~~~っ!! た、助かった……?」
無駄と知りつつ首をさすりながら画面を見ると、巫女さんが教室の床に倒れてぐったりしていた。その手には、もうトングもチリ取りも握られていない。
「?? ……そうか! 霊力切れか!!」
どうやら、霊力が無くなって降霊術が解除されたらしい。ギリ助かった。いや、これはチャンスだ。ここまで痛い思いをしたのだから、もう何が何でも巫女さんの痴態を拝まなくては。
「大赤字だが……仕方がない。くっくっく、今度こそこれで終わりだぁ!」
俺は召喚リストを開くと、追加でもう2体大蝦蟇を召喚した。巫女さんを挟むように、新たに2体の大蝦蟇が出現する。
気配で気付いたのか、巫女さんも倒れたままゆっくりと上体を起こした。だが、まだ立つことすら出来ないようで、愕然とした表情で2体の大蝦蟇を見詰めている。
と、不意にふっと表情を緩めたかと思うと、その顔に諦念の滲む笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、ようやく諦めたか。なに、少し恥ずかしい思いをするだけだ。命までは取らないから安心しな」
しかし、諦めてしまったのか。
どうやらリアルでは「くっ、殺せ!」とはならないらしい。まあ、これからそうなる可能性はあるか。
「うん、まあとりあえず……ゲッヘッヘ、まずはその服を脱いでもらおうかぁ」
ゲスな笑みを浮かべながら大蝦蟇に指示を出すと、巫女さんは微かな笑みを浮かべたまま……うおおぉぉ!? 自分から服を脱いだ!? 違う、自分から脱いじゃダメだ! 嫌がるところを脱がすから……って、ん?
「なんだあれ?」
上着を脱ぎ、露わになった上半身を覆う寝間着のような形の下着。その、お腹部分。
そこには、何やら赤い文様が書かれたお札がびっしりと……
「アカン」
何か分からないが、あれはアカンやつや。
ふっ、と諦めが滲む笑みをこぼしながら、そのお腹に巻かれたお札に手を添える巫女さんを見て、そう直感する。
いや、だって、見た目完全にお腹にダイナマイト巻いて特攻かます下っ端暴力団員……
『父様、母様……先立つ不孝をお許しください』
アカンアカンアカンアカン!!!
それはアカンてお嬢ちゃん! 早まったらアカン!!
くそっ、予想外だ。どうやら追い詰め過ぎたらしい。完全に自爆攻撃放とうとしてやがる!!
やめて! 美少女が自爆するとこなんて見たくないよ! 死ぬぞ! 俺の心が!!
ああくそっ! これだけは使いたくなかったんだが仕方ない! 赤字通り越して破産しそうだが自業自得だ!!
俺は歯噛みをしつつ再び召喚リストを開くと、全速力でリストをスクロールさせた。
間に合ええええぇぇぇぇーーーーー!!!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
短い人生だった。だが、引き際を見誤った私のミスだ。
ここで妖怪に嬲り殺され、悪霊となるくらいなら潔く自死を選ぶ。それでこの妖怪共を巻き添えに出来るのなら悪くない。
「むっ!?」
突如、またしても目の前に瘴気の渦が発生し、私は身構えた。
また何かが現れる? いや、問題ない。どうせなら新手も巻き込んで諸共に死んでやろう。
「来い……っ!」
鋭い眼光で見詰めるその先で、瘴気が一点に凝集、直後霧散し、新たな妖怪が…………? え?
「きゃあ!! な、なに!?」
「え? は?」
「え? あれ? 小野寺……さん? って、きゃあぁぁ! でっかいカエル!! 気持ち悪い!!」
「宮田、さん?」
空中から現れたのは、なんと今朝言葉を交わしたばかりの宮田さんだった。
私がこの廃校に来るきっかけとなった張本人が、なぜここに……?
「え? あれ? ここ……北畑第四中学校? なんで?」
「いや、むしろ私が聞きたいんだが……むっ!」
突然教室の入り口が開き、私はだるい体に鞭打ってそちらに振り返った。
すると、そこにいたのはなんと人骨。
肉も皮もない人間の全身骨格が、両手を上げてこちらに近付いてくるではないか。
「宮田さん! こちらに──」
「あ、ホネさん!」
「え……?」
咄嗟に宮田さんを背に庇おうとして、その当人が上げた安心しきった声に呆然とする。
ホネさん……? っ!! そうか、こいつが宮田さんが遭遇した怪異か!!
「くっ! 不浄なる者よ──」
反射的に戦闘態勢に入ろうとして……視線の先で、骸骨がスッと頭を下げたのを見て、思わず動きを止めてしまった。
それは、最大限の謝意。紛れもない誠意。同時に、教室に入ってくる時に両手を上げていたのは、敵意がないことを示すためだったのだということに否応なく気付かされる。
怪異でありながら、その姿には全く嫌悪感を感じなかった。むしろ感じるのは、どこか親近感にも似た好感……?
「不浄じゃ……ない?」
呆然と呟く私に、頭を上げた骸骨は……そっと、こんにゃくを差し出した。…………なんで?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんとか、間に合ったぁぁ……」
俺は召喚リストの最下部に追加された項目を見ながら、安堵の溜息を吐いて脱力した。
『宮田愛美:北畑第四中学校の協力者』
これは、宮田さんが協力を約束した日……というか、彼女の職業欄に『北畑第四中学校の協力者』が追加された時に、召喚リストに追加された項目だ。
最初はなんのために使うのかと思っていたのだが……なるほど、こういう時には使えるな。
「さて、あとは宮田さんとホネさんに任せるか……」
なんとか、上手いこと説得してくれるよう祈るしかない。
ホネさんには後でメッチャ怒られそうだけど……現時点でモニター越しに冷ややかな視線を感じるし。
「はあ……召喚を乱発したせいで大赤字だし、散々だ……」
巫女さんのサービスショットもほとんど拝めなかったし、本当にいいことなかった。
思わずぐてーんと椅子の上で脱力する……と、首筋に焼けるような痛みが走った。
「ああ……これもあったか。痛ってぇ……」
トングで思いっ切り掴まれた首を撫でながら、俺は苦々しくこぼした。つーか痛いって感覚自体、管理者になって以来初なんだが……これ、治るのか?
どうやら、ゲスな下心の代償は高くついたようだ。ま、懲りてはいないけど。今度似たような状況になっても、またサービスショット狙うけどな!! 俺は米川純一! 赤字覚悟でサービスショットを狙う漢ぉ!!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回のポイント収支
消費HP
・監視用モニター ── 256HP
《罠》
・こんにゃく ── 1HP
《召喚》
・下級幽霊×2 ── 30HP
・大蝦蟇×5 ── 3200HP
・宮田愛美 ── 1000HP
《チャット》
・通信料 ── 18HP
・リスト追加 ── 1280HP
計 5785HP
――――――――――――――――――――――――
獲得HP
・通常ポイント ── 17HP
計 17HP
――――――――――――――――――――――――
合計 5768HP損失
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
侵入者のその後
・小野寺千歳
話し合いの結果、ホネさんと友誼を結んだこともあり、罪なき人間に危害を加えないこと、人を殺めないこと、そして時々退魔の訓練場所として利用させてもらうことを条件に、北畑第四中学校を見逃すことにした。しかし、実際は一族を挙げても魔境を落とすのは難しいというのが本音。犠牲覚悟で戦っても勝ち目が薄いことを察したからこそ、話し合いで解決できるならと、出来るだけ有利な条件で休戦協定を結んだに過ぎない。
その後は元の生活に戻り、時々北畑第四中学校を訪れては退魔の実戦訓練をしたり、宮田さんやホネさんと交流したりしている。
・宮田愛美
今回の一件で、転校して以来初となる人間の友達が出来た。しかも、その相手が全校女生徒の憧れの存在である小野寺千歳だったために、2人の仲を気にした女生徒に次々に声を掛けられ、一気に交友関係が広がった。
嫉妬されなかったことはありがたいものの、その新たな友人達が、自分と小野寺先輩の関係を邪推しては百合色の妄想を駆け巡らせるのが最近の悩み。
・妖無隠さん
小野寺千歳の降霊術に応じて力を貸した、彼女が通う学校を守る守護霊。本来彼女の実力で降ろせる霊ではないのだが、彼女がたまたま自分が守るべき生徒の1人だったので特別に力を貸した。
この翌日、小野寺千歳に礼を言われたのだが、彼はいつも通り帽子を目深に被ったまま顔を上げることもなく、ただトングを軽く持ち上げることでそれに応えた。渋い。
尾狩村の管理者
で、どうよ? 上手くいった?
北畑第四中学校の管理者
尾狩さん……巫女さんは追い詰めると、くっころではなくふっ死ぬになるみたいです
尾狩村の管理者
なんそれ?