二股悪女とその彼氏の場合 後編
ズズンッと校舎が揺れた……気がした。
「う、お……!?」
「じ、地震!?」
「いや、実際に揺れては──」
そこまで言った時、廊下の奥から恐ろしい声が聞こえてきた。
『オオオォォオォォ!!』
『ア゛ア゛アアァァァァ!!』
その声に、2人揃ってビクッと震える。
それは、年若い女性の声でありながら、まるで手負いの獣が上げる雄叫びのような咆哮だった。苦痛と絶望、そして憤怒と怨嗟に満ちたその叫びは、聞いているだけで精神をガリガリと削られそうな悍ましい音だった。
「なに、今の……」
「お、俺が知るかよ!」
怯える結子に、八つ当たり気味に怒鳴り返す。それくらい今の俺は余裕がなかった。
「って、あれ? なんだこれ……」
突然視界に黒いものがチラついたと思ったら、俺の体を取り巻くように黒い靄が漂っていた。
「どうしたのよ……って、え?」
結子の声に視線を向けると、結子の体にも同じように……いや、俺よりも多くの靄が取り巻いているのに気付いた。
それがなんなのかは分からない。だが、なぜか見ているだけで気分が悪くなってくるのは分かった。
「弘明! あれ!」
「え?」
結子が指差した方を見ると、いつの間にか一番近くにあったキャンバスに赤い文字で指示が書かれていた。
『かくれんぼしよう』
『1じかんいないにこのたてものの中からぼくを見つけられたら 外に出してあげる』
『おくのりかしつには行っちゃだめ』
『オニにもつかまっちゃダメ』
『それじゃあスタート』
その文章を最後まで読んで、結子と顔を見合わせる。
「男の子の霊を、探せばいいってこと……?」
「みたい、だな……でも気になるのは……“鬼”ってなんだ?」
普通鬼って、隠れている人を探す役……この場合だと、俺達を指すんじゃないのか? この言い方だと、俺達とは別に、俺達を探す奴がいるってことに……。
その疑問は、すぐに解決した。
ペタ ペタ ペタ
廊下の奥から、何かが歩く音が聞こえる。それと共に、何かをぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。
『──── ──』
俺達以外の侵入者……なんて考えるほど、俺は楽観的じゃない。そもそも、足音からしてこの誰かは明らかに裸足だ。仮に人間だとしても、絶対にマトモじゃない。
「ど、どうしよう……」
「とりあえず、ここに隠れてやり過ごそう」
念のためすぐに逃げ出せるように廊下側に移動し、前後にある2つの扉の中間地点で身を屈める。
すると、こちらへと徐々に足音と声が近付いてくるのが分かった。そして、足音がちょうどこの美術室に差し掛かったところで止まった。
『────』
立ち止まったまま、扉の前でぶつぶつ何かを言っている。
音を立てないようにじりじりと前の扉の方へと移動しながら、一体何を言っているのだろうと耳を傾け……後悔した。
『── 死ネ ──……オマエラノ血デ ──……』
その声は、明らかに呪詛だった。そのことに、俺が気付いた瞬間。
「ヒッ!」
「っ!!」
何の前触れもなく、突然声の主が部屋の中に入ってきた。
後ろ側の扉を透り抜け、暗い影のようなものがぬぅっと姿を現す。
まずは脚。続いて腕と胴体が現れ、遂に全身が室内に侵入する。
それは、人型の影だった。あるいは、黒っぽい透明人間か。
その頭部らしき部位がこちらを向き……はっきりと言った。
『──ョカップル 死ネ』
それが限界だった。
「うわああぁぁぁーーー!!!」
「きゃああぁぁぁぁーーー!!!」
2人で悲鳴を上げながら、転げるように部屋を飛び出す。そして階段で2階に上り、一番近くの教室に飛び込む。
「はあ、はあ」
「なんなのよあれ……もうやだぁ」
2人、扉を背にして崩れ落ちる。果たしてこんな調子で、隠れている霊を見付けられるのだろうか。しかし、見付けなければどんな目に遭わされるか分かったものではない。
「おい、探すぞ」
「う、うぅ……」
結子の腕を引き、立ち上がる。
(絶対にここから出てやる)
そのためならなんだってする。俺が助かるためならなんだって……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【これより百鬼夜行を開始します】
そのメッセージが表示されてすぐ、敷地内の地面からズズズズズっと瘴気がにじみ出してくる。
この百鬼夜行とは、管理地のレベルアップに伴って一時的に敷地内の瘴気が強まる現象だ。簡単に言えばレベルアップ後のボーナスタイム。その効果をゲーム的に言えば、自軍の全体強化って感じだろうか? 一時的にステータスが上昇し、個体によっては疑似的なレベルアップを果たす場合もあるらしい。
「霊力回復速度も上がってるのか? あれだけ血文字を書いたのに、赤い指もまだ余裕がありそうだな」
遊びということでかくれんぼをすることにしたが、当然のように隠れている者などいない。この子供の声は効果音で出してるだけだし。
かくれんぼというのは、部室棟をくまなく探索させて全ての仕込みを堪能してもらうための口実に過ぎない。
まっ、流石に理科室は除くけど。あそこ、なんか百鬼夜行のせいでいつにも増してヤバいことになってるし。
「って、あれ? あいつなんかしゃべってる?」
その理科室付近の廊下から2人組が潜んでいる美術室へと近付くのは、中級霊の徘徊する影(300HP)。名前通りただ徘徊するだけで、持っている技能も“足音”だけ。状況に応じてコツンコツンだかペタペタだかヒタヒタだか、それっぽい足音を出すだけの技能だ。
一応あれを鬼ってことにしたが、別に追い付かれたところで何をされるわけでもないし、そもそも何も出来ない。と、思ってたのだが……
「これも百鬼夜行の影響なのか? 何をしゃべってんだろ」
画面を徘徊する影に向けてズームし、音量を上げる。すると、黒い影の頭部から、軋むような男の声がはっきりと聞こえた。
『死ネ リア充ドモ ミンナ死ネ ナニガ ホワイトクリスマスダ オマエラノ血デ レッドクリスマスニシテヤロウカ』
「お前そんなこと言ってたのかよ!?」
まさかの事実だった。ただうろうろしてるだけの無害な霊だと思ってたのに……むっちゃ恨み抱えてるやん。
呆然と見守る中、徘徊する影は美術室の扉を透り抜け、2人組の方へと視線を向けると……
『美男美女カップル 死ネ 醜男ト美女ノカップルハ モット死ネ 醜男ト醜女ノカップルハ 安ラカニ死ネ』
「なんだ、ただの俺か」
俺だった。
ん? “影”って……もしかしてそういうこと? なんか知らんが、妙に親近感が沸いたぞ、おい。
別に捕まったところで何もないのだが、2人組は悲鳴を上げながら一目散に逃げる。
そして、2階の家庭科室に入り、手分けして探索し始めた。まあいくら探したところで、何も隠れてないんだけど。
それに、不勉強だなぁ。体育館の独りでに跳ねるボールは知ってたくせに。
そんなに無防備に探索してていいのか? 学校の怪談で家庭科室と言えば、包丁が飛び回るものだって相場が決まってるんだぜ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うおっ!?」
「どうし──っ!?」
背後で上がった弘明の声に振り向き、私はギョッと目を剥いた。
なんと、弘明が開けた机の下の棚から包丁が飛び出し、宙を舞っている。
それだけではない。それを皮切りに次々と戸棚が開き、同じように包丁が飛び出してきた。
「ひっ!」
ぎゅんぎゅんと旋回する包丁に、怪奇現象に対する恐怖よりも身を危険に晒される恐怖を感じ、一目散に扉へと向かう。
「お、おい──」
背後で呼び止めようとする弘明の声も無視し、廊下に飛び出す。
(どこに行けばいいの!? どこか、どこに……)
廊下を駆けながら、教室の名前を確認していく。もう、かくれんぼのことなどどうでもよかった。今はとにかく、一息つけるところに行きたかった。
(文芸部、ここだわ!!)
直感に従い、目に入った文芸部の部室に飛び込む。
そこは空の本棚が両脇に並んだ小さな部室で、正面の窓から差し込む月明かりが簡素なテーブルとパイプ椅子を照らし出していた。
「はあ、はあ、はあぁぁ……」
よろめくようにしてテーブルに手をつき、その場に崩れ落ちる。
恐怖で胸がわななく。それに、妙に体が重たい。体を取り巻く黒い靄が、まるで重りのように感じる。
「なん、なのよ……ホント、なんでこんな目に……」
少し落ち着くと、なんだか猛烈に涙が込み上げてきた。
両目からボロボロ涙をこぼしながら、どうにかしてここから逃げ出す方法を考える。
(これ以上霊を探してこの校舎を彷徨うなんて無理……そうよ! 1階はダメでも2階からなら!)
窓から飛び降りて、逃げられるかも……。
そんな微かな期待と共に、ガバッと上げた視線の先には……
『オニ くるよ?』
「い、いやああぁぁぁぁーーー!!!」
窓に書かれた血文字に、矢も楯もたまらずに逃げ出す。
そして廊下に飛び出したところで、横から弘明に呼び止められた。
「おい結子!」
「弘明ぃ、私もう無理! もう無理よぉぉ……」
「落ち着け! 廊下で騒いだらあいつが来るぞ! いいか、さっきの包丁は家庭科室から出てこなかった。体育館のボールも、石膏像もだ。たぶん、あいつらは自分がいる教室から出てこられないんだ。なんか出てきても、廊下に逃げれば何とかなる!」
「ひ、弘明……」
弘明の言葉に、少し冷静になる。
だが、それも一瞬のことだった。わずかばかり取り戻した冷静さは、その直後に階段の上から聞こえてきた音によって吹き飛ばされた。
ダダン、ダダダダン、ダダダダダン
それは、さっき散々聞いた音。ここでは、聞こえるはずのない音。
「「……」」
2人、ギギギッとぎこちない動きで振り返ったその先。廊下の端にある階段から、バスケットボールが飛び出してきた。
1つ、2つ、3つ……たくさん。
「ヒェッ」
「ボールはもういやぁぁ!!」
こちらに向かってくるボールの群れから逃れるよう、反対側へと走り出した瞬間。
バーーン!!
けたたましい音を立てて廊下の端、家庭科室の扉が開き、中から包丁が飛び出してきた。
「きゃああぁぁぁぁーーー!!!」
「うわああぁぁぁーーー!!?」
肩越しにそれを確認した途端、2人して一目散に逃げ出す。
全速力で階段を駆け下り、目の前の部屋に飛び込む。そこはロッカールームで、いくつものロッカーが列をなして並んでいた。
「はあ、はあっ、ちょっと! 教室からは出てこないって言ったじゃない!!」
「うっせぇ! 事実さっきまでは出てこなかっただろ!?」
「あなたがあんなこと言ったから出てきたんじゃないの!?」
「はあっ!? そもそもここに来たいって言ったのはお前だろうが!!」
「なんですっ──」
言い掛けた言葉が、途中で止まる。
……視線を、感じたから。それも、複数の。
(見ちゃダメ、絶対に見ちゃダメ!!)
本能がそう叫んでいるのに、その心の声に反して視線は動く。
そして、見た。ロッカーに付いているスリット状の窓。そこから覗く、いくつもの目を。
同時に、背後の扉を揺らす、ボールが当たる音と包丁が突き立つ音。
「あ、うぁ……」
もう、完全に限界だった。全身の力が抜け、視界がぐらりと揺れ……私は、そこで意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぁ~~……うん。なんか、フラグ回収みたいになっちゃってゴメン」
なんか、図らずもタイミングばっちりになってしまった。
いや、あの男の言ってたことって正しいんだけどね? 跳ねるボールも、宙を舞う包丁(80HP)も、本来はどちらも召還場所から出られないんだよ? ただ、今は百鬼夜行の影響でその制約が解除されてるだけで。
「うん? なんか一気にHPが……ああ、女の方が脱落したのか」
どうやら前門の目、後門のボールと包丁に、精神が限界を迎えたらしい。
ロッカーに潜んでいたのは、覗く目(220HP)という中級霊だ。
ロッカーの窓、扉の隙間、棚と壁の間、あらゆるところからただ目を覗かせるだけの霊。隙間からじーっと見詰められるだけで、特に害はないのだが……まっ、いきなり30を超える目がこちらを覗いてたら誰でもビビるよな。俺でも見ててちょっと気持ち悪いし。
『おい! おい! 起きろ結子!!』
男は必死に女を起こそうとしてるが、女は起きない。やがて、男は女を置いて1人でもう1つの扉から出て行った。
自分が囮となることで、ボールと包丁を引き付けた……って訳でもなさそうだな。扉開けっ放しだし。これは、完全に女を見捨てたな。
「いやぁ~クズいねぇ。これはギルティですわ」
そのまま男は自分1人で探索を再開する。
ふむ……これは、もうちょっと追い込まなきゃダメなやつかな? さて、となると……
「ん? 《結界》の項目が増えてる」
何か追加で送り込んでやろうと思ってメニューをいじり、いくつか項目が増えていることに気付く。恐らく管理地をレベルアップしたためだろう。
『瘴気結界:敷地内に霊的存在を強化する瘴気を発生させる(制限時間30分)』
これは……要するに、百鬼夜行の再現か? 敷地内に瘴気を発生させるって要するにそういうことだよな?
「あれ? これって今発動させたらどうなるんだ?」
これ、百鬼夜行との重ね掛け可能なのか? もしそうなら、管理地のレベルアップと組み合わせることで、一時的にものすごい強化が可能だってことになるんだが……。
「ま、今後のためにも1回試してみるか。そうだな、どうせなら……おっと」
男が廊下に出てきた。とりあえず、金縛りっと。
進行方向に金縛りを設置し、足止めしたところにまたしてもボールを殺到させる。包丁は流石に危ないんで下げさせ…………乳首のところだけ、丸く服を切り取ってやろうか? いや、やめとこう。いくらなんでも悪ふざけが過ぎる。あんまりやり過ぎると、却って相手を冷静にさせかねない。
『う、うおぅ……ぐすん』
男が股間を押さえ、這いずりながら次の部屋に向かう。
まっ、精々頑張れよ。頑張ったところで何も見付からないけど。ていうか、実はもう結界切れてるから普通に出られるんだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くそっ、どこだ……」
結子がぶっ倒れてから、俺1人であちこち探し回ったが、未だにそれらしきものは見当たらない。
あとどれくらい時間が残っているのか。4階建ての建物を、1時間で探し尽くすというのは予想以上に困難だ。2人がかりで妨害無しならともかく、1人で数々の妨害を躱しながらとなると、とてもではないが時間が足りない。
「────ネ」
「くそっ!」
階段を上がろうとしたところで、3階から足音と軋むような声が聞こえ、小さく悪態を吐きながら1階に下りる。と……
── じかんぎれぇ~~
耳元で小さな男の子の声が聞こえた。
数秒遅れでその言葉の意味を理解し、全身からどっと汗が噴き出す。
── それじゃあ、バツゲームぅ~
続いたその言葉の直後、再び校舎が揺れた。同時に、足元からぞわぞわと怖気が這い上がってくる。
まるで、廊下に突然ドライアイスの霧を流し込まれたかのように、足先から急激に体温と感覚が奪われていく。それと共に、俺の体を取り巻いていた黒い靄が濃くなり……
『弘明サン、スキ、スキ』
『モウ、放サナイ……ズットイッショ』
『ウフフ、瀬川サン、瀬川サン……』
黒い人型の形を取ると、その腕を俺の体に巻き付けながら陰々と響く女の声を発し始めた。
「う、うわあぁぁ!! 離れろ!! 離れろぉ!!」
叫び声を上げながら両腕を振り回すが、まるで手応えがない。取り付かれた体は確かに冷たく、重くなっているのに。
そうこうしている間に黒い人影の1つが頭の高さまで上がってきて、闇に満たされた口を大きく裂くと、俺の口元に黒い何かを突き出してきた。
『瀬川サン、ワタシオ弁当作ッテキタノ……食ベテ。ネェ、食ベテヨオォォォ!!』
「お、お前……」
そこで、俺はこの人影の正体に気付いた。こいつは以前、軽い気持ちで手を出した総務の女だ。
『ネェ、オイシイ? オイシイデショオォォォ!?』
「むぅぅ! むむぅぅーー!!」
口を閉ざして必死に抵抗するが、構わずにぐいぐいと押し付けられる黒い何かは、口の隙間から少しずつ入り込んできて、胸に気持ち悪い感覚が広がる。
「ひ、弘明……」
(! 結子!? 無事だったのか!!)
背後から聞こえた声に、咄嗟に助けを求めようと振り返り……ぎょっとした。
「た、助けて……」
結子の全身には俺と同じ……いや、俺よりも多くの黒い人影が取り付いており、結子はその重さに耐えかねたかのように這いずりながら、こちらに手を伸ばしていた。
「弘明ぃ……お願い、助け──」
「うわあぁぁ!! 来るなぁぁーー!!」
俺は素早く踵を返すと、その手から逃れるように全力で廊下の端まで走った。
そして祈るような気持ちで入り口のドアノブに手を掛け……予想に反して、扉はあっさりと開いた。
「待って……待ってよぉ」
「っ!!」
背後から聞こえる結子の声を振り切るように、俺は外へと飛び出す。そして、校門に向かって夜のグラウンドを全力で駆けた。
(あった、校門だ! 助かる、俺は助かる! あそこまで、逃げ切れば……)
目に見えた希望に活力を取り戻し、今一度足に力を入れ──
カチャカチャカチャカチャカチャ!
背後から迫る奇妙な音に、反射的に振り返った。
「え?」
すると、目の前に広がる白い……え? 骨?
「ぶごぁ!!?」
それを認識した直後、顔面に凄まじい衝撃が走った。
そのまま視界がぐわんぐわんと揺れ……俺は、意識を飛ばした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ホネさん何やってんのぉ!?」
ホネさん、逃げる男の顔面にまさかの駆け寄りざまのドロップキック。そのまま空中で後方一回転して着地。
ホネさん、なんてワイルドな……ってそうじゃない。マジで何やってんの? 百鬼夜行と瘴気結界の影響でフィーバーしちゃった? 行き場のないエネルギーが暴発しちゃった?
……なんて思ったが、どうやら違うらしい。
ホネさんはぶっ倒れた男の襟首を掴み上げると、前後にガクガクと揺さぶり始めた。うん、どうやらホネさんもばっちり瘴気の影響を受けてるみたいね。本来ホネさんにここまでの腕力はないはずなんだけど……って、よく見たらなんか顎の骨をカチャカチャ動かしている。
あぁ~~……うん。声は出てないけど、なんとなく何を言ってるのかは分かる。たぶん、「てめぇの女を見捨てて逃げるとは何事だコラァ! お前それでも男かぁ!!」ってところかな? でも、口パクならぬ顎カチャじゃ通じないと思うよ? そもそも相手もう気絶してるし?
やがて、ホネさんはぷらーんとしたまま何の反応も見せない男に肩を竦めると、その場にべしゃりと放り捨てた。
……言葉にするとそれだけだけど、実際にはグラウンドに後頭部強打してるからね? 大丈夫かな……。
しかし、ホネさんは気にした様子もなく踵を返すと、部室棟の方に向かって歩き始めた。恐らく、女の方に行くのだろう。
「つっても、こっちもまた気絶して……って、おお!?」
こ、これは……エロい! 生霊の黒い手が、倒れた女の胸やら腰やら太腿やらを撫で回すように這い回り、12本の腕が絡み付くように巻き付く。これは……新手の触手プレイ!? 実体がないせいでイマイチ質感が伝わってこないが、なっかなかにけしから素晴らしいことになっている。どこの誰か知らんがグッジョブ!
ところが、ホネさんが女の元に近付くと、なぜか急に生霊共が大人しくなった。なに? もしかしてホネさんのイケメンオーラに委縮した? ……いや、まさかね?
一方ホネさんはそんなこと気にした素振りもなく女をお姫様抱っこすると、部室棟の外に向かって歩き始めた。悪女でもきちんと女扱いするホネさん、マジ紳士。
と、そのホネさんの前に、階段を下りてきた徘徊する影が立ち塞がり……
『イケメン 死ネ』
女をお姫様抱っこするホネさんに向かって、呪詛を吐き始めた。
『カッコ、ツケテンジャネェ コノ、偽善者………………ゴメン』
道を譲った!!? イケメンオーラか? やっぱりイケメンオーラなのか!?
廊下の端に寄って道を譲った徘徊する影は、ホネさんの後ろ姿を見送ると、心なしか肩を落として『ツヨイ……骨ノ、クセニ……』とぶつぶつ呟きながらまた徘徊し始めた。……おい、お前仮にも中級霊だろ。まあ気持ちは分かるけども。
一応格上のはずの徘徊する影をオーラだけで退けたホネさんは、女をお姫様抱っこしたまま、ぶっ倒れている男の元まで戻ってきた。
そして、男をじっと見下ろすと……ついっと視線を校舎の方に向けた。すると、校舎の玄関から動く人体模型(8号)がよたよたとした動きで飛び出してくる。
その動く人体模型にホネさんがくいっと顎を動かすと、8号は男の襟首を掴み、ズルズルと引きずり始めた。……男の雑な扱いに突っ込むべきか、ホネさんに文字通り顎で使われる8号に突っ込むべきか、判断に迷うな。
そして、2人の侵入者は校門の外まで運び出された。……その扱いには天と地ほども差があったけど。
「さて……これで少しは角野さんの無念を晴らせたかな?」
かなり予想とは違う展開になってしまったが、ここまでやれば少しは角野さんも溜飲が下がるのではないだろうか?
「まあ、あんなお土産まで付いて……憑いてるし、十分かな?」
俺は、2人を取り巻く明らかに瘴気で強化された生霊を見て、そう呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回のポイント収支
消費HP
・監視用モニター ―― 218HP
《罠設置》
・各種効果音×18 ―― 54HP
・ポルターガイスト×7 ―― 35HP
・金縛り×9 ―― 90HP
《結界》
・電波遮断結界×1時間 ── 50HP
・物理結界×1時間 ── 200HP
・瘴気結界×30分 ── 600HP
《レベルアップ》
・管理地 レベル2→レベル3 ―― 4500HP
計 5747HP
――――――――――――――――――――――――
獲得HP
・通常ポイント ―― 2087HP
・腰抜かしボーナス×1 ―― 15HP
・失禁ボーナス×2 ―― 50HP
・失神ボーナス×2 ―― 100HP
計 2252HP
――――――――――――――――――――――――
合計 3495HP損失
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
侵入者のその後
・西島結子
北畑第四中学校からの帰還後、活性化した生霊が原因の幻覚や幻聴、悪夢に悩まされ、会社を休みがちになる。遂には耐え切れずに神社でお祓いをしてもらうが、神主に「生霊は呪いの元を何とかしないと根本的な解決にはならない」と言われ、実際に数日後からまた悪夢が再開したことでとうとう観念。会社を休職し、これまで食い物にしてきた男達に土下座して詫びる旅に出る。だが、いかんせん人数が多く呪いも深いため、果たしていつまで掛かるか、そもそも許してもらえるのかは不明。
ちなみに角野さんは真っ先に謝罪を受けたが、結子のあまりのやつれっぷりに溜飲が下がるを通り越して心配になってしまった。わずかながら慰謝料も渡されたが、「騙された俺も馬鹿だったから。高い勉強代だったと思うよ」と言って受け取らなかった。なんだかんだでめっちゃいい人。いい人過ぎて、却って結子のなけなしの罪悪感を刺激してしまっているのだが、本人に自覚はない。
・瀬川弘明
結子と同じく生霊の霊障に悩まされ、今まで弄んだ女性達に謝罪する旅に出るが、一番最初に訪れた元総務の女性に一服盛られ、監禁される。幸い2週間後に警察に救助されるも、その間にあった出来事が原因で拒食症になってしまった。その後は病院と神社に通いながら、女性達に土下座して回る日々を送ることとなる。
ちなみに、結子とは当然のように自然消滅。というか、お互いそれどころじゃない。