二股悪女とその彼氏の場合 前編
「あ、あったあった。ここじゃない? 弘明」
「ふぅん、思ったより普通だな」
「廃校になってからまだそんなに経ってないみたいだしね。こんなものじゃない? っと」
そう言いながら楽しそうに校門を乗り越える結子の後を追いながら、俺は内心溜息を吐いた。
結子に付き合って来たはいいが、俺は心霊スポット巡りなんて欠片も興味がない。幽霊を怖がり、肝試しにワクワクしたのなんてもう何年も前の話だ。
今はもう幽霊なんてもんが存在しないことは重々承知しているし、肝試しを無邪気に楽しめるような歳でもない。
(廃校で制服プレイを楽しむってんなら、まだテンションも上がるんだけどな)
こいつは趣味も性格もいいとは言えないが、顔と体は最高だ。こんな退屈なことさっさと終わらせて、早くホテルに行きたい。いや、いっそのこと廃校の中でヤるのもいいかもしれない。どうせ誰もいないし、普段と違う環境というだけで燃えるものがあるだろう。
「何してるの? さっさと行くわよ」
「はいはい」
ノリノリで校舎に向かう結子の後を追いながら、俺の頭の中はもう、どうやって結子をその気にさせるかでいっぱいだった。
(保健室でも行けばベッドがあるかな……いや、教室の窓際で校庭を見下ろしながらヤるってのもいいな)
俺がそんなことを考えていることなどつゆ知らず、結子は校舎を見上げて目を輝かせている。
「なかなかいいわね。角野もいいところ知ってるじゃない」
「あ? お前、角野にここのこと聞いたのか?」
「そうよ? あいつ、私が心霊スポット巡りが好きって聞いて、健気にも下見したんだって」
「そこに他の男を連れてくる辺り、本当にお前は悪い女だよ」
「仕方ないじゃない。私は心霊スポット巡りも好きだけど、そんな場所でするのはもっと好きなんだもの」
そう言って妖しい笑みを浮かべる結子に、一瞬目を見開いた後、俺も笑みを深める。なんだ、こいつも最初からそのつもりだったのか。
「おいおい、不謹慎じゃないのか?」
「そのスリルがいいんじゃない。大体、今までいろんな心霊スポットに行ったしそこでいろんなこともしたけど、霊を見たりバチが当たったことなんて一度もないわよ?」
「やれやれ、角野の奴も哀れだねぇ。自分の好きな女が、他の男とヤる手助けをしているとも知らずにさ」
「仮にも私の彼氏になれたんだからいいじゃない。冴えない童貞君には十分過ぎる報酬よ」
「キスもさせずに散々貢がせているくせに、よく言うぜ」
まったく、大した悪女だ。
まあ、俺としてもこれくらい分かりやすい方が楽でいいけどな。下手な女だと、すぐ責任とか結婚とか言い出して面倒だし。
この前手を出した総務の女なんて、一回ヤっただけで彼女面して次の日手作り弁当とか持ってきやがった。あまりにもしつこくて鬱陶しかったんで、「お前とは遊びだった」ってはっきり言ってやったら泣きそうな顔してたけどな。あの後すぐ会社辞めたらしいけど、今頃何してるのやら。まっ、どうでもいいけど。
「それじゃあさっさと行こうぜ」
「急にやる気出しちゃって……このスケベ」
「お前には言われたくねぇよ」
そう言いながら結子の腰に手を回すと、結子もまんざらでもなさそうな顔で体を預けてくる。
さて、それじゃあサクサクっと行きますかね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「コロス」
はっ! マズイ、つい殺意が……いや、でもこいつらはもう殺してもいい気がする。
この2人は、以前うちの校庭で泥酔しながら、女に浮気されたことを嘆いていた角野さんが言っていた2人だ。
あの時の嘆きはあまりにも哀れで同情を誘うもので、俺も思わず涙が出そうになった。実体さえあれば、俺がホネさんの役目を代わりたいくらいだった。
しかし……角野さんの話では悪いのは浮気をしている女だけで、本命で付き合っている男の方は、女が二股してることすら知らないという感じだったが……どうやら、クズなのは女だけではないらしい。
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西島結子(呪:生霊×6)
種族:ヒト
職業:会社員
生命力:112
物理攻撃力:67
物理防御力:72
霊力:0
技能:──
加護:──
徳業ポイント:-164(悪人)
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瀬川弘明(呪:生霊×3)
種族:ヒト
職業:会社員
生命力:132
物理攻撃力:125
物理防御力:103
霊力:0
技能:──
加護:──
徳業ポイント:-138(小悪人)
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これが、この2人のステータスだ。
2人共がっつり徳業ポイントがマイナスに振れているし、何より……
「めっちゃ生霊憑いてんじゃん」
男女の痴情のもつれは恐ろしいということか……俺の目には、2人の周囲を黒い靄のように取り巻く生霊がはっきりと見えていた。
その靄はところどころ人の顔のようなものが浮かんでおり、口をパクパクさせて何かをしゃべっているように見える。
「2人揃って、随分たくさんの異性を泣かしてきたみたいだな……これ、そのうち取り殺されるんじゃないか?」
まあ、そこまでは俺の知ったこっちゃないけど。今はこのリア充共をどうするか……いや、リア充じゃないな。こいつらは他人を踏みつけにして高笑いしている。そう、リアルが充実しているのではなく、リアルを蹂躙しているのだ。リア充じゃなくてリア蹂だ、こいつらは。
よし、泣かそう。踏みつけにするなら足を引っ張ろう。そのまま地獄の底まで引きずり込んであげよう。
「こればっかりはあの豚野郎に感謝だな。あいつのおかげで思う存分やれそうだ」
あいつは1人で3万ポイントものHPを供給してくれた。
まあ、今までは長くても夜明けまでの数時間だけだったところを、三日三晩延々と絞り続ければポイントも溜まるよな。しかも怖がらせる役目はヌシに投げっぱなしで、俺は何もしなかったし。
しかも、俺含め他の霊は日中は活動が鈍るところ、《懺悔の穴》は日光が差し込まないから昼夜問わず絶好調だし。
よかったな豚野郎。お前の死は無駄ではなかったぞ。こうして新たなクズ共に鉄槌を下すことが出来るんだからな。
「喜べよクズ共。お前らは特別に、部室棟の方に招待してやる」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「? ねえ、何か聞こえない?」
「ん? 何かって何が?」
「ほら、何かを叩くような音が……」
結子に言われて耳を澄ましてみると、たしかに聞こえる。
遠くの方で微かに、バンッ、バンッという規則的な音が。
「これ……あっちの建物じゃない?」
「みたいだな。俺ら以外にも誰か来てんのか?」
だとしたらすげぇ萎えるな。せっかく誰もいないと思ってたのに。穴場だと思っていた場所が実はすごい有名だった時みたいな気分だ。
「行きましょ。もしかしたら何かあるかも」
「はあ? いや、何もないだろ。どっかの不良がたむろしてるとかじゃねぇの?」
「分からないわよ? 何か怪奇現象かも……とにかく行きましょ」
「はいはい、分かったよ」
まったく、せっかくいい感じだったのに。
俺は渋々結子と一緒に、本校舎の左端から渡り廊下で繋がっている別館に向かった。
錆びついた扉を開け、校舎内に入る。
スマホのライトを向けて一番手前の右側の教室を見ると、「美術室」と書かれている。その向こうは音楽室か。
「なんか、特別授業で使う教室が集まってるっぽいな。そんでこっち側は部室か」
「みたいね。それより、音はもっと上から聞こえてたと思うんだけど?」
「んじゃあ上に行くか」
ちょうどすぐ横に階段があったので、階段を上って上の階へと向かう。上に上がるほど、音は段々大きく聞こえてきた。そして、4階に繋がる階段の途中で、俺は音の正体を察した。
「ああ、どこかで聞いたことある音だと思ったら……これ、あれだ。バスケットボールをバウンドさせてる音だ」
「言われてみれば……たしかにそうかも」
「なんだ、誰かが体育館で練習してただけか」
この上の最上階は、どうやら体育館になっているらしい。そういえば、外から見た時も最上階の窓だけ妙に高い位置にあった気がする。
なんてことはない。どこかのバスケ部員かなんかが、廃校の体育館で練習してただけだった。
すっかり拍子抜けしてしまった俺に対し、結子はニヤッとした笑みと共に反論した。
「分からないわよ? もしかしたらボールだけが跳ねてるかもしれないじゃない」
「ああ~なんか学校の怪談とかであるあれか? 夜の体育館で独りでに跳ねるボールって……」
「そうそれ。そう考えると、この音妙に規則的じゃない? 普通ならシュートする音とか聞こえてもいい気がするんだけど」
「いやいや、どう考えても考え過ぎだろ……」
そうこう言っている間に、金属製の重厚な扉の前に着いた。
こんな夜中に他の人が来たら相手も驚くだろうなと思いながら、扉を引き開ける。
そして、中を覗いて──固まった。
そこには、体育館の中央で跳ねるバスケットボールだけ。他には誰も……何もなかった。
「え……は?」
「え、え? まさか、本当に?」
どれだけ見回しても、ボールの他には誰もいない。
なのに、ボールは延々と跳ね続けている。普通なら徐々に跳ね上がる高さが低くなるはずなのに、その高さが全く変わらない。まるで、ボール自体が自分の意志で跳ねているような……。
「ねえ、あれどうなってるの?」
「俺に聞かれても……」
「ちょっと近くで見てみましょ」
「あ、おい」
すたすたとボールに近付く結子。正直俺も仕掛けが気になったので、その後を追う。
「……やっぱり、誰もいないわね……糸で吊ってるわけでもないみたいだし、磁石とか?」
「いや、だとしたら何のためにだよ」
2人であらゆる方向から見て、ボールの上で手を振ったりしてみたが、特に仕掛けの類は見付からない。
一番ありえそうなのは、結子が言ったように磁石の反発で飛ばしているという説だが……誰が何のためにと問われれば答えに窮する。
……この時点では、俺達は不思議なほど、これが本物の心霊現象であるという発想が浮かんでいなかった。それは、元々心霊現象を期待してここに来た結子もまた同じで。
だから、のんきに不思議がっていられたんだ。この時までは。
ゴゥゥン
「ん?」
「え……誰かいるの?」
入ってきた入り口の扉が、重々しい音と共に閉じた。
外側から誰かが閉めたのか? と首を傾げたその時、下半身に衝撃が走った。
「はぐぅっ!?」
その衝撃は一気に脳天まで突き抜け、視界がチカチカと明滅する。そして直後、股間から下腹部に掛けて痛みが駆け巡った。たまらず、内股状態でその場に崩れ落ちる。
「つっっっおおぉぉぉ!?」
「弘あぎぃ!?」
「ぬがっ!?」
続けて頬に走った衝撃で、ようやく痛みの犯人に気付く。
バスケットボールだ。ずっと上下に跳ねているだけだったバスケットボールが、俺達が扉に気を取られた瞬間急に向きを変え、俺の股間を直撃したのだ。しかも続けざまに結子の顔面を直撃し、俺の横っ面にまでぶつかってきた。
「邪魔だ、この!」
「なん、なのよ! これ!」
2人して片手で股間と鼻を押さえながら、床に座り込んだまま空いている手でボールを打ち払う。
しかし、ボールは何度弾き飛ばそうとお構いなしに跳ね回り、こちらに体当たりをかましてくる。
「なんだよこれ! ロボットでも入ってんのか!?」
「誰のいたずらよ! 出て来なさいよ!!」
2人でそう叫んだ時、新しい音が聞こえた。
バゥン、バゥンダンババン、ダダダンバン、ダダダダババン
それは、ボールが跳ねる音。しかも複数の。
音がした方向へ、振り返る。そして、2人同時に目を剥いた。
ダダンベンバババゥン、ダダダダゥン
そこには、舞台からこちらへと、雪崩を打つように押し寄せて来る20を超えるバスケットボール。
「いやいやいや!?」
「ちょっ、ムリムリ怖い怖い!!」
慌てて立ち上がり、入り口に向かって走──
「おぅ!?」
再び股間に走った衝撃に、膝から崩れ落ちる。
「ちょっと弘明ぶっ!?」
完全に隙を突かれ、2人共足を止めてしまう。その間に、新たに出現したボールが一斉に襲い掛かってきた。
「痛っ! ちょ、やめ!」
「痛い! あう、いっ、いたいって!」
全身あちこちにボールがぶつかり、思いっ切り平手打ちされたような痛みがじんじんと広がる。
腕で払いのけようとすれば、空いた顔面にボールが直撃し、頭を庇えば鳩尾と股間を狙ってボールが飛んでくる。
「っ、駆け抜けるぞっ!!」
そう叫ぶと、俺は左腕で頭を、右腕で腹と股間を守ったまま、入り口目指して駆け出した。
その間も立て続けに背中にボールが当たり、何度もつんのめりそうになりながら、必死に駆ける。
そして、ようやく扉の前に辿り着き、取っ手に手を掛け──
(ん、な!?)
体が硬直した。
取っ手に右手を掛けた体勢のまま、ガチッと体が固まってしまった。
「ちょっ、早く開けてよ!!」
背後でそう叫ぶ結子の声が聞こえるが、それに返事することも出来ない。
そして何より最悪なことに、俺は扉を開けるために右手を放してしまった。ずっとガードしていた……自分の股間から。
ドスッ! ドスドスドスッ!
そこに、前後からボールが殺到した。もう正直痛いとかいう次元じゃない。意識を頭から叩き出されては、すぐさま頭の中に叩き込まれるというのを何度も繰り返している感じ。痛いとかつらいとか通り越して、ここまで来るともはや悲しい。なぜだか涙が止まらないよ、母さん。
「どいて!!」
動けずにいる俺を押しのけ、強引に取っ手に手を掛けると、結子が扉を引き開けた。そして、細く開いた隙間に体をねじ込むようにして外に出る。
そこでようやく俺も硬直が解け、倒れ込むようにして扉の向こうへ飛び込んだ。
すかさず結子が扉を閉め、ボールを閉め出す。扉にボールがぶつかる音が連続して響くが、扉が開かれることはなかった。
「はあ、はあ、一体、なんだったのよ……」
「ぐすっ、くすん」
結子の疑問に答える余裕はない。ただ、蹲ったままスンスンと鼻を鳴らすしかない。ぐすっ、不能になってたらどうしよう。
「ちょっと、いつまでそうして──ヒッ!!」
「……?」
結子の鋭い悲鳴に視線を向けると、結子は体育館の扉に背を押し付けたまま正面の壁を凝視していた。
その視線を追って、正面に目を向けると──
『ねえ もっとあそぼう?』
そこには、壁一面に大きな赤い字でそう書かれていた。
ところどころ滲み、下に垂れているその字は、まさに血文字。
「なに、これ……さっきまで、ここにこんなのなかったよね?」
「あ、ああ……」
なかった……と、思う。流石にこんなのがあったら、階段を上ってくる時に気付いたはずだ。
それに、その文字は窓から差し込む月明かりの中、まるでたった今書いたかのようなテラテラとした光沢を放っていた。
「ね、ねえ行きましょ。気味が悪い……」
「ああ、そうだな」
そこでようやく俺も立ち上がった。……若干がに股状態だったけど。仕方ないだろ、歩く時に脚が当たると痛いんだよ。
「さっさと出よう。誰のいたずらか知らないが、タチが悪過ぎる」
「そう、ね……」
俺自身、これが人のいたずらだとは全く思っていなかったが、俺は敢えていたずらだと言い切った。
そうしなければ、全身を襲う怖気に子供のように泣き叫んでしまいそうだったからだ。
しかし、そんな自分への誤魔化しは、階段を下り始めた瞬間に吹き飛んだ。
バンッ!
突然真横で響いた音に、思わずビクッとして振り向き──
「え──?」
「きゃあぁぁ!!」
そこにあったのは、赤い手形。小学生くらいの大きさの小さな手形が、べったりと壁に張り付いていた。
「や、やだ、いやあぁぁ!!」
「お、おい!」
結子が急に階段を駆け下り始め、俺も慌てて後を追う、と──
バンバンバンバンバンッ!!
「うおおおぉぉぉ!!?」
「いやあああぁぁぁ!!!」
なんと、壁伝いに手形が追って来た。
4階から3階、3階から2階へとほとんど飛び降りるように駆け下りているのに、全く振り切れない。こちらが加速すればするほど、手形も同じだけ加速して追いかけてくる。
── ねぇ、なんで逃げるの?
2階の踊り場に着地した瞬間、壁の方からはっきりとそう問い掛けられた。小さな男の子の声で。
「ひっ、ひぃ!」
「いやぁあ!!」
違う。これは絶対にいたずらなんかじゃない。これは、これは……本物の幽霊だ!
あまりの恐怖に、半ば転げるようにして残りの階段を駆け下りる。
そして、別館の入り口の扉に手を掛け──
ガチャ、ガチャガチャ
「なんで、なんで開かないんだよ!!」
「ちょっと! 早く開けてよ!!」
2人して必死に扉を開けようとするが、押しても引いても一向に開かない。全力で体当たりしても、小揺るぎもしない。
── 出られないよ?
その時、すぐ後ろでまた声がした。
「~~~っ!! っ、窓! 窓から出ましょ!」
「あ、ああ!」
結子の提案に頷き、とりあえず近くにあった美術室に飛び込む。
そして、キャンバスや石膏像の間を縫って窓に駆け寄ると、留め金を外し、窓を開ける。
「よし! 出られるぞ!」
「早く! 早くっ!!」
「分かって──」
窓を乗り越えようと、窓枠に伸ばした手が……何かに阻まれた。
「……はっ? えっ、なんだよこれ」
「ちょっと、冗談は──え? 何よこれ」
窓は開けた。だが、そこには見えない壁があった。
窓枠の外側、それ以上向こうに手を伸ばそうとすると、透明の壁に阻まれる。
目には見えない。熱も感じない。手で触っても、硬いか柔らかいかもはっきりしない。だが、確かにそこに壁はあった。
── ねえ、遊ぼう?
「~~~~っ!! ちょっと下がってろ!!」
結子にそう叫ぶと、俺は手近なところにあった丸椅子を引っ掴み、その見えない壁に向かって思いっ切り叩きつけた。
そして、音もなく弾かれた。衝撃で丸椅子がすっぽ抜け、床に落ちてやかましい音を立てる。
「……」
「そん、な……」
2人、床を転がる丸椅子をただただ目で追い……そこで、俺はふと気付いた。
「なあ、結子……ここ、廃校だよな?」
「な、なによ今更……」
「いや、なんで廃校なのに……キャンバスや石膏像があるんだ?」
そう言った瞬間、結子が固まった。
そうだ、ここが廃校なら、こんなものは全て撤去されているはずだ。こんな、これではまるで……今でも、誰かがここで授業を受けてるみたいじゃないか。
「ひっ!」
「どうした!?」
「せ、せせ石膏像が!」
「なん──っ!!?」
そこで気付いた。美術室の中にある数々の石膏像。その全てが、はっきりとこちらを見ているということに。
「う、あ……」
「い、いやぁ! もういやぁ! 出して! 出してよぉ!!」
半狂乱になった結子が、見えない壁に何度も何度も拳を叩きつけるが、まるで効果がない。
「そ、そうだ、警察! 警察に、閉じ込められたって伝えれば──」
ポケットからスマホを取り出し、出てきた表示に固まる。
「はっ? はぁっ!? いや、なんで圏外? だって、さっきまで、普通に……っ!」
駄目元で掛けてみても、当然のように電話は繋がらない。
なんだよこれ、なんなんだよこれ!!
「あああぁぁぁっ!!」
頭の中に渦巻く混乱や苛立ち、様々な感情をまとめて吐き出すように、叫び声を上げながら壁に拳を叩きつける。と……
── 遊んでくれないの? じゃあ……
バンバンバンバンッ!!
窓に、次々と手形が付く。
月明かりに照らされ、ぬらぬらと妖しく光る真っ赤な手形が……。
「~~っ!! あ、遊びましょ! お姉さんと遊びましょう!?」
「お、おい!」
「(何やってんのよ! ここで機嫌損ねたら何されるか分からないわよ!?)」
「(う、ぐっ……そ、そうだな)」
結子の囁きに頷き、覚悟を決める。
この子供の霊が何者なのかは分からないが、遊びに付き合えば解放してくれるかもしれない。というか、扉からも窓からも逃げられない以上、他に選択肢は思い浮かばなかった。
「ーーーっ、分かった。遊ぼう。その代わり1回遊んだら、俺達を帰してくれ」
そして俺は、湧き上がる恐怖を必死に抑え込みながらそう返した。
すると、赤い手形がパタッと止まり……数秒後、校舎が揺れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ愉快愉快。やっぱり結構使えるなぁ、跳ねるボール」
俺は、体育館で縦横無尽に跳ね回るバスケットボールに全方向からボコられる2人組を見て、爽快な気分を味わっていた。
あれは跳ねるボール(70HP)という、文字通り独りでに跳ねるボールで、動く人体模型やホネさんと同じで、ボールに取り憑く霊を召還したものだ。
ボールを割られない限り死なないという、攻防共にかなり優れた霊なのだが、体育館から外には出られないという制約があるので、今まで出番がなかった。
だが、今回思わぬ臨時収入があったので、一気に24個ほど召還してみたのだが……いやぁ、最高。イケメンが内股で泣きそうになってるのとか最高にウケるわ。いいぞ、もっとやれ。
しかし、思ったよりも早く立ち直られ、強行突破されてしまった。まあ、当然のように扉の取っ手には金縛りが仕掛けてあるんで、そこで思う存分追撃させてもらうけど。
扉を開けるために手を放した瞬間、一気にそこへボール達を殺到させる。棒立ちのまま無防備な股間に集中放火されるイケメン。ごめん、正直笑いが止まらん。
それでもなんとか体育館を脱出するも、そこにはおどろおどろしい血文字。
いい仕事してます赤い指さん。420HPも払った甲斐がありました。
そうそう、臨時収入で充実させたのは配下だけじゃない。8000HPほど消費して、俺自身のレベルを1から一気に7まで引き上げた。そのおかげで、中級霊である赤い指も問題なく操ることが出来ている。
「おうおう、出ようとして頑張ってるねぇ。でも残念。結界張ってるから出られないんだよなぁ」
物理結界と電波遮断結界の二重掛け。親愛なるクズカップルのために今回は大盤振る舞いだ。
あと、どうでもいいけど女の方がずっと鼻血出ててちょっとウケるな。
跳ねるボールに顔面直撃されたせいだろうが、めっちゃ真剣にホラーやってんのにずーっと鼻血が垂れててどうにも画が締まらない。本人達はそれどころじゃないんだろうけど、傍から見てたらなかなかにシリアスブレイクで笑える。
おっ、動く石膏像諸君(45HP)もいいねぇ。……ん? なんでキャンバスや石膏像があるのか? さあ? 魔境化した際に生えたか、ぬらりひょんのじいさん辺りが手配したんじゃね? それを言うならそもそも、廃校に机や椅子があること自体おかしいし。さってと、赤い手と効果音でもうちょっと追い詰めるか。
『あ、遊びましょ! お姉さんと遊びましょう!?』
『分かった。遊ぼう。その代わり1回遊んだら、俺達を帰してくれ』
おっ、腹を決めたか。
へぇ~、それにしても……ふ~ん、遊んでくれるんだ。
オッケー、なら最高の舞台を用意してあげようじゃないか。
【4500HPを消費して、管理地をレベルアップさせます。よろしいですか?】
もちろんイエス。さあ、始めようか。
【管理地がレベルアップしました】
「精々楽しんでくれよ? レッツパーリナイ♪」
【これより百鬼夜行を開始します】