性犯罪者の場合
※ガチホラー注意
今回は恐らく最初で最後となるコメディ要素無しのガチホラー回です。
サブタイトルからしてあれですが、怖い、キモい、エグいの三拍子揃ったホラー回なので、苦手な方はスキップしてください。
日もとっくに暮れた夜道を歩く華奢な人影。僕はその後をこっそりと追う。
(まったく、真面目そうな顔をしてこんな時間まで1人で夜遊びなんて……イケナイ子だ。なんて悪い子なんだ。ぼ、僕がお仕置きして、いい子にしてあげないと)
はあはあと荒くなりそうになる息を必死に殺し、気配を悟られないようにする。
まだ、気付かれるわけにはいかない。お仕置きするにはまだ早い。世の中には悪い大人達がたくさんいて、僕が悪い子をいい子にしてあげようとすると、よってたかって邪魔しようとするのだ。だから、まだダメなのだ。
(ふぅ、ふぅ……我慢、我慢しないと……ああ、早くあの子もいい子にしてあげたいなぁ。ぐふふっ)
あの子もきっと喜んでくれる。
僕のお仕置きはきついから、女の子達はみんな最初はすごく嫌がる。泣いて喚いて、すごく暴れる。
そういう時は、僕も心を鬼にして手を上げるしかない。僕だってつらいけど、それもこれも彼女達のためなんだ。みんなも最後にはちゃんとそれを分かってくれる。みんな最後には僕の言うことをなんでも聞くいい子になるんだから、間違いない。そうすると、僕もまたいいことをしたなって、とっても嬉しい気持ちになるんだ。
(ぐふふ、待っててね。君もすぐにいい子にしてあげるから)
高鳴る胸を抑えつつ後をつけると、遂に彼女が目的地に着いた。
廃校になった中学校の正門を乗り越え、校庭へと入っていく。あの子はああ見えて、週に一回はこの廃校に侵入して夜遊びをしてるのだ。
気付いたのが僕だったからよかったけど、他の悪い大人だったらきっとヒドイ目に遭っていただろう。そのことを、きちんと教えてあげないと。
僕は静かに校門を乗り越えると、彼女を追って校舎に入った。耳を澄ますと、左の方から靴音が聞こえる。
廃校だからって、土足で上がるなんてやっぱり悪い子だ。僕は大人だからいいけど、子供はちゃんと靴を履き替えないとダメなんだぞ? これはもうみっちりとお仕置きしてあげないと。
足音で気付かれたのか、廊下の真ん中で少女が振り返る。でも、もう遅いんだよね。
その目と口が大きく開かれ、叫び声が上がる……よりも早く、僕は少女に飛びつき、覆いかぶさるようにして全力で押さえ込んだ。
「な、なに!? いやぁ!!」
「ぐふふ、ダメじゃないか夜遊びなんかしちゃあ。ふふ、悪い子にはお仕置きだよぉ?」
ああいい匂い。ぐふふ、もう昂ってきちゃった。さあ、お仕置きの時間だぁ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うん? なんだあいつ」
今夜は侵入者もいなくて暇だなぁと思っていたら、宮田さんがやってきた。
どうせまたホネさんに会いに来たんだろうとモニターを切ろうとしたら、その後に続いてもう1人の侵入者が現れたのだ。
周囲を警戒しながらこそこそと小走りで校庭を突っ切ってくる肥満体型の男。その男の様子に何か嫌なものを感じた俺は、モニター画面に表示されたその男をクリックした。すると、画面上に『ステータス鑑定を行います。よろしいですか?』というメッセージが表示される。
これは最近管理者チャットで教えてもらった機能で、3HPを消費して侵入者のステータスを表示する機能だ。オーケーボタンを押すと、男の隣に新たなウィンドウが表示される。
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下村墨緒
種族:ヒト
職業:フリーター・痴漢・強姦魔
生命力:147
物理攻撃力:113
物理防御力:132
霊力:0
技能:──
加護:──
徳業ポイント:-278(大悪人)
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「な、なんだこいつ!?」
職業フリーターはまだいい。だが、残り2つがヤバ過ぎる。
痴漢と強姦魔って……完全に性犯罪者じゃないか。しかも徳業ポイントが滅茶苦茶マイナスに偏ってる。
この徳業ポイントはその人間がどれだけ徳を積み、業を重ねてきたかを示すポイントであり、他者のために我が身を削ればポイントが加算され、自己のために他者を害すればポイントが減算されるらしい。
ほとんどの人間は、大体プラスマイナス50くらいの範囲内に収まるそうなのだが……マイナス278て。思いっ切り大罪人じゃねぇか。
っていうか、もしかしなくてもこいつ宮田さんを狙ってる? それはマズイ。大変マズイ。
女の子のあられもない姿は俺も望むところだが、そこに男はいらん。それに、なんの罪もない女の子がひどい目に遭うのは見過ごせない。それが顔なじみならなおのこと。
あん? ああ、リア充女は存在してること自体が罪だからそこは別にいいんだよ。デート感覚で彼氏連れで来ようもんなら、容赦なく痴態を晒させてやる。っと、それどころじゃない。
とにかくこいつを宮田さんから引き離し──ってヤバい! おいおい、いきなり襲い掛かりやがったぞこいつ! ど、どうする? と、とにかく出来ることを……って、ん?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「や、やめっ、誰かぁ! 助けてぇ!!」
「痛っ! もう、大人しくしなきゃダメじゃないか」
暴れる女の子に顔を引っ掻かれ、僕は腕を振り上げた。
少女の顔が恐怖に引き攣るけど、手加減なんてしてあげない。悪いのは君なんだから。これは当然の報いなんだよ?
「静かに、しなさ──い?」
少女の顔面目掛けて振り下ろそうとした腕が、背後から誰かに掴まれた。
誰かというか……何か? 人の手じゃない。人の手がこんなに硬くて冷たいわけが……
「え?」
反射的に背後を振り返り……そこに立つ骸骨を見て唖然とする。
……は? え? 骸骨? うわっ! 骸骨に手首を掴まれ……って、
「え?」
骸骨が左手を持ち上げ、2本の指が突き出して──
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ホネさんカッケェ!! だがえげつねぇ!!」
殴られそうになっていた宮田さんを颯爽と助けに入ったホネさんに歓声を上げるも、その後に行った容赦のない目潰しにドン引きする。
いや、まあたしかに、筋肉を持たず体重も軽いホネさんなら、パンチよりもむしろその細い指を活かした目潰しの方が有効なのは分かる。
だが、まさかあそこまで容赦なく……そこら辺はやっぱりホネさんも霊なんだな。
『ぶがぁああぁぁーーー!!』
宮田さんを襲っていた男が両目を押さえ、豚のような叫び声を上げる。
その隙にホネさんが宮田さんに逃げるよう促すが、ガッツリ馬乗りされているせいで抜け出せないようだ。
金的でもやればどかせそうだが、普通の女子高生にそれはハードルが高いか。
「あっ!」
その時、我武者羅に振り回された男の腕がホネさんにぶつかり、ホネさんが吹き飛ばされた。廊下の壁に激突し、衝撃で一部の骨がバラける。
「てめぇ何しやがる!!」
真正のクソ野郎が真正のイケメンに手を上げていいと思ってんのか!! 覚悟しやがれ! 今この瞬間、てめぇは世の中の全ての女性を敵に回したぁ!!
「行け! 赤い手!!」
2人がいる廊下の窓に、バンバンという音と共に赤い手形が次々と付けられる。
宮田さんもこれは初めて見るだろう。2人共ビクッとして窓の方を向く。よし、今だ!
「行け! 7号!!」
2人の注意が窓の方に向いている隙に、廊下の角まで呼び寄せていた動く人体模型に指令を出す。
こいつは基本的にステータスゴミカスだが、物理攻撃力だけはホネさんより上だ。というか、それだけが唯一の取り柄だ。
行け! あの変態豚野郎に金的を食らわしてやれ!!
2人の元に駆け付けた動く人体模型が、男の股間を蹴り上げようと足を持ち上げる。
そして、宮田さんを蹴らないよう慎重に足の位置を調整し……バランスを崩して倒れた。そしてバラけて死んだ。
「つっかえねぇぇぇーーー!!!」
ホントなんなのあいつ。せめて攻撃してから死ねよ。宮田さんが逃げる隙を作ってから、「さっさと逃げな嬢ちゃん。俺のことは気にせずに。さあ」みたいな感じで死ねよ! なに予備動作の段階で自滅してんだよぉぉーー!!
ヤバイ。これはちょっと本当にヤバイ。
実は、俺が侵入者に物理的に干渉する方法ってかなり限られてる。動く人体模型とホネさんで抑えられない以上、あとは罠を使うしかないが……2人が組み合ってる状態で、あの男だけ罠に掛けるのは難しい。うっかり宮田さんに金縛りを掛けたりしたら目も当てられない。
「くそっ! こんなことなら7号に死ぬと同時に起動するポルターガイストでも仕掛けとくんだった!」
だが、後悔してももう遅い。あの男を引き剥がす方法など、もうあと1つくらいしかないが……でも、気になるのは……。
『う〜ん、なんだったのかな? まあいいや。それじゃ、お仕置きだよ〜』
『いやぁ! 放して!!』
くそっ! あいつもう動くのかよ!
どうやらホネさんの目潰しは浅かったらしい。男は目をしばしばさせながら、再び宮田さんに覆い被さろうとした。
「ああもう! 悩んでる時間もねぇか!!」
俺は意を決すると、窓をすり抜けて校長室の外へと飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「や、め、てぇ!!」
全力を込めて男を押し退けようとするが、ビクともしない。
「もう、強情だなぁ。あまり聞き分けがないと、流石に僕も怒っちゃうよ?」
何を言ってるのか分からない。分かりたくもない。
でも、わたしの力じゃ腕を突っ張って接近を阻むだけで精一杯で……。
「誰か、助けてぇ」
「まだそんなこと言ってるの? もう、仕方ないなぁ」
「ひっ!」
男の腕がゆっくりと持ち上げられる。硬く握り締められた拳が振り上げられて──
「ぬおっ!?」
「え?」
突然後ろから引っ張られたかのようにのけぞると、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「ぐぎぃ!」
「え、え?」
その時、何かの気配を感じて視線を上げる。
「え……?」
そして、宙に浮くスーツ姿の男の人と目が合った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱり、思いっ切り目が合ってるよなぁ」
“念動力”で男を引き剥がしたはいいものの、やはり宮田さんはバッチリこちらを認識できてしまっているようだ。
この廃校に何度も通うに連れ、宮田さんの霊感が強化されていることは分かっていた。だってこの前見たら、ステータスの技能欄に「霊感Lv.4」って書いてあったし。下級幽霊が見えてるようだったし。
だから、俺が出ていけば姿を見られてしまうことも想定の範囲内だった。どうやら声までは聞こえていないようだが、案の定姿はバッチリ見えているらしい。大きく見開いた眼で、呆然とこちらを眺めている。
「いやいや、ぼーっとするなよ。逃げろ!」
口パクと身振り手振りでそう伝えると、宮田さんはようやく立ち上がって逃げ始めた。だが、それに気付いた男がすぐにその後を追う。
くそっ、こいつ足速いな! なんていらねぇ動ける豚だ。
「ふんっ!」
男に向かってかざした両手に力を込め、“念動力”を発動。男の足を引っ張って転ばせるが、すぐに起き上がってまた走り出す。無駄に打たれ強いなこいつ。
「……っと?」
その時、不意に視界が揺らいだ。え? ん? まさか……もう霊力が尽き掛けてんのか?
「おいおい、マジかよ。つーか俺もいい加減弱ぇな」
校長室を出て、ちょっと技能を使っただけでこれだ。このままでは宮田さんが逃げ切るまで時間を稼げない。
(ヤバい、なんだか意識が朦朧としてきた)
早く校長室に戻らないと……でも、あの男はどうする? 俺以外にあいつを止められる奴なんて……いや、いるけども。でもあれは……なんとか罠で時間を稼いで、宮田さんに警察を呼んでもらう? でも警察が駆け付けるまで時間が掛かるだろうし、この廃校が犯行現場になったりしたら、犯罪防止のために封鎖されたりするかも……ん、ああ~もういいか。どうせ犯罪者だし。大悪人だし。
(あぁ~~……うん。なんかもう面倒になってきた。とにかくだるい。さっさとケリを付けよう)
俺は下級幽霊を呼び出すと、宮田さんを道案内するよう指示を出した。そして、宮田さんにも身振り手振りで下級幽霊に追いていくよう指示すると、校長室に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん~~? どこに行ったのかなぁ?」
女の子の後を追って隣の校舎までやってきたのだが、そこで女の子を見失ってしまった。
まったく、さっきからなんだかよく分からない邪魔が入って、全然彼女に追いつけない。転んで膝は痛いし目はズキズキだし最悪だ。
「早く出ておいでぇ~。今なら僕も優しくしてあげるからさぁ~」
そう声を掛けるが、反応がない。まったく、どれだけ手間を掛けさせるんだろう。
せっかく僕が優しくしてあげるって言っているのに。人の好意が分からない悪い子だ。そっちがその気なら、僕だって容赦しない。もう泣き叫んだってやめてあげない。捕まえたら最後、口が利けなくなるまで徹底的にお仕置きしてあげよう。
「ん?」
今、何か音がした。耳を澄ますと、近くの教室からだ。やれやれ、やっと出てくる気になったのかな? でももう遅いよ? チャンスをあげたのに、無視したのは君なんだから。
「うぅ~ん、どこかなぁ……ここだ!!」
わざとらしく迷うふりをしてから、音がした教室の扉を一気に引き開ける。
そして、すかさず中に飛び込んで……?
「え……な、これ」
その異様な光景に、度肝を抜かれた。
壁も、天井も床も、全てが鉄板に覆われている。窓もなく、光源は部屋の両側にある扉の窓から差し込む光だけ。
そして、その微かな明かりに照らされた部屋の中央に、黒い何かが……
「あ、あぁ、ア゛……」
その何かは、人の形をしていた。その何かは、呻き声のようなものを上げながらこちらに這いずってきていた。
「う、あ」
本能的に危険なものを感じた僕は、慌てて元の廊下へ戻ろうとして……
「!? なん、で」
入ってきたはずの扉がなくなっていることに気付いて愕然とした。ついさっきまであったはずの背後の扉は、まるで最初からそうだったかのように厚い鉄板に覆われ、周囲の壁と一体化していた。
「だして、ココから、出してぇぇェエェェェ!!」
「ひっ、ひぎぃ!」
背後から聞こえる奇声に、情けない悲鳴が漏れる。
いつの間にか黒い人影は、2mくらいの距離まで近付いていた。そして突如、その黒い人影が炎に包まれた。
「ダシテェェェェァァァアアアアつぅいいいいいぃぃぃーーーー!! ア゛ア゛ア゛アアーーー!!!」
「ひっ、ひぃっ」
そこでようやく気付いた。ただ黒いんじゃない。真っ黒に焼け焦げているんだ。
全身の皮膚が炭化するまで黒く焼け焦げている中、そこだけ異様に白い剥き出しの歯の間から、悍ましい絶叫が放たれている。
「ひぃぃーー!!」
燃え盛る黒い腕から逃れるように、近くの扉に向かって走る。たった数メートルの距離が酷く長く感じた。
背後から迫る熱と絶叫に気が狂いそうな恐怖を感じながら必死に駆け、扉に飛びつくや否や、祈るような思いで取っ手に手を掛ける。
ガチャ
予想に反し、扉はあっさりと開いた。
すかさず隣の部屋に飛び込み、扉を閉めると、窓越しに黒い人影がこちらに向かって手を伸ばしているのが見えた。
『アツイヨォォォ!! ア゛ア゛ア゛ァーー!!!』
「ひっ、ひっ」
燃え盛る手が必死に空を掻いているが、それ以上は近付いて来ない。
よく見ると、その足から鎖のようなものが伸びていて、その先が壁に固定されていた。どうやらあれのせいであいつは部屋から出られないらしい。なんにせよ、助か──
「──なさい」
不意に隣から聞こえた声に、体が跳ねる。
恐る恐るそちらを見ると、黒板の前に高校生らしき学生服を着た女の子がいるのが見えた。
床の上にぺたんと座り込み、何かに怯えるように両手で頭を抱えている。その姿は一見、隣の部屋にいる黒い人影の絶叫に怯えているようにも見える。その指の隙間、こめかみから止めどなく流れ落ちる血さえなければ。
「ひ、ぃ」
この子も人間じゃない。
そう気付いた途端、少女の言っている言葉がはっきりと聞こえた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
その声は徐々に大きくなり、呟くような声は絶叫へと変わっていく。
「ごめんなさい! あぁ、ごめんなさい由美! 三森ぃ、許して、許してよぉ!」
少女は叫びながら自分自身の顔に爪を立て、髪を掻き乱し頬を掻きむしる。鋭い爪に皮膚が、肉が抉られ、その顔が一瞬にして血塗れになる。それでもなお少女の狂乱は止まらない。
「許して! 許してぇ!! 許し、ゆる、ユル、ユルサナァァアアァァイ!! エリカァァァァ!!!」
突然、悲壮な表情から一転して鬼のような形相になったかと思うと、誰かへの怨嗟を吐き散らし始める。
それと同時にその顔から滴り落ちる血がどす黒い色に染まり、まるでヘドロのようにドロドロとした粘性を持って地面に広がっていく。
「ユルサァァナアアァァァァアイ!!」
もはやその顔は少女の原形を留めておらず、目と口は真っ黒い洞に、頬の引っ掻き傷は裂け目と化し、それら全てからドロドロと黒い液体を垂れ流していた。
「ひぃああぁぁーーー!!」
そこでようやく体が動いた。足元に広がる黒い水たまりから逃げるように、正面の扉へと向かう。
この先は外だ。校庭だ。もうあの女の子のことなんてどうでもいい。早く、早くここから逃げないと!
扉を押し開け、校庭に飛び出した瞬間。僕の全身を、これまで以上の凄まじい悪寒が包み込んだ。
冷汗が止まらない。呼吸が上手く出来ない。ここにいてはいけないと本能が警鐘を鳴らしているのに、足どころか指一本動かせない。
(あ、ああ……っ)
その僕の両足を、地面から突き出した生白い手が掴んだ。
足首を万力のような力で握り締められ、足先から急激に熱と感覚が失われていく。
そして、そのままゆっくりと足が地面に引きずり込まれ始めた。
(あ、あぁ、あああっ!)
恐ろしくて堪らないのに、声も上げられない。ただ、見開いた目からボロボロと涙だけが零れ落ちる。
そのまま抵抗らしい抵抗も出来ず、足から腰、腰から胸まで地面の中に引きずり込まれ、遂に首元まで地面が迫ってきた。
(い、いやだ。夢、夢だ。これは夢だ! 頼む! 早く、早く覚めてくれぇ!!)
頭の中で必死にそう叫んでみても、足首を掴む氷のような感触が、容赦なくこれが現実であることを伝えてくる。
やがて、僕は頭の先まで完全に地面の中に飲み込まれた。と思った瞬間、一瞬の浮遊感が全身を包み、僕は地面の底に墜落した。
「うぐっ! いったたた……」
突然の落下で着地しそこない、壁に後頭部を強打する。どうやら縦穴に落ちたらしい。
尻もちをつき、頭を押さえて蹲る。と、何かの気配に顔を上げ……すぐに後悔した。
「う、ああ……」
目の前にいたのは、またしても学生服を着た女の霊。だが、その顔はとても10代の少女には見えないほど異様な形相をしていた。
頬はげっそりとこけ、ぎょろっと飛び出した両目は狂気に染まっている。ぼさぼさの白髪を振り乱すその様は、さながら餓鬼だ。その怖気を誘う面相が、暗い縦穴の中で異様に白く浮かび上がっていた。
その骨ばった腕がこちらに伸び、氷のように冷たい手が僕の首を掴む。そして、ギリギリと締め上げ始めた。
「う、ぐぎぃ……」
「──しざわぁ」
「ぐ、がはっ」
「西沢ぁ! 殺すぅぅぅ!!」
「だ、れ……僕、ちがっ……」
「……ちがう?」
突然力が緩み、息苦しさから解放される。
激しく咳き込み、必死に肺に酸素を送り込む。なんだかここの空気は酷く冷たく、それでいて粘りつくように重たかった。
「チガウ、チガウ……」
恐る恐る視線を上げると、少女の霊がぎょろぎょろと虚空を見回しながら、何やらぶつぶつと呟き続けている。
呟きながら右手の爪をガジガジと噛むが、その指からは血が滴っている。当然だ。少女の爪はほとんどが割れ、いくつかは根元から剥がれているのだから。
しかし、少女は構わずに指をかじり続ける。その姿は明らかに正気ではなく、どうしようもなく不安を掻き立てられる危うさに満ちていたが……会話が成立したということは、交渉の余地があるのかもしれない。
「チガウ、チガウ……」
「あ、あの……人違いなら、ここから出してもらえないかな?」
勇気を振り絞ってそう問い掛けた瞬間、ピタリと少女の動きが止まった。
そして、固唾を飲んで返答を待つ僕の前でゆっくりとうつむくと……ぽつりと呟いた。
「……出られない」
「え?」
「出られない。でられない、でられない! でらレナイデラレナイデラレナイィィィハハハハハハァァァ!! アアァァーーーハハハハハァ!!!」
「ひ、ひっ」
絶望の叫びは、突如として狂気に満ちた哄笑へと変わる。
壊れた笑みを浮かべながら、少女は狂った笑い声を響かせ続ける。喉を掻きむしり、血を吐きながら。
「も、もうやめてくれぇ!!」
暗い縦穴に陰々と響く狂った笑い声に、頭がおかしくなりそうだった。
その時、縦穴全体がぼうっと明るくなった。咄嗟に助けが来たのかと思ったが、違った。
明かりが上から差し込んできて明るくなったのではなく、縦穴の壁全体が光って明るくなったのだった。
悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ 悔い改めよ
その文字だけが、壁全体を埋め尽くすように光を放っていた。
それを見た瞬間、少女が怒りの叫びを上げる。そして、爪のない指で壁を掻きむしり、光る文字をかき消そうとする。
しかし、消した先から今度は少女の指から出た血が血文字となり、同じ文字を出現させる。
悔い改めよ、悔い改めよと。
「あああアアァァァァ!!! 悪くない! 私はワルクナイイィィィ!!!」
「ひぃっ、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい! 許してくださいもうしません助けてください助けてください!!」
少女の哄笑が響き渡る中、僕はただひたすらに許しを乞うた。
ごめんなさい、ごめんなさい。どうか許してください。
気が狂いそうな恐怖の中、縋るようにひたすら祈り続けた。
どうかここから出してください。ここから出られるなら何でもします。これからは人のために生きます。もう一生贅沢はしません。だから、だから…………
……………………
……………………
……………………
……あれ? 誰か倒れて……? どこかで見たような……あレ? アレッテぼくジャ……アレ? ぼく、ぼくぼクボク??
……まあ、いいか。それよリ、謝らなキャ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんナサイ………………
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……俺は何も見てない」
校長室に戻った俺は、そう呟いてモニターを消した。
男が地面の中に引きずり込まれるところまでは確認したが、その先は恐ろしくて確認する気にならなかった。
きっと、もうあの男が日の目を拝むことは永遠にないだろう。ああなってしまっては俺にも助ける手段はない。だって、あいつ俺より格上の上級地縛霊兼怨霊だし。というか、ここのヌシだし。
あの3人は、この学校が廃校になった直接的な原因である、女子中学生自殺事件の犯人。つまり、自殺した女生徒をいじめていた生徒だ。
なんでそんないじめっ子がこんな廃校の理科室で地縛霊になっているかというと……どうやら、復讐されたらしい。自殺した生徒の親友だった子に。しかも酷く残酷な方法で。
その恐怖で怨霊と化したのか、はたまたその子の憎悪が今もなお彼女達を縛り付けているのか……詳細は分からないが、特に知りたいとも思わない。それどころか出来る限り関わり合いになりたくない。だって怖いし。
しかし、これで俺も人殺しか……うん、意外と平気だな。
相手が犯罪者で、自分で手を下したわけじゃないってこともあるだろうが……思った以上に罪悪感とか感じない。
もしかしたら、他ならぬ俺自身が既に死んでるせいかな? 生前に比べて、人の生き死にに関して感情が動かなくなっている気がする。
「さて、それはそれとして……」
俺は、残されたもう1つのモニターに目をやる。そこには理科室の隣にある音楽室の隅に、そっと身を隠している宮田さんの姿が。なんか、さっきから画面越しにめっちゃ目が合ってるんだけど……。
「……どうすっかなぁ、これ」
俺は、1人溜息を吐くのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回のポイント収支
消費HP
・監視用モニター ―― 67HP
《罠設置》
・各種効果音×3 ―― 9HP
・金縛り×4 ―― 40HP
《召喚》
・動く人体模型×1 ―― 30HP
計 146HP
――――――――――――――――――――――――
獲得HP
・通常ポイント ―― 30532HP
・腰抜かしボーナス×1 ―― 15HP
・失禁ボーナス×4 ―― 100HP
計 30647HP
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合計 30501HP獲得
【侵入者が《第二理科室》に入ったため、一部のHPが《田代由美》に吸収されます】
【侵入者が《第一理科室》に入ったため、一部のHPが《北山翔子》に吸収されます】
【侵入者が《懺悔の穴》に入ったため、一部のHPが主《堀田エリカ》に吸収されます】
【主《堀田エリカ》がレベルアップしました】
【主《堀田エリカ》がレベルアップしました】
【主《堀田エリカ》がレベルアップしました】
【主のレベルアップに伴い、管理地がレベルアップしました。これより百鬼夜行を開始します】
【百鬼夜行が終了しました】
【《懺悔の穴》で新たな地縛霊が生まれました】
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
侵入者のその後
・下村墨緒
ヌシの棲み処である《懺悔の穴》に落ち、3日後に発狂死。その魂はヌシである堀田エリカの怨念に囚われ、地縛霊と化した。しかし、本人はまだ自分が死んだことには気付いておらず、今なお外に出ることを夢見て謝り続けている。
なお、元々親戚も友人もいない天涯孤独のフリーターだったため、行方不明となった後も特に捜索などが行われることはなかった。
・宮田さん
管理者である純一と筆談をした結果、大体の事情を把握(一部脚色あり)。助けられた恩とホネさんとの友誼から、純一の協力者となることを約束した。手始めに自分が通っている学校で、「北畑第四中学校で好きな人と肝試しをしたら結ばれる」といった類の噂話を流すことにしたのだが、噂を流そうにも話す相手がいないことに気付いてちょっとへこんだ。