猫かぶり系主人公の日常4
修正報告
・母が料理を始めた時期を『二年前』から『一年前』に変更
京は母に頼まれたキウイ、パイナップル、チェリー、ライチを途中で買って、家に帰ってきた。
『酢豚を作ろうと思ってたのよ~。でもちょっと材料忘れちゃって。だから買ってきてちょうだいね~』
お前は酢豚というなの何を生み出そうとしているのだ。
今は母に一任しているものの、ある程度調整しなければどんなグロ料理が生まれるか分かったものじゃない。そのため、こういう時いつもなら京が独断で具材を変更し買っていくのだが、今晩は違った。
京がその料理を食べることがないからである。
「母さーん。具材買ってきたよー」(どんなことをしてもこの具材で酢豚にたどり着くことはないだろうがな!)
「あら、お帰り。おつかい、ありがとね。はい、お金」
母、成美が京に五千円札を渡す。
レシートには合計二千三百三十二円と書かれていたので、五千円札をそのまま受け取った場合、京は二千六百六十八円得することになる。
「レシートちょうどでいいよ。お小遣いももらってるのに」(もっとよこせ)
「いいのよ~。おつかい代だから、取っておいて」
成美は京の遠慮する姿に、頬に手を当ててもうちょっと欲張りでもいいのよと体であらわしていた。
それなら一万円くらいくれよ、と京は思うのだが、血は繋がっていても心は繋がっておらず。
その思いは伝わるはずがなかった。
その後、無事(?)に酢豚を作り上げた成美は、盛り付けだけは美しく食卓の上をそれで飾った。
「さあ、召し上がれ~!」
席に座っているのは京といつの間にか帰ってきていた父、秀一。
どちらも引きつった笑いを浮かべている。
母の自慢の酢豚の香りはとってもフルーティー。香りだけならば、果物をのせてオーブンで焼いたパイのような何かだと思えるが、目を開けると肉がその存在を強く主張していた。
その周りに少々形の崩れた果物が並んでいる。
一人一人の皿に丁寧に盛り付けてあるので、せめて肉だけ食べたい、という訳にもいかなかった。
「い、いただきます」
秀一がいった。
まずは、メインの酢豚と比べると申し訳程度の量である生のサラダをシャクシャクと。サラダをシャクシャク。シャクシャク。
「秀一さん? 酢豚、食べないの?」
「ああ! もちろん、頂く、よ……」
秀一はじっと酢豚をにらんだ後に、勢いよく、口の中に放り込んだ。もちろん果物も一緒だ。
「あ――」
「あ?」
「――っと驚くほどおいしいよ、ママ!」
「そう? よかったわ~。やっぱり私って料理の才能もあるのかもね!」
母を傷つけまいと、必死に取り繕うが、体が拒否反応を起こしているのが京には取ってわかる。
父は甘いものが大の苦手なのだ。
反対に苦味のあるものは好物である。コーヒーは当然ブラック。今の季節ならば、秋刀魚を食べるとき、内臓ももちろんいっしょにだ。
そんな彼が、熱せられ甘みを増した果物に砂糖が加えられた食物を口にしたとき、どんな反応を示すのか。それが目の前である。
京は愉快でたまらなかった。
目の前で相変わらず空回りしている二人の様子を見て。
成美は味覚音痴ではない。それは一年前までこの家の家事をすべてこなしてきた京はよく知っている。
つまり、京たちがまずいと感じるものは当然まずいと感じるはずなのだ。
それが、自分の料理だからと言ってうまいと感じるわけがない。
成美はまずいと知りながらもそれを自信をもって出し、京と秀一、それから京の兄に食べさせてきたのだ。
その理由、それに京は気づいていた。
つまりは、コミュニケーションだ。
今まで京のことをほとんど気にしていなかった彼女なりの。
うまいと思う料理と、まずいと思う料理。どちらの方が会話が弾むだろうか。
それは当然、うまいと思う料理だ。
だが、『うまい料理』はすでに京が自在に作れるレベルにまで達していた。
ならば、料理のことを一切学んでこなかった成美が京とのコミュニケーションに選ぶのは、『まずい料理』だ。
確かに食卓では会話は弾まないかもしれない。しかし、そこから始まることもあるのだ。
成美が期待していたのはきっと、「僕が教えようか」の一言である。
しかし、京はその結論に至ったうえでそれを拒んだ。
母が初めて作った、わざと作った『まずい料理』を美味しいと答えたのだ。
それも飛び切りの微笑みを見せて。
さらに「僕、母さんの手料理楽しみにしてるから、頑張って作ってね」の一言。
つまり、お前ひとりで頑張れよ、という訳である。
少々負けず嫌いの気があった成美は自分の計画の通りにしようと、まずい料理を量産した。
流石にそこまでとは思わなかった京は後悔したが、言ったことをひっくり返すのは癪に障る。そのため、今まで母にほぼ任せっきりで「次はもっと頑張ろう」的なことを言い続けてきた。
そんな彼はしっかりと母親の気質を受け継いでいるといえる。
それに巻き込まれた秀一はたまったものではない。しかし、秀一が選んだコミュニケーションの方法は一週間に一度「最近どうだ」と話しかけてくる程度のこと。成美の努力に比べるといささか物足りなく思え、そのぐらいの苦しみは甘んじて受けたほうがいいと思うものが大半だろう。
初めは、野菜を洗剤で洗った後に十分にすすぐことを行わず、洗剤風味のサラダを出すなどやりすぎ感があったがそれも次第に落ち着いた。
最近は、栄養面は時々京が調整することで、調理法については、母は不思議としっかりしており、問題はなかった。ただチョイスする具材が致命的なため、ガワと味が珍妙ではあるが。
だが、そんな彼らの努力はすべて無駄なのだ。
何しろ、彼らが望むコミュニケーションの相手は、間違った方向であったとしてもまがい物ではない彼らの努力を見て見ぬふりをし、あざ笑っているのだから。
そして今も、こんな演劇家族はたくさんだとばかりに賑わいのある食卓を壊しにかかる。
醜態をさらす父を母とともに眺め、苦笑いを見せていた京は、あることを思いだしたような顔をして、顔を暗く染める。
(くくく……こんな茶番はもうこりごりだぜぇ……)
それに気づいた成美が京に問いかける。
「どうしたの、京ちゃん?」
「そうだ、ぞ。暗い顔して、どう、した?」
両親が心配する中、京は重々しく口を開いた。
「……明日、聖のお見舞いに行こうと思うんだ」
「京! やめなさい! 聖のとこにはいってはだめ!!」
成美が血相を変えて、京に怒りを見せる。呼び方も一年前に戻っている。
京はそれに対抗するように声を荒げた。
「……怖いからって、何もできないからって避け続けて、それでも家族なのか!? そんなだから、兄さんは引きこもったままで、聖は! ……ごめんなさい」
京の言葉を聞いて、予想通りに顔色を悪い方へ変えた両親。
京は思わずといった有様で口を閉じ歯ぎしりをしたのち、京は沈鬱な表情を浮かべた。
「ごめん、今日はもう寝る。……おやすみなさい」
静かに椅子を引いて立ち上がり、自分の部屋に向かう京。
去り際にちらりと目にしたのは、両手で顔を覆う母と、額に手を当て眉間にしわを寄せる父の姿だった。
京は笑いが込み上げてくるのを必死に抑えながら階段を上っていった。
Ψ Ψ Ψ
部屋に入り、鍵をかけた京は壁に掛けてある通学カバンをごそごそとあさり、中からコンビニで買っておいたサンドウィッチを取り出した。
「サンドウィッチうめぇぇぇ!! あんな肉料理の内にすら入らない酢豚なんか食えるか! やっぱおかずは不幸に限るよな!」
京は他人の不幸を見た後には飯がうまくなるという不思議な特性を持っていた。
コンビニで三百円もしないサンドウィッチでもおいしくいただける。
しかし、量は足りないので後で何か作って食べるつもりではあった。
(それは、あとのお楽しみ~♪ 二重の意味で、な!)
京は帰宅後のルーチンとなっている不幸話探しを始めた。
ネット上の不幸話は、いわば京にとっての副菜だ。
主菜だけでは物足りず、何か少し彩が欲しい。
そんな時、京はネット上の真実とも知れぬ不幸話を味わう。
いかんせん、目の前で起こっているわけではないので不幸度が物足りないが、株やFXの失敗談はそこそこにウマい。
彼らの借金地獄を想像しただけで、京は興奮して眠れなくなる。
「うわ、自己破産とか興ざめだわ。死ぬまで働いて金返せよ、つまんねーな」
一般的に見て人でなしの京は、自分に関係のない不幸ならなんでも楽しめる。
それが自分に似たような境遇の人物の不幸であってもだ。
自分は自分。他人は他人。
京はその区別の仕方がうまかった。
「今度はNTRかよ。うはっ。借金背負わされた上に逃げられてやんの。しかも7桁とか。逆にその不幸が羨ましく思えてくるわ。本当なら身代わりになってあげたいんだけど、ごめんね。結局のところ、あんたと俺は赤の他人、だから、サ」
京は自分の独り言とともに幸福な時間を堪能した。