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被食者系主人公  作者: 遠山風車
世界変貌
3/14

猫かぶり系主人公の日常3

 痛恨のミス。今の京ならば、自信をもってそう言える出来事が桜との出会いだった。


 美川京と女木桜(めぎさくら)が出会ったのは、七年ほど前になる。ちょうど京が十歳になった頃だ。

 出会いはまるで、どこかの漫画のようなものだった。

 桜がいじめられている場面に京が出くわしたのだ。


 幼少期の京が、現在の京と同じ考えを持っていたならば、気づかれていないうちにさっさと去ったことだろう。幼少期に起こったことを正確に覚えたまま、成長する者などほとんどいないのだから。

 それに周りに自分以外がいなかったこともあり、何もせずに去ったとしても誰も何も言えなかった。


 だが、幼少期の京はひどく純粋だった。

 周りが正しいということはそのまま実行する。困っている人がいたら助け、泣いている子供がいたら笑わせてあげる。そんな子供だった。それにはある理由があるのだが。


 純粋な京は、いじめられている子供を助けてあげなければと行動を起こす。

 生徒同士の喧嘩は先生を呼んで解決する。それが普段から先生に言われていたことだったので、京はその通りに行動した。


 結果、いじめられていた子供たちは先生に激怒され、ギャン泣きした後に家に帰るよう命じられた。

 桜は保健室へと移され、養護教諭に手当をしてもらった。


 手当の途中で京は帰ろうとしたが、京の服をつかんで引き留めた桜を見て、帰るのをやめた。


 養護教諭が所用でいなくなった後、京と桜の二人は始めて会話を交わした。


「大丈夫?」 「うん」


 そんな程度だったが。


 その日はそのまま特に話すこともなく別れたのだったが、次の日から京の日常に変化が訪れる。桜が京のことをじっと観察し始めたのだ。


 時間があるときは必ず京を見ることのできる場所にいて、じっと見つめてきた。純粋だった京は、ひとりぼっちの子には優しくしてあげてね、と先生から言われていたことを思い出し、積極的に話しかけ始める。

 二、三語程度の会話であったが、周りの子たちが桜に話しかけたとしても無視されることを考えると、京のことを悪くは思ってはいなかったのだろう。


 そうして、桜との交流が続く日々。

 出会いからしばらくたった時のことだった。


 放課後、周りの子たちが遊ぶのをしり目にグラウンドの隅で主に京が言葉を発している最中のこと。桜が服を引っ張り、どこかに連れて行こうとしたのだ。


 京は、この珍しい意志の発露を大切にしてあげなくては、と素直についていくことにする。

 歩くこと十分、連れてこられたのは、ある公園。遊具などはまだ使えるようだったが、種類が少ない。ジャングルジムに滑り台もなかった。

 子供たちにはその公園が魅力的に映らなかったようで誰もいない。場所も悪かったのだろう。


 桜はその公園のある茂みに向かい、その中を探り何かを取り出した。まだ九歳の彼女が抱くにはすこし大きい箱のようなものだった。

「ん」とそれを差し出してくるので、訳も分からず受け取ってしまう。桜の顔は上気しており、どこか興奮しているようだった。


 京がその箱の蓋を開けると、中に入っていたのは瓶に詰められた虫の死骸。干からびているものもあれば、つい最近死んだであろう物もある。種類はバッタに、蝶に、蛾などよくわからない虫もいた。京が驚いたのはムカデまでいたことだ。

 桜は一貫して変化させなかった表情を大人びた微笑に変え、十二個ある瓶一つ一つを指さしながらこう言った。


「これは、一郎七世。一月。綺麗だった。

 こっちは次郎七世。二月。探すの大変だった。

 この子は三郎七世。三月。わたしの肩に来てくれた。

 四郎七世は――」


 今までの彼女とは比べ物にならないほど饒舌に話す姿に京は戸惑いを隠せない。

 ふと、今の彼女を客観的に見てみる。普通ならば、気持ち悪い、そう思うだろう。彼女が周りの子たちに嫌われている理由が分かった気がした。


 京はさらに思案する。テレビに与えられた知識の中に、子供のころから虫や猫などの殺害を日常的に行っていた者の情報があった。それらは例外なく犯罪者に関してだった。

 先生が言っていたことに「悪いことしそうな子がいたら止めてあげなくてはだめよ」ということがあることを思い出す。


 それらを総合して考えると、将来犯罪者になりそうな桜を止めてあげなくてはならない。


「さくらちゃん、それは悪いことだからやめなくちゃだめだよ」


 さくらの行為を止めるため、京は注意をした。

 それを聞いた桜は瓶に入れられた虫の説明をやめ、京をいつもするようにじっと見つめてきた。


「……どうして?」

「悪いことだから」

「どうして悪いの?」


 その問いに対する答えを京は持っていなかった。


 そのため、「明日答えるから」と答えを待ってもらうことにし、その日は帰宅した。

 机の上でノートを広げたり、兄の部屋に行きPCを用いて検索するが、いまいちわからなかった。


 そんなところに兄が帰ってきて「何か調べものか?」と聞いてくるので、せっかくだからと桜の問いについて聞いてみた。

 すると、兄は、


「それはな、京。『普通』と違うことだからだ。人は異常を恐れる」


 悟ったような答えを京に返した。

 兄たっての希望で地元の偏差値の高くない公立校に入学し、生徒会長を勤め上げ、いじめ撲滅を着々と進めていた兄は経験からか、確固とした考えを持っているようだった。


「『普通』と違うから……」


 その答えは今まで自分が調べた内容より、はるかに分かりやすかった。


 そうして答えを得た京は、翌日、桜をあの公園まで連れていき前の日の問いに答えた。


「なぜ悪いことなのか、それは『普通』とは違うからだよ」

「……『普通』。『普通』って何?」


 前日の桜から、そのように京の答えに対して問いを重ねることを予想していた。


「『普通』。辞書で調べてみたら、いつでもどこにでもあること、とか、他と変わらないことって書いてあった。だけど、僕にも『普通』って何なのかわからない。だから、一緒に『普通』を探そう。そうしたら、『異常』じゃなくて『普通』になれるかもしれない」



 Ψ Ψ Ψ



 校門を出て、左の道をしばらく行くとある駅にたどり着く。京はいつもその駅を利用して帰宅する。

 駅までの道行きは大抵は一人だが、時々カルガモの雛のようにして京の後をついてくるものがいる。それが後輩の少女、女木桜(めぎさくら)であった。


「せ~んぱいっ! ご帰宅されるんですか~? 私もご一緒していいですよね!」


 学校の出入り口、下駄箱が並ぶ場所で待っていた桜は、そう言うなり、京の利き腕である右腕を両手で抱え込む。彼女の頭が京の顔に近づくことで、ふわりと香水の匂いが脳に伝わる。


「ああ、構わないよ」(いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!)


 いつも通り頼まれごとに対して、是、とほぼ自動的に答える京であるが、内心の否定は母の面妖な料理を食うとき以上のものだ。

 否定したくても、被っている猫は、否、と言うことを許してはくれない。


「だけど、桜……腕を組むのはやめてくれないかな」

「え~。私、先輩だったら周りに勘違いされてもいいのにな~」


 京の腕に自身の頬をすりすりとしながら、桜は言う。

 周りの生徒たち、とくに女子生徒がちらちらと京たちの方を伺っている。

 しかし、京はそんなことに気を配る余裕がなかった。


(ひぃぃぃ!!)「と、とりあえず、学校を出ようか」

「はい!」


 気力を振り絞ってそう提案し、玄関口から歩き始めることに成功した京は、腕に桜を伴って学校の外に出た。



「桜~、今日も彼氏さんと放課後デート? アツアツだね~」

「そんなこと言って、そっちもこれからっしょ~?」

「あ、わかる? 彼氏がさー、制服の君を見たいんだ! なんていうからさ~、もう制服フェチとかやめろよな~って」

「いいじゃん、そっちこそアツアツじゃん」

「だよね~! あたしもそう思う! 今回は長続きすると思うんだ~」


 校門を出てすぐに桜の友人に遭遇し、桜たちが雑談を始めた。

 早く帰りたいし、隣の女と一秒でも長くくっついていたくない京は、表情に少しだけ困惑を浮かべる。そうすることにより、空気読んでさっさと帰れとアピールするのだ。


「それじゃあ、あたしそろそろ行くわ。彼氏待ってると思うし」

「ん、じゃあね~」


 思惑通り、桜の友人をバイバイさせることができたので、再び京は歩き始めた。


「あ、先輩。そこ左ー」

「……わかったよ」


 いつもとは少し違うルートを提案され、京はしぶしぶ了承した。



 Ψ Ψ Ψ



 左へ右へ連れられるがままに少々複雑な道を通っていった先には、古びた小さな公園があった。

 碌に整備されていない遊具には、「乗らないでください」というラミネート加工の張り紙が張られている。

 この公園の中で機能しそうなのは、せいぜいが東屋とその内側のベンチくらいのものだ。


 公園の入り口で、せめてもの抵抗をと動かないでいると、この公園に連れてこられた時よりも強い力で抱えられた腕が引かれる。


「先輩、早く」


 京を見上げるその表情は、先ほどの人懐っこい様子とは打って変わって無表情だった。


「……仕方ないなぁ」


 苦笑を見せて、連れられるように歩き出した京の足はごくわずかに震えている。

 ベンチの前まで行き、同時に腰かけた。


「さて、ここに来たのも久しぶりですね、先輩」

「まだ前から一週間も立ってないんじゃないかな……」

「時間感覚は人により、状況により異なります。私にとっての久しぶりが、先輩にとってのそれと同じとは限りません」


 思ったことを呟いただけだったが、それに正論を返され、京は返す言葉がなくなってしまう。


「あ、あぁ。そうだね、うん。はははは……」(一般的な感覚としての「久しぶり」を言ってんだよ! 察しろ!!)

「はい」


 歩いているときと変わらず、いやそれ以上に締め付けが強くなった腕が軋みをあげている。というのは、気のせいだとしても中々に強い力である。

 桜は腕を絶対に離さないとばかりに抱え込んで、京の二の腕に自身のさらさらとしたブロンドに染められた髪を擦り付けている。

 京は恐怖に耐えるのに一杯いっぱいで、身じろぎ一つせずにいた。


 ♪~。


 公園に横たわる静寂を裂いたのは、携帯の着信音だった。

 これ幸いとそれに救いを見出した京は、


「携帯が鳴っているよ。君のじゃないかな、桜」

(よしよぉし! 通話終了後にふと時計を見たふりをして、「そろそろ帰ろうか」。これで行ける! 帰れる! 逃げ出せる!)


 と言いながら、さりげなく桜の鎖と化した腕の拘束から抜け出そうとする。

 しかし失敗した。


 ♪~♪~。


 携帯は鳴り続ける。

 桜は片手だけ、京から離し、隣に置いてある通学カバンを引き寄せ中を探る。

 一段と大きくなった着信音が携帯がカバンの外に出たことを示し、次の瞬間、ガツッという音を最後に天に召された。


「さ、桜。あの、携帯が……」

「そろそろ買い替え時でしたから、ちょうどよかったです」


 京の目線の先には、バラバラになった元携帯の姿があった。どれほどの力で投げつけたらそうなるのか。

 恐ろしいことに桜はそれほど力を込めていなかったように思う。表情も変わらず無に固定されたままだ。

 京の背筋をゾクッと悪寒が駆け巡る。


「ははは……まあ、電子データの破棄は重要だからね。うん」


 現実逃避気味に京は桜の行為の正当化を図った。怖い人は刺激しない、基本中の基本だ。

 桜はそんな京の様子を見ることなく、唐突に提案をした。


「先輩、肩のマッサージでもしましょうか?」

「いや、こってないから遠慮しておくよ」

「わかりました。それでは失礼します」


(頼むから人の話を聞いてくれ)


 京はマッサージの必要などないと伝えたつもりだったが、通じず。桜はほぼ強制的に始めた。


 ベンチの後ろ側に移動し、京の学ランを脱がせ白シャツ姿にした後、京の肩に手を添える桜。

 手つきはとても丁寧で、マッサージの腕も悪くないといえるだろう。しかし、その驚くほど冷たい手が、マッサージの効果を半減させている。

 京はじっと固まったままされるがままだ。


 次第に肩に据えられていた左手が移動し、首に近づいていく。右手は肩を揉んでいるままだが、先ほどより力が弱まって、雑になってきている。

 京の悪寒は止まらない。


 京の顎の下側に添えられた手は中指と人差し指で、ある場所を、すーっと、ゆっくりと、撫でていく。


 頸動脈であった。


(いやああああああああぁぁぁ!! 殺される!! 頸動脈引きちぎられて、血プシューってなって殺されるぅ!!)


 動揺を出すなと体に命じるが、心臓は極度の緊張により、バクンバクンと音を立て続けている。

 頸動脈の振動を介して、桜にはすでに伝わっているはずだ。


「……先輩。いろいろな映画を見たんですけど――」


(いろいろな映画って何!? ユースホステルの略称がタイトルについたやつとかじゃないよね!?)


「血管を切り裂いたときって、あんなに血が吹き出るものなんでしょうか? 映画とかテレビのといったメディアの情報はあまり参考にならない部分も多いので疑問なんです」


 京は気絶しそうだった。

 遠まわしな殺害予告をされているのだろうか。もう、そうとしか思えなかった。


「……そうらしいけどね。血圧が約百二十㎜Hgなのは、君も知ってると思うけど」

「知識と実際に目で見るのとは明確に異なりますので」


 もうだめだ、終わった。

 京の頭を走馬燈が駆け巡る。どうせなら、小学生の頃に事故に見せかけて殺しておけばよかった。いや、今までだってチャンスはあった。車道に突き飛ばして自分は泣いておけば、さほど責められはしないはずだったのに。なぜやらなかったんだ。


 その時、携帯の着信音が鳴る。

 京は機敏な動作で携帯を手に取り、電話に出た。


「もしもし、母さん。え? 買い忘れた? うん……うん。わかった。帰りに買っていくから。うん、それじゃあ」


 通話はすぐに終了した。

 しかし、状況は一変した。

 京は生存を確信した。


「すまないね、桜。母に買い物を頼まれたから、今日はこれで。マッサージありがとう、気持ちよかったよ」


 頸動脈確認を兼ねたマッサージに礼を言うまでに余裕を取り戻した京は、微笑みを浮かべながら優雅にベンチから立ち上がり、公園から去っていこうとする。


「先輩」


 桜に呼び止められ、心臓が跳ねる。

 振り返ると、桜が意識がどこか別の場所に行っているような、そんな顔でこちらを見ていた。


「――また」

「ああ、また学校(・・)で」


 学校を強調し、京は公園から歩き去った。

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