猫かぶり系主人公の日常2
キーンコーンカーンコーン、と授業の終了を知らせるチャイムが学校中に鳴り響いた。
「あー、もう終わりか。あと少しでキリがいいところで終わるんだがなぁ……よしっ、後5分だけがんば――」
「お前ら~! 先生の戯言は無視して飯だぜ、飯~! 男子はソッコーで食え、んでグラウンドに集合! サッカーやっぞ!」
「「「おおう!!」」」
チャイムと同時に席を立ち、周りを駆り立てたのはクラス一のお調子者の少年だ。他の少年たちをサッカーに誘っているが、本人はとても下手である。
オフサイドを理解できていないため、いつも後方で待機させられている。それでも珍プレーを連発するという面白キャラなので、周りは面白がってよくパスを出したりしているのだが。
そんな彼に、あと五分の流れを断ち切られた教師は「あー」とも「うー」とも言えない声を出しながら、机を引っ付けるなどして昼食の準備を始めた生徒たちを前に、教壇から静かに去っていった。
「京、サッカーだってよ。どうする?」
「ああ、当然行くよ。僕がいないと締まらないだろ?」(めんどくせー。どうせなら蹴鞠やれよ、蹴鞠)
「もちろんさ! 我らが軍に稀代の軍師様がいれば負けなしってもんだ! Bクラスの奴らにまたグラウンドの味を教えやろうぜ!」
京の机に自らの机を合体させたうちの一人である少年――赤根敦は京にサッカー参加の是非を問う。
京自身は欠片も参加したくはなかったが、ノリが悪いとか言われるのが嫌だったので、表面上だけは不敵に参加を表明する。
「もう、二人とも体操服持ってないでしょう。制服汚れちゃうよ」
「そんなこと気にして、目の前に戦に挑まないのは男じゃねぇ!」
意気軒昂として、サッカーへの熱い思いを語る敦だが、
「そんなこと言って。帰ったら、頼子さんとの戦が控えることになるよ」
「うっ……そ、それすら飲み込んでこその、お、男ってもんだ、ろ……」
その言葉により、意気消沈してしまう。それでも参加の意思は変わらない。
「しょうがないなぁ」と柳眉を少し曲げて、どうしようもない子供を見るかのように微笑んだ少女は浅海恵と言う。
彼女は敦の幼馴染であり、家族ぐるみでの付き合いをしている。
ちなみに、毎週末に外食しても問題ない程度には裕福な家の京が羨ましすぎて実際に泣いたほどに、彼女の実家は大金持ちである。
「僕は自分で洗濯するから問題なしだね」
「あ、お前ずりぃぞ!」 「京君はえらいね~。あっちゃんとは大違いだ」
彼女も京の机に自身の机を引っ付けながら、お弁当を二つ出した。
「はい、今日のお昼。今日はあっちゃんの好物のハンバーグも入ってるよ」
「マジかよ……ってマジだ! おいおい、こりゃ俺のシュートが火を吹くかも知んねぇな。死人が出ないか心配になるぜ」
お弁当を開けて、大好物を確認するなり他のものは一切無視してそれにかぶりつく敦である。
それを確認した後に、恵は頬に手を当てやわらかい笑みを見せた。
「シュートは火を吹かないと思うけど――口から火は吹くかもね」
「ぶふぉあ!! はひひゃほへははあほほ※※※※!!!」
「はい、スピルカ。飲むと辛さが落ち着くらしいよ」
こうなることを予期し、恵は事前に購入していたジュースを敦に渡す。
敦は手にしたとたんに、制服に零しながらもごくごくとジュースを飲み切る。
「ぷはぁ……はあ、はあ。おい、恵。いったいこれはなんだ……?」
大好物を汚された上、口の中の灼熱がまだ引かない敦は、地獄の底から響くようなうなり声を上げて恵に問う。下手なことを言おうものならば、何をしでかすかもわからない危うさを今の敦は持っている。
敦の言葉を受けた恵は、余裕を持った微笑みを見せて答えた。
「あっちゃんってね。好きなもの真っ先に食べるよね。それでご飯も掻き込んで。結局、食べきれなくなった野菜を残しちゃうことなんて、しょっちゅうあるよね。もう私が言いたいこと、わかるよね」
「……つまり、野菜を最初に食べろってことか?」
「そう、正解! よくできました~」
「そうか、俺が悪かったのか。確かにお残しは悪いよな。恵、すまなかった」
敦がぺこりと下げた頭をよしよしする恵はどう見ても付き合っているようにしか見えないが、付き合ってはいない。頭にまだがつくという注釈が必要ではあるが。
京はそんな彼らを傍で微笑を浮かべ眺めながら、静かにお弁当を食べていた。
(けっ。んなのはよそでやれ、よそで。傍から見たときの俺の疎外感が半端ねえんだよ。哀れまれるなんぞ、吐き気がする)
京は、自分が下に見られることを何よりも嫌う。かといって褒められても、てめぇに褒められてもうれしくなんざねぇわ、となるのだが。
そんな面倒くさい性格をした彼の前で夫婦がいちゃついているが、それを制止することなど彼にはできない。彼は家でも学校でも猫をかぶっているからだ。
唯一防音もしっかりしている自分の部屋で鍵をかけた際にしか、本来の自分を出したりはしない。
別に疎外感は感じていませんよ、ということを知らしめるために京は会話に参加することにする。
「敦、すっかり騙されているようだから口出しするけど。それ嘘だからね。恵の顔を見てみたらどうかな」
知る人ぞ知る、些細な違い。
彼女はいつも微笑みを浮かべているが、感情によって浮かべる微笑みの質がわずかに異なってくる。
不幸な人間を眺めるのが趣味な京は、人の微妙な感情の変化をとらえるのは得意なため、そういうことには鋭かった。
「おい、恵……お前、俺をだましたのか……?」
「うん、ごめんね。本当はお昼休みにちょっとしたヴァイオレンスを与えてあげたくて。まさに日常へのスパイスってところかな」
「め、恵~!!」
敦はその言葉を聞くなり、恵のこめかみに己の拳を当てぐりぐりとし始めた。
「きゃ~、ごめん、ごめん」と謝っている恵であるが、顔は笑みを浮かべたままだし、どう見ても謝罪する気などないのは明らかだ。むしろ嬉しそうにしている。
彼らがそんな茶番を演じている最中に「美川~、美川~」とどこかさえない声が聞こえてきた。
ざわざわとする教室の音に紛れているので、瞬時にはわからなかったが、教室の外からのようだ。
そんな声を出しながら、教室のドアからぬっと顔だけを出して美川に話しかけてきたのは、先ほどいなくなったはずの教師だった。
「美川~、お前今日の放課後、生徒会室にまで来るように。それを言い忘れてた」
「はい、わかりました」(いいえ、理解したくもありません)
表面上はさわやかなに返事を返した京に満足した教師は、「んじゃ、よろしくな~」と声を小さくしながら去っていった。
面倒ごとが舞い込んできたために、京は現実逃避を選択する。
(……はあ、早くお家に帰りたい。癒しを得たい……)
傍らの夫婦漫才をよそに、遠い目をしながら、そんなことを思うのだった。
Ψ Ψ Ψ
「以上で本日の議題を終了する! 総員、帰宅せよ!」
この学校の生徒会長が、制服の上に羽織った校旗をバサリとはためかせ、腕を横なぎにし命令する。
「「「はっ!」」」
(いや、はっ! じゃねえよ。何やってんだよこの学校の生徒のトップ集団は)
京はどんなことにも文句をつけることを忘れない。まめな性格をしていると自負している。
議題終了の少し前のこと、教師に呼び出された以上、自分のキャラ的に行かざるを得ず、不承不承訪れた生徒会室では、来る学園祭に向けて熱い議論が交わされていた。学園祭の生徒会主催の出し物についてだ。
生徒会主催の出し物は特別枠ともいえるもので、各学年から好きな人物を選び、出し物に協力させることができる。さらに、予算もクラスや部活の出し物よりも多く取れる。
一見学園祭を盛り上げようと熱意を溢れさせているように見えるが、真相は違う。
会議の中身は、実のところ、個人個人の欲望のぶつかり合いなだけだった。やれメイド喫茶だの漫画喫茶だの、お化け屋敷だの、昭和の体操服展だのと、このために生徒会に入ったんだとばかりに彼らは欲望をぶちまける。
特にひどいのが生徒会長だ。
彼女の提案はとてもシンプルだ。武闘会だ。踊る方ではなく、ガチンコバトルの方だ。
このご時世でシンプルな力のみの対決、どこの武闘家だよと突っ込みたいところだが、実際彼女は武闘家なのだ。幼少期から祖父に武術を習っているということを京は敦から聞いていた。
そして、武闘会の優勝者は武闘会に参加した生徒を一人選び、一つだけ命令する権利が与えられる。
当然命令の内容によっては世間様のお怒りを食らう恐れがあるので、それは生徒会長の承認を得た命令でないといけないというものだったが、この女、自分が優勝する気満々だった。
優勝賞品として、赤根敦を自分の隣に据える気だ。
何としてでも阻止しなければならない。その理由は、敦の幼馴染である恵だ。
確かめてはいない。しかし、京の長年鍛えた人間観察力が訴えてくるのだ。
――あの女はやばい。
そう感じる理由は、はっきりとはわからない。しかし、京のセンサーにビビッと訴えてくるのだ。毎日女神様、女神様と全校男子生徒から崇められている彼女だが、そんな綺麗なものでは絶対にない。
あの女は女神を気取ったどす黒い何かだ、と。
その邪悪なる恵が嫌う女――生徒会長を敦にみすみす近づけたと知れたら、さらに付き合うことにまで漕ぎつけられたら。何か恐ろしいことが起きそうなことがする。
それを阻止するために、京は力を尽くして、生徒会長VSその他、の構図を作り上げた。
結果、何とか武闘会を阻止することができた。その代わりに生徒会長にある条件を出されたのではあるが。条件を取り付けられたのは痛かったが、事前に恵に報告していれば問題ないだろうと判断したまでだ。
精魂尽き果てた京は、それでも無様な姿は見せまいと、表情に苦笑を浮かべるだけにとどめて生徒会長の号令を聞いた。
(だるい。疲れた。頭痛い。今日やなことばっかりだよぉ……京ちゃんもうお家帰るぅ! 絶対帰るう!!)
誰かが席を立ち、また誰かが席を立つ。その数秒後に京は席を立ち、生徒会室から去る。
「おい! 美川京! 約束を忘れるなよ!!」
無駄に大きな声で生徒会長が、条件の念押しをしてきた。
「わかってますよ~。敦を必ず約束の場所まで引っ張ってくるので安心して――」
「わあああああ!!」
生徒会長がさらに大きな声を出し、京の声を妨げようとするのを最後に京は生徒会室から去った。
(ぶふぉっ。あの猪女、この年になってまで「わあああああ!!」だってよ。ウケる(笑)。恥ずかしくないのかよ(笑))
京は生徒会長の醜態をせせら笑い、生徒会室で消耗した気力を日常生活に支障をきたさない程度まで回復させた。いささか不幸と呼ぶには物足りなかったが、無理やり回復するしかなかったのだ。この後に待つ苦痛に耐えぬくには。
「お~い、美川~。ちょっと待ってくれ~」
何かと美川~と間延びした声で京のことを呼ぶのが、京を呼び出した教師の一番合戦武である。
予想外に呼び止められた京は一応話は聞いておこうと、その場で一番合戦を待った。
「はあ。いや~、年を取ると、少し歩くだけでもふらっと来るもんだから困ったもんだよ」
「それは会議中先生がほとんど寝ていたことと密接に関係があると思います。あと、先生はま二十代でしょ」
自分を呼び出しておいて、お前はあのざまか。とそんな思いが少し漏れ出て、いつもと比べ辛辣な口調で京は指摘する。
「ははは。いや~、それを言われちゃうとな」
頭を掻きながら、「面目ない」と謝罪する一番合戦。
当然、京の気はそんなことでは収まらないが、ここで引き留められるのもいやだと考え、「何の用ですか?」とストレートに聞いた。
「おいおい、怒ってるのか?」
(てめえは煽ってんのか、ああん?)
京のストレスゲージがMAX手前まで急上昇。
「っていうのは冗談だ。俺の話はいつも通りの勧誘だ。美川、お前生徒会に入らないか。お前なら生徒会の連中も気心が知れているし、うまくやっていけると思う。それに生徒会に入ったときの特典がすごくてだなあ」
「そうですか。ではこれで」
京はそう言うなり、すたすたと早足で一番合戦の前から去っていった。
「我が国の誇る世界でも有数の最高学府への入学切符が――え? あれ? 美川~、おーい」
生徒から自分の話をするとき悦に浸りすぎといわれる一番合戦は、いつも通り話を聞かれることはなく置いてけぼりにされたのだった。
Ψ Ψ Ψ
「せ~んぱいっ! ご帰宅されるんですか~? 私もご一緒していいですよね!」
学校の入り口で京を待ち伏せていたのは、京の後輩――女木桜。
彼女はブロンドに染められた髪をふわっと浮かせながら、にししと笑った。
5万文字……5万文字。いっしゅうかん、いない……。