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被食者系主人公  作者: 遠山風車
足掻く人類
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小さな獣との出会い3

 京が子狐とともに暮らし始めて二か月、もしくは最後に黒服の部隊と遭遇した時から一週間後。

 様々な準備を終えて、京はこの日を迎えた。

 子狐のテストに始まり、実践訓練、自分の力の確認、強化、魔道具の作成など、多くのタスクを同時並行で進めて完遂するのは並みの覚悟では困難であったが、京の内に燃え(たぎ)る憎しみの炎がそれを可能にした。


 準備万端、と京はこれから起こる出来事を想像し、笑みがこぼれる。足元には相変わらず小さなままの子狐が、きゅうきゅう、と鳴きながら京の足に身を寄せている。

 京は「うざったい」の声とともに子狐を蹴り飛ばす。

 獲物をおびき出す程度の役割しか期待していないものに対しての扱いはこんなものだ。反撃してこないこともあり、適度なストレス解消にはもってこいだと京は思っていた。

 それでも京の足元に戻ってきて再度身を寄せる子狐の健気さ、または執着心は相当なものだ。京はただ馬鹿だと思っている。


「おい、今日はお前にかかってるからな。しくじるなよ。今までさんざん面倒見てきた俺に恩返ししろよ、オトリ」

「きゅっ!」


 了解、と言っているのがはっきりとわかる仕草をするオトリに、京はよしよしとうなずく。

 この調子ならば、しっかりと役目を果たすだろう。

 あとは計画通りに動くだけだ。


「っしゃあ! 待ってやがれ、ヒーロー気取りの偽善者どもぉ。お前たちの化けの皮をすぐに剥いでやるからよお!」


 いつものように辺りを見渡せるビルの上に立っていた京は、遠くで固まって動いている黒服の一団を見据えた後、その場から忽然と消え去った。子狐とともに。



 Ψ Ψ Ψ



 天気は曇りで空を灰色の雲が覆う。風は緩やか。少々肌寒い気温。

 この地域の天候としては、いつも通り平凡なもの。


 そんな空の下で、黒服の部隊は活動していた。


「この辺りもぉ、そろそろ終わりますねぇ」

「ああ、順調に進めることができた。計画より一週間ほど早い。その一週間で救われる者がいればいいんだがな」

「そうですねぇ。もう二週間になりますけど、ぜぇんぜん人いませんもん。建物はほとんど壊れてぇ、死体すら見当たりませんもんねぇ」

「……ああ。他の場所へ逃げていることを願おう……」


 新しく立てられたサイレンのついた電柱の周りで作業をしながら、柳と間延びした話し方をする女性――三和(みわ)は会話していた。

 彼らはこのサイレンをこの地域一帯に設置することを目的に活動している。それももうすぐ終わるそうだ。


「……先輩! もしかしたら、偶然強い魔道具とか拾っちゃってぇ、とんでもなく強くなってるかもしれませんよぉ! 私たちの仲間になってくれるかも?」

「……フフ、だといいんだがな」


 三和は先輩の柳を励まそうと、明るい口調で希望的観測を口にする。

 柳もそれが分かったのか、後輩の励ましに思わず笑みがこぼれた。


 温かな空気を醸し出す二人とは対照的に、部隊の中心で腕組みし仁王立ちしていた隊長、油断のかけらも見られない彼女が口を開いた。


「……何かが来る。各員戦闘態勢」


 その号令とともに全員がさっとそれぞれの獲物に手をかける。

 隊長が見据える方向を、塵一つ見逃さぬというほどに凝視していた全員の目に映ったのは、一匹の子狐。鈍い空の下でもその輝きがわかるほどの美しい銀毛を持った小さな狐だった。

 その子狐は、四つの足を必死に動かして部隊に向かってきた。


「モンスターか?」

「いえ、【鑑定】してみたところ、何も表示されませんでした。モンスターではないかと」

「ならば、ただの動物か?」

「いえ、それは……私は動物に詳しくはないので」

「そんなことどうでもいいじゃないですかぁ! きゃー! かわいいぃぃ!!」


 隊長が最も【鑑定】のスキルレベルが高い者に子狐の情報を聞いたが、帰ってきた答えはただの動物であるというものだ。

 三和にとってはそんなことはどうでもいいらしい。子狐が危険ではないと判明した途端に走り出し、子狐を捕まえに行った。駆け出しの速度は隊長にも匹敵する、と柳が戦慄するほどに素早い動きだった。


「かわいい! かわいいですよぉ、この子! ほうら、よしよしぃ」


 三和は子狐を見事捕獲し、腕の中に収めてなでていた。子狐は必死に抜け出そうとしているが、なかなか抜け出せない。


「きゅっきゅぅっ!」

「いやぁ! 鳴き声もベリーベリーきゅーとですぅ!」


 このままだと、三和に子狐が絞め殺されてしまう。

 そんなことを危惧したわけではないだろうが、柳が三和に静止の一声をかけた。


三和(みわ)、放してやれ。嫌がっているぞ」

「ええぇ。……まぁ、無理やりはダメですよね……」


 三和が子狐をしぶしぶ放し、地面へ置くと、子狐は部隊の中心である隊長の方へ向かって駆け出す。


「きゅっきゅぅ、きゅー!」

「……? この狐、何か伝えたがってませんか?」


 柳が子狐が必死に鳴きながら、自分の首元をひっかくような動作を見て、疑問を呈した。その首元には、ネックレスのようなものがあった。


「これは……魔道具、か。鑑定してみろ」

「はっ……」


【鑑定】の結果、子狐の首にかけられた装飾品は魔道具であることが判明した。効果は魔獣除け。偶然に子狐が手にするようなものではない。

 三和がひらめいたとばかりに自身の推測を口にする。


「……私、わかりました。この子、飼い主の助けを呼びに来たんですよぉ!」

「飼い主? ……確かに、ただの動物であるこの子狐が生き残っていること自体が不自然だ。誰かに飼われていたとすれば、納得がいく」


 少々突拍子もない発言だったが、真面目にも柳はその推測を検討し、十分にあり得そうな話だと結論付けた。

 そして、判断を隊長に仰ぐことにする。


「隊長、推測ですが、この狐は助けを呼びに来たのかもしれません。その飼い主は何らかの状態に陥り動けなくなり、この狐が助けを呼びに来た。徒労に終わる可能性もありますが、どうしますか?」

「行くぞ」


 隊長の一言は簡潔だった。だが、その一言を受け、部隊全員が動き出す。


「ねぇ、狐ちゃん。ご主人様のところまでぇ、案内してくれる?」

「きゅっ!」


 子狐は元気よくうなずくと、部隊の先導を引き受けるように駆け出した。その速度は部隊からすると、かなり遅い。だが、ある程度まで近づいたなら【探知】に引っかかると考え、今のところは子狐に先導をさせることを決めたのだった。



「きゅっ! きゅうっ!」


 子狐が走り出してから五分ほど。

 たどり着いた場所は、今までの場所とあまり変わりのない廃ビルに囲まれた場所だった。

 あたりを見回しても戦闘した形跡も、モンスターの死体も、血痕の後さえ見当たらない。


「……どういうことだ?」

「子狐ちゃん、場所間違えちゃったかなぁ?」


 狐の嗅覚は犬と同程度だ。もし飼い主がいるならば、その匂いを嗅ぎ間違えることなどありえない。

 だが、子狐はここだとでも言いたげに、ただ何もないところをぐるぐると忙しなく走っている。


「……隊長、どうします? ここには何も――」


「ククッ。クヒヒヒヒ! 八名様、ご案な~い。ウェルカムトゥナイトメアああぁぁあぁぁぁ!!」


 柳が隊長に判断を仰ごうとしたところで、彼らの足元に複雑な幾何学模様が現れた。魔法陣だ。

 魔法陣は青い輝きを放ち、何かが起ころうとしていることを直感に訴える。

 だが、すべては遅かった。

 一瞬、輝きが強くなった後、子狐と黒服の部隊姿はすでにそこにはなかった。


「くひゃひゃひゃひゃ! やったぜぇぇぇぇええ! 引っかかりやがった! 計画通りだぜぇえええ!!」


 近くにあった廃ビルの上で笑い転げるのは、黒服部隊に何かをしてその場から消し去った京だ。心底愉快とばかりに腹を抱えて、呼吸困難に陥っているかのようにひーひーと笑っている。


「く、くくく。これであいつらも本当の自分と向き合えるってもんだ。まあ、死んじゃうかもしれないけどぉ(笑)。いやぁ、いいことした後は気分がいい。あとは特等席で高みの見物としゃれこむか」


 パチン、と指を鳴らすと、京の足元にも青色の輝きを放つ魔法陣が出現する。

 京は魔法陣を確認した後で、ある場所を正確に思い浮かべる。

 そして、心の中で【転移(テレポート)】とつぶやいた。


 京の姿はビルから消え失せる。再度現れたのはある部屋の中。

 丸いテーブルとその上にあるティーセット、あとは椅子が一つあるだけの簡素な部屋だ。一つ変わっているところは、椅子の正面に位置する部屋の壁の部分がガラスのように透けており、外の様子が伺えることだ。

 外では頻繁に魔法が飛び交い、そのたびに何かの肉片が飛び散っていた。

 よく見ると、遠くで黒服部隊が戦っているのがわかる。

 京は、その様子をまるでテレビのようにこの部屋から見ることができた。


「かーっ。やってるやってる。ふふふ。催し物は気に入ってもらえたようで、俺もうれしいよ。楽しんでいただけてるようで満足満足♪」


 京はテーブルについて、ティーカップにお茶を注ぐ。

 トクトク、と優雅に注ぐその姿は外とは隔絶している。まさに世界が違う。テレビの中と外の世界だ。

 外の騒乱を眺めながら、京は香りを楽しみつつお茶を飲む。

 京は紅茶が好きなわけではないが、状況がそうさせるのか、彼は紅茶の味をとても美味しく感じた。


「紅茶がこんなにうまいものだとは……これからは不幸の共にいいかもな」



 一方で騒乱の真っただ中である黒服部隊はというと、


「三和! 竹中と伊藤が負傷した! 俺と寺沢がかばう! 素早く治療しろ!」

「りょ、了解です!」


 切羽詰まった空気の中、たった一つのミスも許されない状況でモンスター()()に押されていた。



 Ψ Ψ Ψ



 子狐に(いざな)われ、たどり着いた場所には何もなく、足下に突然魔法陣が浮かんだかと思うと、彼らは巨大なモンスターの前に転送されていた。

 転送は迷宮に入る際には誰もが経験するものだが、それは迷宮の周りにある魔法陣に踏み込んだ時だけだ。迷宮に近づいてもいないのに転送されるなどその場の誰もが聞いたことがなかった。

 しかし、転送されたことは事実。戸惑いを押し殺し、隊長を真似るように黒服部隊全員はすぐさま戦闘態勢に入った。


 だが、その意気を挫くかのようにビチャビチャと辺りに何かが降り注ぐ。降り注いだ何かは、その場にいた全員、子狐にも降りかかった。


「これは……血?」


「GUOOOOOOOOOOOOOO!!!」


 振動する空気が吹き付けてくるほどのすさまじい咆哮。

 隊員数名がその咆哮に気圧される。頭の中から空から降ってきた血のことなど消え失せていた。

 だが、隊長はそれを意にも介さずに真っすぐにモンスターに向かっていく。

 一層力強く踏み込み、斬、と抜刀とともにモンスターを切りつける。


「……固い」


 ピシャア、とその異形を構成する足のようなものを一本切断し、血が噴き出す。

 モンスターは苦痛に叫び声をあげるが、隊長の反応は芳しくない。

 その隊長の反応を肯定するかのように、モンスターの傷ついた部分がジュワジュワと音を立てながら蒸気をあげる。そして、数秒後また新しい足が映えてきた。地面に転がっている足とはまた違う形の触手のような足だ。


「再、生……」


 隊長の攻撃に全幅の信頼を置いていた隊員、その一人である柳が茫然とつぶやく。


「そ、そんな。再生するモンスターって今まで数体しか確認されてませんよッ!? それも全部【迷宮】のボスだって話で……まさか!」


 いつもの間延びした話し方が引っ込んだ三和が顔を青く染めた。


「【迷宮】のボス……」


 誰かが答えをつぶやいた。


「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 それを肯定するかのように、先ほどよりもひときわ強い咆哮をモンスターは放った。



 京のセッティングした絶望はまだまだこれからだ。

 

あと一日で一か月無投稿……。

ふぅーっ、セフセフ。

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[良い点] 続きが気になる、めちゃくちゃ読んで見てみたい
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