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被食者系主人公  作者: 遠山風車
足掻く人類
13/14

小さな獣との出会い2

修正部分

・京が子狐への【鑑定】を行ったことを加筆


 銀色の子狐との出会いの後、京は自分が寝泊まりしている拠点に移動した。

 子狐と京が出会った場所から、南へ二キロほど行ったところにそれはある。

 もともと長閑(のどか)な住宅街だっただろうそこは、ビルの集中していた地帯と同じく、どの家もボロボロになり平和な面影は跡形もない。


 だが、その中にも以前とさほど変わりなさそうな場所がある。それは空き地だ。

 しばらくの間誰も買い手がつかなかったのか。そこには好き放題に草が生えていた。


 京は抱えていた子狐を地面に放り投げ、その空き地に一歩踏み入れる。

 すると、空き地にしか見えない場所がゆらゆらと揺らぎ、その姿を変える。

 現れたのは、現代でよく見かけそうな一戸建て。


 京はスキル【魔道具職人(マジックツール・クラフツマン)】により作成した魔道具を用いてこの家のカモフラージュをしていた。彼本人が所持している鍵がなければ、この敷地内には何もないように見え、また通常方法で侵入することもできない。


「おら、さっさと入れ。また消すから入れなくなるぞっと」


 子狐の尻を足で蹴り飛ばして、無理やり中に入れる京。さほど力は込められていなかったが、子狐は驚き「きゅっ」と声を漏らしてひっくり返る。

 それに構わず、京はドアの方へ向かって歩いていく。

 子狐はその行動に対して思うところはないのか、起き上がると素早く京の後ろにつき、ちょこちょこと可愛らしく歩いていった。


 

「あ”ー、だるかった。収穫はあったが、あの女のせいで一人助けられたしよぉ……はあ、今日の運勢は凶かなぁ……」


 京はリビングのソファーに音を立てて倒れ込み、身体的というよりは精神的な疲労に好き勝手させる。ぶつぶつと漏らす愚痴は、襲われていた女性を助けた黒衣の人物に向いており、彼の恨みは中々に深そうだということがわかる。


 子狐はというと、京が突っ伏しているソファーの足元でお利口にもお座りをして待っていた。


「ああ、くそっ。足が引きちぎられるところとか見たかったのになぁ。悲鳴が聞きたい、他人の不幸がほちいよ~……はあ。まあ、収穫もあったし、よしとするか」


 同じような愚痴を言うのをようやくやめて、よっこらせと立ち上がった京は、子狐を見下ろしこれからを思案する。


 (さて、あの糞女を不幸に叩き落してやるプランはできたが……こいつの知能が問題だよな。一年、二年も教えてる暇なんかねえし、それぐらいなら自分で殺しに行けるレベルにはなってるだろう……ならば、まずやることは知能テストか。その次に実戦でどれだけ動けるかだ)


 京はまず、子狐の知能テストをすることに決めた。


「おい、オトリ。今からお前の知能テストを始める。結果が良かったら、またこの肉を食わしてやる。うまかっただろう?」


 懐から先ほど回収した心臓を出して子狐に見せびらかし、食欲をあおる。京はペットのしつけなどしたことがないので、動物の扱い方は全く知らない。せいぜい、よくできたイコール飯。全くできなかったイコール暴力。その程度だ。

 暴力を与えすぎて死んでしまったら、それまでのこと。また別の方法を考えようと京は思っていた。


「じゃあ、まずは――」



 それからいくつかテストを行って分かったことは次のことだ。


 ・子狐は日本語をある程度理解している。だが少しでも難しい単語はわからないようだ。知能としては小学一年生ほどか。

 ・数の概念は理解できるようだ。だが、計算は少し怪しいところがある。

 ・京の出した指示は少々複雑なものでも、京がやって見せると真似することができる。例えば、京が手をたたいた瞬間から五秒後にふせて、また五秒後に起き上がって一回転、最後に一回鳴いて終了。のような指示だ。


 京にとって確認したかったのは自分の指示を理解することができるかどうかだけで、結果としては満足のいくものになった。

 だが、調べれば調べるほどにその子狐は異常であることがわかった。

 まず、モンスターに知能などはなく、人を見かけると襲ってくるだけだ。確かに学習はするが、どちらかというと本能に従ったものだ。理性ではない。まさに凶暴化した手の付けられない獣というのがモンスターである。

 しかし、この子狐は臆病で、京の行動一つ一つに対して怯えているように見えた。学習も多少応用がきくようで、確かに知能を持っていることが分かった。成長の余地もあるように思われる。


 出会った時にも思ったことだが、この子狐はどこかおかしい。


 京はテストをするうちに、所詮は畜生風情と見下していた評価を修正した。この知能に加え、自分を凌駕する力、特殊能力などを持っていた場合、自分の命が危険にさらされるからだ。自分には現状の世界でも上位に位置付けられる程度の力がある。しかし、その力に全幅の信頼を置くには時間が足りなさ過ぎるし、上には上がいるという可能性も京は常日頃から考えている。


 他人の不幸と同じかそれ以上に大切な自分の命を失ってしまうとなれば、子狐は即刻殺すか、おとなしい今のうちにどこかに放りだすしかない。

 京は知能テストの次に力のテストを行った。子狐が危険かどうか見極めるためだ。

 だが、その前にあることに気付く。


 「そういえば、まだ【鑑定(エスティメイト)】してなかったか――【鑑定】」


 京は子狐の情報を【鑑定】により取得しようとした。だが、頭には何の情報も入ってこなかった。


 「はあ? どういうことだ? こいつ普通の動物か? だが、こんな狐が……銀狐は灰色っぽかった気がするんだが」

 

 のんきに褒美のモンスターの心臓を食べる子狐のその身体、部屋に灯ったライトの光を反射させる銀毛を見ながら、京は子狐への疑問を強く持つ。こいつは中々危険な奴なのでは。

 

 【鑑定】により特殊能力などの情報が取得できたならば早かったのだが、それができないとなると別の方法をとるしかない。

 だが、その結果は自分の懸念が杞憂であることを示すだけに終わった。


「なんだこいつ? 本当にモンスターか? 弱すぎなんですけど(笑)」


 自分との戦闘で子狐の力を計ることに成功した。その結果は、『獣ですらもう少し力を持っている』というようなものだ。


 子狐はとにかく戦闘を嫌がった。仕方がないので、京が子狐を殴ったり蹴るとようやく反撃してきたが、どれも京にかすりすらしない。

 試しにと爪のひっかき攻撃に当たってみたが、わずかに血がにじむ程度。

 とてもではないがモンスターとは思えない弱さだった。京が見た最弱のモンスターは、それでも人の腕の肉を深々と切り裂く。

 何か特殊能力でもあるのかと思い、子狐をぎりぎりのところまで痛めつけるも、何もしてこない。


 この子狐は戦闘面では何の役にも立たないということが京の中で結論付けられた。それは京にとっては朗報である。なぜならば、この子狐の役割は京がつけた名前が示す通り『囮』だからだ。


 京に攻撃を加えられた子狐はすっかり怯えきって部屋の隅っこで震えている――ということはなかった。子狐はむしろ先ほどより懐いたように京の足元に体を擦り付けている。その口と顎の下は血に濡れており、褒美にもらった心臓と子狐自身の血がまじりあって固まったいた。


「ふむ。殴ったり蹴ったりしても言うことを聞くか。これは――便利だな。なんでも言うことを聞きそうだ。クククッ、待ってろよ糞女。てめえを地獄に叩き落してやるからよぉ……!」


 ふははと両手を天に向けて高笑いする京とそれを見て尻尾を振り振りするオトリ。

 これから二か月の間、一人と一匹は生活を共にするようになる。



 Ψ Ψ Ψ



 すでに廃墟となったとあるビル、またもや京はそこの屋上に座り込んでいた。

 ここからは変わり果てた世界を一望できる。少し前までは大都市と呼ばれていたが今は見る影もない。

 ビルのほとんどは窓ガラスが割れ、かろうじて建物が崩れていないというようなものばかり。中には半分ほどしか残っていないものや残骸しか残っていないものもある。

 ところどころにある家々も同じく、無事なものはない。

 世界が大きく変わった瞬間に暴れだした【獣人】やつい最近になってから【迷宮】から這い出してきたモンスターによって破壊されたのだろう。もし中に人がいたならば、その末路の想像はたやすい。


 だが、そんな景観の中でも際立っているものがある。それは、人の世界が崩壊する前まではなかったもので、崩壊と同時に街中に出現したものだ。


 それは【迷宮】だ。


 広さは約半径一キロほどの円を考えたらよい。

 その面積の中に大きな岩山がある。岩山と街の境界部分はまじりあっているということはなく、すっぱりと変化している。まるでそこから先は別空間だと言うように。ビルなどの建物が並んでいるところに、急ににゅっと現れたそれは異常というほかない。


 恐ろしいことに、その外観よりも中はもっと広いということだ。

 面積自体は外と同じかそれより少し大きい程度か。計ったことはないが、京は大体その程度だと思っている。だが、【迷宮】には階層がある。つまり、縦に伸びているものなのだ。

 それは地球上にあるというわけではないらしい。どこか別空間にあるものだ。

 その証拠に【迷宮】敷地内を執拗に攻撃しても、ただ地面が削れただけであった。もし階層があるならば、地面を掘ればいずれ空洞にたどり着くはずである。それがなかったということは、別の空間にあるということだと京は理解している。科学をあざ笑うかのような思考だが、現在の世界自体が異常なので科学がどれほど通じるかという問題である。


 また、その考えを補強するのが【迷宮】の外にある【魔法陣】である。

 【迷宮】には外と中の【魔法陣】で出入りすることができる。【魔法陣】を介す以外の方法で【迷宮】に侵入したり脱出する方法も京は知っているが、それは今は関係ない。


 現在京が遠目に見ている迷宮【(まん)凶獣洞窟(きょうじゅうどうくつ)】は京が初めて侵入した――というよりはさせられた【迷宮】である。


 今振り返っても忌々しい、この身で知った世界の変貌。

 過去暴徒と呼ばれていた【獣人】に、何者かに与えられた【スキル】。

 突如出現した【迷宮】に【魔法陣】、そして【迷宮】の中に出現するモンスター。


 (あ~ッ。何度思い出しても腹が立つ……! クソが。あのモンスターども俺を食い殺しやがって! 【獣人】どもは俺を追いかけた。そのせいで俺はモンスターに食われた……いつか必ず【獣人】に復讐してやる。モンスターどもは食い返す。この俺を不幸に叩き落したやつは何十倍にもしてお返ししてやるからよぉ……!)


 自然と京の手に力がこもり、屋上のコンクリートを割り、手の中に握ったコンクリートを粉々にした。

 さらさらと粉となったコンクリートが風に吹かれて宙に消え、京はパンパンと手をはたき気分転換をする。

 自分が不幸だったことを思い出しても、メシウマにはならない。


「さてと、オトリはどんな感じだ~? お、いたいた。くーっ、やってるね~(笑)」


 京が足をぶらぶらさせながら眺める先には、地面の上を走る小さな銀色の姿。オトリだ。

 オトリの首元では、アクセサリーのような小瓶がゆらゆらと揺れている。

 その小瓶には中身があり、その中身は赤い液体。液体の正体は、()()()である。


 オトリの背後からモンスターが飛び掛かってくる。

 オトリは、野生の勘というやつか、間一髪躱してまた必死に走る。

 現在オトリは、三体のモンスターから追い掛け回されていた。


「おお、おお。中々頑張るねー、オトリちゃんも。今日も死にかけになったら助けに行くから、せいぜいお逃げあそばせ~。おーっほっほっほ!」


 愉快愉快と京は逃げ回る子狐を笑う。オトリは必死そのもので決して遊びではないのだが、京は遊び感覚でモンスターにオトリを追いかけさせていた。


 モンスターがオトリを追いかけている原因となっているもの、それはオトリの首元の小瓶である。その中の京の血がモンスターを狂わせる。

 京は自分の【スキル】と経験から、自分の血がモンスターをおびき寄せることをよく知っていた。


 ++++

 【美味(スウィーテスト・フルーツ)

 ― とても美味しい。それはあまりにも魅惑の果実であり、狂わずにはいられない。

 ++++


 この意味不明の【スキル】。これが自分の血や肉がモンスターを狂わせる原因だと京は断定していた。

 この【スキル】には煮え湯を飲まされたが、それでも使えるのならば使っていく。腹立たしいが、今の世界を生き残るのに手段など選んではいられない。


「血の効力は、凝固しない限りいつまでも続く。水で薄めてもある程度の効果が得られる。流石にあの小瓶程度じゃあ、近くにいるやつが延々とついてくる程度にしかならねぇ。だが……ククッ。遊びにはもってこいだぜ」


 ついに四本の小さな足を必死に動かして、知恵と小回りを利かして何とか逃げおおせていた子狐が捕まってしまう。

 モンスターの腕の一撃を避けきれず、ビルの残骸が固まっている方へ弾き飛ばされた。あの子狐の耐久力であれば、あれだけでかなりの骨が折れているだろう。


「潮時か――【おい、そこの雑魚ども。こっちを見ろ】」


 ビルの上で京が空に投げたその言葉、雑魚ども(モンスター)とはおよそ五百メートルは離れているため、聞こえるはずがない。だが、確かにモンスター達は振り向いて、京の方向に臨戦態勢をとった。


 どこにいるかわからない敵に対し唸るモンスター、その頭は京が投げつけたナイフにより爆散した。残ったモンスターの頭も次々と爆散していく。


「やっぱ調子いいな~【身体強化(パワーアップ)】レベル九は。あの雑魚ども反応することすらできてねぇ」


 子狐と共に散歩に出てくるのは今日が初めてではないが、京はついでにと自分のレベルアップした【スキル】のテストを行っている。

 その結果わかったことは、レベル八とレベル九にはやはり大きな隔たりがあり、その差はおよそ二倍から三倍。


 レベル八ですら、高速道路を走る自動車と同じくらいの速度で駆けることができたというのに、レベル九はそれを軽々と超えている。


 単純な腕力や脚力といった攻撃する力でも大きな変化があった。

 現在、ものを投げる速度は音速に迫る勢いで、拳による一撃は何度か繰り返せばビルを倒壊させる。蹴りに至っては、地面を割るほどだ。

 これは【身体強化】ただ一つだけの効力であり、他の【スキル】は用いてはいない。

 【身体強化】は汎用性の高い【スキル】であり、他の相性のいい【スキル】と組み合わせたら絶大な効果を発揮する。もし、【斬撃武器】や【打撃武器】などの【スキル】による攻撃を行ったならば。


 それはすでに人ではなく、一つの兵器であろう。


 (やはり、あの女は危険だ。同じレベル九とは言え、習熟してるかどうかで差が出てくる。俺でさえも【スキル】のレベルアップは難しいというのに、あの女はただ鍛えるだけでレベル九に達している。戦闘の勘も中々のものだろう)


 京は傷ついた子狐の元へゆっくりと、しかし以前とは段違いのスピードで向かう。

 その思考は、自分と同じ【身体強化】を持つ黒衣の女についてだ。


 (身体能力の面での隙は全くと言っていいほどない。だが――精神の面ではどうかな? あの女こんな世界で人助けをするとか、ずいぶんと人がいいみたいじゃあないか。強者の余裕というやつかね)


 だが、自分はその弱点を突くことができる。あの黒衣の女への対策はすでに済ませてある。


「そのためにも、お前がいるんだよ。なあ、『オトリ』ちゃんよぉ」


 京は子狐が吹っ飛ばされた瓦礫のもとにたどり着き、投げたナイフを回収してから、瓦礫を蹴とばして子狐を探し当てる。

 予想通り、体全体から血を流しながらも辛うじて死んではいなかった。


「よしよし。今日も楽しかったぜぇ。ほら、褒美だ」


 京は懐から緑の液体の入った瓶を取り出す。

 きゅぽんという音とともに栓を外し、中身を子狐の体に振りかけた。


 すると、子狐の不規則だった呼吸は元に戻り、うっすらと開いていた目もぱっちりと開いた。ケガが完治したのだ。

 体を染める血はそのままだが、それでもすくりと起き上がって京の足にすり寄ってきた。


「くくく。こいつは本当に馬鹿だなあ。だが、その意気やよし。お前はあのクソ女を不幸に叩き落すために存分に活用してやるからな」


 もう一つの褒美であるモンスターの心臓を取り出して、子狐に与えながらその頭を撫でる京。

 子狐はコーンと京に答えた後に、心臓をむしゃむしゃと口にし、新鮮な血でその顔を染める。


 だが、ゆっくりとしてる暇はなかった。


「……? 【探索(サーチ)】に反応がある。しかも規則的に動いている。これは人間か……? おい、オトリ。隠れるぞ。静かにしていろ」


 食べるのをやめさせ、素早くオトリを抱きかかえて、京は近くのビルを駆け上がる。物理法則に従わないような動きだが、それは今更のことで、彼の【スキル】がその動きを可能とした。

 屋上につくと、身を伏せて魔道具を使用した。

 すると、京と彼の身で覆い隠された子狐が屋上にとけこむように消えた。


 これは、京が初めて手に入れた魔道具【偽り嘲るマント】の能力の応用である。

 『情報を偽る』という能力を用いて、マントに覆い隠された自分と子狐がここにいないように見せかけている。五感の鋭いモンスターにさえ見破られたことのないものだ。


 京が隠れた数秒後、まず初めに二人の黒衣を纏った人物がやってきて辺りを警戒する。その後四人の同じく黒衣を纏った者らがやってきて、モンスターの死骸や、オトリがモンスターに飛ばされたあたりの調査を始めた。


「頭の破裂した死体……それに、この地面の凹み方。【身体強化】を使って強く踏み込んだか。やはり人がいたな」

「や、やっぱり、(やなぎ)さんってすごいですよぅ。【探索(サーチ)】でも見つからない人を見つけるなんてぇ。スキルに【直観】とかあるんじゃないですかぁ?」

「……単なるロジックにより導き出される当然の結果だ」


 柳と呼ばれた男性が京の反応を何らかの方法で探知して調べに来たようだ。

 もう一人の声は女性で、間延びしたような声で柳をほめている。


 他の者たちは一名を除き、辺りの警戒に当たっている。

 残る一名は集団の中央でじっと立っているだけだ。


「……隊長。確かにここには人の戦闘の跡が見られます。それにモンスターの死体も。しかし、人の血肉は見当たりません。つまりは、その人物は弱くはないということです。ほとんど一方的にモンスターを殺しています。であるならば、優先的に助ける必要はないかと」

「そうですよぅ。これやった人、ぜぇったい私より強いですよぅ。だから、任務に戻りましょうよぅ」


 柳と女性は集団の中央に立つ隊長に対して、ここを去ることを提案している。だが、隊長は動かない。


「……隊長? どうされましたか?」

「みな、伏せていろ」


 隊長は体を隠している外套をばっとめくる。

 その下に見えたのは、スーツを着た女性の体つき。外套を除けば、普通ともいえるその服装である。


 異常な部分は腰元に取り付けられた一本の刀。

 隊長は、柄に右手をやり、抜刀の構えをとる。

 隊員たちはその動きで察したのか、すぐにその場に伏せた。


 京は直前にこちらに視線を送ってきていた女性とその体の向きから猛烈に嫌な予感に駆られて、緊急手段を使うことに決める。


 そして、刀が抜かれ――戻された。

 一瞬の間。


 ズゾォと何かとても重いものが擦り合っている音がした。

 その音を発していたのは、京が伏せていたビルだ。ビルはガラガラと破片を出しながら、崩れていく。ちょうど、刀を持っている女性から見ると縦に真っ二つになっている光景だ。


「……気のせいか。……行くぞ」


 じっと崩れさっていくビルの方を見ていた女性だが、柳たちの提案に従ってこの場を離れていった。


 (あ、あのクソアマぁ!! 俺をビルごと真っ二つにしようとしやがったッ!! 人でなしろくでなしサイコパス!! てめぇの行いを絶対に、具体的にはあと一週間後ぉ! 後悔させてやるからなぁ!!)


 京はとっさに視界内の別のビルへ【スキル】を用いて緊急避難していた。あと、一秒でも遅ければビルごと真っ二つになっていたであろう。


 もしかすると気づかれるかもしれないので声には出さずに心の中で遠くの女性の背中に罵声を浴びせた。彼女のことを京は知っていた。あれは、自分が絶望に叩き込んだ女性を救った黒衣の女性だ。


 復讐対象が自分を直接攻撃してきて、さらに復讐心がメラメラと燃え盛る京。子狐はそんなことはつゆ知らず、「くーん」と鳴きながら、京の腹に潜り込もうとして失敗し京の服に体を擦り付けていた。

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