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被食者系主人公  作者: 遠山風車
足掻く人類
12/14

小さな獣との出会い1

 人の時代は終わり、玉座は血に染まった。

 玉座の周りにかしずく従順な家畜たちはすでに淘汰され、現れたのは人の喉笛を食い破る異形たち。彼らの力を前に元来の力では抗うこともかなわない。

 だが、可能性は与えられた。それはごく僅かかもしれないが、また、人が王冠をいただく日も来るかもしれない。

 その希望が途絶えない限り、いつまででも人は抗い続けるのだ。



 Ψ Ψ Ψ



 廃墟。

 陽の光を反射させ、人の文明の栄華を誇るかのようなビルの窓ガラスはすでにぼろぼろである。他のビルも似たようなものだ。

 数週間前までは車が行き交い、多くの人々が急ぎ足で通っていた交差点も今や誰も使うものはいない。都会とは思えないほどの静けさを保っているのが、今の街だ。


 だが、それは人が全くいないということを意味するわけではない。


「いや! 来ないで!」


 女性の悲鳴が静けさを破り、辺りに響く。

 無人だった交差点に飛び出してきたのは、体のところどころに血をにじませた女性だ。必死な形相で、恐怖を隠せてはいない。


 それを追うものがいる。


「へへっ。おい! 待てよぉ! お楽しみはこれからだぜぇ!」


 数人の男たちが女性を早歩き程度のスピードで追いかけていた。

 彼らが身にまとっているのは、皮の鎧にブーツにマント。とても現代とは思えない装束だ。

 だが、注目すべきはそこではない。脅威となるのは彼らの手にあるもの――武器だ。


「にしても、よく切れんなぁこれは! さいっこうだぜ! 軽く撫でただけで服ごと肌を切り裂くなんてなぁ!」

「ひひっ。兄貴、俺のこの、なんだ、とげとげのついた鉄のやつも中々の威力ですぜい」

「お前のは、ぐちゃぐちゃにしちまうだろうが。んなんじゃ楽しめねえだろぉ!」


 げらげら笑う彼らの手には、直剣やモーニングスターが握られている。

 話から察するに中々の切れ味で、人をたやすく引き裂くことができそうだ。


「いやぁ!! 誰か、誰か! 助けてーー!!」


 必死に走りながら助けを求める女性だが、いかんせん人がいない。

 仮に人がいたとしても、凶器を持つ彼らの前に立ちはだかり女性を守れるかどうかは厳しいと言わざるを得ない。


 傷のせいか、徐々に走るスピードが落ち、ついには追ってくる男たちよりも遅くなってしまった女性。

 彼女はアスファルトに倒れ伏し、せめて男たちは視界に入れなければと体を後ろに向ける。


 その怯えた顔を見て、男たちはよだれを垂らしこのすぐ後の欲望の時間に思いをはせる。


「ひへへっ。兄貴ぃ、前の獲物、俺あげましたよねぇ。今回はちょーっと好みなんすよ。どうか俺にくれませんかねぇ」

「んあ”あ”! なんか言ったか、コラ!」

「ひっ、すいやせん、すいやせん」


 兄貴と呼ばれた人物が直剣を男の内の一人に向けると、その男はすぐに意見をひっこめた。

 それを見て満足した兄貴は、女性の方へ悠々と歩いていき、足元に立つ。


「なあ、お姉さんよぉ。おとなしく、俺を気持ちよくしてくれるっつうんなら、助けてやってもいいぜぇ。それどころか、これからも助けてやろうじゃないか。迷宮からも食べ物取ってきてやるし、寝床もある。どうだ? ……まあ、ちょっとばかし、痛い思いはするだろうがなあ!」


 手に持つ剣を見せつけてからげらげらと腹を抱えて笑う兄貴に、女性は防衛本能が働き体を抱いてじりじりと後ろへ下がる。


「いや、いや……」

()()! ほうほう! そうかそうか、()()か! んじゃ仕方ねえなあ。せめて最後くらいは気持ちよくしてやるかぁ。俺ってやさしー!」


 ニヤニヤ笑いのまま兄貴は女性にゆっくりと歩み寄る。

 最後。その言葉からこの後の女性の結末は容易に想像できる。まず、生きて帰ることはできまい。それに加え、生き地獄を味わうことになる。


「それじゃ、まずは足からいっちゃうぜー」


 男が頭上に剣をかざし、軽い言葉を発する。少し前の日常からは想像することもできない悍ましい行為だ。

 

 女性は、数舜の後に襲い来るであろう痛みへの恐怖ともう助からないという諦観の念が交じった表情をした。


 (だが、そこで思い通りになっても面白くねえよなあ! 犯罪は取り締まらなきゃだよな、けけけ!!)


 今にも男が剣を振り下ろそうというとき、女性が追いつめられたビルの屋上から見物していた人物が動く。その姿かたちは、黒いマントとフードにより覆い隠されて伺うことができない。見えるのは精々が口元程度だ。

 その正体が高校二年生の少年であることを知るのは当の本人だけである。

 彼は今まで屋上の縁に立膝を立てて座りながらのんびりと眼下で行われる悲劇を眺めていたのだ。


 その少年は懐からちょうど野球のボールと同じ大きさの赤い色をしたボールを取り出して握り、肩を引く。

 そして、男たちのいる真下へと投げた。

 重力と少年が与えた推進力により、ボールは数瞬の後に男たちのすぐ上に到達する。男たちは気づいていない。


「ばーんってな」


 少年の発言とともに、ボールは破裂。中に入っていた()()が辺りに飛散する。


「おわ! くそっ。なんだ一体!?」

「兄貴ぃ! コレ血ですぜ、血!」

「血だとぉ?」


 中に入っていたのは血液だった。飛び散った血液は、兄貴たちと女性にびっしょりと降りかかり、あたりは鉄臭く、地面は大きなトマトがつぶれた後みたいにビシャっと赤く染まった。


「誰だ! なめた真似しやがって、ぶっ殺してやるッ!」


 剣を振り回しながら辺りを探す兄貴だが、当然見つかるはずもない。原因はビルの屋上にいるのだから。


 (さあてと、あと五秒、四、三、二、一、っと)


 少年がにやりと笑う。


「ゼロ」


 地上にいる男たちの内、一人が異変を察した。


「あ、兄貴。や、やべえよ。兄貴ぃ!」

「いつも言ってるだろ! やばいなら、何がやばいかはっきり言えってんだ!」

「俺の【スキル】で調べてみたら……あ、辺り一体にモンスターがぁ!!」


 兄貴に報告した男は腰から剣を抜いて構えているが、その腕と足はプルプルと震えている。今までこのような危機に遭遇したことがないのだろう。余りにも弱弱しい。


「モンスターだとぉ? くそ! 血といい、モンスターといい、なんて日だ、クソがぁ!!」


 兄貴は地面を蹴り付け、己の不運を呪う。

 その行動をする暇があれば逃げたほうがよいのだが、感情というものはよほど厄介なものだ。


 (クククッ。さあ、どうするどうするぅ?)


 男たちからニヤニヤ笑いを引き継いだ少年は、男たちの変わりようを見て楽しんでいる。

 これからどんな行動をとる? 迎撃か、逃走か。どちらにしても、無駄に足掻いて苦しみ、絶望して死んでほしいものだ。


 下種な行動をとる間には統制が取れていた男たちも命の危険が迫るとバラバラとなった。それをまとめて、迎撃の態勢をとらせた兄貴は人格面に問題はあるが人を扱う才能があるのかもしれない。


「お前ら! 逃げたやつは殺す! 逃げなかった奴は後で楽しませてやるッ! 飛び掛かってくる雑魚どもは皆殺しだぁーッ!!」

「「「うっす!」」」


 男たちが迎撃態勢を取っているとき、幸運にも女性からマークが外れた。彼女は状況の変化を理解していないが、どちらにしろ逃げなければ男たちに殺されてしまうと考え、ビルを背にして気づかれないように男たちから離れていった。


 (まあ、俺は気づいてるけどね。()()逃がしてやるよ)


 今は男たちの奮闘を観覧するとしようと少年は決める。


「グルォアアアアアアァァァ!!」


 ついに男たちの前に数百体はいるかと思われるモンスターたちが姿を現す。地面を掘って現れたものや遠くから走ってきたものがよだれを垂らして、男たちをエサにしようと我先にと向かってくる。


「怯むな! 突撃!!」


 先の下種な行動をなしにすれば、まさにおとぎ話の戦士とも言えそうな光景だ。

 まあ、少年にとってはこの後どのように無残に死んでくれるかが楽しみなのでどうでもいいことである。


 下劣な人格に似つかわしくない美しい剣閃を披露しモンスターを殺していく男たち。大半が一撃で沈んでいることから、武器の威力もさることながら男たちの腕も確かであることがわかる。


 ボールにより撒き散らされた血がモンスターの血で塗り替えられ、このままいけば助かると男たちが希望を持った時、均衡が崩れた。


「ぎゃあああああああ!! 兄貴ぃぃぃぃ!! 助け、――」


 男たちの内の一人、モーニングスターを持っていた男がモンスターに喉笛を食いちぎられた。

 彼はこのチームでも上の地位だったらしく、兄貴以外の男に動揺が走る。

 そして、その躊躇をモンスターたちは待ってくれない。


「ぎ、ぐげ――」

「い、いてぇぇぇぇ!! いてえええよ――」

「うぎゃあああああ!!」


 次々とモンスターのエサになっていく男たち。兄貴は自分の目の前のモンスターを屠るのに精一杯で誰が死んだかもわからない。


「くそッ! クソ糞糞糞糞くそがああああああ!!!」


 がむしゃらに剣を振り回し、体を余すことなくすべて使い、全力でモンスターを殺す。この死線を乗り越えることができたなら、一端の剣士として名を挙げることもできるだろう。


「くそ、が――があああぁぁぁぁぁ!!!」


 腕の疲れで、少しだけ体の緊張が解けた――それは一瞬だったはずだが数十体もいればそのうちの一体程度はとらえることができる。

 その隙をものにしたモンスターは兄貴の腕を剣ごともぎ取り、地面に放り出した。

 腕を食い取られた兄貴は残ったほうの腕で傷口を抑えようとするが、千切り取られた跡に触れるだけでも鋭い激痛が走る。


 そして、辺りには兄貴ただ一人。あとはモンスターの群れ。

 自分たちにとっての脅威がなくなったのを見て、動きが緩くなったモンスターたち。あとは食い殺すだけだった。


「これで終わ――」


 りかよ、と続けることもできずに兄貴はモンスターに群がられてその生を終える。

 ぐちゃぐちゃ、ばきばきとモンスターらが咀嚼する音とエサを取り合う喧嘩の唸り声のみが後に残った。


 それを見届けた少年はそのざまを哄笑した。


「くひゃ――くひゃひゃひゃひゃ!! おいおい! ざまあねえなあ! 女犯そうとして、自分が食い殺されるとはなあ! お前の人生ってホントクソだなァ!! くししし!」


 腹を抱えてしばらくげらげらと笑い転げていたが、少年は女性のことを思い出し笑いを止めた。


「そうだ、そうだった。あいつも絶望に叩き落としてやんなきゃだよなあ。いや、もう死んでるかぁ? ま、どっちでもいいがな」


 るんるん、と口で言いながらスキップでビルの屋上から去っていく少年。

 屋上の端っこにつくと、そこから軽々とジャンプし隣のビルへと移る。優に十メートルはあるが、それでも余裕のありさまだ。


 どこだぁ、どこだぁと辺りに視線をやる。普通の人間がそんなことをしたところで見つかるはずがないのだが、今を生きる人間たちにはある可能性が与えられている。


 それは――【スキル】だ。


 (【探索(サーチ)】っと。お、生きてるわ。でも、死にかけか(笑))


 少年が発見した女性は、男たちに追いつめられていた時よりケガを増やしていた。それは後を追うモンスターたちにやられたものだろう。

 ビルとビルの間の細い道を今も必死に逃げているが、追いつかれるのも時間の問題だった。


「死んじゃう死んじゃうよぉ。急げ急げ~!」


 特等席で見なければと使命感を働かせ、体のギアを一段上げる少年。調子に乗って繰り出していたスキップがランニングフォームに変わる。

 それでもジョギングをするような感じではあるが、スピードは大幅に上がっており、マントがバサバサとはためくがフードは外れない。この調子であれば、数百メートル先の女性の場所に十秒もあればたどり着く。


「ちょ、ちょい待ってよ~。そこ! 足を食いちぎるのはちょい待て! あと数秒でたどり着くから!」


 女性が足をもつれさせて転んだところに、モンスターが飛び掛かるのを少年は見た。鉄でも食い破れそうな鋭い牙が女性の足に食らいつく。


 ああ、残念。


 少年は女性の悲鳴を聞き届けることができないのに少しがっかりした。まあ、見れるからいっかと割り切ることもできたが。


 だが、その期待は裏切られることになった。


 少年は女性の足が千切り取られる瞬間を見逃さまいと目を皿のようにして凝視していた。だから見逃さなかった。

 女性の目の前に黒い装束を着た人物が現れたことを。その人物が女性の足に食らいつこうとしたモンスターを蹴とばしたことを。


 少年は起きてしまったことに愕然としながらも足は止めず、女性の真上に到着した。そこまで来ると、少年の耳に声が届いた。


「……ここから逃げるぞ。あとその服はおいていけ」

「あ、あの。助けてくれたのは、本当に感謝していますが、服を脱げというのは――」

「くどい」


 黒衣の人物が目にも見えない速度で腕を振るうと、衣服がパラパラと地面に落ち女性はあっという間に下着姿になった。

 そこに黒衣の人物が懐から取り出した杖が振りかざされると、女性の頭上に水の塊が現れ女性に降りかかる。それにより、髪に付着していた血液や汚れが流れ落ちた。代わりに女性はびしょびしょであるが。


「さあ、逃げるぞ」


 黒衣の人物は女性をわきに抱えると、今の少年がぎりぎり目にすることができるスピードでこの場を去っていった。


「……チッ。あああああああ、くそうが!! 助けんなよ、面白くねえだろうがあああああ! どうせならお前も死んどけよ!! 希望が現れたことで絶望も倍増だったのによぉぉぉぉおお!!」


 彼らが去っていったことで存分に不満の叫びをあげる少年。彼は目の前のおやつが取り上げられた子供のような気分だった。

 ほーら、食べる? 食べる? あげなーい、という感じだ。


 しばらく叫んで不満を発散した後、肩を上下させながら少年は息を整えていく。


「チッ、チッ、チィッ。やっと収まってきた……全く興ざめにもほどがある。にしても、あの女厄介だな」


 先ほどの黒衣の人物――少年は()()であることを見抜いていた。遠目で、しかも体のラインを隠すような服装をしていた彼女の性別を普通の人間は見抜けないだろう。だから、それは当然【スキル】のおかげだ。

 先ほどの黒衣の人物に対して、少年は一瞬であるが無意識のうちに【スキル】を使用していた。そして、その一瞬があればその場でしか確かめることができない情報も少年なら参照できる。


「【知識貯蔵庫(ライブラリー)】」


 その発言とともに少年の脳内に情報が与えられる。


 ++++

 名前:不明

 スキル:

 身体強化9

 斬撃武器(刀)8

 ????(種)

 ++++


 その情報を文字に表すとこのようになる。


(スキルレベルが九だと? 俺のスキル以外で初めて見た……身体強化なら俺も持っているが、レベル八だ。それでも動きが全く見えなかったことを考えると、レベル八と九の間には途方もない差があるな)


 黒衣の人物の予想外の厄介さに少年のイライラが募る。


 彼にとって、他人を不幸に叩き落すことはすでにルーチンワークと化している。つい最近始めたばかりではあるが、これが癖になっていた。

 日々の安らぎの源を乱す存在、これをいいと思う人間などいないだろう。


(ああ、腹が立つ。だが、他のレベル九、特に俺も持っている身体強化のレベル九が確認できたのは収穫だ。それで……それで我慢、我慢……)


 足裏でビル屋上のコンクリートをぐりぐりとして、苛立ちを抑える。少年にとって、日常が崩壊する前まではこの程度の苛立ちは日常茶飯事であったが、最近タガが外れ気味で抑えることが難しくなっている。

 それを自覚した少年は深呼吸して、タガを元に戻す。

 感情を出すのは、不幸を見たときだけでいい。でなければ、またいつ()()()()やもしれない。


「……とにかくスキル回収か。はあ、うまいからいいんだが、いつまずい肉が出てくるともわからんからな。チッ、もっと考えてスキル作れや。神何某は」


 少年は、先ほどの男たちが戦っていたポイントへとビル伝いに戻っていく。そのスピードは先ほどのお遊びではなく、本気のスピードだ。

 女性を追いかけていた時の半分の時間で元の地点に戻ってきた少年は、男たちの死体をむさぼっている数十体のモンスターを確認する。


「ああ、めんどくせー。もう少し頑張ってから死ねっつうんだよ。じゃなきゃ俺が苦労するだろ~」


 はあ、とため息を一つついてから、ビルの端から身を乗り出し、自由落下。


 自殺。そうとしか思えない光景だが、少年に動揺はない。ただめんどくさそうにため息をつくだけだ。


 地面にぶつかり肉塊をさらすかと思われた寸前、風が吹く。

 その風に乗った彼はふわりと宙で一回転して音もなく着地した。


「はあああ~。きったねえ。何で俺がこんな肥溜めのような場所でゴミあさりしなきゃなんねーの。しかも……おええぇぇぇ。くそっ、こんな【スキル】をよこしやがった神はいつか地獄見せる」


 地面に立ったまま辺りを見渡して、死体を観察する。しばらくそうした後、少年は目星をつけた最も近くの死体に近づき、その死体をあさりだした。

 ぐちゅぐちゅと肉の塊をあさる姿は、慣れないものが見ると吐き気を催す。やってる本人はそれ以上だろう。だが、うげえええと嫌そうな顔をするだけで済んでいる。慣れているのだろう。


 果たして、そのようなことをのんびりとやっていると周りのモンスターどもに襲われそうなものだが、なぜか少年が襲われることはない。


 それも当然だ――彼らはすでに死んでいた。

 すっぱりと例外なく頭と胴体を切り離されて。


 死体をあさった少年はその中からある臓器を取り出す――心臓だ。

 少年は取り出した心臓を口元に持っていく。ポタリポタリと落ちる血しずくが少年の口元から顎へと垂れる。

 そしてそのまま、ぶちゅり、と音を立てながら心臓にかみついて食いちぎった。ぐちゅぐちゅと咀嚼し、ごくりと飲み込む。


 マントとフードが口元以外を隠しているため、グロテスクさの中にどこか美しい妖しさを感じる光景だ。誰かがこの光景を見ていたとしたら、まるで何かの儀式のような、そのような感慨を持つだろう。


 少年が次々と心臓にかみつき咀嚼していったため、心臓はすぐになくなってしまった。


「っかぁッ! うめえなあ! いちいち取り出すのは面倒だが、食うだけなら毎日でもいいな、こりゃ」


 そのうまさに唸り、少年は肉の味をほめた。少年が何かをほめることなどめったにないことなので、よほど美味しいのだろう。


「んお? ……っしゃあ! ラッキー! 今回でレベルアップか。おいおい、これであのお邪魔虫もぶち殺せるってもんよ!」


 頭に入ってきた情報に思わずガッツポーズをとる少年。


 ++++

 スキルがレベルアップしました。

 身体強化8 → 身体強化9

 ++++


 身体強化のスキルがレベルアップしたのだ。これで、先ほどの黒い装束の女性と並ぶことになった。それに加え、少年には数々のスキルがある。

 まず、正面から戦っても負けはないだろう。


 あの女が活躍している間、良い子にプレゼントを渡す白いひげのおじさんが如く、不幸のプレゼントをすることは控えるしかないと思っていたので、少年にとっての朗報だ。


(この調子で他もレベルアップしてくれ。頼むぜぇ、くひゃひゃひゃ)


 下品な笑いは内心だけのつもりだったが、現実にも少しだけ漏れ、唯一見える口元が笑みの形に崩れかけている。

 少年は、忍び笑いを漏らしながらも死体をあさり、心臓を取り出し懐に収めていく。どういう原理か、いくら心臓を懐に入れても少年のシルエットに変化はない。


 そして、目星をつけた最後の一体。それを物色しようとしたところで少年はあるものに気付いた。


「なんだこいつ? モンスターか? 確かに殺したはずなんだが……」


 死体の影に隠れるようにして身を震わせていたのは、銀色の狐のような生き物だ。

 その狐の毛並みは陽の光を反射させ、キラキラと輝きを放つほどに整っており、見る者に美しいという気持ちを抱かせる。成獣になれば、鋭さを帯びる瞳もまだ幼くつぶらともいえるようなものだ。

 女性が見たら「きゃー!」と叫んでスマートフォンで連写するであろうかわいさを持った子狐だった。


 その子狐は、少年の方を見てガタガタと身を揺らしている。自分よりはるかに大きい生き物が恐ろしいのだろうか。いや、そんな可愛らしい生き物など数週間前からこの世から駆逐されただろう。他でもない、この生き物と類似する存在によって。


「まあ、いいか。とりあえず殺すか」


 軽い気持ちでそう言い放ち、マントに隠れた腕を持ち上げる少年。

 子狐は、殺さないで、と懇願するように地面にうずくまった。


「……知能があるのか。珍しい……ふむ。もしかすると、面白いことができるかも……?」


 ただのモンスターなら襲い掛かってくるか、しっぽを巻いて逃げるだけだろう。だが子狐はそうしなかった。


 少年は殺すことをひとまずやめ、思い付きが実現できるか思考を深めていく。

 子狐は本能でそれを察したのか、うずくまっていた状態から顔を上げ、少年の方を見る。

 ゆっくりと立ち上がり、少年の足元にすり寄って、自分の無害さを示す子狐。


 それを見て、少年はひらめいたアイデアの実現性の高まりを感じ、子狐を助けることに決めた。


「……よし。おーけー。お前さんの賢さに負けたよ。お前を助けよう。だが、これは絶対だ。これから、俺の言うことは()()()()()。一つでも無視しやがったら殺す」


 少年は子狐と目を合わせるようにして地面にしゃがみ、言い聞かせるようにそう話しかける。

 子狐は理解したとでもいうように、頭を上下に振る。


 少年は満足げにうなずいて、にやりと笑う。


「よし。今日からお前の名前は『オトリ』だ。おい、オトリ! 返事は!?」


 コーン、と鳴き声が返る。


「よしよし! お前のご主人様、つまり俺は(きょう)だ。俺の命令は絶対だぞ。わかったな?」


 コーン、と再度返事。


「なら、これを食え。前金だ! ……お前の命のな。くくくく」


 子狐の前にモンスターの心臓が放り出される。

 口と顎の銀毛を血で汚しながら、子狐は一生懸命にはぐはぐと心臓を口にする。


 その姿を眺めながら、自分の邪魔をしてくれたどこかの誰かさんを陥れるための作戦を計画し、笑みを浮かべ続けるのは、数週間前まで一般的な高校生でしかなかった京である。


 彼は現在、まぎれもない強者として、この崩壊した世界に立っていた。

第二章『足掻く人類』編開幕です!

これから変貌した世界のありさまが明らかになっていくと思いますので、気になられていた方はどうぞお楽しみください。

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