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被食者系主人公  作者: 遠山風車
世界変貌
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猫かぶり系主人公の日常1

修正報告

・母の年齢について、三十代から四十代へ変更

・母の主婦歴を半年から一年に変更(猫かぶり系主人公の日常4では二年としており、設定に矛盾が生じていたので統一)

 主婦歴半年料理才能無独学 → 主婦歴一年料理才能無独学

 少年が走っている。

 力強く地面を蹴って必死に。

 目からこぼれた涙は一瞬の後に後方へ、垂れた鼻水は背中にかかり、口から出たよだれは頬全体にまで広がっていた。


「いやだー! いやだー! まだ、死にたくない、()にたくないよぉ”ー!!」


 惨めに泣き叫ぶその姿を見る人は誰もいない。


 しかし、見る――いや、狙うものはいた。

 彼のすぐ後ろにまで迫ってきている異形の体をした者たちだ。

「落とし物ですよ」とにこやかに肩をたたいて渡してくれる、といった平和な目的のために追ってきているということは当然なく、彼らの目的は容易に想像がつく。


 人の首をなでるだけで血を噴出させそうな爪と、獅子もかくやと言わんばかりに鋭い牙に、筋骨隆々とした肉体。彼らがよだれをまき散らしながら、目を血走らせ四足歩行で追ってくるのだ。

 一般的な人間並みの肉体しか持っていない少年が五体満足で帰れる可能性はすでに尽きている。幼児でもわかる絶望的な場面であった。

 しかし、少年は火事場の馬鹿力なのか、今の今まで奇跡的に追いつかれることなく逃げ続けることができていた。


 (お願いします。お願いします、神様。周りのやつらすべてがどうなってもいいので、俺の命だけは、どうかお助け下さい。いや、助けろよぉ! おい、神ぃ! お前は人ひとり救えない無能なのか!? 聞いてんのか!? どうか助けろくださいぃぃ!!)


「ひゃっ! かすった! 今かすったぜぇぇぇぇ!!???」


 彼の後ろの化け物のうち、一体が跳躍し迫ってきたが、曲がり角を活かして何とか躱した。しかし、すべては躱しきれず着ていたパーカーの背中の部分が化け物の爪によりビリビリに破けた。幸いだったのは、爪に引っかかったまま態勢を崩さなかったことだろう。


 (どうして、どうして俺がこんな目に遭うんだよぉ……全部あいつらのせいだ。あいつらさえいなければ、俺は今頃こんなところからはおさらばして、愉快な景色を高みの見物できったってのによぉ! クソが! あいつら、人を不幸に陥れるなんて最低だ、死んで詫びやれ! ドぐされメス豚どもめ!!)


 心の中である者たちへの罵倒を行いつつ、逃げ続ける少年。しかし、それもついに終わりがくる。


「はあ、はあ! ……部屋だ!!」


 洞窟としか思えない通路を右へ曲がり左へ曲がり、逃げ続けている先に現れたのは木でできたドア。

 どう見ても怪しいそれは、少年にしてみれば地獄にたらされた一本の糸、おぼれている最中に流れてきた藁だ。


 そのドアに向かうにつれて、なぜか追跡をやめる異形たちのこともあり、一刻も早くそのドアの向こうへ駆け込む少年。

 ドアをあけ放ち、中に入りすぐに閉める。

 ドアに耳をつけて、カウントを行う。


(……七、八、九、十)


 十秒数えて何もなかったので安心したのか、少年はその場にへたり込んだ。


「ははっ。やった……やったぜぇ! 助かった、俺は助かったんだ! やはり、神は俺を見放してはいなかった! くはは、くーっはっはっはっは――」


 『ビーッ、ビーッ、ビーッ。モンスターボックス起動。……部屋に出現したモンスター全てを討伐してください』


「――は?」


 少年が呆けたその瞬間、少年の足元が黒く歪む。

 そして地面からぬっと異形が現れた。


「Grrrrrrrr……」

「ゲげ、げげげげげぇ……」

「シーッシーッ……」


「いやだ……いやだー!! 死にたくない、死にたくない!! 誰か、誰でもいい! 俺を助けろー!!」


 閉まり切ってびくともしない、木でできている()()()()()()()()ドアをバンバンとたたきつけ、蹴り付ける少年だが、ドアは無情にも音を反響させるだけだった。


「なんで、なんで俺がこんな目に……」


 少年はどうしようもない現実を前に、弱音を漏らす。

 彼の命が奪われるまで、あと三秒――。



 Ψ Ψ Ψ



 少年――美川京(みかわきょう)の朝は早い。

 起床時間は、午前五時ジャスト。彼の日課の内に朝のランニングが含まれているためだ。

 現在の時刻は、午前四時五十六秒、五十七、五十八、五十九――。


「p……」


 碌に音も出さずに目覚まし時計は止められた。

 そう、彼は目覚まし時計が鳴る一秒前に起床し、なった瞬間に止めた――ということはなく、ただ三十分ほど前に起床してしまい、体のだるさのままに横になっていただけだった。


「はあ、また今日が始まるのか……つらい」


 むくりと起き上がる京、その相貌は整っているといえるものだったが、うつろな目と苛立たし気に歪められた口が台無しにしていた。


「だるい、だるい、だるい……」


 だるい、と鳴きながら、ランニング用の服装にもそもそと着替え始める。

 引き締まった体を維持するには適度な運動が必須なのである。


 着替え終わると、そのまま部屋のドアを開け、外に出る。

 はあ、と相も変わらずだるさが残っているようだが、目線を自分の部屋の斜め前にあるドアの方にやると、彼は急にやる気を出し「今日も一日頑張るか!」と笑顔で家の外に向かった。



「ただいま」


 ランニング後、自宅に帰ってきた京は汗を流すために風呂に入ることにする。


「あら、お帰りなさい。朝早くからお疲れ様」

「ううん。もう日課だし。余裕、余裕!」

「ふふふ。元気なのはいいことだわ。ご飯できてるから、早く汗を流してきなさい」

「わかったよ、母さん」(言われなくてもそうするわ、BBAが)


 四十代ながらも近所の奥さん方に若さを羨まれる京の母は、彼に風呂を勧めた後に、エプロンを揺らしながらリビングへと戻っていった。

 京は、小学生が宿題をやろうとしていたその時に母に催促されたような気持ちになった。つまり、かなりイラっとした。



 風呂場、シャワーで汗を流しながら京は思う。


(あのBBA……いつまで"いいお母さん"アピールし続けるつもりだよ。やるなら最初からやれっつーの。だが、もう遅ぇ。むしろやられると鳥肌が立つ……!)


 ぞわぞわっと肌をなめる感覚に、京は気分が悪くなる。


(だが、まあ。あのBBAとパパ(笑)のおかげで今があるんだからな。感謝しなきゃな、感謝)


 しかし同時にあることを思い出し、くくくっ、と一人で忍び笑いを見せる。その姿を見たら、彼の母もきっと、お帰りなさいなどと言うことはなくなるに違いない。

 京もそれはわかっていたが、実行はしなかった。今の時代、何があるかわからない。猫をかぶっていた方が何かと得なのだ。


(ああ、お兄様ぁ。あなたに会うのが待ち遠しいですぅ。早く夜になれ~)


 そう願いながら、京はシャワーを終え、風呂場から出ていった。



 父の秀一(しゅういち)、母の成美(なるみ)、そして京自身がそろった食卓の上には、少し焦げた卵焼きに、具材がドロドロの味噌汁、少し硬めのご飯が上がっている。

 それを美味しそうに食べているのは京の父だ。


「うまい! うまいよママ!」

「ええ~。そうかしら? 焦げてるし、煮過ぎたし、お水少なすぎたし……上手にできてるとは言えないわ」

「いや、半年前に比べたら非常に上達しているとも! あの時は、洗剤風味のサラダなんてものが出てくるもんだからびっくりしたな~」


 京が父の方に目をやると、懐かしむような顔で苦笑していた。

 実際に洗剤風味のサラダなどというものが普通に出てきていたあの時期は本当にやばかったのだ。やばいとしか言えないくらい、やばかった。父は好かないが、京もその意見には同意していた。

 京は、ある理由から母の料理を止めることはあまりないがその時は本当に止めようかと考えたくらいである。


「そうだよ、母さん。あの時に比べたら全然、高級料理並みだよ。相対評価だけど」(あんなもん二度と出すなよBBA)


 余りほめているとは思えない二人の言葉に、成美は調子をよくしたらしく「実はね……」と微笑みながら冷蔵庫から何かを持ってきた。


「これ、な~んだ?」

「ママ……何だい、それは?」


 透明なタッパーの中身はとてもカラフルだった。何というか、そう。虹、とでも言えばいいのだろうか。

 京と彼の父は戦慄した。どうやったらこんなものが出来上がるのかと。どうか、食べ物ではなく他の何かであってくれと。


「じゃじゃ~ん。正解は、お漬物、でした~」


 母のコミカルな返事に、京は


(じゃじゃ~ん♪ じゃねえよ! どんな神経してんだ! よしんば、この色が着色料由来だとしても食えるか!)


 と心の中で悪態をついた。


「それで……何が入ってるのかな?」


 京の父が恐る恐る問う。


「え~と……いろいろ、ね」


(入れた物忘れやがったな、このBBA!)


 この後、主婦歴一年料理才能無独学の恐ろしさを知ることとなる京と秀一であった。



「ごち、そう、さま、でし、た」

(くそっ。まずい、まずい、まずい! 口の中が甘ったるい! 何で食ってしまったんだ俺は!!)


 こんなクソまずいもの食えるか、そう言えたらどれほど楽だったことか。しかし、それは彼の猫かぶりのキャラ的には言えないことだ。仕方がないので、気持ちを無に近づけて真顔で完食した。

 京の父の方は、一口食べた後に「仕事があるから」とそそくさと食卓を後にし、出かけて行ってしまった。


(嫁の料理も食えないような軟弱ものが! 保険金どっさりかけた後に事故死に見せかけた自殺しろ!)


 気分が悪く、食卓から立つ気にもならない。なので、京はテレビをつけてニュースを見ることにした。


『――こちらがその現場となります。見てください。まだ血痕の跡が見られます。一体どのような凶行がここで行われたのでしょうか』


 テレビでは、生中継が放送されており、リポーターが地面に座り込んで血痕の部分を示しながら解説をしている。


(へえ、誰か死んだのか。おいおい、どこの誰だよその不幸者は♪ どうせなら老人じゃなく前途洋々の若者だと面白いんだがな)


 テーブルに倒れ込んでいた京は息を吹き返し、内心ではわくわく、外からは真剣な表情でニュースに集中する。

 しばらく見ていると、被害者の情報も表示され、事故現場近辺に住む六十代男性ということが分かった。

 それが分かったとたん京は心の中で舌打ちをした。


 気分の悪さも落ち着き、テレビを見る気も失せたので高校に行くために自分の部屋に戻ってカバンを取りに行く。


『――近頃問題となっている暴徒化事件ですが、なぜこのような事件が多発しているのか、専門家の――』


 ぱぱっと用意をすませ、後は出発するだけになった京は、いつものようにリビングにいる母に一声かけてから外に出ることにする。


「母さん、学校行ってくるからー!」

「はーい! いってらっしゃーい!」


『――だから私は思うんですよ! 隔離病棟に入ってる彼らは潜在的な暴徒であり、我々を危険に――』

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