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甲斐天瀬。
その人がどれだけ非情か。
わずか一週間でそれが学校全体に伝わった。
告白。
プレゼント。
誘い。
全てを拒絶する甲斐天瀬は相手を完全に蔑み、睨みつけ、そして通告するのだ。
『だからどうした』
『近づくな』
『気色悪い』
そう言って拒絶、というよりも相手にしていないのだ。声をかける、ということも滅多にしないのだ。
「都。悪いことは言わないから、あんた、甲斐天瀬はやめときなさい」
「なんで?」
「『なんで?』?! あんた、人間扱いされてないのよ!? せめて人間扱いされる人間を選びなさい!」
「…………? 甲斐君、人間扱いしてくれるよ?」
「嘘つきなさい!」
「本当だよ。だって私のこと『イインチョ』て呼ぶもん」
『イインチョ』って人間でしょ? と首を傾げながら問い掛けた都に、友人である小藪は絶句する。
「それは人間じゃなくて、役職よ!」
「でも、人でしょ?」
「単純に委員長ぐらいは付き合っておかないと学校生活に支障があると思ったんでしょ」
完全にあんたじゃなくて、委員長っていうのを見てないじゃない、と言った小藪に都は笑う。
「違うよ。だって、甲斐君は別に委員長と付き合うことに必要性を感じてないもん。だから特別なんだよ」
ふふ、と笑う都の言葉に小藪は絶句する。
てっきり都は他の女子高生と同じようにただ甲斐天瀬を容姿を見て騒いでいるとばっかり思っていた。が、都は違う。甲斐天瀬がどういう人間なのか理解しようとしている。
「…あんた、意外と人間見てんのね」
「?」
何が? と首を傾げる都に小藪は苦笑いを返す。
恋する少女。
彼女を嘗めることなかれ。
都は委員長。
本当は成績順でなるはずだったのだがトップの甲斐天瀬が拒否した為、一番ずつずれて都がクラス委員となった。
「ねぇ、都。一つ聞いてもいい?」
「ん?」
「甲斐天瀬の、どこがいいの?」
「どこ? んーとりあえず、容姿」
容姿端麗。
紅い髪、紅い目ではあるが、甲斐天瀬は万人が認める美形だ。
す、と通った鼻筋やモデル顔負けのスタイルのよさは百メートル離れていても美形とわかる。
故に入試式の際、壇上からかなり離れてはいたものの、都は甲斐天瀬に一目惚れしたのだ。
「けど、あんた…あの性格よ?」
「いいじゃない。クールで」
「あれはクールじゃなくて冷酷っていうのよ…」
靡いてくる人間を容赦なく蹴倒し、媚びてくる人間を容赦なく張り出す。
そんな空気をまとっている甲斐天瀬をクールの一言で表せないだろうと都に言えば、都はケラケラと笑った。
「でも、甲斐君優しいよ。きっと」
「誰に?」
「んー、家族、とか?」
「知らないのに言うのはやめなさい」
一瞬信じかけるから、と諌める小藪に都は笑う。都にとって別に甲斐天瀬が人を寄せ付けない、孤高の空気をまとっていても問題ない。
何故ならば都はクラス委員だから。
必要があれば甲斐天瀬に話し掛けるし、それにあわせて甲斐天瀬も必要があれば返してくる。
だから、多分。世間話、とまではいかないが甲斐天瀬に罵声ではない言葉をかけられたのは、校内広しといえど都くらいではなかろうか、と自負している。
ちなみに甲斐天瀬は教師に対しても拒絶し、話し掛けようものならば相手が体罰を禁止されていることをいいことに、容赦なく暴力…というよりも脅迫を行うのだ。
「下手なヤクザよりもヤクザみたい…」
「えー?」
小藪の言葉に反論という意味で声を上げる都。その都の反応にあんたも好きねぇ、とため息交じりに返したその時だった。
小藪が止まる。
そう、言葉通り、ぴし、という擬音のように固まったのだ。
「小藪…?」
おかしな反応に都が怪訝そうに声をかければ、不意に後ろから声をかけられた。
「イインチョ」
と。
「ありゃ、甲斐君。どしたの?」
都の後ろに立っていたのは今まで話題に上がっていたうえに、かなりけなしもしていた甲斐天瀬本人で。
そんな気まずいを通り越して死刑宣告を受けたように顔色が真っ青になった小藪とは対称的に都は笑いながら甲斐天瀬に話しかけた。
「ノート」
「ああ、化学の? ありがとう」
す、と差し出されたノートを受け取れば、甲斐天瀬は深いため息をついて。
「甲斐君、ため息つくと幸せ逃げてくよ?」
ため息をついた甲斐天瀬に都が真剣に言えば再び甲斐天瀬はため息をつき。
そして。
「………」
ジロリと小藪を一睨みし、そして背中を向けた。
「カッコイー」
「あんた…」
立ち去る甲斐天瀬を都はうっとりと見つめる。そんな都に小藪はようやく声を発したがその声は恐怖からか掠れていて。
「どしたの、小藪。声掠れてるよ?」
「あの眼光に睨み付けられてけろりとしてるあんたのほうが異常よっ」
私はいたって普通だ、と喚く小藪だが都はそんな小藪にまるでとどめを刺すように言った。
「なら悪口言わなきゃいいじゃん」
「…あんたね…」
本人がやってくるとは露ほど思っていなかったのだから仕方ないだろうと小藪は反論しようと思ったが、やめた。都はクラス委員だ。しかも唯一甲斐天瀬が役職名とはいえ『イインチョ』と呼ぶ人間だ。
その都のところに甲斐天瀬が絶対に来ない、という保証などどこにもない。
「…あんたはすごい」
「?」
何が、と問えど小藪からは詳細は返って来ない。
諦め、都はふと先程受け取ったノートを見てあることに気付いた。
ノートの表紙にはもちろん甲斐天瀬の名前が書かれているのは当たり前なのだが、その名前の近くに何か書いて消した跡がある。
何だろうとじっと見つめてうっすらと見出だしたのは二文字。
『テン』
誰かが書いて誰かが消した跡なのだろうが、その文字の意味することは都にはわからなかった。




