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これも嫌がらせ?

ブクマ、評価ありがとうございます。 感想も沢山、ありがとうございます!


 ぱらりと紙をめくる。


 窓から入る光はとても明るく、暖かい。空は青いし、空気も爽やかだ。


 王妃の間は自分の選んだ調度品を置いているため、とても居心地がよくなっている。長椅子は自国から選んで持ってきただけあってとても座り心地がいい。柔らかすぎず固すぎず、手織りのカバーの柄もとても気に入っている。

 テーブルにはお気に入りのお茶が淹れられているが、まだ口を付けていなかった。


 手にした書類をさらにめくる。ゆっくりとじっくりと、読みこんでいく。


 トルデス国へ来て3日目だ。何だか毎日が濃すぎて何カ月もいるように感じるが、実質まだ2日しか経っていない。その間に会った人々との非常に濃い出来事に時間の感覚がおかしくなっている。ずっとこの国にいるような感覚なのだ。


 この国の一部になっているのではないかという、あり得ないほどの馴染み具合。

 緊張感も期待感も疎外感もない。2日で馴染んでしまった自分がおかしいと思うが、ここで他国だからと遠慮なんてしていたらあっという間に利用されてしまうだろう。


 ナイジェルはテーブルを挟んで対座しており、ゆったりとお茶を楽しんでいた。彼はすでに書類を見てしまっているので、後はわたしの判断待ちだ。


 こうしてお茶を飲む姿を見れば余裕そうだが、よく見ればうっすらとクマができているし、肌だってちょっと疲れ気味だ。妙齢の女性に騒がれている美貌にくすみが出ていた。わたしとは違い、裏で難しい調整しているのだろうから仕方がないかもしれない。


 一つ目の書類に目を通し、次の書類を読む。隅から隅まで、思い違いがないように何度も目を通す。


「これ、どうしろと?」

「計画書を出したのだから、通せということだと思う」


 書類をテーブルの上に置いた。ナイジェルが朝から持ち込んだ書類は2つ。朝の支度が終わり、朝食代わりの果物を少し食べて(くつろ)いでいるところにナイジェルが持ってきたのだ。


 朝からこれがあるということは、昨日の夜のうちには届けられていたのかもしれない。

 嫌な感じを放つ書類に顔を顰めたが、見ないわけにはいかなかった。ただでさえ、昨夜のこともあり気分のいい朝とは言い難いのに、朝からこの書類に対応するのかと思うとどこかに逃亡したくなる。


『トルデス国がサルディル国と遜色のない国力があると知らしめるため、ドレスの仕立て代を要求する。予算は王女のドレスと同じだけ要求』


『婚儀の祝福を民に分け与える一環として、一週間ほど炊き出しを実施。炊き出しの規模は通常の5倍に拡大する。そのための予算を要求』


 まとめてしまえば、こんな内容だ。計画書という様式に沿っているため、もちろん現状分析もついている。


「面白いよな。殿下のドレスを身につけるだけで、3割増しの魅力の増加が見込めるそうだ」

「……」

「しかも、ドレスの効果がなければ殿下の魅力はほとんど0に近づくらしい」


 誰だ、こんな分析した奴は。


 思わず計画書を破り捨ててしまいそうになる。


「ブリアナ殿の計画書は演説に近いな。この炊き出しを行わない場合は、殿下のケチさが国内外に広まると締めくくられている」


 この計画書は、愛妾二人から出てきたものだ。とんでもない理屈だが、それっぽく作られている。担当した文官の苦労がにじんだ文面だ。短時間で、贅沢を必要と思わせる言い回しを捻りだした文官達を褒めてあげたい。分析も自分の事でなければ笑い話だ。だから、ここは他人のことだと思い込むことにする。


「宰相補佐も読んだのかしら?」

「ちゃんと読んでいるだろうね。あの愛妾二人を相手に、彼がこれを押し返すことはできないと思う」


 ナイジェルが少し遠い目をして呟く。宰相補佐であるマティスの苦労を想像しているのかもしれない。


「……すぐ終わるかしら?」

「却下するだけなら」


 長い一日が始まった。



******



 ナイジェルと一緒に宰相の執務室に向かう。

 計画書を受け入れられないと告げるだけなのに、気が重い。大体、どうしてわたしの援助金から二人の要望を受けなければならないのか。普通に国の予算から捻りだせばいいものを。計画書を出せといったから、嫌がらせなのかもしれない。あのふざけた分析内容を見せるためだけに作ったとしか思えない。


 無礼だと切って捨ててもいいのだが、内容が内容である。切って捨てた場合、本当のことだから怒ったのだと噂されるようになるだろう。全く持って忌々しい。


「ちょっと待て」


 ナイジェルは手を上げて、立ち止まった。護衛達も警戒してわたしの周りを固める。


「約束の時間を間違えたかしら?」

「間違っていないはずだが……」


 どうやら宰相の部屋には別の客がいるようだ。戻るかどうするか、悩んでいると隣の部屋からマティスが出てきた。


「どうぞこちらへ」


 促されて、隣の部屋に入る。部屋は広く、中には文官と思わしき人達が働いていた。窓際の大きな執務机には大量の書類が積まれ、脇には文官達の席があった。そこにも書類は山積みだ。あまりの多さに、思わず息を飲んだ。


 これ、処理できるの?


「散らかっていて申し訳ありません。約束なく押しかけられているので、終わるまでこちらの部屋でお待ちください」


 マティスは自らお茶を用意すると、テーブルの上に置いた。勧められるまま長椅子に座るが、どうしても視線は大量の書類へと向かってしまう。


「随分多いのね」

「ええ。お恥ずかしいことに、今この国では一部の陳情しか通らないのですよ。ですから、少し細工が必要になりまして」


 苦笑いしながらも実情を教えてくれる。どういうことだろうと首を傾げると、マティスが二枚の書類を出してきた。


「これが賄賂有の陳情書。こちらが賄賂無の陳情書。どちらも一緒に出して処理するのです」

「そうすると賄賂有の方だけが通るのではないの?」

「そうでもないのです。同じ案件だから、賄賂有を通そうと思えば賄賂無も通さざる得ないように組み合わせているのです」


 なるほど。


 感心してしまった。賄賂の有無など書類だけではわからない。どちらかを却下すると両方却下することになってしまう。承認させるには、組み合わせが大事だ。


 役職を持っている貴族はふんぞり返っていてどうしようもないが、実務を担当している文官は優秀なのかもしれない。上手く転がせば、無能な上司ほど扱いやすい。


 今までは表面上の無能者ばかり見ていたが、こうして目立たないところにはやり手が隠れている。上っ面だけを見ていたら、足元をすくわれる可能性に気が付いた。


「……わたしに話してもよかったの?」

「隠す話でもないので。殿下からも誠意を見せろと言われているので、さらに大変なことになっているのもあります」


 どうやら捌ききれない理由はわたしにあったようだ。チクリと当てこすられたが気にしないことにする。仕事が大変そうであっても取り下げるつもりはないので、話題を変えた。


「ところで、宰相のところには誰が来ているのかしら?」

「ヴィリアズ侯爵です」


 ヴィリアズ侯爵、と聞いてアラーナが泣きついたのだと思った。ヴィリアズ侯爵がどのような人物かは知らないが、いずれは敵対する一人だ。抑えるなら早い方がいい。


「ふうん。約束はしていない、というのは本当?」

「ええ。殿下との約束を入れていましたので」


 だったら、突撃しよう。上手くいけば、この訳の分からない計画書を押し付けられる。一枚でも押し付けられたら十分だ。


「ナイジェル、行くわよ」

「……」


 ナイジェルはため息を一つ落として、無言で立ち上がった。マティスが驚いたように立ち上がったわたし達を座ったまま見上げた。


「本気ですか?」

「ええ。ヴィリアズ侯爵よりもわたしの立場の方が上でしょう? 無礼だと言ってわたしを追い出すなんてできないわよ」


 折角の身分だ。存分に使わないと。


 ああ、ヴィリアズ侯爵はどんな人かしら?

 

 もう普通を望まない。

 この国の上位貴族らしく、ゲスの極みであった方がわかりやすくていい。




計画書、出せっていうから。

出してみました。

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