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敵の敵は味方……ではない

ブクマ、評価ありがとうございます! 沢山の感想もありがとうございます。



 沈黙を破ったのは、宰相でもなくフレデリックでもなく、マティスだった。彼は少し考えながらわたしをじっと見つめていた。


「もし国の予算から王妃の予算を出せば、援助金の使い方はこちらに任せてもらえるのでしょうか?」

「それは援助金をすべてということかしら?」


 全部、欲しいのか。やはり、すんなりとはいかない。

 マティスの感情を見落とさないように注意深くその表情を見る。


「そうです。そのために」

「マティス」


 やや強い口調で彼の言葉を遮ったのは意外なことにフレデリックだった。マティスからフレデリックに視線を向けた。彼は難しい顔をしている。


「それ以上の発言は許さない」

「……出過ぎた真似をいたしました」


 マティスがフレデリックに頭を下げた。

 彼の言いたいことをフレデリックは遮ったが、言われなくともわかっていた。すでに国でも言われていたことだ。援助金のために、王妃の座をわたしに渡すのだと。簡単に言えば、王妃という身分の値段でもある。


 それなのに、王妃だからとその援助金を渡さないと言っているのでマティスとしては納得がいかないのだろう。


「……そうね、内容次第で考えてあげなくもないわ」


 二人の様子を代わる代わる見た。わかっていたことではあっても、やはり気分のいいものではない。ちょっと意地悪な気分になってきた。口角を少しだけ上げる。


「例えば愛妾二人に割り当てられている予算を1割に減額したり、使えない城務めの人間を整理するなり、きちんとしているのだなと感じられるような内容なら考えてもいいわね」

「そうですか」


 お金を預けても心配ないと思わせるだけの何かが必要だとほのめかしてみせると、マティスはすぐに頷いた。納得しているかどうかは別としても、どうやら彼はきちんとわたしの言いたいことを受け取れたようだ。


 わたしとしても、無駄になるようなことはさせたくないから7割は王妃の予算と言っているだけだ。こちらが納得するような内容を提示できるとは到底思えないが、本当にできるのであれば任せることを考えてもいい。


 出来なければ、こちらの希望通りに王妃の予算とするだけだ。目を細め、挑むようにマティスを見つめた。ちゃんとわかっているわよね、と視線に込める。これで彼は動くだろう。


 この緊張感のある空気を破ったのは、甲高い声だった。


「何を言っているのよ! 今だってドレスを作るのにお金が足りていないのに!」

「そうよ! 市井での炊き出しができないじゃない!」


 先ほどまで喧嘩していた二人が一斉にわたしに食らいついた。その連携の良さに感心してしまう。しかもきちんとこちらの言葉を聞いていたことにもびっくりだ。


 ほんの少しだけ何を言うか躊躇ったが、特にいう必要もないかと思い直す。


 二人を無視して、ナイジェルに呼び掛けた。


「戻ります」

「失言、申し訳ありませんでした」


 マティスは深々と頭を下げた。フレデリックはばつの悪そうな顔をしているが、何も言ってこなかった。もっと騒ぐと思ったのだが、思っていた以上に普通の対応だった。


「ちょっと待ちなさい! 話は終わっていないわ」


 丸く収まりつつあったのに、アラーナがわたしの注意を引くように叫んだ。怒りの形相でこちらを睨みつけてくる。


 昨日のことがあったのだから、大人しくしていてくれればいいものを。面倒になってこちらもぞんざいな態度になってくる。


「特に話すことはありません。あなたには関係のないことです」

「何よ、王妃気取りで!」


 ちょっとむっとした。王妃気取りもなにも、数日後には王妃になるのだ。このまま大人しく下がろうと思っていたのだが、売られた喧嘩は買うことにする。


 それがこの国に来てからのわたしの姿勢なのだから。遠慮するつもりはない。


 にっこりと口元だけで笑みを作る。


「あら、ではあなたが王妃になればよろしいのでは? 7年も陛下の愛妾を務めていたのですから」

「それは」

「聞いておりますよ。あなたの伯父様であるヴィリアズ侯爵が陛下の後見を務めているのでしょう? 今までだって機会は沢山あったはず」


 アラーナが口ごもった。わたしはアラーナの顔色が悪くなるのを気が付いていないかのように、軽い口調で続けた。


「身分は申し分ない、付き合いも長い。それなのに王妃になれなかったなんて、わたしが知らないような何か不都合でもあるのかしら?」

「そうそう! わたしも不思議だったの。あんなにも城を牛耳っているのに何で王妃にならないのかなって。アラーナ様はもしかしたら子供ができないんじゃない?」


 わたしの言葉に乗ってきたのは、よりによってブリアナだ。彼女は嬉々として目を輝かせている。貶める口実ができて、嬉しいのかもしれない。


 思わぬ便乗に、しまったと後悔した。アラーナの敵はわたしだけではないことを失念していた。


「何を根拠に……!」


 反論するも、アラーナの言葉には力がない。きゅっと悔しそうに唇を噛み締めている。ブリアナはそんな彼女の様子を楽しそうに眺めながら、意地悪く尋ねる。


「だって、7年も寵愛があったのに一度も妊娠していないでしょう? アラーナ様、陛下と同じ年齢だからもう子供は無理じゃない?」

「お前だって、一度も妊娠していないじゃないの!」

「わたしは圧倒的に回数が少ないもの。アラーナ様が陛下のお渡りを邪魔しているじゃない。他にだって色々嫌がらせしてきているでしょ!」


 ああ、失敗した。

 売られた喧嘩は買ってやると思っていたが、買ってはダメな喧嘩だった。アラーナとブリアナの戦いが再燃してしまい、喧嘩を買ったわたしが蚊帳の外だ。王妃になれなかったというのは踏んではいけない話題だったようだ。


 こっそりと助けを求めるようにナイジェルの方を見れば、彼はもうフレデリックと宰相、そして宰相補佐であるマティスと話し合いを始めていた。


 こちらは放置か。


 つい、イラっとした。眼に力を込めて見つめ続けていると、フレデリックがこちらを向いた。フレデリックとほんの少しの間だけ、視線が合わさった。彼は特に口を開くことはなかったが、とても疲れたような表情をしていた。


 その時に初めてフレデリックと満足に話していないことに気が付いた。



***



 フレデリックが気になるかと言えば、そうでもない。


 政略結婚とはいえ夫婦になるのだが、わたしの中でフレデリックは大して存在感がなかった。

 サルディル国を出てくるときは何でこんな結婚をしなくてはいけないのかと悶々としていたし、同時にお父さまの言う通りにトルデス国の膿を出すにはどうしたらいいかと色々と考えていた。その中にはフレデリックは入っていない。


 情報として、お父さまとお母さまの友人であるフレデリックの両親と妹が7年前に不慮の事故で亡くなったこと、当時18歳だったフレデリックが若いながらも王位を継いだことは知っている。


 お父さまも次兄を戴冠式に出席させていた。わたしは当時11歳だったけど、お父さまとお兄さま達の話を横で聞いてた。王位を継ぐ経緯を聞いて、彼を気の毒に思ったのだ。わたしの場合はお母さまだけだったけど、彼は一度に家族を亡くしたのだから。とても深く印象に残っている。


 王位を継いだ彼の後ろ盾になっているのは、アラーナの伯父であるヴィリアズ侯爵だ。アラーナは伯爵家の娘であったが、自分の父親というよりはどちらかというと伯父の力で後宮に上がったと聞いている。彼女がやりたい放題の理由はここにある。王の後ろ盾である侯爵家の姪なのだから、態度も大きくなるだろう。


 ただ、彼女が王妃になれなかった理由はよくわからない。ブリアナの当てこすりのように25歳にもなって懐妊できなかったからかもしれないし、もっと他にも要因があるかもしれない。この辺りの事情は調べ切れていなかった。


「王女殿下」


 ナイジェルが話し合いが終わったのか、わたしを呼ぶ。わたしはそちらに顔を向けた。


「方針が大方まとまりました」

「そう」


 頷いて見せたが、あまりにも早い方針決めに驚いた。ナイジェルのことだから、事前にいくつか方針を決めていたのかもしれない。こちらから提案されてしまえば、トルデス国側は蔑ろにはできないだろう。


「では、失礼します」


 ナイジェルが退出の挨拶をすると、わたしと共に部屋を後にした。

 アラーナとブリアナは退出するときも言い争っていたが、今度は注意もむけなかった。絡まれなかったことに不本意ながらもほっとする。あの二人を相手にするのは面倒だからだ。今後はこんなことにならないように、気を付けないといけない。


 王妃の間への廊下は許可のあるものしか通ることができないためか、とても静かだ。だが、どこに誰がいるのかわからないため、表情を消したまま歩く。

 自室の扉の前に来てようやく緊張をほぐすようにそっと息をついた。


「疲れたかい?」


 ナイジェルが揶揄い気味に聞いてくる。扉を開けて、わたしに入るように促した。


「ええ、疲れたわ。まさかブリアナが乗ってくるとは思っていなかったから」

「そうだね。珍しく読み間違えたね」


 わたしの後から室内へ入りながら、ナイジェルが笑う。わたしは顔を顰めた。言い訳したところで余計に揶揄われるのはよくわかっているので、そのことについては特に言及しない。その代わりに、気になっていたことを聞いた。


「そういえば、ブリアナ・ロワードの名前は初めて聞くわね」

「あの令嬢は陛下が市井に視察に行った時に出会って、拾ってきたらしい」


 拾ってきた、と聞いて眉を寄せた。


「猫の子でもないでしょうに、拾ってきただなんておかしな言い方ね」

「そのままだからだ」


 ナイジェルが肩を竦めた。驚いて目を瞬かせた。


「どういうこと?」

「彼女、貧乏な男爵家の令嬢なんだ。孤児院で奉仕活動をしているところに陛下が視察に行って、その優しさに触れて感動したとか」


 意味が分からない。


 どこに感動する要素が?


 孤児院での奉仕活動など、貴族女性なら誰でも大なり小なりやっている。やっていることが有効かどうかであるなど二の次だ。人気取りと言われている人もいれば、本当に心を尽くしている人もいる。


「……もしかして、そのまま後宮に連れてきたの?」

「その通り。平民と変わらない生活をしていた彼女は後宮に入り、手当の一部を未だに奉仕活動に使用しているそうだ」


 だから、炊き出しが! と騒いでいたのか。ようやく合点がいく。アラーナとブリアナの仲の悪さも、ブリアナが図太くアラーナの嫌がらせに屈しないのも理解できた。ブリアナには、フレデリックに愛されているのは自分だという自信があるのだ。


 アラーナとフレデリックの出会いはどうだったかは知らないが、ブリアナはフレデリックが見出した愛妾だ。アラーナであってもそう簡単には追い出せない。

 一つだけアラーナにとって幸いだったのは、ブリアナの身分が男爵令嬢だということだろう。男爵令嬢である限り、王妃にはなれないのだから。


「よく知っているわね」

「先ほど、陛下から教えてもらった」


 なるほど。わたしがあの二人の相手をしている間に、説明されたようだ。

 わたしは長椅子に腰を下ろした。部屋の隅に控えていた侍女がわたしの前にお茶を静かに出した。爽やかな香りが立ち上り、疲れた気持ちを和らげる。


「今日は他に予定があったかしら?」

「晩餐会がある。また迎えに来るから、準備をしておいてほしい」

「わかったわ」


 晩餐会。

 昨夜すべきところを延期してしまったのだから仕方がないが、気が重かった。


 今度はどんな人物が出てくるのか。


 できればほんの少しでいいから普通の人であって欲しい、と信じてもいない神に祈ってみた。



 

イレアナ、初の失敗。そんな時もあるよね。


1/9 修正

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