表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

信じられないことに、もう一人いた

ブクマ、評価ありがとうございます!



 どうして交渉の場にこの女はいるのだろうか。


 護衛に先導されてやってきた会議室には、場違いな女がフレデリックの隣に座っていた。スモークピンクの幼い感じのふわふわした意匠のドレスを身に纏っている。茶色の髪に茶色の瞳の可愛い感じの女性だ。意志が強そうだが華奢で放っておけない空気を持っている。

 昨日の王妃然とした彼女よりは爽やかさがあるが、無駄に前向きで人の話を聞かなそうなところも見て取れた。


 この場にいる文官は宰相の後ろに控え視線を落としているが、顔色が悪いのはちょっと見ただけでもわかる。わたしに対するものなのか、彼女に対するものなのか。判断が難しい。

 昨日に引きつづき、今日も気を引き締めていかねば。

 ちららりと後ろに立つナイジェルを見ると、明らかに不機嫌だ。隠す気もなさそう。


 わたしは我慢できずにため息をついた。


「もう戻っていいかしら?」

「王女殿下」


 わたしを出迎えるために立ち上がっていた宰相が縋りつくようにわたしを見つめてくる。そんなに熱い視線を貰っても、どうにもならない。わたしは淡々と告げた。


「この国にとって、我が国の援助は必要ではなかったと父には報告しておきます」

「あの、初めまして! わたし、ブリアナ・ロワードといいます」


 空気の読めない女が勢いよく立ち上がると、わたしと宰相の会話に割り込んだ。思わず黙る。


 宰相は真っ白になっていた。ちょっと触れたら崩れて落ちてしまいそうだ。頭髪は真っ白になっているが、もしかしたら苦労で白髪になっているだけでお父さまよりも年下かもしれない。


 この国の護衛達はどうしているのだろうとちらりと様子を見れば、彼らはこの女がこの場にいても構わないと思っているようだった。その様子からこの女が会議の場にいるのはフレデリックの許可があってのことだと初めて思い至る。


 あり得ない。


 この国に来てから何度目かの呟きだ。いつか大空に向かって大声て叫びたい。この際、夕日でもいい。

 あり得ない、と。


 この非常識を常識と思っているこの国のありように、うんざりしながらも黙っていた。この国にわたしの常識が通じる人がいるのだろうかと疑問もわく。


「援助してもらえると聞いて参加しました。わたし、フレデリックにお金がないからできないと言われている政策にお金を出してもらいたくて」


 この女、愛妾だ。


 フレデリックを呼び捨てにしても怒らないところを見ると、そうとしか考えられない。親族に女性がいるとは聞いていないし、まるで似ていないので血縁関係もないだろう。それなのに、政策とか言い始めるところを見ると国政にも口を出しているようだ。昨日の愛妾も王妃のような振る舞いで呆れたが、こちらはこちらで強烈だ。高慢に振舞っている愛妾よりも国政に口を挟む愛妾の方が質が悪い。


 ブリアナは両手を胸の前で組み、やや上目遣いに訴えてくる。


「わたしはしがない男爵の娘でしかありませんが、いつも思っていたのです。平民に、子供たちに平等に教育を与えたいと」


 なんだろう。この演説。聞く必要があるの?


「教育があれば、きっと大人になった時に豊かになれるはずだと。身分が悪いとは思いませんが、やはり皆で幸せになりたいのです」


 自分の思想に酔いまくった演説に鳥肌が立ってきた。無表情が難しくなってきたので、ちょっとだけ息抜きにフレデリックの顔を見る。


 あら?


 フレデリックが無表情に座っているが、その拳が強く握られていることに気が付いた。関節が白く浮くほど握りしめているのに、どうして彼女を止めないの?


 不思議に思いそっと周りも見まわした。彼女に熱い視線を向けているのはなんと護衛だ。残りの護衛と文官は無表情を貫いているがどことなく白けていた。どうやら彼女はフレデリックよりも護衛を虜にしているようだ。


 彼女の思想はこの国がもう少し成熟すれば、悪い話ではない。母国だって、35、6年ほど前から徐々に導入していった。今では全員とまでいかなくとも、素質にある子供達には平民でも教育が与えられる。

 だから、彼女の訴えを否定しない。否定しないが……それは今やるべきことじゃない。


 そんなことを考えていたのだが、じっとこちらを見る視線を感じて視線を上げる。答えを待つように期待した目でブリアナがわたしを見つめていた。知らないうちにどうやら演説は終わっていたようだ。


 わたしはゆっくりと笑みを浮かべた。実はわたし、席にも座っていない。彼女が演説をぶち上げたから、座る機会を逃したというべきか。


「お話は終わりかしら? 終わりなら、すぐに出て行きなさい」

「え? わたしの話を聞いていました??」


 出て行くように言われたのが、よほど不思議だったのかわたわたとしている。わたしは宰相に視線を向けた。


「この話は付き合わねばなりませんか?」

「できればわかりやすく説明していただけると、助かります。彼女は……人の話を理解することができない性格で」


 え、面倒。


 宰相はこの女が処分されても庇う気などない感じだ。今までも排除できなかったのに排除できるなら、というところかもしれない。そんな女を愛妾にするなよなと罵りながらも仕方がなくブリアナに向き合った。


「あなたに尋ねます。その政策、今必要ですか?」

「必要よ! 教育には時間がかかるもの」


 素直に賛同されなかったせいか、不機嫌に言い返してくる。


「お金が欲しいなら、計画書を出しなさい」

「計画書?」

「当たり前です。計画もなくお金など出せないわ」


 ブリアナは途端にふくれっ面になった。

 あらあら、政策に口を出す割には否定されると不貞腐れるなんてどういうことなの。誰かに言われているだけか。それとも不正にお金を手に入れるための手段なのか。


「ケチね」

「計画書がないのなら、こうしましょう。あなたが、もしくはあなたの実家が出したお金と同じだけわたしも出すことを考えます」

「はあ?」


 実家のお金、と聞いて目を丸くする。


「わたしの領民たちが苦労して作ったお金です。わけのわからないものに出すわけにはいかないわ。ただ、あなたが身を切るところを見せてくれるのなら、少しは考えてもいいと言っているのです」

「うちにはお金はないし、これは国でやるべきことでしょう?」

「では現状では必要のない政策ということで、処理して」


 拒否する彼女の言葉を聞いて、わたしは宰相に指示した。宰相は無表情に頷いたが、その瞳に安堵感が僅かだけ滲んだ。よほど、手に余っていたと見える。


 わたしのここでの役割って、不忠義者をぶった切っていくことなのかもしれない。

 そんなことを思ってしまった。


 というか、この国、大丈夫?

 何故、成り立っているの?


 やや不安を感じていると、乱暴に扉が開いた。大きな音を立てた扉に、皆の視線が集まる。


「ブリアナ、出しゃばるなと言ったはずよ!」


 現れたのは、昨日髪を切られた方の愛妾だった。思わず、天井を見る。今から起こる騒動にげんなりだ。


「あらあ、ごきげんよう。アラーナ様」


 ブリアナがにこりと笑みを浮かべて挨拶をする。アラーナは怒りで目を吊り上げているのに対して、ブリアナはにこにこと満面の笑みだ。ブリアナはアラーナの髪をじろじろと遠慮なく見ている。


「ふうん。昨日、短く切られたと聞いていたけど上手く誤魔化しているのね。とても短いとは思えないわ」

「何ですって!」

「女性にとって髪の毛ってとても大切だと思うんです。ほら、美しい髪が女性の美しさを表すともいうでしょう? それに皆も知っているのに人前に出てこられるなんて、わたしにはできないです。アラーナ様ったらすごいわぁ」


 ぶるぶると怒りでアラーナが震える。ブリアナの口元に意地悪気な笑みが浮かんだ。

 しばらく興味深く見ていた。お父さまには愛妾も側室もいなかったから、新鮮と言えば新鮮だ。物語や侍女の噂話の中でしか知り得なかった修羅場? というものが眼の前で繰り広げられいる。


 この状態をどう思っているのかなと、フレデリックに目を向けた。フレデリックは関わる気がないのか、宰相と何か話していた。

 いまいち、フレデリックが何を考えているのかわからない。こんな状況を作り出しているのは、二人の愛妾がいるからだというのに。彼がどちらも抑えようとしていないから、このような見苦しい事態になっている。しかも、この状態が通常なのか、誰も気にしていない。


 誰もではないか。一人の護衛だけがアラーナに対して殺気を駄々洩れにしている。

 護衛がこれでいいのか。彼は誰の護衛だ。


 つらつら考えているうちに、思い違いしていたことに気が付いた。この護衛はブリアナの護衛だ。フレデリックの後ろに控えているのではなく、ブリアナの後ろに控えているのだ。並んでいたので気が付かなかった。それなら殺気が漏れていても当たり前か、と納得してしまった。


「宰相殿」

「何でしょうか?」

「愛妾や側室は他にもいますか?」


 宰相は首を左右に振った。


「いえ、お二人だけです」

「そう。話は変わるけど、王妃の予算はどのくらいかしら?」


 せめて援助金の割り振りを決めてしまいたい。このままでは話が進まないまま、今日が終わってしまう。


「ありません」


 宰相の少し後ろに控えていた眼鏡をかけた文官が答える。落ち着いた雰囲気のある男性だ。


「あなた、名前は?」

「マティス・ウィアーです。宰相補佐を務めています」


 彼は一歩前に出ると深くお辞儀をした。


「王妃の予算はないの?」

「はい」


 やっぱりね。予想通りと言えば予想通り。


「では、援助金の7割を王妃の予算とするわ。残りの3割は計画書を出してちょうだい。どれに使うかはわたしが決めます」

「7割……」


 マティスが呆然として呟いた。宰相も引き攣った顔をしてた。援助金として持ってきた金を王妃の予算になるなど、考えていなかったのが丸わかりだ。普通はそれでいいのだけど。こんな国に使うなんてもったいない。


 どうやって認めさせようかしら?





想像以上に読んでもらえているようで、ちょっと動悸が……。

これぐらいやっちゃえ! とか思って書いているのですが、マイルド路線に入りたくなります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ