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売られた喧嘩は高値で買いますわ

ブクマ、評価ありがとうございます。



 婚儀まではしばらく時間がある。


 時間はあるが、やることも沢山あった。援助に関する取り決めもそうだし、王妃としての公務の話もある。ついでに、愛妾の件も話し合いたいところだ。ここできっちりしておかないと、色々と起こりそうな気がする。あれこれと考えながら歩いていたせいか、気が付いた時には王妃の間に着いていた。


 王妃の間には奥に寝室、手前に居間だ。どちらもとても広く、ゆったりとしていた。王妃の寝室は王の寝室と扉一枚でつながった普通の造りだ。

 そこに案内されて、わたしは思わず固まった。何も物がないのはいい。こちらが調度品はすべて用意して持っていくと伝えていたから破棄してくれたのだろう。問題なのは、何もない部屋の様子だ。


「……どうかなさいましたか?」


 トルデス国の侍女長がすました顔で尋ねてくる。わたしは大きく息を吐いた。


 これはない。いくらなんでも汚すぎた。古いとか、そういう問題ではない。

 ここでも喧嘩を売っているようだ。わたしはいい客だから高値で買う。買わないわけにはいかない。


「この部屋は掃除をしていないのかしら?」

「いいえ。掃除しております」

「……」


 わざとらしくため息をついた。侍女長の後ろにいたわたしが国から連れてきた侍女達が期待の籠った眼でわたしを見ている。

 何を期待しているのかしら、あの子たちは。もうやってしまって! というようなどこか興奮したキラキラした目を向けている。先ほどの謁見での出来事を隅で見ていて、敵として認識しているのかもしれない。


 仕方がない。彼女たちの期待通りに徹底的に心を折ってやろう。二度と何かをしようと思わぬように。


「これで掃除をしていると」

「ええ」

「では、掃除をした人たちを呼んでちょうだい」


 この侍女長はどうやら先ほどのやり取りを見ていなかったようだ。見ていたらこんな態度を取って平静でいられない。愛妾の態度で死罪や鞭打ちなどと告げられ、挙句の果てには髪を切られているのだ。あれを見てこの暴挙に出ているのなら、拍手喝采ものだ。王族並みの図太さだと認めてもいい。


 さて、どうしようかしら?


 ばらばらと数人の侍女と使用人達が集まってきた。10人ほどいるだろうか。その顔を見る限り、分かっていてやっているのだ。神妙そうな顔をしていながら、彼女たちからはしてやったというような様子が見て取れた。


 掃除をしていないなど嫌がらせの部類にしてはまだいい方かもしれない。ただ、それをにっこりと受け入れるつもりはなかった。初めの対応を間違えれば、今後も鬱陶しいことになるのは目に見えている。


「ここを掃除したのはあなた達で間違いないかしら?」

「はい、そうでございます」


 すました顔で皆頷く。わたしは慈悲深く見えるようにほほ笑んで見せた。


「今までご苦労様です。あなた達がここで働くのは今日限りで終わりにします」

「え?」


 驚きにこの場が固まった。驚かれたことに、不思議だというように首を傾げて見せる。


「あなたたち、これが綺麗だと思っているのでしょう? この人数で掃除をしてこの程度にしかならないのなら、いらない人材であると言わざる得ないわ。残念だけど、この程度の仕事ぶりでは推薦書も出せないわね」

「それは……」


 この国の奴らは言い訳も思いつかずにいるのが面白い。大国の王女に対して嫌がらせをしても泣き寝入りすると思い込んでいるのだ。今までも色々と誰かにやってきたのかもしれない。彼女たちの強気の態度は、後ろ盾になっている貴族の力が強いからだ。おのずと誰が後ろにいるのか、分かるというものだ。


「何事だ」


 慌てて割って入ってきたのは、フレデリックだ。その後ろには宰相までいる。何か面倒が起こりそうだと思ってやってきたのかもしれない。あまりにもタイミングが良すぎた。ちらりとみるとその後ろにナイジェルの姿もある。打ち合わせもそこそこにやってきたのかもしれない。


 わたしはやってきたフレデリックを見つめ、薄く微笑んだ。


「何も。ただ、ここを掃除した者たちに解雇を申し付けただけです」

「人事権は私にある。勝手なことをしてもらっては困る」

「まあ、そうでしたの? でも仕方がありませんわ。碌に指示ができない侍女や掃除も満足にできないような使用人などいりませんでしょう?」


 そう告げると、部屋を見せる。フレデリックは深く眉間に皺を寄せた。部屋の隅には埃が溜まり、窓も曇っている。調度品がないから余計に目立つのだ。半年以上も前に、この部屋にわたしが来ることはわかっているのだから時間がなかったという言い訳は通用しない。


「どういうつもりだ」


 彼の問いは当然、側に立つ侍女長に向かう。侍女長はやや焦りながらも、精一杯掃除をしたのだと言い訳をした。


「もしかしたら、これがこの国では()()()状態なのですか?」

「……」

「わたしの侍女たちはとても優秀なので、いつも気持ちがいいほど綺麗にしてくれます。もしこの状態がこの国での綺麗な状態であるというのなら、わたしが謝らなければなりませんね」


 フレデリックが引きつった顔になった。まさか、侍女達の嫌がらせを国の基準だと言われるとは思っていなかったのだろう。


 面白いわ、この程度で感情を出すなんて。


 さらに続ける。


「ただ、この程度の掃除しかできない人材を雇っていてはいらぬ誤解をうけます。他国からの使者がこの国基準の綺麗な部屋に通されたら、どう感じると思いますか?」


 そこで一度言葉を切り、じっとフレデリックを見つめる。彼はぐっと拳を握っただけだった。


「彼女たちの仕事はこの国の恥になります。推薦書も出すこともできませんわ。推薦してこの程度の掃除しかできないと分かったら、王家の威信にかかわります」


 ため息交じりに大袈裟に告げてみると、この部屋を担当した侍女たちの顔色が悪くなってくる。わたしの本気度が分かってきたようだ。フレデリックから侍女長に視線を合わせた。彼女も顔色が悪い。


「それに監督責任のある侍女長がこれで問題なしとしているのであれば、彼女の能力も疑わざる得ません。推薦者はどなたです? その方にも責任を取ってもらう必要があります」


 本当はないけどね。間違いなくこの侍女長は愛妾の手先だ。


「しかし……これだけの人数を解雇してしまえば、差しさわりがあるだろう」


 どうやらフレデリックは時間稼ぎを選んだようだ。


「問題ありません。今回はわたしのやり方に慣れた侍女や使用人も連れてきています。彼女たちは有能なのですぐにでも整えてくれますわ。それにこの程度しかできない人間をいくら使ったところで綺麗にならないと思います」

「……」

「では、解雇になる彼女たちの名前を控えておきますね。あまり有能ではないから、十分に勧められないと貴族家に王家の署名で通達します」


 しんと静まり返ったところで、ぱんぱんと手を叩いた。連れてきた侍女達に掃除と調度品を最低限用意するようにと指示する。彼女たちは使用人を従え、速やかに動き始めた。動いたらきっとすぐに準備ができるだろう。


「ああ、もう行っていいわよ。あなた達はこれから荷造したらいいわ。今日までの賃金の清算を宰相殿にお願いしておくわね」

「も、申し訳ありません!」


 解雇というのが実感できたのか、悲鳴のような謝罪をする。わたしは特に表情を変えずに見ていた。


「これから心を込めてお仕えしますから、どうか解雇だけは……!」


 そんなことを口々に言う。


 いまさらだ。


「あなた達の誠意はずいぶん軽いのね。わたしには必要ないわ」



 さて、今日はまだ何かあるかしら?



******



 この国はよほどわたしが邪魔なようだ。


 愛妾に始まり、侍女長に侍女、そして使用人達。


 連れてきた侍女達が整えた部屋の長椅子で寛ぎながら、今日一日の出来事を振り返っていた。なかなか経験できないほどの濃い内容だ。わたし自身は王族の第一王女で、大切にされてきたから嫌がらせなどあまり経験はない。経験はないが、受けたからといって傷つくほど神経も細くなかった。王族ならではの精神力だ。痛くも痒くもない嫌がらせなど、大したことではない。


「はあ……俺の心が折れそうだ」


 疲れたのか、ナイジェルががっくりと肩を落として対座に座っている。ここは王妃の部屋だ。居間とはいえ、異性を入れるのはあまり好ましくないが、ここはわたしを邪魔だと思っている人間達ばかりいるところ。宰相が気を利かせて不問にした。もちろん、連れてきている護衛達も予定していた場所ではなく、王妃の間に近い場所に詰めている。


「あまりにもひどいから、このまま帰ってもいいのではないかと思えてくる」

「お父さまはとりあえず婚儀を上げて欲しいのよね?」

「それは普通に受け入れてもらえた場合だけだ。こんなにも低俗な嫌がらせが続くようなら嫁ぐ価値もない」


 ふうん、と軽く頷いた。


「ところで、夕食はどうするんだ?」

「夕食? 本当なら晩餐の予定だったみたいだけど。何かの手違いで、今日は準備できていないそうよ」


 嫌がらせは晩餐にまで用意されているようだった。宰相が事前にチェックしたのだろう。その結果、無理やり今日晩餐を行うよりは延期した方がいいと判断したのだと思う。面白いからそのまま晩餐にすればよかったのに。


 延期がいいのか悪いのかはわからないが、今日の件は瞬く間に噂となって王宮に回るだろう。これで嫌がらせとかがなくなればいいのだが。


「援助してくれる大国の王女にこの態度。本当にあり得ない……」


 ナイジェルが頭を抱えた。


「わたしは半年、長くても1年以内に離縁して領地に帰るつもりよ」

「ああ、わかった」

「あまりここにお金はかけたくないから、徐々に減らしていく方向で」


 何をする気だ、とナイジェルの顔が不快そうに歪んだ。端正な顔立ちをしているから、ちょっと迫力がある。


「多分だけど、王妃に対する予算がないように思うの」

「それで?」

「王妃の予算を国からの援助金から回すようにするわ」


 顎が外れるのではないかというくらい、ナイジェルが間抜け面になった。


「はあ?」

「援助金の7割を王妃の予算にするわ。3割は捨てる方向で」

「できるのか?」

「大丈夫でしょう」


 かなりの騒動を引き起こす必要があるけど。

 愛妾の髪をばっさりと切ったから、きっと冷静さを欠いた対応をしてくるはずだ。


 それはそれで楽しみだと、ひそかに笑った。





今年もよろしくお願いします。


1/5 侍女は掃除をしないと指摘があったので、侍女の他に使用人を追加しています。流れは変わりません。

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