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これは……先手必勝になるのかしら?

ブクマ、評価ありがとうございます。

ようやくイレアナ復活です。



 急激に意識が浮上した。

 ぱっと目を開けると、汚れ一つない白い天井。

 最近ようやく見慣れた天井だ。


 恐る恐る腕を動かしてみれば、普通に動いた。長い時間、寝ていたような気もするが、体のこわばりも不調もない。痛みも特になかった。こうして寝台で休んでいることすら覚えていないということは誰かが運んできたということだ。またぼんやりとした頭を働かせて、記憶を辿る。


 何があったのかしら?


 確か、花の強烈な香りを嗅いで意識が遠のいたことだけは覚えていた。しまった、というのが最後の感想だ。

 ゆっくりと体を起こして部屋を見渡した。窓からは明るい光が差し込み、光を調節するように薄手のカーテンが窓の半分だけ降ろされていた。外の光の具合から、もうすでに昼過ぎだと分かる。


 部屋には誰もいない。サイドテーブルには水差しが用意されていた。水差しを見ると、喉が渇いていることに気が付いた。

 ゆっくりと足を床に降ろしてみる。冷たい床の感触が足の裏全体に広がった。


 床に置いた足の感覚もあるし、足に力を入れてみてもどこにも痛みや痺れもない。思い切って立ち上がろうと両足に力を籠める。立ち上がろうとしたときに、かちゃりと小さく扉が開く音がした。驚いて腰を浮かせたまま動きを止めた。


「イレアナ?」

「はい?」


 入ってきた人物を見て唖然とした。白いシャツに黒いズボンと簡素な服装のフレデリックが国王の間とつながっている扉を使って、入ってきたのだった。


 フレデリックは驚きに目を見開いてわたしを見つめていたが、すぐにくしゃりと顔を歪ませた。そして、ものすごい勢いで近寄ってきたと思えば、体が急に浮いた。ぎゅっと力いっぱい抱きしめられる。


「うぐ」


 力強く胸部を圧迫されて息が詰まる。呼吸が止まりそうだ。折角意識が戻ったのに、これではまたもや暗転しそう。


「陛下、離れてください。本当に死にます」


 不意にフレデリックの体が離れた。その隙に息を大きく吸って整える。乾いた喉がさらに痛みを増した。こほこほと咳をしながら顔を上げると、フレデリックを後ろに引っ張っているのはナイジェルだ。


「ナイジェル……どうなっているの?」

「殿下、気が付いてよかった。今日起きなかったらどうしよかと考えていたところだ」


 その言葉に顔が引きつった。わたしは一体どのくらい寝ていたのだろう。てっきり、一日くらいだと思っていたのだが、ナイジェルを見ているとそんなことはないようだ。


「……婚儀はいつかしら?」

「明日。本当に間に合ってよかった」

「明日なの? お肌のお手入れをする時間はあるのかしら?」


 二日も寝ていたようだ。道理でお腹はすいているし喉はがらがらだ。幸いなことに頭はすっきりして、体もとても軽い。今すぐ晩餐のこってりした料理を食べられそう。


 すっとぼけてうふふと笑ってやると、ナイジェルも口元に笑みを浮かべた。ただし眼は笑っていない。それはお互い様だが、負けない。強い意志で微笑み続けた。説教はいらないのだ。


「いや、心配はそこじゃないだろう! イレアナは毒を盛られたんだぞ」

「あれは命に別状のない量の毒でした。上手く解毒剤も効いたようだ」


 ナイジェルはフレデリックの非難に肩を竦めた。


「だが……!」

「そもそも殿下は大国の王女です。大抵の毒物には慣れています。注意もそれなりにしていたはずなのに、迂闊にも手に取って吸い込むなんて……」


 全くその通りだ。ナイジェルの言葉に反論ができない。ちくちくと一言一言がわたしの胸に刺さるが、気にしない。ここで反論したら、説教がこちらに流れてくる。

 そう思って黙っていたが、少し納得がいかなかった。命に別条のない量の毒なのに、長い時間、なぜ意識がなかったのだろうか。


 ナイジェルの言い分に納得できないのか、フレデリックがむっつりとしている。二人はお互いに黙り込んだ。


「……とりあえず支度をしたいので出て行ってくれるかしら?」


 このまま放っておいてもどうにもならなそうなので、とりあえず追い出すことにした。

 私の声が聞こえたのか、寝室の外で待機していた侍女たちが静かに入ってくる。そして、手際よく二人を部屋から追い出した。


 不思議なことに、フレデリックもナイジェルもぽんぽんといい合っていて、なんだかとても仲がいい。それにフレデリックはわたしに対してよそよそしかったはずなのだが。


「何があったのかしらね?」


 侍女達に支度をされながら、首を捻っていた。

 

***


「申し訳なかった」


 頭を下げたのはフレデリックだ。侍女達に手早く支度され、外は歩けなくとも室内で対面するには十分な格好になったところで、居室に連れ出された。


 一応、病み上がりということで侍女が手を引いてくれた。どちらかというとお腹がすいて動きたくないのだが、なんとなくこの雰囲気に食べ物を要求しにくい。


「あの、顔を上げてくださる?」


 真剣に謝罪するフレデリックにどうしていいのかわからず、とりあえず顔を上げさせることにした。先ほどは気にならなかったが、顔を上げた彼はとても疲れているようにも見える。


「全然事情が見えないのですが。説明してもらえると助かるわ」


 長椅子に腰を下ろしながらそう言えば、ため息交じりにフレデリックも対座に座る。


「どこから説明したらいいのか……」


 そう言いながらも、丁寧に時系列に沿って説明を始めた。

 侍女達はわたしの心の叫びを受け取ったのか、暖かなお茶の他に軽食も用意してくれた。病み上がりにも食べれそうな一口大の果物とパンが出された時には、つい笑みがこぼれてしまった。


 侍女達の入れたお茶をゆっくりと飲みながら、フレデリックの簡潔にまとめられた話に耳を傾ける。その話を真面目に聞きながら、ため息が出そうになった。

 優しいというのか甘いというのか、すぐに決断できそうにないフレデリックが王をしているのは大変だったろう。


 そしてわたしが嫁がされた理由もわかった。エディーラ国の侵略阻止のためだ。わたしが倒れたことを理由に、トルデス国を監視する名目で国境や王都には沢山の兵が配備されているはずだ。その数を思い、苦い笑みが浮かぶ。少数精鋭とは言えないほどの兵を一日二日で配備するのだ。あらかじめわかっていたとしか思えない。


 そこから導かれる事実に、仕方ない思いと引っ掛かった自分の迂闊さに気持ちが荒れた。毒は本当に大したことはなく、その後の解毒剤に強力な睡眠薬が混ざっていたのだと思う。そうれでなければ説明がつかない。


「わたしに毒を送ったのはブリアナなのね」

「恐らく。ただ、証拠はないから侍従だと偽っていた男しか捕まえられていない」


 能天気そうな……いや天真爛漫そうな前向き元気令嬢がまさかの毒。


 あまりにも一致しないので思わず首を傾げてしまう。てっきり毒を用意したのはナイジェルだと思ったのだが。ちらりとナイジェルに視線を向けると、彼は苦笑いをしていた。その様子に毒に関しては彼ではなさそうだ。それぐらいは信じてあげる。


 フレデリックの話を信じれば、わたしが王妃になることに不都合を感じている人間が多い。何もブリアナだけとは限らない気もする。言わないけど、クラリッサという線だって捨てられないはずだ。


「アラーナは?」


 強烈な印象を残した愛妾の名前が出てこないので、不思議に思って聞いてみた。ブリアナよりも苛烈なのはアラーナだと思うのだ。


「彼女は離宮に送った」

「はい?」

「アラーナは2年前に毒を盛られて体を壊している。もうあまり長く生きられない」


 まさかの答えに声が出ない。


 あれほどわたしに元気に噛みついてきていたのに? 生きられない?


 フレデリックは疲れたようにため息をついた。

 その様子にそれ以上の追及はやめた。わたしが関わることで問題がこじれそうだ。


「質問は?」


 フレデリックの話を遮らずに控えていたナイジェルがようやく声を出した。


「特にはないわね。……なんというか気の毒としか言いようがないわ」

「そうか。では、本題だ」


 ナイジェルは頷くと、横に置いてあった書類をわたしの方へ向けて広げた。


「これは?」

「婚姻の書類と婚姻に付随する条約文書だ」


 彼は簡単に各書類の説明をした。


「これを明日、署名するわけね」

「明日ではなく、今ここで」

「今?」


 驚きに声を上げれば、ナイジェルは肩を竦めた。


「殿下に毒が盛られたことで、手段を選ばず婚儀を阻止したい存在がいることが分かった。だから早めることにしたんだ」

「本当に今から?」

「立会人はちゃんといる。問題ない」


 そう言われれば。

 ぐるりと部屋にいる人間を見た。宰相にマティスがいて文官がいる。こちら側もナイジェルがいて、連れてきた文官もいた。明日も今日も同じといえば同じなのだが。


 両国が納得しているのなら文句はない。促されるまま文書に黙々と目を走らせ、署名する。同様にフレデリックも内容を確認して署名していった。


 立会人の署名確認が終わるとマティスが少し緊張した面持ちで口を開く。


「王妃殿下。文書に書かれた条約の通りに支援金をすべて出してください」

「支援金」


 目を何度か瞬いた。この緊張感のある状況で何を言い出すかと思えば。


「保護国になることが一番の目的ですが、支援金も同じくらい重要なのです。王妃として一番最初の仕事になります」

「マティス」


 顔色が蒼白になった宰相と、何を出だすんだという顔をしているフレデリック。

 

「イレアナ。申し訳ない。マティスはすぐ下がれ」

「いいえ、言わせてもらいます。支援金がなければ、城の調度品を売ることになります。王妃になったのだから、義務を果たしてもらいたい」

「後でその話は聞く! いいから出て行け」


 フレデリックは慌てて護衛にマティスを下がらせるように指示する。マティスは動かずわたしを見ていた。


「きちんと王妃の予算が組めたのかしら?」

「それは」


 マティスの言葉を手で制した。彼は口を閉ざした。その顔には不満そうな色が浮かんでいる。


「言い訳は不要です。全額欲しければ、王妃の予算をきちんと組み込みなさい」


 初めに告げた内容を再び繰り返した。


「妃殿下はすでに我が国の王妃になったのです! お立場を悪くするようなことはしない方がいいのではないでしょうか」


 マティスがこちらの譲歩を引き出したいのか、気持ちを逆なでる言い方をした。

 彼の言葉に宰相など倒れそうだ。いつか効能が高い胃薬でも差し入れしてあげたい。それとも瀕死の頭の毛を守る何かがいいだろうか。


「わたしが王妃の位を金で買ったと示せないことに心配をしているのかしら? それとも金を出さない王妃などいらないと言っているのかしら?」

「殿下」


 ナイジェルが珍しく焦ったような顔をして口を挟んできた。その彼を視線だけで抑え込むと、彼は口を噤んだ。

 わたしはマティスにもう一度目を向けた。マティスはわたしの反応に言葉が過ぎたと思い至ったのか、蒼白だ。


「本当に面倒くさい。別によろしいわよ」


 ため息をつくと、部屋に漂っていた緊張が少しだけ緩まった。ほっとした空気の中、わたしは笑みを見せた。


「お金を出さない王妃がいらないというのなら仕方ありません。条約も無事に結べたことだし、いつでも離縁で構いませんわ。今すぐにでも受け入れます」


 部屋の中の温度がぐんと冷えたように感じた。わたしはすっかり冷めてしまったカップに手を伸ばし、のどを潤した。


 本当にこのまま離縁して母国に帰って、カルロに婚姻を申し込みに行きたいわ。

 役割はきっちり果たしたのだから、いいわよね?




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