二人目の愛妾 -フレデリック-
ブクマ、評価、感想、ありがとうございます。長すぎて分割したのでこちらは少し短いです。
茶色い髪に茶色い瞳。
どこにでもある、あり触れた組み合わせの色合い。
化粧をしているのかしていないのかわからない顔に、小ざっぱりとしたドレス。
その平凡さを補う様に整った可愛らしい顔立ちをしていた。市井にいるなら十分美人の部類に入るだろう。貴族令嬢として見れば、ごく普通だ。
醜くはないが、誰もがうっとりするような美貌があるわけでもない。美しさだけを見れば、アラーナの方がよほど美しい。美醜で彼女を城に招いたわけではないから、目が二つあって口と鼻が一つであれば別に問題はない。
彼女の手を引きながら、街から城へ戻ってきた。王都の外れにある孤児院から彼女を連れてくるために、俺も普段着ている服よりも簡素な作りをした服を身に着けている。いかにも貴族がお忍びで歩いているという格好だ。少し距離を置いて護衛達も付いてきていた。初めは距離を置くことを受け入れてはくれなかったが、理由を説明すれば渋々と距離を置いてくれた。その代わり常に鋭い視線が向けられていた。
「うわー、本当に凄いです!」
城内に入ってからきょろきょろと辺りを見回し、落ち着きがない。口も半分開きっぱなしだ。本当に感心しているのか演技なのか不明であったが、エスコートしながらどんどん奥に進む。
俺が女性を連れて歩いていることに驚いているのか、すれ違う人達は皆一度は足を止めてこちらを食い入るように見入っていた。アラーナを愛妾にしてから3年、他の女性を連れて歩くことなどないのだから当たり前といえば当たり前だ。何人かが走っていったから、すぐにでも噂は広がるだろう。
「陛下」
周りの視線をものともせずに、後宮への道を進んでいくと一番会いたくない人物が声を掛けてきた。舌打ちをしそうになったが、表情を消して足を止める。
「ヴィリアズ侯爵」
ヴィリアズ侯爵は難しい表情をして後宮への入口へ進む道を塞いでいた。城に入ると同時に俺が彼女を連れていたので、誰かが連絡したのだと思う。隠すことなく堂々と歩いていたから、動きが早かったのかもしれない。
ここで顔を合わせてしまったのは仕方がないが、できれば会いたくないというのが本音だ。何を言われても変えるつもりもないことを遠回しに言われ続けるのは面倒くさい。
彼女はきょとんとした顔で俺とヴィリアズ侯爵を黙って見ていた。彼女を背中に庇う様に一歩前に出る。
「こちらの女性は……どのようなお立場で?」
「愛妾にするために連れてきた。問題ないだろう?」
否定を許さない強い口調で問い返すと、ヴィリアズ侯爵は困ったようなため息をついた。姪を心配している伯父の顔だ。
「アラーナはどうなりますか?」
「別に変らない」
「そう、ですか」
ヴィリアズ侯爵は考え込むように応じた。俺は彼女に歩くように促そうと彼女を振り返った。
「あの! 初めまして。ブリアナ・ロワードです。父は男爵になります」
「……」
ヴィリアズ侯爵は眉間に皺を寄せて不快感を表した。下位の者が上位の者に許可なく話しかけるなど、あり得ないのだ。
貴族令嬢としての常識のなさに、思わず眩暈がした。
いや、俺が無理やり連れてきたのだ。連れてきたのだが……これは想定外だった。
おかしい。彼女はエディーラ国の逃げた王族ではなかったのか。少ない情報の中、そう判断できるだけのものがあった。あった……はずだ。
なんだろう、この失敗感は。
一つ言い訳をするならば、例え王族でなかったとしても男爵令嬢としての教育は受けているはずだ。貴族令嬢の教育ならば、上位貴族に対する礼儀作法も含まれているのが普通だ。
俺が彼女を連れてきた理由はただ一つ。ロワード家に入り込んだ男はただの貴族かもしれないが、その娘となっているブリアナはエディーラ国の王族だと苦労して手に入れた情報をもとに判断した。幽閉処分とされた王族の一人にブリアナによく似た容姿の王女がいたのだ。年齢も、その特徴も。
何よりも決定打になったのは、彼女がいつも身に着けているネックレスだ。トップを飾る宝石は小さいが、エディーラ国の王族が身につけるものだと報告があった。唯一、身分を剥奪され幽閉された彼女に許された宝飾品だ。
我が国の貴族と入れ替わったエディーラ国の者たちはヴィリアズ侯爵の庇護のもと、王城に入り込んでいた。その中でロワード家だけが王城に入っていなかった。王都の外れにある孤児院で細々と活動していたのを見つけたのはたまたまではない。時間をかけ、一つ一つ拾い上げていった結果だ。
逃がさないようにと偶然を装い孤児院を訪れ、ブリアナに近づいた。彼女はわかりやすく、国王の俺に見惚れていた。彼女の頭の中には身分差を乗り越えての恋愛物語が描かれていそうだ。
気分がいいものではないがそれを利用して数回接触した後、愛妾として城に連れてきた。短い間だったが、それほど変な性格でもなかった。普通のごくありふれた女性。それが俺の持っている印象だ。
ブリアナは今17歳だ。幽閉されたのは10歳か。王族ならばすでに礼儀作法は身についているはずだ。だが彼女の振る舞いを見る限り、身についているとは思い難い。
ものすごく早まったかもしれない。
「アラーナ様は愛妾ですよね? わたしも同じ愛妾です。仲良くしたいとお伝え願えますか」
しかも、アラーナと仲良くしたいなどといい始めた。なんとも言えない沈黙が漂う。俺はこの空気を破るためにブリアナを促した。
「後宮はこの先だ」
「え? あの??」
ブリアナはヴィリアズ侯爵から全く返事を貰えなかったことに戸惑いを見せた。ヴィリアズ侯爵が返事をするわけがないと心の中で呟くと、引っ張りようにしてブリアナと共に歩き始めた。
「よかったのですか?」
ブリアナはちらちらと遠ざかるヴィリアズ侯爵を見ながら、そっと尋ねてきた。
「ああ。突然連れてきたからな」
「説明していないんですか?」
驚いたように目を丸くする。
「事前に伝えたら、反対される」
短く答えれば、ブリアナはふうん、と納得したようなしていないような返事をした。
しばらく歩けば、後宮の中に入った。アラーナが暮らしている一角から一番離れた部屋だ。昔は序列を表していたようだが、これ以上の愛妾を作るつもりはなかったので、一番離れた位置にした。物理的な距離は重要だ。特に女性同士など、どうなるかわかったものではない。
「うわ、素敵です!」
部屋に入ったブリアナが感嘆の声を上げた。少し灰色の入ったくすんだピンクをベースにした部屋だ。マティスに頼んでいたが、女性らしい部屋に仕上がっていた。調度品もなかなか趣味のいいものを選んでいる。これなら誰でもくつろげるだろうという温かみがあった。
お金は……考えない。マティスが用意したのだ。きっと大丈夫だ。
「一人、侍女を付ける。慣れるまで大変だろうが……」
「心配しないでください! わたし、頑張ります!」
何をだろう。
その意気込みがものすごく心配になったが、曖昧に頷くだけにした。仕事があるからまた夜に来ると一言告げて、部屋から退出した。
「きゃああああああ、すごーい!!」
扉を閉めて少し離れた場所で、物凄い雄たけびがした。思わず足が止まった。
「陛下」
「言うな」
護衛に短く命令した。護衛は肩を竦めると、歩き出した俺の後ろを黙ってついてくる。
やっぱり早まったかもしれない。後宮は男との接触もできず、どこにも逃げられない、いい案だと思ったのだが。
「すごいわ、すごいわ!!! わたし、お姫様みたい!」
何も聞こえなかった。うん、そうだ。気のせいだ。
フレデリックの話はあと一話で終わり……のはず。