壊れたもの -フレデリック-
ブクマ、評価ありがとうございます。感想もありがとうございます。ここから数話、フレデリックの視点になります。
静かに眠る父と母、そして妹。
その顔は綺麗にされ、とても穏やかに見えた。棺には沢山の白い花が添えられている。母が特に好きだった白い大輪の薔薇をそっと棺に入れる。
「絶対に許さない」
この国を好きにはさせない。
***
3人は視察を兼ねて離宮へ行く途中だった。国王夫妻の移動だ。護衛騎士も沢山ついていた。
両親はしばしば視察に出かけていたが、4つ年下の妹にしたら年に一度の旅だ。馬車でゆっくり進んでも半日ほどしかかからない距離であるが妹は一週間も前から楽しみにしていた。
そんな楽しみに水を差すように、後から行くと告げたのが前日。半年後に迫った俺とクラリッサの婚儀の衣裳などの確認が予定通りに進まなかったのだ。
衣裳の良し悪しなど俺に意見を求めないで欲しい。出来上がりを愛でるだけでは駄目なんだろうか。針子や侍女たちの白熱した様子をやや引き気味に見ながら、ひたすら空気になっていた。最後には時間が足りなくなったほどだ。クラリッサもそれには苦笑気味だ。
説明された事情を理解できても一緒に行けないことを不満に思っているのか、妹は機嫌悪く唇を尖らせた。
「お兄さまも後からちゃんと来てね?」
「ああ。衣裳の確認をしたら行くよ」
クラリッサとの婚礼の衣裳の最終確認してからすぐに追いかける予定だ。それが俺の方の衣裳に不備があり、手直しを何度かされた。ようやく解放された時には、予定の時間よりもかなり遅くなっていた。
「今から馬で行けば今日中に着くかな?」
護衛が馬車ではなく馬で、と言い出したことに難色を示した。きっと無茶な飛ばし方をすると思ったのだろう。笑いながら、馬に決定な、と告げればため息と共に準備を始める。
「フレデリック様!」
のんびりと準備をし始めていたところにノックもなく飛び込んできたのは宰相だ。いつもすまして難題を平気で父上に押し付けている。慌てたところなど、見たことがない。そんな彼が明らかに狼狽えていた。顔色は悪く、真っ白になっている。
「陛下が……ご家族が襲撃に合いました」
そこからはあまり記憶が定かではない。何をしていたのかも、覚えていない。
***
「事故として公表します」
「何故……!」
宰相にそう告げられて怒りでどうにかなりそうだった。国王一家が死んだのだ。事故と言われて納得する人も少ないだろう。俺も納得ができなかった。今すぐにでも報復すべきだ。犯人を根絶やしにしなければ気が済まない。
護衛騎士は20名、常に国王一家に盾となって側に控えていたクラリッサの父も殺された。彼らはかなりの抵抗をしたのか、全身血まみれで腹も足もとにかく傷だらけだった。守り切れなかったことを知っていたのか、彼らの表情は憎悪に近い悔しさに歪んでいた。
母と妹は自害だ。穢されるよりはと父が殺されたときに決断したのだと思う。
「エディーラ国の暗部が関わっています」
「は?」
エディーラ国の暗部?
思考が止まった。信じられないものを見るように宰相を見つめた。
「奴らは数年前に処分されたのではなかったのか」
エディーラ国の暗部と言えば、数年前に大国サルディル国の王妃を暗殺したことでその存在が有名になった。エディーラ国は我が国とは異なり、小国ながらも軍事に力を入れている国だ。サルディル国との国境を何度も侵攻している。そのたびに小さな小競り合いが起こり、暗殺が起きる前は五分五分の状態だった。
それがエディーラ国を同等と勘違いさせたのか。かの国は大国を落とすために暗殺者を送ったのだ。王妃を殺されたサルディル国王はすぐさまエディーラ国に報復をした。
この時の様子は良く知っている。友好国であるサルディル国から常に情報を入手していた。サルディル国とエディーラ国はどちらも我が国にとっては隣国だ。エディーラ国から敗残兵が流れてこないように国境を強化する必要があった。
苛烈な報復にエディーラ国はすぐさま降参した。国力が違いすぎた。境界線を戦っている時はその違いを意識できなかったのだろう。いざ、牙をむかれるとすぐに軍は瓦解した。戦後の交渉も容赦ないものだと聞いている。
最終的にエディーラ国は存続を条件に、暗殺を指示した国王一家の処刑と幽閉、暗部の処分をせざる得なかった。大幅に戦力を削られ、エディーラ国は戦争を起こすだけの力はもはやなかった。新しく国王になったのは王家からかなり血の薄い人物だったと覚えている。
国王一家で処刑されずに残ったのは誰だったか。温情を掛けられた王族についてはあまり情報が得られなかった。
「今、裏を取っていますが再起をかけた輩が我が国に入り込んでいる可能性があります。今、暗殺だと騒ぎ立てると内側から崩壊します」
宰相の言葉に頭が殴られたような衝撃を受けた。
「我が国の貴族が手を貸しているのか」
「進んで手を貸しているのか、脅されているのかはわかりませんが……」
宰相の口ぶりから大体当たりが付いているのが伺えた。
「誰だ?」
「まだ証拠が十分ではありません。陥れられている可能性もあります。我が国の貴族が彼らに肩入れする理由がまったくないのです」
調査中だと宰相は最後まで名前を言わなかった。名前を知った俺が暴走することを宰相は心配しているのだろう。
「エディーラ王族か。何故……我が国を選んだんだ」
「恐らくですが、追放された王族を旗印に返り咲きすることと資金を得るためだと思われます」
宰相が何を言いたいのか気が付いて、思わず笑った。
「乗っ取るつもりか」
「はい」
俺は唇を噛み締めた。直系の王族は母と妹が亡くなった時点で俺だけになった。そう、王族の血を持っていたのは母の方だった。
この国は王女が王になることはできない。半数以上の貴族の同意を得て、王女の配偶者が王位に就くのだ。母が生き残っていたのなら、新たな配偶者を迎えることが可能だった。
ああ、そうか。
自害した母と妹を思った。二人が何を思い自害を選んだかを理解した。
母と妹を浚い、無理に子を成してしまえばこの国の王になる理由になる。二人が生き残っていた場合、俺を殺せば戦力などなくとも容易にこの国を乗っ取ることができるのだ。
半分は正当なこの国の王族の血。残りの半分はエディーラ王族の血。
生まれた子供がエディーラ王族から配偶者を迎えれば、もはやどちらの王族だかわからない。奴らの失敗は母と妹の自害を許してしまったことだろう。
「気を付けてください。情報の洩れを考えれば、城にも入り込んでいる可能性があります」
「正当な血筋は俺しかいないんだから、殺されないだろう?」
「それでもです」
宰相が大きく息を吐いた。
「わかっている」
両親が守ってきた国だ。そう簡単に渡すわけにはいかない。
******
調査は難航した。エディーラ国の暗部が関わっていると示していたのは残された遺体に印が刻まれていたという一点だけだ。全員が暗部の人間ではないようで、残された死体のほとんどは傭兵崩れの人間だった。その中に数人、印を持つ者がいたのだ。暗部の人間が混ざっていなければ、ただの野盗として処理していたところだ。
そして彼らを隠している貴族。何人か、疑わしい人物はいる。ただ疑わしいだけで、関わっているという証拠がない。
事態が進まないもどかしさに、焦りを感じ始めていた。このまま報復することができずに逃してしまうのではないかと、弱い心が顔を出す。
「誰だ?」
ノックの音が聞こえた。扉の前に立つ護衛が扉を少し開け、訪問者を確認した。
「ヴィリアズ侯爵です」
「そうか。入ってもらえ」
ヴィリアズ侯爵と聞いてほっと息を吐いた。彼は両親とも仲が良く、数少ない信用できる人間だ。両親と彼の3人はよく楽しそうに会話していた。とても両親と近い存在であった。
「失礼します」
入ってきたヴィリアズ侯爵はかなり憔悴していた。ただならない様子に息を飲む。久しぶりに顔を見るが、これほど憔悴しているとは思っていなかった。瞳だけが嫌にギラギラしていた。
「座ってくれ」
侍女にお茶を用意させ、席を勧める。腰を下ろしたヴィリアズ侯爵は躊躇うことなく用件を切り出した。
「クラリッサ嬢との婚約を取りやめていただきたい」
「何?」
唐突な要求に唖然とした。彼女との婚儀は葬儀があったため、半年後から延期されている。時期についてはまだ決まっていなかった。
「そして、私の姪を妃に迎えて欲しいのです」
「何を……言っているんだ」
「彼らのようにあなたを殺したくない。もはやクラリッサ嬢の家では守りにはならないことは理解しているでしょう?」
殺したくない。
その一言に信じられない思いでヴィリアズ侯爵を見つめた。彼の薄い冬の氷のような瞳は何の感情も浮かんでいなかった。眼が笑っていないのに、口元に笑みが刻まれた。
「あなたの治世を支えることを約束します。ですから、わたしに使わせないでください」
何を、とは言わない。はっきりとした言葉ではないのだから、気のせいだと思えばその通りだ。だけど、彼の表情を見て理解した。
両親を、妹を殺したのはこの男だ。
もうちょっと出し惜しみしながら書きたかったのですが、無理でした……。