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初恋を実らせたい

楽しんでもらえたら嬉しいです。



 彼はとても大きくて優しい手をしている。

 辛い時にはいつも彼はわたしの頭を撫でてくれた。

 大丈夫だよと囁きながら包み込んでくれる手が大好きだった。

 


 あの時にきっと恋したのだと思う。



***


 どんなに悲しくても、部屋以外では泣いてはいけないと言われていた。お母さまが亡くなってしまって、とてもとても悲しいのに声を出して泣いてはダメだと。


 サルディル国の王女であるわたしはいつでもシャンと背筋を伸ばしているべきだと。涙は零しても、声を漏らしてはダメだと言われて途方に暮れた。涙が出れば、声だって出てしまう。まだ8歳のわたしにはとても難しかった。しかも大好きなお母さまの葬儀なのに。前の日にさんざん泣いたけど、涙は枯れることがなかった。


「では、ほんの少しだけ泣かないで我慢してください」


 そう教育係に諭された。10歳も年の離れた二番目の兄ディランがこちらに歩いてくる。わたしに近づくに従ってその顔がよく見えた。お兄さまも悲しみに溢れる表情だったけど、泣いてはいなかった。ただ、眼は赤く腫れていた。昨夜、わたしと同じように沢山泣いたに違いない。


「お兄さま」


 走り寄ってぎゅっとディランに抱き着いた。お兄さまは優しくわたしを抱きあげてくれた。お兄さまの首に両腕を回し、力の限り抱きしめた。ゆっくりとお兄さまが背中を宥めるように撫でる。暖かい手に息が楽になる。


「少しだけ泣くのを我慢して。その後はいくらでも泣いてもいいから」


 王妃であるお母さまが亡くなっても、揺るがない姿勢を見せる必要があるという。


 このサルディル国は大陸でも1、2を争うほど大きな国だ。大陸の中央に位置するため、いくつかの国と接している。どの隣国も我が国に比べたら領土も小さく、成功している国とそうでない国がはっきりしていた。


 成功している国は我が国をいつでも侵略しようと虎視眈々と狙っている。成功していない国は我が国から金を引き出すことを考えている。


 大国だからと隙を見せることはできない。お母さまは暗殺者に狙われた父さまを守って死んだのだから、余計に隙は見せられない。見せた途端に、あっという間に他国に侵略を許してしまうだろう。暗殺者を差し向けた国に対して、お父さまはすぐさま報復した。


 暗殺者を送り込んできた国とは、いざこざが常に絶えないのだ。それが今回、お母さまが亡くなったことでバランスが崩れた。今までお父さまは侵略されたら防ぐという戦略を取っていたが、今回は叩き潰すと唸りながら出兵を指示した。王妃を殺された我が軍は怒りで恐ろしいほどの団結を見せた。


 あの国も反撃されるとは思っていなかったに違いない。本気の軍隊を向けられ、あっという間に瓦解した。今は和平交渉と称して色々と難癖をつけているのだろう。ただ、どれだけむしり取ってもお母さまは戻ってこない。


「ディラン」


 お兄さまはわたしを抱きあげたまま、名前を呼んだ人物へと顔を向けた。


「やあ、カルロ」

「大変だったな。エルンストは?」


 誰だろう。お兄さま達の名前を敬称なしで呼び合うなんて。興味が惹かれたせいか、少しだけ涙が止まった。


「兄上は父上のところで協議中だ。僕は小さなお姫様を慰めているところ」

「初めまして。カルロ・コールと言います。小さな姫君、お名前を教えていただけますか?」


 気取った仕草で、わたしの手を取った。お兄さまに抱き上げられたままだから、視線がまっすぐに合う。わたしを見る緑の瞳がとても優しくて、柔らかい。


「カルロ様、初めまして。イレアナよ」


 ちょっと笑みを浮かべてみれば、彼は優しく微笑んでくれた。とても穏やかな表情をしている。


「ああ、王妃様によく似ていらっしゃる」

「本当に? わたし、お母さまに似ている?」


 悲しみと嬉しさに、またもや涙が溢れてきた。お兄さまが小さくため息をついた。


「折角泣き止んだのに。泣かせて」

「すまない。姫君、王妃様を笑顔で見送りましょう? 目が溶けるほど泣いてしまうと、王妃様が心配してゆっくり休めないから」


 そんなことを言われてしまえば、我慢せざる得ない。頑張ってお腹に力を入れて、涙を堪えた。


「よくできました」


 彼はふわりとわたしの頭を撫でててくれた。あまりの気持ちよさに思わず、目を細める。


「……妹はダメだからな」

「何のことだ?」


 二人が何か話していたが、わたしは涙を堪えることに必死でよく聞いていなかった。


 お母さまに安心してもらえるように、わたしは立派な王女になろう。


 この日を境に、わたしはお母さまのような女性になるために王女して自分を磨くことを決意した。



******



 大国の王女というのは、政略結婚は当たり前だ。お母さまとお父さまだって政略結婚だ。そこから愛を育み、子供たちを産み、家族になっていった。


 だから、政略結婚には抵抗はない。抵抗はないが。


「これは何の意味が……」


 嫁ぎ先の国を聞いて、思わず眉を寄せた。政略結婚として全く成り立たない相手との婚約だった。


「そう言うな。十分わかっている」


 渋面で言うのは父王だ。18歳になったわたしが未だに婚約者がいないのがおかしいのだ。おかしいが、この婚約もおかしい。


「お前に預けている領地からの税をそのままトルデス国の援助金にする。増やすも減らすもお前に任せる」

「なんです、それは」


 わたしが治めている領地はかなり豊かだ。領主代理がとても優秀で、新しい技術を確認する場所として確立していた。この領地で試された手法が有効であれば、他の領地にも一定の情報量を払えば技術を開示するのだ。ここ数年、試した技術はどれも当たりで豊かさを後押ししていた。当然、豊かであればそれなりの金を国に納めることになる。その金をトルデス国へ持って行けという。簡単に自由にしろというが、トルデス国にとっては国費の3割くらいの金額になるはずだ。


「お前を王妃として迎える見返りの援助金だ」

「……」


 全く理解できない。何故、併合しても属国にしても利益のない国の王妃にならなくてはならないのか。しかも、相手側から金を要求するとは。


「理解できないか?」


 黙り込んだわたしに父王が揶揄う様に問う。


「正直に言えばそうね。お父さまだってトルデス国を手に入れようとはしていないでしょう?」

「いらんな。あの国は不良だらけだ。特産品もない、技術もない、地の利もない。あるのは借金と不正ばかりだ」

「だったら」


 ふっと父王が力の抜けた笑みを見せた。為政者とうよりも、一人の人間としての顔だ。


「今の王の両親が友人でな。お前の母も二人とは仲が良かった。一度でいいから手を貸してやってくれと頼まれていた」

「……」


 そんな両親の美しい思い出から、ないない尽くしの国に嫁に出されるわたしって、どうなんだろう。いい迷惑だ。


「そう睨むな。嫌になったらさっさと離縁しても構わん」


 わたしはため息をついた。どう頑張っても、この婚約はなくならないだろう。離縁してもいいが、かの国の王と結婚はさせたいらしい。お父さまが決めたのであれば理由はどうであれ仕方がない。


「お父さまはわたしにどんな役割を望まれているのですか?」

「できれば、膿を出す手伝いを。やり方はお前に任せる」

「終わったら、戻ってきてもいいわけですね?」


 そう念を押すと、お父さまは頷いた。


「出戻ったら、わたし、好きな人と結婚してもいいですか?」

「……考えておこう」


 そうだ。出戻ったら是非とも初恋を叶えよう。

 そう考えれば、この結婚も悪くない。傷物になっていれば、彼だって王女だからとわたしを拒むことはないだろう。それが同情でも優しさからでも構わない。彼の隣に少しでもいいから立ちたい。


「彼との結婚は……難しいと思うぞ」


 ぼそりとお父さまが呟いたが、わたしは無視した。

 試みる前からわたしの気持ちを折るような言葉はいらない。


 初恋を実らせる。


 そのための条件がこの政略結婚だというのなら喜んで引き受けよう。

 この目的があれば、どんな困難でも乗り越えていけると本当に思っていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


こちらは2日に1回の更新ペースになります。

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