8話
その言葉の意味がすぐに理解できず、けれどじわじわと脳内で重みが増していく。いくら帝国最強と称えられ、絶大な信頼を得ている者の言葉であっても「そんなことはありえない」と反感を抑えられない。やがてパレオは震える口を開いた。
「あの剣を、台座ごと? できるわけがない。防護魔法が掛けられているはずだ」
深く頷いて、まるでパレオの様子を窺うようにしてから、ア・チョウは答えた。
「そう、増してお前が禁忌を犯してからは、一段と強固な管理体制を敷くことになったからな。剣の承認を得る正規の方法でないにしても、到底ありえない話だ。だからこそ、お前を呼んだ。かつて『ありえない』をやってのけた幼き天才に、ぜひとも力を借りたいと思ったからな」
「褒めてるのか、皮肉を言っているのかどっちだよ。……まさか俺のこと疑ってるのか?」
ハハハと、またア・チョウが大口を開いて笑った。
「まさか、そんなつもりはないさ。帝都の強奪事件にあたってくれていたのだ、疑うのは筋違いだろう。言ったぞ、力を借りたいのだと」
「力たって、言いつけを破ってエクス・カリバーに挑戦したまではいいが、拒否されて挙げ句罰を受けたんだぞ? そんな十年も前のあわれな経験から、今さら俺に何ができるっていうんだよ」
剣に触れた瞬間の壮絶な痛みを思いだし、にわかに顔が歪んだ。
気概、そんなものは剣に拒否されたあの瞬間にはじけぶっ飛んだ。エクス・カリバーに縁ある者だなどという特別な意識はないし、持ちたくもない。できれば関わりたくもないと思っている。だが、白平原にわざわざ召喚したということは、ア・チョウの方もただ話し合いそれだけで済ます気はないのだろう。
内心が見透かされたのか、ア・チョウが鋭く聞いた。
「やはり怖いのか? あの剣が」
「怖いも何も、もう過去のことだ。今は、はじめから何もなかった、そうしてやり過ごすことの方が楽でいいと思ってる。……と割り切っても、どうしても思い返すことはあるけどな、この腕のせいで」
顔の前で広げた手のひらを、しばらく見つめてから固く握った。
みしみしと音を立てる手先から、腕にかけて黒地に赤紫の血管が浮きだす。じわりと立つ黒い気配は、自分では制御のできない「黒い力」だ。伝説の剣が課した罰の強大な魔力は、いかなる回復・攻撃魔法をも受け付けず、時にパレオの精神奥深くにまで喰い込もうとする。心が、憎しみで黒く染まっていく。
できることなら忘れたい。
夢見た伝説の存在「英雄」。強き剣の所有者「王」。
幼少期に心に焼き付いた至宝の剣エクス・カリバーと、その選任者アーサー。
「人は夢見て目指し努力して、過程で迷い行き止まり、誰もが叶わず落ちこぼれていくリスクを背負う。明確な答えが欲しいさ。この道を、しゃんとゆけばその先必ず思い求めるモノが手に入るのだと。ゆく果ては『叶う』か『叶わぬ』か。現実は、大半が後者だ」
暖かな眼差しで、子を諭そうとする親のようにア・チョウは答えた。
「だろうな。だが、まっすぐに信じろ。誰しも大なり小なり描いた夢に不安を抱えているもの。それでも信じ抜け。淀みなく信じることができる心に、力は生まれる。すべてを変えられる力だ。お前が、お前自身の中にあるものを蔑ろにした瞬間から、叶えることのできる億万の未来はつぶれる。だがもし、お前がお前の中にあるものを頑なに信じ続けることができれば、やがては周囲環境を変え、行く果てはこの世界をも変えられるようになる」
冗談じみたスケールの話だったが、語る男の眼は真剣そのものだった。
「これは、過去を払しょくできるまたとないチャンスだ。だからこそ頼みたい。帝都剣士パレオ、エクス・カリバーの強奪者追跡の任、受けてくれるな?」
「……剣そのものをどうにかするってわけじゃないんだろう。要は『強奪したヤツ』を探し出せばいい。そのぐらい俺でなくたって誰にでもできる」
「そのことなんだがな、奪った奴らはそんじょそこらの悪党じゃない」
ア・チョウの顔つきが妙に険しくなる。
「なんだよ」
「今より数週間前のことだ。各地から『黒装束』の一団があの剣の聖地クタラに集った。レイクンゴッドという一団だ。剣が強奪されたのと時を同じくして、奴らは消息を絶っている。頭首は帝国の魔術師便覧でランクAに載る、黒魔術の使い手ベルリーテだ」
「ちょっと待てよ。そこまでわかっているなら、帝国も本腰で動けないのか。自慢の騎士団はどうしたんだよ。何のために円卓囲ってんだ」
「お前が想像している以上に、帝国は内政状況が悪い。どの派閥とも与しない聖騎士団はもとより、我らが超務庁も列国との武力バランスを保つためにも人目に付くような無茶はできない。エクス・カリバーも大概そうだがな、むしろ各諸侯どもの暗躍の方がよっぽど末恐ろしいのだ」
「まったくどっちを向いても、やっかいごとばかりだな」
先日の荷馬車強奪事件も、裏では使用禁止とされている人心の操縦系アイテム『魔器』の取引が糸を引いていた。一歩間違えれば帝国を転覆されかねない凶悪な計画だ。
はあ、とため息をついてパレオが改まった。
「で、一体何なんだその連中は」
「奴らは自らの目的を『神の創出』と謳っている。その異様な出で立ち、振る舞いから帝国も警戒をしていたのだがな、油断した結果がこれだ」
「……神の創出?」
理解できない内容に怪訝な顔をした。
「真意はわからない。だが、あのエクス・カリバーが関与するとなれば我々も看過できない。あれは人の扱える域を超えている」
ドス黒い力が怒っているのか、力む腕をパレオは抑えた。
「で、俺はどうすればいいんだ」
「まずはミタレスに向かえ。帝国軍が捕らえたレイクンゴッドのメンバーがいる。奴らの消息を追い、しかるべき処置を頼みたい。とはいえ無茶は言わん。最悪の場合は生きて逃げかえれ。あとは私に報告するだけでいい」
嫌に挑発的な発言に、パレオは笑った。
「心配なら最初から任せるなよ」
というと、ア・チョウは大胸筋を張った。
「獅子は子を鍛えんがため、噴火口に突き落とすものさ」
「いや、死んじまうよ」