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選王の剣  作者: 立花豊実
第九章 ~神と王と人間と~
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70話

 台座からエクス・カリバーが解放された。

 長い雌伏の時を終え、剣の新たな所有者となったパレオは、神の域を誇示した史上最高の人造人間『エレニクス』を、その身の魔力を根こそぎ剣へ吸い戻すことで抜殻も同然の体(てい)とした。

 エクス・カリバー再始動という一大事件を添えて、レイクンゴッドが企てた帝国滅亡の謀略についに終止符を打ったのだ。


 事後、クタラの街をはじめ知らせの届く順に、大陸全土が騒然とすることになる。

 神の創出を謳い、剣強奪を謀った首謀者ベルリーテ以下数十名の死体は、見つかったものでも欠損部位ばかりで、ついぞはっきりとした生死は確認されなかった。

 後に帝国は、パレオの報告をもとに現地にいた関係者らが全滅したものと断定し、その後、資金や用いられた魔器(凶悪なアイテム)の流入先、背後関係を残党らの足取りとともに追っている。

 事件に別方面から関与した伝説の魔法使い『マーリン』は、それが本物の『マーリン』であったと証明する手立てが皆目なく――ひどく古びた『杖』は現物として残ったが――、記録上は『謎の』と付けられた老魔道士とのみ記され、公にされることはなかった。

 ただ報告書の添え書きには、の老人が、身の消えゆく途上でパレオに伝えた最期の言葉が遺されてある。


『険しく果てない道を、それでもいってみることだ。道中辛くとも臆するな。道を照らすのはその胸の勇気だ。結果がすぐと見えないことに病んで、今の努力を嘆く必要はない。代わり映えない日々ですら厳然と全うし、王でなくとも姿勢は王たれ。名が伴わなくとも、その実、それでお前さんは王なのだから』


 パレオは、マーリンの肉体に手を伸ばしたが、その時すでに触れることは叶わなかった。だからせめて、言葉だけでもちゃんと看取ろうとして言った。

『剣が教えてくれたんだ。アーサー王は、マーリンを誰よりも信頼していた。生涯、感謝してたんだ。あんたは間違いなく、最高の魔法使いだよ』

 柔和に笑んだマーリンは、空を見やった。昇りゆく粒子が多くの戦友たちに出迎えられたろうか、やがて肉体は完全に消失してしまった。

『これでやっと、友のもとへゆける。苦労をかけた。最後におまえさんのような夢追う者に逢えて、』

 うれしかった、という言葉はわずかに心にだけ聞こえた。

 跡には杖がひとつ、役目を終えて静かに転がっていただけだった。


 共に激闘した戦友ゼリドは、全身にヒドイ傷を負って意識不明、トランプスもまた然りだった。が、エクス・カリバーの鞘は調子よく「どうも、初々しいマスター。これが挨拶がてら、彼らの傷を癒しましょう。そうしましょう」といって、彼らの流れる血をせき止め、みるみる傷口を塞ぎ、火傷をまっさらにした。二人とも数日は昏睡状態だったが、後に無事意識を取り戻している。




『伝説が今再び――』

 と、配られた号外の知らせに、街はエクス・カリバーと所有者の話でもちきりだった。

 剣が引き抜かれた一部始終を目にした人々は、あまりの神秘に多くを語ろうとはしない。中心者らが口を大にしない代わりに、真相については外野があちこちで広めた。人づてに渡りゆく噂の中心には、聖地に所縁あるクタラで生まれ、わけあって帝都へ移り育った一人の少年――もう少のつく年齢ではないが――の姿が常にあった。

 そのクタラ出身の少年が十年の時を経て街に戻り、剣強奪事件を見事解決せしめ、エクス・カリバーに選ばれた存在となり、今現在、平然と道を闊歩している。

 人にはそれぞれ思い考えることがあり、台座より剣を抜いた事件そのものの論説や賛否のほかにも、かつて街が少年に施した何某かを省みるべきだという向きもみられた。



 未だ事件の熱が冷めやまぬ数日のうち、本土から帝国の筆頭戦力「聖騎士団」擁する軍艦が、これまた帝国の錚々たる大御所等とともに大挙してやってきた。

 一件の成り行きの説明が為に、パレオ、トランプスはさっそくと招集され、長い拘束生活が始まる。現地で臨時に執行された議会で、上層部は未だ例のない一大事件にやっと認識を改めたようだが、その重さが故に、すぐと統一の見解を出すことができなかった。

 長らくと悶着をした結句、エクス・カリバーの処遇については、しばし見送られることになった。暫定的に――といっても剣に触れることができ、かつ、本土へ輸送できるということのみを理由に――パレオが保管することになっている。


 クタラ中心街のはずれ。

 ひと際縦伸びした帝国公館での招集会議がひとまず閉会し、長い聴取を終えてようのやっと解放されたパレオが、ぐったりと門を出ていくとメリエが待ってくれていた。

 少し後方に、これは腕組みをして難しい顔のリーザスを連れている。

「わざわざ来なくたっていいのにさ」

 と言ってやると、メリエはトボケた顔をして、

「ちがうわ、あなたには逃亡の前科があるのよ。またいつ何時、勝手に街を離れてしまうかわからないでしょう。これは監視なの、ちゃんと見ていてあげないとあぶない」

「逃亡の前科って、あれは……」

 否定する文句を考えてみたが、考えれば考えるほど、確かに逃亡だったなと帰結してしまい、結局二の句が継げなかった。

 訝しがったリーザスは「逃げるなよ」と念を押してきた。

 その口の〝逃げるなよ〟が、いろんな意味を醸しているようでパレオは苦笑した。剣強奪事件の最終局面、土壇場で、リーザスはメリエへの慕情と、そのライバルとしてパレオへの妬みを明かした。

 自分には王の素質などなかったと省みるリーザスだが、反面、自分のかつての非行に真っすぐと向き合っている。そして神にさえ恐れなく、友を背にして懸命に励ましてくれた。そのおかげで、パレオは極限の中でも剣に挑戦することができたのだ。

 感謝は甚大だが、もう貸し借りを気にすることなどしない。

 ゼロからやり直し、お互いにこれからなのだ。

 リーザスが「逃げるなよ」といって突き出したこぶしを、しかと受け止めて、同様にパレオはこぶしを出した。

「逃げないさ。今度は絶対にな」

 メリエはうんうん頷く。

「そうよ。それに、私たちだっているんだから。困ったときはちゃんと頼ること。ううん、私たちだけじゃない。色々あったけど、クタラの街のみんなだってあなたのことを歓迎しているのよ。剣は、あなたの手の中にある。お帰りなさい、そして、おめでとうって。みんなお祝いの祭りを、ちゃんと準備してるんだから。ねえリーザス?」

「いやそれ、秘かにしておくんだったろ」

「あっ」


 やや間があって、三人でどっと笑った。

 幾つか日を経て夜、パレオは街の盛大な祝い行事の主人公として、あちこち引っ張りだこにされた。

 仲違いしていた両親と目が合ったのは、その席上だった。再会のときを、パレオは逃げず自分から歩み寄っていく。そして自分が言いつけをやぶり、身勝手にも仕出かしたかつての非行を、はじめて面と向かって謝罪した。

 頑固な父は、

「元気にしていた。それでもう、他はいい」

 といって涙さえ隠して俯き、口をつぐんでしまった。

 パレオはしっかりと頷き、十年分を込めて「ただいま」と返した。




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