7話
他でもない、エクス・カリバーがパレオに課した両腕のやけどだ。
エクス・カリバーの魔力はいかなる魔法をも凌駕する。つまり、治療・破壊問わず地上に存在するほぼすべての魔法が効かないし、望んでも効いてくれない。バチバチ音を立てながら紫色の両腕がパレオの周囲一帯だけ、ゼリドの火炎を無効化してゆく。やがて吐き切られた炎のエネルギーが沈静し、クロスしていた腕から白煙がのぼった。
腕の隙間から、睨みつける。
「まだ続ける気か?」
ゼリドは「?」マークを浮かべ、舌を垂らしてハッハハッハ息している。顔からは何を考えているのか読めない。同じく「?」を浮かべて、パレオが見つめ返していると、しばらくして何かが通じたのか、ゼリドはプイと顔をそむけた。「白亜の大門」とは反対の方向へ歩み出してしまう。
お尻は、しっぽがぶんぶん揺れている。
「……このバカ犬め、絶対わかってやがったろ」
と小声で言うと、振り向いてギッとにらみ返してくる。
「うそうそ、うそだって! おまえなんか相手にしたってなんも得しないよ」
どっと疲れながら、焦げまみれた着衣をパンパンはたいて門へ向かう。
皇帝が居構える玉座へ、唯一続く道「白平原」。その入り口である白亜の大門に、書状をかざして魔法を宙へ浮かべる。緑色のオーラがゆらりと漂って、やがて鍵穴に吸い込まれてゆく。巨大な錠が外れる「ガキン!」の音が高鳴った。
手をあて、ゆっくりと押し開く。
ぎぎぎい、と重い扉の向こう側、徐々に光が漏れ出して、やがて見えてきた世界――、見渡すかぎり「白」で満たされた空間は、地面も空もないまさに真っ白な平原だった。
思わず唾をごっくりする。
一歩目を踏んで、足と接した白い地面に波紋が生まれた。見果てぬ地平線に向かって広がり出すそれは、まるで空間全体がパレオという存在情報を誰かに知らせているかのようだった。
逆に、パレオにもしかと感じ取ることができた。一歩踏み入っただけで、わかる。内部から驚異的な威圧感が伝わってくる。大陸全土に支配権をひろげる一大帝国そのトップである「皇帝」と、その御前を一人護りぬく帝国最強の守護者。
「相変わらずとんでもない覇気だな」
§§§§§§
白き世界の最奥へ、パレオは歩みだした。
空も地面もわからない白一色。
視界に一切変化がもたらされないこの世界で、歩くという単一的なことを延々し続けていると、本当は自分が眠りこんでしまっていて、実は初めから朝など迎えていなかったのではないかと錯覚する。まだ夢の途中なのではないかと。
いくら進めど景色は変わらない。前進しているのかさえ不安になる、地平線の彼方まで完全なる無地。ふり返っても、もう自分が来た場所は白に溶けて見えない。
声を出しても響かぬ『白すぎる世界』に、そのうち漠然と恐怖がわいてくる。このままどこにもたどり着けず、死ぬんじゃないだろうか。腹が減り、喉が渇いて、飢えて尽きる。
死すら想起する時頃を長時間耐えて、今度は一気に湧いてくる、別種の恐怖感。
肌を這う、この世ならざる絶大な覇気。
その男は、しかと居た。
対峙するだけでわかる、圧巻のパワーが肌をビシビシと叩く。
広いデコにバッテン(×)を刻む二束のちょび毛。隆々ともり上がる鉄がごとし筋肉。ゆれなびく紅のマントに、不正を見透かす鋭い眼光。帝国の範疇を超え、この世で最も屈強と評される男ア・チョウだ。帝国が抱える難題にあたる専門庁「超務庁」の長官でもある。
パレオの到着を確認するなり、あごを引いてア・チョウは微笑んだ。
「青年よ、まっすぐあるか?」
「……またそれか」
ア・チョウに会うたびかけられるお決まりの挨拶だ。道に迷っていたガキの時分、パレオが逸れそうになるのを毎度正してくれた熱き言葉「まっすぐあれ」。
語り鼓舞してくれた人生の父ア・チョウに、パレオは「まあまあだよ」と答えた。
そのあまりにデカい男は言った。
「もう知っているのか?」
「なんの話だ。何も知らないぞ。……何もやってないし」
怒られるような気がして、何だか言葉が詰まった。
その様子を見て、またア・チョウがハハハと笑った。
「咎めているんじゃない。お前はずいぶんと優秀になったではないか。先日の荷馬車強奪の件もよくやってくれた、感謝している。帝都民と帝国を代表して礼を言おう」
「いいよ、別に」
むず痒くなるし、ただ褒めるためにわざわざ白平原に呼んだわけではないだろう。
「まさか、デカい昇格の話でもあるのか」
聞くと、まんざらでもなく「ああ」とア・チョウが答えた。
「位を押し上げてやりたいのはやまやまだが、今は私も少々手が込んでいる。褒章の話も悪くはないが時じゃない。いずれしてやるさ。お前を呼んだのは頼みたいことがあったからだ」
顔の角度を変えて、ア・チョウが真顔を呈した。
――エクス・カリバーが強奪された、台座ごとな。