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選王の剣  作者: 立花豊実
第九章 ~神と王と人間と~
69/71

69話

 荒んだ天空の闇が払われ、あふれ出した光が世界に注がれた。そのうち一つ、聖なる陽光が照らすのは、今は崩れた白き台座の、もとは伝説のあった場所だ。

 がれきと化した台座一帯を白煙が巻いてのぼり、それがゆえに、その場に立つ者の姿を判然とさせなかった。

 武装したクタラの人々が駆けつけたのは、ちょうどそれが、立つ者のシルエットを浮かび上がらせた時だったという。

 人々は、後に言い伝えた。

 かかげられた剣が真っ直ぐと白煙をつらぬいて、世に光をもたらした。陽のもとに不可思議な煌めく粒子が降りてきて、彼(か)の地に寄り集まった。空気さえ祝福の色を帯びて、地より涌き出た黄金が、己が身の土をはらい、自らが深い輝きを取り戻したように、悠然と立っていた、と。

 あたかもそれは、アーサー王を称えた絵画の様と合致していた。

 剣が払いのけた暗雲の向こう側から呼びだされた光が柱のように立っている。

 世界を偏頗なく照らす、ひかり。

 やがてごうごうと音が空を駆けめぐった。

 天を裂きつつ飛んできたのは、これが王の帰りを待っていたもう一つの伝説『さや』だった。王の帰還するのを数百年の間、天のいずこかで待ちわびていた鞘は、エクス・カリバーの掛け合いに応じて所有者のもとに参じた。

 手にすればその者の傷を全治させる圧倒的なカリバーのオプションは、これも永らく人々が探し求めていた一品だったが、姿形うわさすら見せないのを、いつしか存在は完全に幻化されていた。

 戻った鞘は調子よく、「久しぶりだぞカリバー。そしてお帰りなさい……」アーサー、と名を続けようとしてやっと気が付いたのか、あれ、ちがくない? おかしくない? なんか変じゃない? と疑問を投げた。はじめこそ、どうなっているのだよ? と怒った風だったが、やがて「もう。いい。待ちくたびれちゃった。好きにしてよ」と満更でもなさそうにいった。

 そう。もう過去のことだった。愛の剣、真実の剣、至宝の剣と冠されていたエクス・カリバーは、自らの所有者を徹底的に選ぶことから、またの名を選王の剣と呼ばれていた。

 だがそれは後世が伝えた誤りにすぎない。

 剣は、もとより所有者をたった一人、アーサーのみと定めていたのだから。

 後に「選王の剣などではなかった」と真実は白日の下になったが、それでも後世の者たちは頑なに信じようとはしなかった。

 それどころか、なお一層と誤りの伝播を続けることになる。

 なぜなら彼らは、真実を上書きする光景を目にしてしまったから。

 彼らは言う。

 エクス・カリバーは、ちゃんと王を選んだではないか、と。




 瓦解した台座の中心、立ちのぼる白煙のさなか。

 剣をまっすぐと天にかかげていた。輝く粒子が降りそそぎ、一度は消し飛んだはずの姿が、一つ一つよみがえっていく。ばちり、ばちり、飛ぶ稲妻は、まるでそれが万雷の拍手のごとく歓喜に満ちていた。吹く風は、髪を宙へ躍らせた。

 パレオはそこに居た。

 王の万感が、かつての苦悩が、剣を握る手から全身へ隅々伝わってくる。

 過去未来なく万民を想っていた。

 だが、目の映るのはいつも破壊の惨劇だった。

 理想をあざ笑う現実に心は幾度も闇に閉ざされた。

 それでも眼はそらさなかった。

 足掻き続けたのだ。

 本当は心の底から怖かった。

 自分の立つ瀬にかかる民の命運と、責任が。

 逃げたかった。

 王とはただの肩書きで、その実、なんてことはない。

 アーサーは庶民のうちの一人、まさしく人間だったのだ。

 震える手はけれど、剣を握り続けた。

 そして最後は、世の人々に教えた。

 究極の剣を、純白まっさらな台座に収めた姿こそ、平和を願う象徴だった。

 の心境に、パレオは知らず涙していた。

 顔をぬぐわんと触れた、自分の手のひらを見て気づく。

 黒こげだった両腕は、生まれた時以来の、自分の白肌に戻っていた。






 ――バカな、バカなバカなバカな!!!!!!!!


 エレニクスは晴れわたる世界を前に、声を荒げていた。

 認めたくなかったのだろう。

 エクス・カリバーを手にする人間が、いるはずない、と。

「ありえない、あるはずがない! 認めないぞ! 剣、それはただ我が糧だ! 人間分際に、神の有する力を扱う資格などない! 剣は神が為の道具だ! 人間分際が扱っていいはずがないのだ!」

「もうよせエレニクス」

 パレオがただの一歩を踏みゆくと、それだけで接地面から圧倒的なオーラが生まれた。アーサー王がそうだったと伝えられるように同じく、有り余る魔力の波紋が森林中を駆けめぐった。世界を優しく包み、それでいて師子王の覇気が大自然を扇動する。

 エレニクスが後ずさった。

「神なのだ! すべからくあらゆる事象は我が手にあるのだ! 火も水も風も地も、すべては我が統べる! 我にはその力がある! 最高究極の存在だ! 人間ごときが踏み入っていいものではないのだ!!!!!!」

 パレオがゆっくりと剣をかまえると、エレニクスはまた一歩後ずさった。

「我は、すでに大半の魔力をその剣から抽出している! そんな抜け殻を用いたところで、我に及ぶはずがない! 人間ごときが為せるわけがない! まして、地を這いつくばっていたお前などに、お前ごときに、我が力が脅かされるわけがない! 夢は、決して叶わない!!!! 叶わないのだ!!!!!!!」

 エレニクスが、指の光を撃ち放った。まっすぐとパレオの肉体を貫通した光の筋が、しかし背後では爆ぜることもなく、か細く失せた。

 ぽっかり空いたパレオの胸のかざ穴は、しかし、ただちに塞がってゆく。

 鞘の特殊効果「傷病の完全治癒」だった。

 撃たれたことすらあっちに置いて、パレオはまた一歩分をエレニクスに寄っていった。

 パレオは「叶うさ」と答えた。

「大きな壁は目指しているからこそ、よく見えるんだ。それがしっかりと映るから、心が打ちひしがれる。だが目を背けない。誰よりも苦悩して乗り越えてはじめて、人の認める偉業になるんだ。お前は生まれながらに万能を与えられ、それをただ甘受していただけだ」

 エレニクスが指を光らせたのと同じ時の中で、エクス・カリバーが所有者にのみ与える絶大な恩恵が花開いた。数値化できない凄まじい付加効果によって、パレオの戦闘力は神をも越えていた。

 斬りおとした指が地面にぽとりと跳ねる、それすら悠長に進む時の合間に、エレニクスの胸をとすっと貫いた。生まれて間もない人造人間が、自分の胸に目をやって見開いたのは、カリバーがその魔力を豪速で吸い尽くした後だった。

 げっそりと痩せこけた神の肉体から、すうと剣を引き抜いて、パレオは鞘に納めた。

 キン、と高鳴る剣と鞘の響きが、澄みきった終焉の合図となった。

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