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選王の剣  作者: 立花豊実
第九章 ~神と王と人間と~
67/71

67話

 もう抗えない。

 体が言うことを聞かないのだ。

 全身が焼かれ、呼吸すら苦しい。

 何をするにしても手遅れだ。

 それほどに強敵なんだ。

 絶望しかないんだ。

 いっそ力をぬき、そのまま絶えてしまいたいとさえ思う。

 必死になったところでどうなる。

 巨大な壁を、越えられないと覚知するのさえ怖い。

 目を背けて眠ってしまっても、どうせ結果は同じなんだろう。

 ならばもう、諦めたっていいじゃないか。

 努力をしたって一向に変わらない現実なら、手を引いたっていいじゃないか。

 負い切れなかったんだ。

 仕方がなかったんだと。

 自分でそうだと嫌でもわかっている。

 指さえまともに動かないこの体たらくだ。

 所詮及ばなかった。

 希望などゼロだ。

 わかっている。

 無駄なんだって。

 わかっているんだ。

 なのに。

 もういいというのに。

 どうしようもないのに。

 やめてしまえばいいのに。

 神経系を微かに閃いたパレオの意志は、奥底でそれらすべての現実を拒んだ。


 がりがりと爪を立てていた。


 血のにじむ痛みすら捨てた。

 必死に、地をかき始めていた。

 ただただ赤子のように、それしか動かせない指を動かし続けた。

 うめき声も上げられないのに、もがき、あがき続けた。

 こんな行為が一体に何をもたらしてくれるかなんて解らない。

 どうせ浮かぶ絶望ならばと、考えるのをやめた。

 ただの数センチでも、一ミリでもよかったのだ。

 未だ生きているうちは、それと共にありたいと思った。



 …………夢なんだ。



 地を削るミミズのような細い声に、リーザスは応えた。

「ああ、そうだよ、俺たち全員が抱いた憧れだったじゃないか。だけどやれない、できない、していけないと、打たれた釘すら振り払ったのは、お前なんだよパレオ! そうしてスタートラインに立ってみせたじゃないか! ちゃんと知ってるよ、ひがみ、制止し、ねたんだ、ほかのどんな奴らでもないんだ、お前なんだって! 不格好だろうと、這いつくばってでもいい、もう一度、振り払ってみせてくれよ! 頼むから、最後まで目指し尽くしてくれよ! 何度くじけたって、立ち向かえよ!! 夢の道程は見えてんだろう!!! お前は、英雄になりたかったんじゃないのか!!!! あれほど語った夢は、」


 ――ただの夢なのかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 想いがダラウ・メリエの森中に渡った。


 パレオは重い膝を、ずりずりと引きずった。

 自分の生まれ育った大地を、歩んできた道を、再び踏みしめた。

 今ひとたびオーラが全身を猛り昇っていく。

 黒い手のひらを、震えさせながら、友の背をつかんだ。

 よろめくともしがみついて、パレオは立ち上がっていた。

「……ってくれ」

 まともに開かない口は、小さく望みだけをこぼした。

 聞きとってくれたリーザスは、ちゃんと振り返ってくれた。

 だから、もう一度、聞こえるように願った。

「連れて、いってくれ……剣のもとへ」

 文句はあるだろう微かに動いた口は、あとは何もいわず肩を貸してくれた。

 一歩もままならない姿を、エレニクスはこれも盛大に嘲笑った。

「みすぼらしく醜態をさらし、いったい何度同じことをやる! なぜあがく! 見え透いた結果が、どうして受け入れられない! 再三無理と宣したのだ! 死して天に昇らなければ解らないのか!? それが人間というものか!? フハハハ!」

 エレニクスの言葉など耳にも入れず、パレオはただ一心に、リーザスが導いてくれる伝説の台座へ、一歩一歩上段へ歩み寄っていった。何度も膝が折れるのを、そのたびに立ち上がって進み続けた。

 指先を光らせて狙いを定めたエレニクスは、やがてそれすらも要らぬものと理解したのか、高々と頭上に浮くと世界を鳥瞰した。見下ろして、にんまりと笑みを浮かべる。 

「いいだろう人間、ここが神の御前だ! かくもみじめな哀れをしかと見届けてやろう! 頂きの剣に、抱いた自らが夢に死ぬがいい!」

 余裕の笑いは、もうパレオにはエクス・カリバーを抜くことなど叶わないと把握しているからだ。すでにアーサーへと変身していた魔法の化けの皮は、引きはがされてしまっている。

 小細工も何も、術ひとつない。

 己の身一つで伝説の剣に挑まねばならなかった。

 パレオとエクス・カリバーとを結びつけるもの、それはただ憧れた夢ということだけだ。

 赤子のように、まるで純粋な想いを込めて、パレオは手を伸ばした。

 ままならぬ歪な呼吸音が、小さくなっていく。

 妙に静かだった。

 憧れた伝説の剣へ、再び触れた。

 指の先から順にエクス・カリバーの生んだ光が体を呑みこんでゆく。

 やがてパレオの肉体は、今度こそ完全に、



 ――粉々に、はじけ飛んだ。


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