66話
人工神エレニクスが最終目標として掲げた人類抹殺の計を、阻止するために挑んだパレオ、ゼリド、トランプス、マーリンは全員がのされてしまった。
もはや誰一人動かないのを、これは勝利も確実とみたかエレニクスは猛る魔力のオーラさえ解いてしまった。宙に見えぬ床面へぴたり足をつけると、つとーん、一際魔力の波紋が飛び広がる。森林中を剣由来の覇気がすみずみまでわたり、幻想的な蟲・鳥獣たちが一斉に飛び上がった。
見わたす限りの世界で、もう立ちはだかる者はいない。
いよいよ人及ばぬ究極の存在へ――。神が降臨のため、エレニクスは最終最大のエネルギーを求めて伝説の剣エクス・カリバーに眼を向けた。くつくつと漏れる笑いをこらえ、いざ参らんと宙に一足目が、しかし、つくよりも先に、何かを思い出すよう黒こげのパレオをちらり見やった。
すべてを手にできる余裕の中で、神は口を裂いて笑んだ。
「人の世の、これが終わりだ。あいさつをしろ『さようなら』と。壮大な演奏を背景に終幕、これより先は脇役から総監までを余すことなくこの我が務めるのだ。夢破れ地に伏す人間どもにまわりくる役などない。まして主人公などおこがましいとは思わないか。救いようのない劇だったな、フハハハ!」
高々笑い、パレオの人生に終止符を打たんがため、エレニクスは指先を光らせた。
声など、はるか彼方に聞こえていた。
瞳も閉ざしていた。
絶望の静かな暗闇の中に、風にそよがれ、ただ草の匂いだけが香った。
昔、友と走りぬけたクタラの大自然は、その葉の一枚、水滴の一滴、陽の一筋の、そのどれもが、パレオには特別見出せる価値もないのに最高に美しかった。伝説に縁ある、憧れのアーサーがいつしか歩んだろう同じ空間だと知っていたから。
いわんや夢があったからだ。
その場所で、今一度だけ瞳を開けると、あるはずのエレニクスの邪な光は断ち切られていた。
パレオとエレニクスの間に、誰かが割り込んだのだ。
「――そうはさせない」
聞こえた声は、最近にも覚えがあった。
いくら時を経ても、いやほど聞いた特徴はすぐとわかる。
常日ごろをともに過ごした友の声は、今は覚悟を帯びて大人びていた。
もう十年も前というのに鮮明に溢れる想い出。
ともに駆けまわった森の中は、英雄を真似て戦った、冒険の舞台だった。
エクス・カリバーに挑み、失敗してから仲を違えていた親友リーザスは、パレオをかばって両手をひろげた。
「せっかく駆けてきたのに、この状況をどうすればいいってんだ。森を抜けてくるしんどさを、お前は知ってんだろう。パレオ」
――どう、して。
かすれた声は届いたのか、親友は振りかえることなく応えた。
「誰かが俺にささやくんだよ。どんな闇にも希望はある。奪われたエクス・カリバーを、お前がアーサー王の姿になって取り戻そうと戦っている。守ってやってくれって。よくわからねえよ。でも、でけえ音が聞こえるし、街も騒ぎになってるしで、とにかく走ったんだ。そしたらなんだよ、その黒い体は」
……すま、な、い。
自分でも情けない、つくづく細い声を出して謝ると、リーザスは背中越しに怒った。
「あやまんな、オレはお前なんか大っ嫌いなんだ。いつも夢ばかり、口だけでやれた例がない。期待させておいて、いつだって失敗ばかりじゃないか。今もこうして、みんなの期待を裏切るんだろう。……全然変わらない、昔と」
すまない、とだけ繰り返したパレオに、リーザスは、ちがう! と怒鳴りたてた。
「あやまんなって言ったんだ!」
…………。
「言わせろよ。いまさら、罪滅ぼしができるなんて思ってない、でも……言わせてくれ。俺は本当は、」
――くやしかったんだよ。
「他の者は罰を恐れて近づこうとしなかった。拝むのさえ恐れ多いものと教わってきた。誰もが〝そういうものだ〟と目指すことさえひた隠していた。なのにお前は、たったひとり、夜の森をぬけきり、万字の呪文をすべからく覚え、あまつさえそれを一晩に唱えきり、強固な魔法を退けてみせたんだ。俺が、街の子皆が、秘かに憧れながら、ただ指をくわえて眺めていた中で唯一、お前だけが伝説への挑戦を果たしたんだ。両腕を焼かれるその『証』を手に入れたとき、街の人たちは、到底信じられないと驚愕のあまり、お前を罵った。それが介入を強めた帝国に対するストレスのはけ口として、虐げたんだ。それでも本当は、皆がお前のまっすぐな姿勢に打たれていた。だから、アイツもお前を……、メリエはお前のことをずっと……、ずっとだぞ……」
…………リーザス。
「本当は、一番助けてやらなきゃいけなかったんだ。守ってやらなきゃいけなかった。なのに俺は、メリエのお前を見つめる目が、どうしても受けいれられなかった……。愚か者は、何もせずにいた俺の方なんだ。ちゃんと挑戦して失敗を得たお前じゃない。薄情で意気地なしは、俺なんだよ。王の素質なんて、これっぽちも、欠片もなかった。いまさら許してくれなんて言うつもりはない。だけど……、せめて、もういい加減、代わってくれないか。アイツの眼には今もお前の姿があるんだ。ずっと、戦っているお前の姿を待っているんだよ! でも、そんな姿なら、いっそ俺に代わってくれよ!」
――にげ、てくれ。ヤ、ツには、かて、ないんだ。
弱音を呻くパレオの声を聴いて、リーザスはありったけの想いを迸らせた。
――うるせえんだよ!
「いつもその場所に、夢の道上に、お前はちゃんといるじゃないか! なのになんでそんな、終わったようなこと言うんだよ! お前ができないなんて言うなら、いったい誰にできるってんだ! メリエは待ってんだぞ! 俺でないなら、俺たちに無理なら、どこの誰なんだよ! 帝国の騎士たちか!? 死んだ王が生き返って助けてくれんのか!? 何もしないで奇跡でも待つのか!?」
――神にでも願えってのかよ!!!!!!!!!




