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選王の剣  作者: 立花豊実
第九章 ~神と王と人間と~
65/71

65話

 

 パレオは弾き飛ばされていた。

 地面に叩きつけられ、幾度か跳ねる慣性が済むとやがて全身を壮絶な痛みが襲う。焼かれた身はド派手に台座から退いていた。自分の状況が、すぐと解らなかった。

 認められなかったのだ。

 ――必ず為さねばならない。

 そうと誓った剣の奪還を、失敗してしまったあまりの現実を。

 いま自分が何を失ったのか。ことの大きさを、直視できなかった。

 血肉の焼ける臭がひどく立ち込めた。

 アーサーへと変身していた魔法が、エクス・カリバーの甚深な魔力によって否定され、元に戻ることもなく、腕と言わず胴と言わず総身が黒く焦げていく。すでに人の姿ではなかろう固体から、ぷすぅ、と煙が昇っていく空を、まるで別世界の出来事のようにパレオは仰ぎ見ていた。

 思考回路が飛び散り、自分がなぜこうなったのかすら、まともに考えが及ばない。



 ――ばか、な。

 マーリンが漏らした声を、エレニクスは拾いあげて笑った。

「ゆえに叶わない夢と諭そうとした。これが現実だ」

 そう口にする神の腕は、肩口から消えていた。

 ぐぐぐ、と再生させながら神はのたまった。

「厳然とありながら、しかしわずかばかりの差だったな」

「……貴様、自分の腕を」

「なにも不思議ない。創るも壊すも神次第だ。己の身を、腕だろうと爆破する。よかったぞ、老いぼれ魔法使い。剣の所有者は、かつて勇ましくもこの理不尽な世界と抗い続けたアノ男――死んだ王の真似事などしてみせたまでは、な。自信でもあったか? たとえ長年の間にニブッた老いの身といえ、これが伝説の名を戴冠せしめた自慢の魔法ならば、きっと、どうにでもたどり着かせることができると。とんだ計算違いだ。全盛期であれば幾分おもしろかったろうが、土台、お前の目に映るそれは――」


 ――神なのだ。


 焼き尽くされたことで、パレオの意識は薄らんでいた。周囲一帯、状況を認識する能力でさえ薄弱し、迫りよるエレニクスが手前まで来たことにさえ気づくことができなかった。

 先を黒くする冷たい絶望が、思考を塗り固めていたのだ。

 また、ダメだった。

 この身をアーサーに変えてまで挑んだ夢の剣に、二度も失敗した。

 次こそは必ず遂げてみせると、出し尽くせん限りの意気を込めて挑んだ戦いに負けを喫した。あとはいったい、どうなってしまうという。手助けしてくれたゼリドやトランプス、マーリンはもとより、育ての親ア・チョウや多くの民が居る帝都、帝国および周辺諸国の人々は。

 故郷クタラの街に住む人たちの未来は――。

 今既に帝国の存亡をすら脅かすエレニクスの力は、魔力を永劫充填せしめる永久機関エクス・カリバーよりさらに莫大なエネルギーの抽出を経て、いや増すだろう。それはかつて竜王を大陸ごと分断せしめ、精霊族支配のラカ大陸の精霊史を理不尽にもまるごと人間史へとすげ替えた途方もない力だ。

 今ひとたび同一の驚異が解放されることになれば、歴史はその再来を意味する。

 止めようもなくなった最悪の未来像が、パレオの心肝を見事に撃ち貫いていた。

 だから死の足音をとつんとつん鳴らし神が闊歩してくるのでさえ、意識外だった。

「無様な敗者だ。何をゆえにそうなったか、まるでわからんという顔。教えてやろう。それはお前が人間だからだ、人間。すがった希望にハジかれた。ただそれをして打つ手なしとなったと憂い、立ち上がることもできない。そんな者に未来などありようもない」

 エレニクスはこれがトドメの一発をと、指に光を宿らせた。

「もうよい。よくやった人間。心残さず失せてしまえ。これが本当の終わりだ」

 逃げるも戦うも、すでに気力は絶えていた。

 ぴくりとも反応できなかった呆然自失のパレオに代わり、血みどろのゼリドが再度立ち上がった。

 エレニクスの一撃をもろに食らったダメージは、ともすればパレオと同等以上のものだろう。すでに人間の姿を形づくっていた少女の体裁は保つことができず、銀箔の衣が剥がれ落ちて、もとの白い犬の姿に戻ってしまっている。

 それでも、ぐううう!

 威嚇することを決して止めない鋭利な意志は、再びシュヒン! 豪風を巻いて姿を消し、エレニクスへ襲い掛かった。しかし、深手を負って万全ではない動きは、今は完全に読まれていた。

 ガチィーン! と閉じた強靭なアゴはひょいと避けられて、逆に反撃を狙われた間隙、神の魔弾が爆ぜた。凶暴な光の攻撃が、またしてもゼリドの全身をぶっ弾いた。

 勢いでズザザァッ――! 

 パレオ同様に激烈に焼きつくされて、地面を擦過したところ、さらにとどめを刺さんとエレニクスはスイスイと何十本もの光の槍を生み出した。バチバチ唸るいくつもの電撃槍を丁寧に宙に整列させると、端からと中央からと言わず無作為に射撃した。よろめく足で、ゼリドはかろうじて避けていくが、気づいたときにはもう遅かった。

 地面に突き刺さっていく槍は、おりを形成したのだ。

 捕えられたことに、グウウウ! そうはなるかと怒り、ゼリドは光の槍に体当たりした。が、その瞬間バチィィ――! 檻自体がまさに電のごとく、全方位へはじけた。すでに限界のところ、これが決定打となりゼリドはかくりと地に伏した。


 ――ゴッド・ハンド・プレス! 


 今度は、マーリンが再び黄金の拳を生み出して一撃を見舞った。

 だがこれも、エレニクスは読んでいた。

「ゴッド・ハンド・カンチョウ!」

 エレニクスはドスの利いた紫の魔力で、巨大な両の手を生み出し、合掌がっしょうさせた。上から降る黄金の拳を、下から紫色の合掌が豪速で打ち返す。

 両者が思いきりぶつかり合ったその時、勝敗はただちに決した。

 ぴしりとひび割れ、砕け散ったのはマーリンの黄金の拳だった。

 盛大に破砕した魔法は粒子を散らして、きらきらと宙を舞いただよっていく。

 自身の生んだエネルギーが砕かれ、マーリンはこふと血を吐いた。魔力の気配もろとも発色を失ったローブがばさっとなびき、地に崩れた。

 人類最高峰と評された魔法使いをも凌駕し、ついにこの身が最上の存在へと高まりつつあることをしかと悟って愉悦したエレニクスは、勝利の雄叫びを掲げた紫の拳とともにあげた。


 ――フハハ、ハハハハ!


「寄る年波には勝てなんだ。いかに悪魔の子だったとはいえ、その身に通う人間の血は、お前に朽ちぬことを許してはくれなかったか、ん? 伝説のマーリンよ」

 エレニクスは大きな口を裂き、満面の笑みを浮かべた。

 言葉を返すこともできぬままマーリンは動かなくなり、後には神の笑い声だけが響いていた。


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