61話
エレニクスが言葉を発するのとリンクして、周囲から黒いオーラが寄り集まってくる。それが自棄的な感情によるものであると、エクス・カリバーに焼かれてから同じく生み出していたパレオにはすぐにわかった。負の念が生み出す、黒い魔力だ。
何をしでかすか解らない異形の存在を、パレオは注意深く視た。
「……お前を造ったホムンスミスたちはどうしたんだ」
もろ手を広げる神の背後で、雷光がひとつ閃いた。
「原始の姿に帰してやったさ」
まるで不吉な前兆であるかのように爆音が轟く。
この時点で、すでに不穏な答えが見えていたパレオは、しかし確認のために問うた。
「もう一度聞く。これからどうするつもりだ」
「広大無辺なるこの空虚を自らが手によって埋める。全能なる者の証明をつくらん。真の神が降臨のため、邪魔な一切をこの手で焼きはらう」
「……じゃまって何がだよ」
ギロリ、とエレニクスの瞳が濃ゆい魔力で満たされた。
――人間の存在がだ。
「剣より抽出する魔力も次で完全をみるだろう。その時こそ、湧現した神により地球は、混沌の闇を顧みることになる。どこまでも暗く底のない世界へ、まっさらな原始の姿へ帰すのだ。手始めは、お前たちだ」
締めくくったエレニクスが、くいと指先を光らせた。
「やばっ!?」
否も応も返す暇すら与えられず、再び、高濃度の魔力弾が放たれた。
動けないトランプスを狙った魔力攻撃は、パレオもろとも範囲に収める超大威力だ。とっさにトランプスをかばって、魔を拒否する黒い両腕をクロスするが、それよりさらに前へ、俊足のゼリドが飛び出した。
すでに口の中でバチバチさせていた青い炎を、
ドガアアァァ――――――!
撃ち放つ。
神と犬、その両者の狭間で爆風が荒れ狂った。
人工神と優秀な門番犬が互いに生み出した光が、威力の優劣を譲らず拮抗し合う。
どちらの攻撃とも、その破壊力ならば一度目の当たりにしている。
パレオは、すぐさまトランプスを抱えて後方に全力で走り出した。が、走るよりはるかに勢いのある猛風が身体を押して、数十メートルの距離を軽々飛ばされた。トランプスとくるくる宙をまわりながら森を滑空し、やがて緑豊かな茂みのクッションになんとか着陸する。
すぐさま戦友を振り返った。
これで見るのは三度目だ。
ゼリド:少女モードは、神の一撃を空へそらしていた。
際してその莫大な魔力の塊が、またも天空を大々と穿った。大気が乱れ、うねり、轟きわたる騒音の渦中、そこから間断をゆるすことなく、白髪の少女はエレニクスへ猛攻を始めた。
バチバチうなる焔を手に生み、神の顔面へとぶっ解き放つ。
対するエレニクスは、それを片手で退け払った。それだけで空間が歪むほど爆発する。吹き荒れる余波が収束してそこに、残念ながら神様はノーダメージだ。ほう、と神が笑う。
お世辞にも効果があるとは言い難いが、負けじとゼリドが地面を蹴った。今度はもろ手に焔を生み出して、持ち前のスピードでその場から消えた。
シュヒン! とエレニクスの背後に回ってその背に焔を放ち、こちらも豪速で防御姿勢をとる神に対して、さらに猛攻を加えんと再び消えては死角から焔を撃つ。そしてまた消えては撃つという鬼じみたコンビネーションを轟々見舞った。
次々放たれる焔を叩き続けるエレニクスの様相は、まるで少女が神を、防戦一方に追い込んでいる。剣から相当量の魔力を抽出した今のエレニクスと、まともにやり合えるだけで殊勝ものだが、あまつさえそれを凌駕せんとする少女のスピード&パワー。人間の域を絶している。
なのにそれでもってしても、先は見えていた。
エレニクスは、不敵に笑い声をもらした。
放ち続ける自慢の焔が効果なく、攻撃が無駄であるのはゼリドも当然わかっている。それでもなおし続けるのは――、おそらくは感づいているからだ。
逃げることが無意味であるのを。背水に追い込まれて、残された選択肢は攻めるほかない。
もしクタラの街へ逃げ戻ったとしても、次はその場所に居る多くの人々が危険にさらされる。それより前に、ここでゼリドが攻撃をやめてしまえば、エレニクスの攻撃対象は容赦なくパレオやトランプスに向くだろう。
それを理解しているからこそ、退けないのだ。
「くそ!」
結局、ゼリド頼みになる自分が悔しい。
エクス・カリバーからの魔力抽出完了を前にエレニクスをくい止められなければトランプスの言うとおり、予想されるのは最悪の事態だ。かつて精霊族支配に終焉をもたらし時代を激変させた剣が今再び人の手に戻り悪用されてしまっていることを想えば、ぜひともここでゼリドに加勢をしたいところなのだが、戦闘が超常すぎる。介入の余地がない。闇雲に出ても足手まといになるだけだ。
マーリンは、変身の魔法を施せば剣は取り戻せるといった。
かの王への変身さえ無事に終えれば、挽回できるチャンスは必ずくる。それまでの辛抱を「頼む、もってくれ!」とパレオは胸中必死に応援した。
だが、しかし、ゼリドの善戦は長くは続かなかった。
それもそのはず。自慢の俊足をいかんなく発揮し、そのうえ肉体を酷使する魔法を連射していれば、土台疲れないわけがない。
猛攻を停止したゼリドはいったんエレニクスから退いて距離をおき、白髪を乱し「ぜえ、ぜえ」あえいだ。呼吸を整えて再び地を踏んだが、かくりと膝をついてしまう。
攻撃が止んで、神はつまらなそうに感想した。
「もう終わりか?」