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選王の剣  作者: 立花豊実
第九章 ~神と王と人間と~
59/71

59話

 手元に残るトランプは、もうわずかだ。

 すでにエレニクスへのあらゆる攻撃は、ことごとく無効化されてしまうことを知っている。

 なお最後の悪あがきをと震える手でつかみ出したトランプだったが、指先からぽろりとこぼれ落ちてしまう。

「ははは、やっぱり、もうどうにもならないか……」

 脱力し、諦めにまぶたを閉じようとした時だった。

 落ちたカードに描かれた、ハートのキングが目に入る。

 不意に、思いついてしまった自分の妙案に、こんな時にも関わらず笑みがもれた。

 見方を変えればこれも、最後の悪あがきになるかもしれない。

 とつん、とつん、と自分に死を運んでくるエレニクスの足音を遠くに聞きながら、トランプスは残りのトランプカードを裏面に一枚一枚並べた。

 木々の間隙を抜けてやってきた神級バケモノが、その光景を目の当たりにして首を傾げた。

「それはいったい、何の真似だ? 拝む気にでもなったか」

「まさか。自分を神だとおっしゃるあなたの前でアレですが、これはちょっとした占いですよ」

 言いながら、トランプスは既出のK以外、裏面十二枚のトランプのうち、一枚をひっくり返した。血濡れたカードの向こう側に「6」の数字がでる。

「占いはタロットが有名ですが、古くにはトランプ占いも盛んだったそうです」

 そうして次、また次とカードをひっくり返していく。

「十三枚のトランプをランダムに選びます。その中に、エースが出たらもう一度やり直す。一度もやり直さずに終えられたら、それが幸運を意味する。古き単純な占いです」


 K、6、8、2、7、K、9、J、K、10、2、4……。


 順調にAがでずに、裏面カードが残り一枚となったところで「ふうー」と息をついた。

 最後の一枚に手を触れて、しかし、めくる前にトランプスは神を見つめた。

「ここまでで、すでに私は結構ラッキーな奴ってことになります。でも実は、この占い、秘められた裏手がありましてね。ある条件を満たすと、かくも喜ばしい『天上をも貫く幸運』がもたらされると云われているんです」

 天上が『神』をさすと理解してくれたのか、エレニクスは口角を裂いて笑った。

「おもしろい。聞かせろ、その天上をも貫く手とは何だ?」

「もちろんAが出ないのは前提ですよ。そのうえで一順にして、愛のハートと勇気のスペード。そして知恵のクローバーに栄華のダイヤ。すべてを備えた王位の者がそろう時。すなわち、」


 ――全4枚のキングがそろった時です。


 めくられた最後のカードが、トランプスの言葉を上塗りするかのようにスペードのキングだったのを見て、エレニクスは再度大笑いした。

「フハハハ、ハハハハ! それは、それは、大した運だ! トリックなしに、今まさにそれをここで出して見せたのか? 御見それするぞ。だが、しかし、」

 笑いすぎて、途中で言葉をとぎったエレニクスは、真顔になって続けた。

「神前にしてちっぽけな運だ」

 両の手をパチパチと拍手しながら、同時的にバチバチと魔力を宿らせていく。

「実におもしろかった。だが、おまえはここで死ぬ。足掻きようもなければ、救われようもない。哀れな運命に、微塵の希望もないのだと知れ」

 俄然猛々しく魔力を迸らせた神様が、ゆっくりと迫りくる。

 死への覚悟を強いられる場面で、しかし、トランプスは光を見た。

 エレニクスの頭上、空中で、何かがちりっと火花を散らしたのだ。

 見間違いなどではない。

 エレニクスの負のオーラに上塗りして、なんとも澄みきった魔力が吹き込んでくる。

 必然、エレニクスがぴたりと動きをとめた。

 己の上を見上げた、その時。

 エレニクスの右腕が、


 ぶしゃあ! 


 と肩口からはじけ飛んだ。

「――――っ!?」

 視覚的な理解が進むより先んじ、その敢然とした者の咆哮がとどろく。

 グウウウ! と腹の底をやぶるような威嚇が大地に響いた。

 見やれば、今しがた獲ったであろう腕をペッと吐き捨てる獣、


 ――帝国の防衛ライン「ゼリド」がいた。


 次いで、

「うおおおおおおお!」

 と何らかの魔法で成された円から、さらに聞き覚えのある人間の声が迫った。

 やがて豪速で飛び出してきた人影が、地面にどてっ! と落下した。

 衝撃で死んだかと思われたソレが、むくりと起き上がるのを、皆が沈黙して見つめた。



 §§§§


 いてて、と頭をさすりながら、パレオはあたりを見回した。

 両の眼をおっ開いて仰天とするトランプスと、ばっちり目が合う。

「……お、おどろきました。パレオ氏あなた、死んでおられたのでは?」

「いや生きてるぞ」

 ズキキと痛む胸を押さえながら、くるりと振り返ると、エレニクスが無表情で宙空に立っているのを確認する。

「死にかけたけどな」

 件の神様は、己の腕が噛み切られたことにまるで無関心かのように、マーリンが作り出した魔法のワープ陣を見つめていた。首を傾げて、空にむかって語り掛ける。

「……不思議な魔力だ。そこにいるのは何者(だれ)だ?」

 問いに、しかしワープ陣の向こう側から返答はなかった。

 パレオは、エクス・カリバーを取り巻いていた魔法の球体――魔力を抽出する機器が破壊されていることを確認した。

「すごいなトランプス、あれを破壊できたのか」

「とんでもなく厄介だと判断したのでね」

「上出来だ軍曹! なら言うことなんかない、さっさと逃げるぞ」

「に、逃げる? しかし、我々は奴をくい止めねばならない。何より、ここはあなたの故郷ではなかったのか?」

「奴には勝てないんだよ、今は。でも策はあるし、必ずたおす。ワケならあとでいくらでも話してやるから、とにかく撤退するぞ」

 敵前逃亡作戦を聞いて、しかしトランプスは懸念の表情をひっこめなかった。

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