58話
うっすら光る白すぎる肌に、微動だにしない大きな瞳。
人間の姿をかたどった、人間がおよばぬ存在。
「神……」
圧倒的な強さを前に、トランプスは思わずその名を口にした。
折れそうになる心を「ありえない、」「ありえない、」と何度も否定しようとする。
だが底知れぬ魔力圧を放つバケモノに、続く思考は最悪の事態ばかりだ。
まるでそこに透明な床でもあるかのように空中に立ち、おのれをエレニクスと名乗りだしたイレギュラーな強敵を、トランプスは改めて見つめ直した。
一糸まとわぬ恥部に、チンチンは生えていない。
だが胸もない。
頭部はつるり、毛髪一本生えていない代わりに、妙な紋様が浮きあがっている。
異質な風貌に、本当に『人間』なのかと疑う。
何よりも気にかかるのは、おそらく帝都便覧に掲載された魔法使いのトップクラスでさえ及ばない、この馬鹿げた魔力圧だ。これほど目立つ力を備える魔法使いが、帝国に把握されていないわけがない。つまりは何らかの方法で、この短い期間に『力を得た』のだろう。が、未だかつてそんなことを為したという例など聞いたことがない。
そしてその例がない珍々(チンチン)なしヤロウの背後には、件の伝説的アイテム――白き台座のうえ、強奪されたと思われていたエクス・カリバーがあった。バケモノの神じみた強さが=剣と関係していると推察したトランプスは、周囲を取り巻いていたバチバチと迸る謎の球体装置を、真っ先に破壊した。
しかしエレニクスの強さは、みじんも衰えやしなかった。
こふっ、と血を吐き出して、一時しゃべりやすくなったのを機に、トランプスは神級バケモノに問いかけた。
「剣士と犬が森へ入っていたはずですが……、まさかご存じでは?」
宙空で悠然と立つエレニクスは、自分のうつくしい指先をじーっとみつめていたかと思うと、耳に響く凛とした声で答えた。
「この手で、胸に風穴をあけたら消えてしまった」
……それは、つまり。
最悪の光景が浮かび、トランプスは舌打ちした。
帝国のナンバーツーと名高い防衛ラインのゼリドと、正式剣士になるほどの実力を持つパレオのタッグならば、たとえ厄介ごとに巻き込まれたとしても、まず死することはないだろうと高をくくっていた。まさか敵の本体がいるとは想定していなかったのだ。
自分が送り出しただけに、後味が悪い。
悔いていると、エレニクスの眼球がきょろりと動いてトランプスを捉えた。
「おまえも、そろそろ死ぬ。命がおわるぞ?」
クハハハ、と相変わらずイカレたことをのたまい、とつん、とつん、と宙を歩いて寄ってくる。
迫りよる脅威のバケモノに対抗せんがため、トランプスは懐から魔源の注射器とトランプカードを取り出した。カードは宙へばらまいて、針は頸動脈へとぶっ射す。
カードたちがパラパラと落ちゆくさなかに、トランプスの瞳に光が宿った。
宙で落下を停止したトランプ群が、各々高速で回転をはじめる。
肺内の空気を口いっぱいに吐き出して、最後に大切な写真をとりだす。
笑顔で寄り添う二人の片割れは、帝都で自分の帰りを待ってくれている彼女だ。
エクス・カリバー強奪の願ってもない大任を拝し、一つ大きな仕事を為せばきっと昇格が望める。それが成功した暁には、今度こそプロポーズをと決めていた。
「こんなはずではなかったのですが……まったく、とんだ任務でしたね」
まわるトランプたちの回転音が耳に遠く、覚悟を決めた帝国軍所属ジャック・トランプスは、よろめく足にカツを入れて立ち上がった。
敵との力の差が歴然だと把握した時点で、すでにほかの隊員たちは退却させた。あとは彼らが逃げのびるだけの時間を稼げれば上出来だ。
帝国は、今事件への対応を改めねばならないだろう。エクス・カリバーはここ数百年の間、誰人にも触れることの叶わなかったまさしく伝説のアイテムだ。
それが内包する魔力の恐ろしさは、史書が語るとおり絶大なのだ。
かつて人間王アーサーは、剣の力によって大陸を斬り拓いている。
それも、総人類軍が束になっても及ばなかった、あの竜王もろともに。
精霊世界ですら木っ端みじんに吹き飛ばした兵器級の剣に、いま再び人の手が及び、あまつさえ悪用されているとしたら、帝国存亡の危機といっても決して過言ではない。
帝都も安全ではなくなるだろう。
彼女の身に、危険が及ぶことを想像すれば、何としてでもここでくい止めたいと思う。
せめて、一矢報いたい。
轟々とトランプスの内部で魔源が燃え滾りはじめた。
感づいたエレニクスは笑った。
「おもちゃが神を楽しませられるのか?」
「その軽口を閉ざさないなら、痛い目を見せますよ」
ガッ! と地面を蹴りだして、エレニクスの周囲を迂回したトランプスは、トランプカードを周囲へ展開させた。ギュイーン! と豪速で回転するトランプ・カッターを、一弾、二弾、三弾と立て続けにぶち放つ。
当たればその身を切り刻む必殺技を、しかしエレニクスは避けようともしなかった。
眼前までいったトランプに「ふう」と息を吹きかける。
するとただそれだけで、
ドガアァァァ――――ン!
カードが爆ぜた。
それが単なる演出であったことを、トランプスは嫌でも痛感させられた。なぜなら息を吹きかけなくとも、腕や足、胴など全身のあらゆる部位をねらったトランプカードたちが、触れる寸前でことごとく爆破されたからだ。
最後は自らが手に持つトランプソードで直接の攻撃を仕掛けたが、まるで赤子のように、たやすく腕をとられてしまう。
「ぐうっ!」
取って返されたトランプで、ずばりと胸を切り裂かれた。
もがく猶予も与えられずその直後、腹部をぶっ蹴られる。
衝撃は瞬間移動のごとく、豪速で体が吹き飛んだ。
何度も地面に身を打ちつけて、ズザザザッ! と地を擦過していく。
もはや、立ち上がる余力さえ途絶えてしまう。




