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選王の剣  作者: 立花豊実
第八章 ~王の右腕~
57/71

57話

 

 マーリンがトランプス救出の意向を示したので、パレオは確認した。

「それじゃあ、アイツを助けに?」

「ええ。あなたの決意そのまま、強敵を前にして窮地におちいった知人を救い出し、かつエレニクスも絶対に止める。といっても、私は変身魔法に準備を要するから救援に向かうのはあくまでもあなた自身よ。その傷で出来ることは極限られてるって、承知しておきなさい」

 美女は目をつむり魔法の呪文を唱え、岩壁にぽつりと光を浮かびあがらせた。

 次第に規模を広げるそれが、やがて内側に幾何学な模様を表しだす。

 一つ魔法を為して、けれど何かがに落ちないのか、うーむ、とマーリンが首をかしげた。

「『どこでもドア』を知っている?」

「なんだよそれ」

「……んー、知らないなら別に扉型でなくともいいわね。ちょっと聞いてみただけ。これは『でぐち』よ」

 バチバチィ! と迸る魔法のリングの奥から、まるで別空間につながっているかのようにふわりと風が吹き込んできた。長い髪を、宙へ揺れなびかせながら、魔法使いは地より湧くような、力強い声をあげた。

「いま運命の扉は開かれたわ! いざ果敢に挑むべし! この先へ進めば、もう後戻りはできない! 輪の向こう側では、死すら許されぬラストステージがあなたを待っている!」

 超人じみた紅い煌めきを瞳に灯すマーリンに、ここにきて畏怖をおぼえた。空間ですら簡単に越えてしまうのか、と。次いでパレオは自分の未来へと目を向けた。

 ラストステージが待つという輪の向こう側からは、肌を刺すような圧倒的な魔力が吹き込んでくる。ほかならぬエクス・カリバーから造りだされた究極のホムンクルス――エレニクス――が放つ驚異的なオーラだ。

 改めて自分が挑もうとしている相手のレベルを感じていると、マーリンは続けた。

「広範囲から魔力を集めつづける永久機関エクス・カリバーの機構を利用して、人造人間ホムンクルスはすでに途方もない魔力のチャージを遂げたわ。起動時の幼体から成体へとパワーアップし、もはや人類には制御など不可能な完全体、――神というに冗談で済まされぬ存在になりかけている。あなたの代わりを探していられるような猶予など、もうないの。だから約束してちょうだい。絶対に死なないって。私が変身の魔法を完成させるまで、とにかく逃げるのよ。それがあなたの果たすべき第一のしごと」

「ああ、わかったよ」

「よろしい。魔法が出来上がり次第、その身をすてきなアーサーに変えてあげる。人間王の再降臨は、このマーリンが必ず果たすわ。あとはあなたが、勇気をもって運命を切り開きなさい」

 親指をおっ立てた魔法使いは、さあ行ってこい、とウインクした。

 輪に入ろうとしたパレオは、けれど伝えておきたくて立ち止まった。

「……あのさ、マーリン」

「ん?」

「……ありがとう、な。いろいろと教わった。むかし、あの台座で出会った時は、なんだこのクソじじいはと思ってヒドイことを言ったよ。他人の言葉を聞き入れられず、俺は独りよがりだった。悪かった……助けてくれて、本当にありがとう。心から感謝してる」

 一瞬口元を緩めたかと思うと、魔法使いはすぐに表情をキリッと変えた。

「クソじじいは余計だし、礼をくれるのは早い! 正念場はこれからなのよ? まずはしゃんとやり遂げて、胸を張ってみせなさい!」

 突き出されたこぶしに、パレオは自分の黒いこぶしをコツンと合わせた。

 すると、


 アウウウゥゥゥゥ――――――ン! 


 この場の士気を鼓舞するように、ゼリドが高らかに吠えた。

 華麗なる速度で走りだし、輪っかのど真ん中へ突っ込んで行ってしまう。

 際してゴオン! と光が迸った。

「ああっ、こらバカ犬! 今俺が行こうとしてたのに! そーゆーのは主人公にゆずれよ!」

 傷の痛みを覚悟でのり越えて、パレオはゼリドの背を追って走り出した。

 背中越しに、黒い拳をマーリンへ掲げながら。


 §§§§


 ゴオン! と輪の中に突入したパレオを見届け終えると、全身から汗がふき出した。

 マーリンはその場にドサッと身を崩した。

 全身が黒ずみ、プスプスと煙があがる。

 精神的な限界ならば、身を幽閉されてしまった昔にとっくにキていたものだ。

 これだけ魔法を酷使すれば、さすがに肉体にもガタがキはじめる。

 死に向かって、己の身体が刻々と朽ちてゆくのをしかと感ずる。

 それでも、この胸に湧く歓喜を、報告せずにはいられない。

 天を仰いで、今は亡き友を想った。

「……見ているか、アーサーよ。お前の紡いだ時代に、芽が伸びてゆくぞ」

 最後までそばに居てやれなかった自分が、何を今さらと思われるかもしれない。

 だが、こんなところで、まだ死ねない。

 ともに囲ったあの円卓での誓願を思い出す。剣や槍、斧に弓など各々が掲げる自慢の武器に交えて、マーリンは自分の杖を重ねた。

 そして臨終、これが最後と覚悟した魔法を、必ずや完遂してみせると静かに誓ったのだった。


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