56話
マーリンは、どこかア・チョウに似ていると思った。
容赦なく厳しいことを突きつける。
この身をアーサーに変えてエクス・カリバーを台座から引き抜き、あまつさえ剣の厖大なエネルギーによって生まれた神レベルの人造人間エレニクスをくい止めるという、かなう見込みの薄い過酷な難題を平然とやってくれという。
いっそ逃げたくなってもよいこの場で、しかし不思議と気持ちは高揚していた。
子供のころ、焼けただれてしまったこの手の中にも、死んでも叶えたいと願う夢をもっていた。
エクス・カリバーに弾き飛ばされ、身を焼きつけられてから、それが叶わぬものであると挫折して以後、夢は一転、深い後悔の念に変わってしまった。
毎夜見る悪夢は大勢が「お前にはできない」「叶わない」とつぶやく。
重苦しくまとわりつく黒いオーラは、かけられた呪いによって発せさられるものと信じてやまなかった。
けれど今日、パレオは知ったのだ。
本当は違ったのだと。
素質など、真の王とは関係しない。
エクス・カリバーが王を選ぶのではないと。
対外的なものなど、何ら原因ではなかった。
自分自身だ。
己が『黒』だと決めつけていた心が、負の念を生み出して可能性を閉ざしていた。
ここへ来る前、ア・チョウは言っていた。
自分を信じ抜くことが可能性を広げて、行く果ては世界をも変えられるようになると。正直、まだそこまでの確信などない。だが、見た目は黒ずんだ柴腕のオーラには、自分でも気づかぬうちに血の気がかよい、赤みがさしている。
メラメラと湧き上がってくるのは、再点火しはじめた情熱の炎だ。
まっすぐあれば希望の陽はきっと昇る。
歪みそうになるのを、ア・チョウは何度も正してくれたではないか。
ならば、せめて応えたい。
今はまだ空っぽの黒い拳を、ぎゅっとにぎりしめる。
自分にもできる。
やってみせる。
他がために己が使命をやり遂げる覚悟はあるかとのマーリンの問いに、腹をくくって顔をあげると、件の魔法使いは「ふうん」とにこにこ笑っていた。
「顔つきが急に男になったわ」
「……ここで逃げ出したら、叱られると思ったんだ」
「だれに?」
「師匠に」
へえー、とそれ以上は聞こうともせず、マーリンは瞳をのぞいてきた。
「それじゃ答えは?」
「ああ――」
やるよ。アーサー王に、俺はなる。
返事をすると、マーリンはうんうん頷いていた。
まるで聞いた言葉を噛みしめて味わっているかのように考えにふけっている。
急かすようにパレオは促した。
「決まったんなら、さっさと取り掛かってくれよ。俺に、変身の魔法をかけるんだろ?」
つい先ほどまでちゃらけていたはずの美女マーリンが、突如ギア・チェンジして真剣な顔つきになる。
ギラリ光るするどい眼差しで、見返してきた。
「そうね。けれどその前に覚悟しておいてもらいたいことがあるわ」
当然すぐに魔法をかけられると思っていたパレオは、変身への意気込みに急ブレーキをかけられて、どてっとつまずいた。
「ま、まだあるの?」
「大事なことよ。一つは、自分でも忘れてるのでしょうけれど、あなたの腕が剣の魔力に干渉されてスペルアウト――つまり、魔法を弾く体になってしまっているということ。ちょっと本気を出さないと失敗する恐れ大だわ。極濃の魔力を慎重に編み組まないといけないから、時間がかかる」
「俺は別にかまわないが、その間にエレニクスが暴れ出したら?」
「まさにそれがザッツ二つ目よ、剣士君。あなたは耐えなければならない」
パレオから離れた美女は、もろ手に魔法を宿して光らせた。
いくつかの呪文を口にして、手を岩壁に投げやるとそこに、ふわりと映像が浮かび上がる。
――映りだしたのは、血だらけの男だった。
「――――なっ!?」
岩壁に映っていたのは、帝都からともに聖地へ来ていた帝国軍のトランプスだ。森の中で膝をつき、肩で息をして、口からは洩れた血がぽたぽたと落ちている。
どう見ても、限界だ。
そしてトランプスと相対峙していたのは、件の神――エレニクスだった。
「残念ながらあなたが深手を負い眠っていた間に、事はすでに動き出している。帝国の小隊があなたの行方を捜して、ダラウ・メリエへと入りヤツと接触してしまったのよ。まだ台座から離れてはいないから被害は限定的でしょうけれど、じきに街の人も異変に気付くでしょうね」
「早く行かないと!」
立ち上がろうとすると、すぐにまた腹部に激痛が走った。
悶絶して屈みこんでしまう。
すうっと、美女マーリンが目の前に立ちふさがった。
「行ってどうするの。さくっと死ぬ気? 今のあなたに何ができるの。……ここはグッと我慢しなさい」
痛みで動けない自分の体たらくを認めて、なおパレオは懇願した。
「あんた伝説の魔法使いだろう!? 目の前で人間が殺されかけてんだぞ、どうにかしろよ! 俺はあいつを知っているんだよ!」
「どうにかしようとして、現にあなたを助けてここへ連れてきたじゃない。エクス・カリバーを取り戻すために、――いわんや、世界を救うために」
「その間に、人が死んじまうよ!」
「だから耐えろといった。誰かが剣を引き抜かなければ、もはやエレニクスを止めることはできない。今の状況を鑑みれば十分わかるでしょう、最低限の犠牲は必要だわ。もしあのバケモノを封じることに失敗したら、それこそ後に大勢の人々が死ぬことになるのよ。あなた、それでもいいって言うの?」
――そんなもん、いいわけないだろう!
怒鳴り、立ち上がった。
「エレニクスは止めるんだ! だけど、アイツも助けるんだよ!!」
超絶痛みが走る腹部をおさえて、二、三歩き出したが、そもそも出口がわからなかった。
くるっと振り返る。
「でぐちどこだよっ!?(激おこ)」
「…………ぷ、」
――あはは!
爆笑して地面をバンバン叩ている魔法使いに、ついにイカレたかと思ってドン引く。
「笑ってる場合か!」
「あー、ごめんなさい。つくづく面白くって。まさか、ここまで試しがいのあるヤツだとは思わなかった。若いって素晴らしいわ……。そう。当然でしょう。世界を救うといっても、目の前で困っている人を助けることができなければ、そんなものは戯言(あまったれ)だわ」