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選王の剣  作者: 立花豊実
第八章 ~王の右腕~
54/71

54話

 マーリンが、当時のアーサー王を語るのを聞き終えて、パレオは何度も自分を擁護する言葉を口にしようとした。だが、息がもれるだけで他に何も出てこない。そのうち黒ずんだ手のひらに、ぽたりと涙が落ちた。

 手を伸ばしても届かない、アーサー王という巨大な存在を改めて知ってしまった。

 剣に手をかけて英雄を気取ろうとしたときからすでに、パレオはアーサーに及んでいなかったのだ。心からあふれるのは悔しさや恥ずかしさ、虚しさ他もろもろの感情。

 自分でも整理できない万感のこもったしずくが瞳からこぼれて、黒い皮膚表面で何度もはねた。


 王とは何か。


 アーサーが言った「人はすべからく王である」が、真に正しいかなどわからない。だが、自分なき後の世界までも、未来永劫を見すえて人々を想う心に、パレオはまっすぐ撃ち貫かれた。自分本意で描いた夢、それを実現しようとした黒い手と、アーサー王が理想を掲げた温かい手とでは、かかる重みが違いすぎる。

 真に王を定義するのがエクス・カリバーではないというマーリンの答えが、いやでも身に染みていく。

 自分はいったい、何を見ていたのか。何をしたかったのか。何をするべきだったか。握りつぶした拳を解放してみても、中身は、からっぽだった。

 しばらくして顔を上げると、マーリンは、場違いなほど柔和な笑みを浮かべていた。

「……なんで笑ってるんだよ」

「おまえさんを見ていると色々と思い出すものがあってな。懐かしいのだ。どこかアーサーに似ているところがある」

「ぜんぜんちがうじゃないか。俺なんかぜんぜん、アーサーの足元にも及ばない……」

 否定しているのに「いいや、似ているとも」とマーリンは押した。

 なにを根拠にそういっているのか、現物のアーサーを知らないパレオには見当もつかない。

 ふむふむ言いながらマーリンは、そのうち確信したように言った。

「おまえさんならば為せるだろう。エクス・カリバーを再び善き者の手にかえし、世界を危機から救い出せ。剣の力が再び解放されるその時が、ついに来たのだ」

 まわりまわって同じことを言う老人に、わけがわからなくなる。今しがた自分が明かしたばかりではないか。剣がアーサーにのみ扱えるものであると。

「なんでだよ、一体どうしてエクス・カリバーを抜けなんて言えるんだ。そもそもあれがアーサー王以外の者には触れられないなら、もちろん俺にだって扱えっこないだろ。さっきの話でエクス・カリバーが選王でないってのは重々わかった。でもだとしたら、なおさら、どうすればいい? どうしたらあの剣を台座から引き抜くことができる。俺は……、アーサー王じゃないんだ」

 そのとおりだ、とマーリンは答えた。

「剣が待っているのはアーサー王ただひとり。そのほかの者に用などない、誰にも引き抜くことは許されない。ならば提案しよう。いっそ、おまえさんがアーサー王になればいい」


 ――はあ?


 今度こそボケてしまったかと、本気で心配する。

 あまりに突拍子のない発言に口を開いて絶句していると、マーリンはひょうひょうと続けた。

「アーサー王にしか剣は抜けない。そういう原理だ。ならばお前さんがアーサー王になれば問題はない」

「い、いや、問題ありすぎるだろ! 俺がアーサーになるって、どこぞの次元で話してんだ。いくらなんだって別人になり代わるなんて……って、まさか」

 そこでパレオが想像したのを体現するかのように、マーリンがひげで編んでいた五芒星がつくるキラキラ粒子が、いよいよ光度を増してマーリン自身を呑みこんだ。

 轟々とたぎる光粒たちが、老人の身体から一つ一つ細胞をひっぺがしてゆく。人体の表面がぺりぺりと剥がれていくおぞましき光景を目の当たりにして、パレオはぞぞっと引いた。

 目の前で、老人の目や鼻、果ては腕や足までもがもぎ取られ、代わりにぱらぱらと降りそそぐ四辺のパーツが新たな人物を構成していく。光の集束がシュバッ! と一際強く収縮しておさまると、姿を現したのは……、


 目を疑うほどの美女だった。


 うら若い乙女は、パレオにほほえんだ。

 突然すぎる妖艶さに、みたびぞぞっとする。

 見目によく似合うキレイな声音を響かせて、美女が歌うように言った。

「老人って外見だけ取ってみればとても便利なものよ♪ ちょっとそれっぽいことを言えば博識に思われるんだもの。だからマーリンちゃんは、普段から好んで老人の姿を〝使っていた〟わ。年の功という通念を有意義に用いていたのね。高齢者バンザーイあはは!」

 ちゅっ、と飛ばされた投げキスとウィンクに、がくがくアゴをふるわせて、パレオが後方へ後ずさりベットの後ろ側までいってどてっと落下した。

「か、かかか、変わった! いま変わった! じじいから、び、びびび――」

 パレオの超のつく驚愕に負けじと、美しきマーリンは超冷静に続けた。

「美女にね。綺麗でしょう? 人間は記憶に視覚的なイメージを刻んでいるから、老人、乙女、子供と使い分けることであらゆる事案に対し、有利に事を進めることができるわ。年齢や性別はもはやマーリンちゃんに関係ないの。人間が抱える種種雑多な悩み事を解決してあげるのに、もはやその垣根は障害たりえなかった」

 と何やら穏やかならぬことを平然とのたまう美女マーリンを、唖然として見つめる。肌は、先ほどまでシワだらけのよぼよぼだったとは到底信じられないほどにぴちぴちだった。腰曲りの老体は、たわわなおっぱいとスレンダーなくびれが魅力的なまさに乙女のそれだ。さっきまでおじいさんだったという事実が、気持ち悪くてにわかに受け入れがたかったが、パレオには、それ以上に涌いてくる感情があった。

 それは、子供のころに英雄伝を読んだ時とまったく同一の、わくわくする歓喜だった。


 伝説は本当だった!

 

 パレオは心でおもいきり叫んだ。

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