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選王の剣  作者: 立花豊実
第八章 ~王の右腕~
53/71

53話

「王に見合う存在であると、認められなかったがゆえに両腕を焼かれた。お前さんは、そう思っている」

「……事実だ」

「誤認だ。ならば聞く。あの剣なくば、この世に王はないか? 王を選ぶとは、いったい何のことだ」

「素質を見抜くってことじゃないのか」

 パレオが答えると、マーリンは鋭い眼差しを向けたまま首を横へ振った。

「素質は真の王とは無縁と言ったはずだ。あの剣が求めるのは、もとより一人しかいない。アーサーなのだ。王を待ちわび幾星霜の刃とは、アーサーを焦がれる剣の想い。ただそれのみ、他意などない。あれが選王というのは、後世が伝えた誤りにすぎん」

「ありえない!」

 大声を出して身を乗りだしたが、続く言葉を紡げずパレオは絶句した。

 選王の剣と伝えられてきたエクス・カリバーが、多くの猛者どもを散らしてきた伝説のアイテムが、しかし、そもそも選王などではなかった――。

 平然とそう告げられて、易々そうですかと受け入れられるわけがない。

 なぜならパレオ自身、それを狂信したがゆえに、両腕をまっ黒に焼かれたのだ。

 そして、すべてを失った。

「そんなわけない! うそだ! 選王の剣に焦がれて、俺は人生を台無しにしたんだぞ! 剣の選びだす存在こそが真の王! 英雄であり、夢の果て、至上のゴールだ! そう固く信じてきたからこそ、俺は……、」


 ――夢を、あきらめた。


 押し寄せる悔しさや虚しさを受け入れられず、体が沈んだ。落ちた視線の先で、マーリンがひげで編んだ五芒星が、キラキラと魔法の光を昇らせていた。

 落ち着きはらって、魔法使いは続けた。

「お前さんは未だにエクス・カリバーをわかっていない。一度見せたろう、剣が生まれるまでの一部始終を、夢の中で」

「ゆ、夢だって?」

 ぎょっとして顔をあげた。

「そう、今しがたの夢だ。クリオラのウンディーネだったカリバーは、人間に恋をして悲劇をみた。愛する者への執着だけが世界を取り巻き、自身の強大過ぎる魔力によって魂を呪縛された。やがて運命は幾百年の時を待ち――カリバーのもとへ、アーサーを導いたのだ。湖上で家族を殺された幼き人間王は、血だらけのまま湖の奥深く、絶望の闇へと沈んだ。そしてまさに運命が邂逅のとき、精霊は問い、人間の子は答えた。――あなたの願いは? ――乱世を終わらせたい、と。カリバーとアーサー、二つの悲劇がXしたとき、世界を包み込む光とともに、エクス・カリバーは生まれたのだ」

 自分の夢が他人に仕込まれたということ自体、にわかに信じがたいが、それ以上に、エクス・カリバーの誕生がウンディーネによるものだということが受け入れがたかった。

「あの剣が、精霊の寄せる人間への想いによって生まれたものだと解れば、そもそも素質の有無など、真の王とは何ら縁のないものだとわかるだろう。それは、たまたまアーサーだったのだ。運命か、奇跡か、偶然か何の因果かはわからない。だがあの時、待ちわびるカリバーのもとへ、落ちてきたのはアーサーだった。そして世界を変えるほどの魔力が呼応したのは、ほかならぬアーサーの、世を荒らす諸悪を『断ち切りたい』という想いだ。具現化した象徴こそ、剣だった。ゆえに王など、選ぶような代物でない」

「……いや、だって、それじゃあ」

 反論しようにも、言葉が出ない。

 夢にまで魔法を仕掛ける相手に、もはやパレオが返せる言葉はなかった。

 目をつむり、こみ上げる怒りに耐える。

「俺は、いったい何のために」

 自分では制御できない黒いオーラが昇って、またわなわなと両腕が震えた。

 しばらく押し黙っていると、マーリンは諭すように声音を優しくした。

「一つ言えるのは、アーサー王が苦悩に生き貫いたということだ。だからこそ大きく成長した。あの夜、お前さんに忠告こそしたが、今となってはエクス・カリバーに挑戦したのは良かったのではと思っている。お前さんは成長した」

 言われても、パレオは素直に喜べなかった。自分の手をみつめて、黒ずんだ様を再確認する。

「はじめから、俺には無理だったっていうのか? エクス・カリバーは、とっくに主(あるじ)を決めていた。俺でもほかのだれでもなく、アーサーただ一人だけを」

「そうではない。なぜ気づかぬ。アーサーは終生、エクス・カリバーに苦しんだのだ。選ばれし己の身があるうちはよい。だが、そのあとはどうなる。後世に生まれ出ずる億万の民たちはどうするのだ。破壊に優れた剣に、恒久的に彼らを導く能はない。おのずと見えてこようが、そこに道具が編み出せる答えはない。そんなものに頼る世界など虚構だ。アーサーは言った」


 ――人は、すべからく王なのだと。


「人々を広く想い苦悩して戦う者、皆誰しもが王になるのだ。多く人々の手をとり伝えた」


 ――あなたが王だと。


「万民を包むその手は、誰よりも温かった。その手が掲げる未来に、わたしを含め円卓の騎士一同、皆が賛同した。だからこそ人間王を支えたのだ。決して、エクス・カリバーがあったからではない」

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