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選王の剣  作者: 立花豊実
第八章 ~王の右腕~
52/71

52話

 老人はゆっくりとうなずいて、

「マーリンだ」

 と答えた。その聞き覚えのありすぎるワードが、しばし脳内で反響した。


 …………マーリン。


「!?」

 瞳孔をかっ開いたまま、パレオは硬直した。

 まさか、そんなわけがない。

 エクス・カリバーに焦がれていたパレオが、その名を聞いて浮かべる人物は一人しかいない。あのアーサー王に仕えた伝説の魔法使い、賢者マーリンだ。

 かつて優れた魔術の才をもって、マーリンはアーサー王を窮地から幾度も救いだした。杖先から生んだ幾何の星を満天に散りばめた天体の操縦者は、その数多(あまた)の功績から王の右腕と呼ばれ、エクス・カリバーの魔力をのぞけば人類魔法の最高到達点と目された。人間かどうかさえ疑われ、諸説悪魔の子供だったとまで伝わる。変身ばかりするものだから真の姿を知る者もいなかった。

 歴史上じつに妙であって、なお煌めく異質の存在――それが今、目の前にいるだなんて、

「あるわけない。あのアーサー王を支えたっていう、あっちの人じゃないだろ?」

 剣の側にいたというだけの疑わしさを、払拭するために問うた。

 パレオの反応をみて、マーリンはあごひげをいじりだした。

「わかるなら話が早い。もう昔だが、人間王のもとで魔法を司った。だからこそあの剣についても知っている。アレが選王の剣だなどと――」

「ちょ、ちょちょっとタンマ!」

 かるーく会話を続けようとする自称「伝説」の老人を制止して、唾をごっくりと飲み干す。


「王の右腕! 伝説の魔法使い! みんなのあこがれマーリン! 自称すんのは結構だが、生きてりゃおん年いくつだ!? いくらスーパー魔法使いだからって、寿命まではごまかせないだろ!」

 マーリンは冗長に笑い出した。

「そのとおりだ。人が人の寿命を越えてまで生にしがみついてはならん。だがマーリンという存在はここにあり、それでいて確かに存在するかは怪しくなってしまった」

「いや、ええと」

 ……歳くっちゃってボケちゃったか?

「魔法使いの言っていることが高尚過ぎて全然わからないよ」

 唖然としていると、ちょうどマーリンが自分のひげで一つ編み物を終え、見事に五芒星ができあがった。そこから光のつぶつぶが生まれ出て、老人の顔を照らして昇った。マーリンは「もう古い話になる」とはじめた。

「むかし、一人の優れた王に生涯をささげると誓った。もちろん人間の王、アーサーにだ。王と魔法使いはともにおーきな夢を描いた。人の愛、慈しみ、幸福についてよくよく語りあったものだ。二人は、存在する人間がすべからく幸せになる魔法があれば、それが世界の究極だと考えた。研究を重ねてあらゆる魔法を生み出し、世を照らさんと日々励んだのだが……」

 何かを思い出すかのようにマーリンが目をつむった。

 前のめりになって、パレオは促した。

「――だが?」

「結局、マーリンは恋に盲目した。美しき者に心奪われてな。そやつに、使ってはならぬ――身も心もゆだねる禁術を与えてしまったがゆえに、肉体を魂ごと永遠に囚われた」

「肉体を、囚われた? え、永遠に?」

「そう永遠にだ。マーリン本体は二度とこの世に現れることはない。大魔法使いだなどと呼ばれても、しょせんは一人の人間だったわけだ。軽はずみな情が身も心も滅ぼした。今やこうして、なんとか外殻を世に現し、外の世界とつながっている」

「……それが、失踪の真相ってわけか」

 パレオのよく知るアーサー王の話では、最も好奇なミステリーだった。誰よりも、何よりもアーサーが信頼していた魔法使いの存在は、ある時期から突如として物語の舞台から消え去っているのだ。

 老人は自嘲気味に破顔した。

「外に向けて何度言葉を届けようとしたことか。永らく手こずってな。ようやく外界へつながる術を編み出した時にはもう、アーサーは死んでいた。エクス・カリバーだけが、まるで時の流れを止めたかのように台座にある。私を置いて、王は死した」

 シワだらけの老人はコホコホ咳こんだ。

「よき友を、類まれなる人間の王を、最後まで見守れなかった」

 もはや若さの欠片もない老体に哀愁がたっぷり漂うのを、しかしパレオは同情をかける間もなく続けた。

「……あんたが伝説のマーリンだってのは、一応呑みこんでおくよ。でも、ならばどうか教えてくれ。エクス・カリバーは今、かつての絶対なる地位を犯されている。トンデモナイ奴らに悪用されようとしてるんだ。どうにかしなくちゃならない。あの剣を止める方法が知りたい」

 真剣に聞いたつもりだったのに、老人はまるでトボけたようにほほほと笑い出した。

 そうして、目尻をぬぐうと答えた。

「いや、すまない――。むかし、同じことを問うてきた娘を思い出した。答えよう、それはムリだ。あの剣を止めることはできない」

「そんな……」


 


「じゃあ一体、どうすりゃいいんだよ。あの剣は、いまや選王の剣なんかじゃなくなったんだぞ。魔力を抽出する技術が生み出されて……神(エレニクス)なんてふざけた兵器が造られた。放っておけばいずれ、多くの人々が危険に晒されることになる!」

「わかっているとも。剣にまつわる危機は、なにも今に始まったことでない。使うも捨てるも、生かすも殺すも、すべてはその使用者次第。ならば道は人の数ほどあるというもの。お前さんがエクス・カリバーを引き抜けばいい」


 理解できずに、沈黙する。


「な、何言ってんだよ……」

「剣を抜けといった」

「んなのは聞こえたよ! だから、なんで俺が、できるわけないだろって」

「たった今エクス・カリバーが絶対なるモノでなくなったと言ったのは、お前さんの方だ。引き抜かねばアーサー王が築いたものすべてが無に帰してしまう。ならば確かに対抗せねばならないが、あいにく、この老いぼれの肉体はいずこへか消えてしまっていてな。そこへ丁度お前さんが現れてくれた。これを導きと言わずなんというのだろうか」

「いや、だから、剣を引き抜けって? ありえない、知ってんだろう。俺は、あの剣に選ばれなかったんだぞ」

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